生えてるように見えるのよね
水の中に沈むリハスは、水面の外、陸側に自分を見送り手を振る魚の姿を見て、なんとも不思議な体験だなと思う。
(ポークのためにも、攻略の鍵を見つけなければ)
ひとりで泳ぐ水中は孤独を感じる。もしいま巨大魚に襲われでもしたら無事でいられるだろうかと不安になる。
(小さい魚は腐るほどいる……お、あれはポークに似てるな。あれはシュシュと似ている──そのうち間に合わなければいつか俺たちも魚になっちまうのか……?)
ぐるりと見回しても何もない。巨大魚の影もない代わりに目ぼしいものも見つからない。
(やはり底を目指すべきなのか? いや、しかし──)
とはいえノーヒントである。果てしなく広がる水平方向よりは、きっとあるであろう終点の水底を目指す方がいいとリハスは潜っていく。
(ひとりだと、泳ぎやすいものだな)
背中には何も乗っていない。乗っていても気づかなかった愚か者がここにいることに思い至り、リハスは無心に泳ぎ続ける。
果たしてどれほど潜ったか。ふとリハスには気づいたことがある。むしろここまで気づかなかったことに呆れるほどのことが。
(あの小島は、どこから生えていた?)
水中で、見上げた先にはポークが岸辺から手を振っていた。だけれどその小島は、本来なら海底から生えていておかしくない。なのに。
(周りは見渡す限り水、水、水。隆起した地面なんてどこにもないっ)
そうしてリハスは未だに見えない底を目指すのをやめて小島の端を目指し泳ぎ始めた。
「姐さん方、あっしは姐さん方のファンで、出来れば自力で解決して欲しかったのでありやすが……」
ポークのしっぽと尾ビレの境目を見極めようとモエがつまんで観察する姿に悶えるシュシュとフィナ。もはやまともに攻略する気がないと思われても仕方がない光景にエイタが口を挟む。
「同時に姐さん方を案内するのもあっしの役目でして、はい」
「何が言いてえんだ?」
呼吸を整えて表情を作ってから、シュシュが睨みをきかせる。
「扉を、階層主がいる場所への扉の場所を教えて差し上げやす」
ほぼ魚のポークが覗き込む水の底からゆらゆらと浮かんでくる影がある。それは数本の帯をたなびかせたタコのような影。ポークが心配してやまなかった人の影。
「ぶはっ、見つけたぞっ! よく分かんねえが水の中に扉が──」
「それならもう聞いたぜ」
「……え?」
ともかくも休憩をとフィナとモエが腕を掴み、引き上げたリハスは相当に体力を消耗しており、膝をつき腕をついて顔も上げない。
「まあ、つーわけでよエイタから聞いておっさんを待ってたわけよ」
「なんでえ、俺は無駄骨だったってのか……はあぁ」
「そんなことないわよ」
「なのですっ」
水中探索の労をねぎらうフィナとモエにリハスが顔を上げて目を潤ませる。どう考えても無駄骨でしかないというのに。
リハスが見上げると、フィナとモエも目を潤ませて震えている。「済まない、心配をかけただけだったか……」とリハスは神妙に言ってから、ふたりを安心させるように笑みをつくる。
だがそこに容赦のない蹴りが繰り出され、鍛えられた胸に思い切り打ち込まれた。
「なんでヒゲが生えてんだよっ!」
「んなっ、なにいぃっ!」
帰ってきたリハスの頭頂部に追加の異変がないことに油断していたシュシュはリハスの鼻の下に生えたこれまた立派な長い、長すぎるヒゲを見てブチ切れ、同時にフィナとモエも盛大に笑った。
「あっ、やはり潜り過ぎたせいかっ」
「──もうその必要もないわけだし、その頭もヒゲもすぐ没収だからせいぜい今のうちに別れを告げておくことだな」
「そ、そんなっ……」
我が子との別れを突きつけられた親のように力なく崩れたリハスが復活したのは1時間が過ぎたころ。集まった面々を見回して、シュシュが開始を告げる。
「エイタの話を筋肉ハゲの探索が裏付けたとおり、この端の見えない階層のゴールは俺たちの足下にあった」
ひとつ、シュシュが力強く地面を踏む。小島とはいえ、そんなことではせいぜい足あとがつく程度である。
「あっしは言いやしたよ。ここは固定された浮島だって」
「俺は見たぜ。この小島の裏側にデカい扉があるのを」
つまりそここそが、この階層の攻略のはじまりであるし、エイタに至ってはゴールだとシュシュたちに伝えている。
「あとはポークがこれ以上の水中行動で魚にならずに耐えられるか、だが……」
リハスが気にかけてチラとみたポークはまぶたのない魚の眼をして、何を考え思っているのか分からない。無事な豚獣人のつるつる手足さえ、次に潜れば失われるかもしれない。
「ポークに限ったことじゃねえ──俺たちだって潜って、扉を越えた時にどうなるかわからねえ。いつからかずっとヤツの悪意ばかりを感じてるんだ。ここだってそう……罠と疑っていながらあいつの思惑にハマるつもりもねえ。だから俺たちは、潜らねえさ、なあモエっ!」
「はいなのですっ」
シュシュの入れ知恵か、既に打ち合わせされていたらしく、モエが2回、3回と飛行魔法(物理)で空に舞えば高さを手にする。
「ねえ、モエの背中……羽が生えてない?」
「さすがにそんなわけねえだろ」
「そう?」
太陽を背に、得意の鉄球を振り回すモエがみんなにどう見えたかは分からない。
シュシュは天の邪鬼を発揮し、扉を通りたくないだけでモエの特異性をアテにした。
フィナはアーティファクトと予想する鉄球を操り空まで飛んでしまった、役に立たない魔法使いに羽を見たと言う。
リハスは自身が水中探索している間にどんな話が行われたのかと考え、モエの次の行動を察して「まさか」と口にする。
ポークは言葉を発さない。空から降ってくる彗星の如き猫獣人化した女の子を、ただただ見つめている。
エイタは聞かされてなかったのだろう。天から空を裂いて訪れた破壊の衝撃に、声にならない声をあげて崩壊する足元から飛び退いただけだ。
「てめえがその気なら“神の塔”は──うちの猫ちゃんと俺で、めちゃくちゃにしてやるよ」
シュシュは、すっかり元の姿からはずいぶんと形を変えたポークの手を取り、足元に向かって告げる。
砕かれた地面は、その厚みが数メートルのみで、中は空洞だった。
空洞を満たしているのはオスメたちやシュシュたちが遭遇した闇のように、真っ黒で真っ暗な暗闇。地面も岩盤も水までもが際限なく呑み込まれていき、シュシュたちも抗うことも出来ず取り込まれていく。
慌てふためいていたはずのエイタはいつのまにかどこにもいなくなっていた。勢いのままに地面を貫いたモエの姿もとうになく、リハスが髭をたなびかせ、フィナが半べそかきながら落ちていった闇の中にシュシュとポークも落ちていく。
シュシュの手を、握るポークの手の力が少し強くなる。
呼ばれたのかと思いシュシュがポークを見れば、魚顔が何を考えているのかはやはり分からない。だけれどこの魚は元々ヒューマンの冒険者だった者の生まれ変わりで、言葉を操る。
だから、表情で読み取れなくとも、伝えることが出来る。
「ありがとう」
と。
「さよなら」
と。
みんな闇に呑まれて──消えた。




