きっと見間違いなのです
モエたちが焼け野原にたどり着くよりも前に、彼らがぶち当たった砦は大きな丸太で組まれたもので、硬さ質量ともに打ち破るには相当の破壊力を必要とするものだった。
それこそ伸びるに任せたかのような植物で覆われた住処を焼き払ったように、太い丸太も焼き尽くせれば良かったが、魔法使いはまだ魔力を回復出来ていないし僧侶はそんな大規模かつ強力な魔法は持ち合わせていない。
剣士である彼もそれなりの肉体と武器を持ってはいるが、ただの丸太ならともかく、異様に太く異様に硬い丸太は彼の全力を持ってしてもただの一本さえも両断出来なかった。
身軽さと槍を得意とする仲間が丸太の砦を駆け上り、パーティの盾である重騎士の男は槍遣いの報告があるまでの数瞬をたまたま剣士と魔法使いと僧侶の三人を守る形で目の前に立ちはだかる丸太の壁との間で自身よりも大きな盾を構えていた。
「──全員伏せ……っ、いや、逃げろおっ!」
丸太を並べ尽くした砦の壁を登りきった槍使いが見たのは、階層主がその得物である髑髏をあしらった巨大なハルバートを砦の内側から丸太をなぎ払うように振り抜くところだった。
判断に迷った槍使いが登りきった先で大きく真上に飛び上がったのを見た重騎士は、手にする盾を地面に突き刺し固定し、全身で護りの体勢になったと同時に目の前にある丸太の壁が弾けた。
住処を焼き払われて奥へと逃げた階層主を追い詰めているはずの彼らの前にどうやってか現れた、巨人といって差し支えのない階層主を隠す丸太の砦は、臆病にも逃げ出す階層主のシェルターではなく、間抜けにも正面から追いかけてきた連中を一網打尽にする武器だった。
硬く重たい丸太が、ダムを決壊させて吹き出す水のような勢いで彼らを襲った。
その結果として、守りに定評のある重騎士の彼のスキルで守られる範囲にいた者たち以外の全員を戦闘不能に陥らせた。
「大丈夫かっ⁉︎」
「ああ、それよりも階層主はっ」
「奥へ逃げた。見たところ相当な火傷を負っているのは間違いない。俺は見失わないように先に行く」
「分かった。すぐに行くからゲルッフも無茶はするなよっ」
「おう。待ってるぜオスメ」
普段から斥候の役割もこなすゲルッフと呼ばれた槍使いを見送る剣士のオスメは、重騎士の男と魔法使いと僧侶の女の無事を確認してから、他に無事な者がどれだけ残っているかを数えている。
「いやー、大した頑丈さだなあんたら。おかげで助かったよ」
「盾のあんちゃん大丈夫か。少し休んでからくるといい」
「オレらも活躍しねえとだしな」
重騎士が守り抜けたのは十数名で、この時点でせっかく集まったレイド戦のメンバーの三分のニが脱落していたが、戦意は高くすぐに階層主への追撃へと駆けていく。
「ララとユズはどうだ」
「魔力回復薬を飲んだから魔法ももうすぐ使えるかも」
「私たちは怪我はないけど──」
「ここで足踏みするわけにはいかないだろう。ゲルッフが先行している。守れなかった彼らには申し訳ないが、先を急ぐべきだ」
「ザーパフの言う通りだ。急ごう」
リハスがそうだったように、僧侶のユズもまた怪我人を放置して行くことに後ろめたさを感じてしまうが、本来のパーティメンバーであるゲルッフをひとりにするわけにもいかない。
「早く行かないとゲルッフが得意の神槍スキルで階層主を単独撃破してしまうかもしれない。そうなったら自慢話と愚痴で寝れなくなってしまう」
「ふふ、そうね」
チーム“南風”と名乗る彼らのリーダーである剣士のオスメはそうしてユズの背中を叩いて先に行った者たちの背中を追いかけた。
しかし彼らがその道中で見つけたのは、深酒の末のしつこいまでの自慢話さえ聞かせてはくれなくなった、槍遣いの残骸であった。
冷たい土と岩で囲まれた通路にはところどころに赤く、あるいは赤暗く染められた箇所があり、そうした模様のそばには大抵何かが落ちている。
金属製の武具だったり、弓を引き絞っていたかもしれない手首から先や、誰かが落としたかもしれない歩くための大事な部分。
もちろんその本体やかつては様々な感情を表現したであろうものも。
そのどれもがもはや動かない。
そんな勇士たちの痕跡から得られる情報は少なくとも、無念は晴らさなければ済まない。
リハスはそうして手で祈りの形を作りながら誰よりも早く走り抜ける。
微かに聞こえてきた剣戟の気配がリハスの心をせかしてくる。
やるしかないと、魂がそう叫ぶかのように。
冷静に様子を伺うシュシュは内心で意外だなと思った。
幽霊やゾンビで簡単にお漏らしまでするフィナが涙ぐむことなんてしょっちゅうで、いくつもの肉片に顔を歪ませるリハスが怒りに燃えているのもその職業と性格からして疑問はない。
しかし力強く走っていたモエが、戸惑うようなそぶりを見せ迷いが出た脚はいくらか速度を落とし、リハスに追い抜かれたのにも万能せずに涙をこぼしているのは意外というよりほかなかった。
もちろんモエをただの血も涙もない戦闘狂や、負の感情をもたない欠陥品扱いするわけではない。
ただモエという人物はそういった物に感傷的になるよりも、前向きに解決するための物理的突破に猛進するタイプだとシュシュはこれまでのことからそう思っている。
(つまりは、何かあったか)
これまで見てこなかった何かが。自分は気づかずに見落としたかもしれない物が。
そしてそれは階層主との戦場に辿り着いたことですぐに分かった。
その結果、もうどうしようもなく戻れないことにも。
前を行くリハスの脚はそんなに速かったかと思うほどで、速さに自信のあるフィナでもついて行くのにそれなりの全力を必要としていた。
「ちよっ、リハスさん……っ、みんな置いてけぼり……っ」
「急がないと間に合わないかも知れないんだっ。早くっ、はやくっ」
「んもうっ」
「きっともうすぐ……っ、待っていろ、すぐ行くからな」
「聞いてない……。それになんだかだんだん息苦しくなって──」
大きな通路をひた走るほどにリハスが耳にしていた音は近づき、やがて見えてきた右へと曲がる角に差し掛かるころには、その先で行われる激しい戦闘の音が全員の耳にはっきりと聞こえていた。
そして伝わるのは何も音ばかりじゃない。
敵意を持った気配は強大であればあるほどに重圧としてのしかかってくる。
濃密な死の気配を纏った重圧。プレッシャー。
まだその姿も見えないうちから息がつまり、心臓を鷲掴みにされるような錯覚を覚えるほどの相手はシュシュもはじめてだが、リハスが感じるものとはおそらく違うとは思いつつも、行かなければという感情か使命感が胸の内の奥底から湧いてくる。
予感は確信に変わって、いま実現してしまうのだと知った。
「──あれが、階層主っ」
「でっか!」
シュシュたちよりひと足先にその戦場を目撃したリハスたちは、それぞれに圧倒されながらも立ち止まることなく曲がり角を勢いよく走りシュシュたちの視界から消える。
「モエっ、ちんたらすんなっ」
「は、はいなのですっ」
そんなリハスたちに続くシュシュは、戦わないうちからこれだけのプレッシャーを与えてくる階層主とのエンカウントにモエ無しでは不安が大きく、せめて真横に並ぶように発破をかけて角を曲がった。




