虎さんならなっちゃうのです?
「なあモエ。あのポークは格好いいと思うか?」
「よく分からにゃいにょですけど、面白いにょですっ」
「……だよなあ」
モエとセットで茂みに隠れたリハスは、エルフ幼女の話に乗せられた子豚にひとり同情している。
「階層主が回復したようにゃにょですっ」
「む、潜ったな」
とぷんっと水面に小さな波紋を広げてカッパは水中を移動する。腕と脚を交互に広げて泳ぐ姿をフィナもモエもしっかりと見て、ふたりともが無意識に頭の上に手を置いてモエだけが失われた髪の毛に悲しい顔になった。
フィナたちが見守るなか、カッパはそうして泳ぎ、場所を変えてはミラーボールへ水を撃ちつけることを繰り返す。
ただ移動するのは水中に潜ってからのようであり、確認出来たのは長い手脚をダイナミックに動かすものだけだったが、泳ぎ方がその1種類だけなのは泳ぎの初心者でしかないシュシュたちにとっては混乱を起こすことがなく幸いだったとも言える。
「シュシュさーん、どんな感じですかーっ」
「まだ理解したとは言いにくい。もう少し耐えてくれ」
「分かりましたーっ。けどさすがに濡れて寒くって……」
「ああ、ションベンならそのままやっていい。どうせ分からんからな、ははっ」
「ちがっ……ふぅ」
「──やってんじゃねえか」
道中でも我慢していたらしいミラーボールからは濃いめの黄色い液体が溢れてきたが、フィナたちとしてもやはり同情しかなく野暮なことは誰も言わない。
巨大魚の鱗で作られたポーク専用の鎧は水魔法への耐性が極端に高くその後もポークをしっかりと守り続けてはや1時間が経過する。
「まだ、まだですかぁ……」
「本当にあんなので水の中を移動出来るんだよな」
「わたしも半信半疑よ。魔物だからとかそんなことないわよね?」
水泳など知らないフィナたちにとって、自由自在に水中を移動出来る動きを目にしてもつぶさに観察しても到底信じきれるものではなかった。
むしろ水中を走れと、水底を歩けと言われるほうがまだしっくりくる。
「シュシュちゃんっ! ポークくんがっ」
「あ?」
モエの呼びかけにシュシュとフィナが上を見上げると、そこには高速で回転するミラーボールがあった。
「ばははっ! 階層主の攻撃で回り始めたってわけか! 今度こそ本物のミラーボールになっちまったじゃねえか」
「笑いすぎよ。どうにか止めないとポークくんが中でバターになっちゃう」
「回るとバターににゃるにょです?」
「知らん」
たまたま階層主の攻撃が同じ側に当たり続けて回転しはじめたポークはすでに中でゲロを吐いていて、水とともに吐瀉物を落としているがフィナたちには分からない。
それでもバターになるかは別として現実的に目に見える危機が迫っているのはシュシュも気づいている。
「ポークっ、ロープが捻れてきているっ! どうにか当たりどころを変えて回転を止めろっ!」
「わか、わかりま……うぷっ……おろろろろろろろ」
「だあっはっはっ」
「笑いすぎ!」
とうとう腹を抱えて笑い出したシュシュをフィナが嗜めるが、ポークはポークでシュシュからの指示をどうにか実行して回転を弱めて、捻れを戻すようにこんどは逆回転を始める。
「それにしても階層主は俺たちには見向きもしないな」
「ポークの存在が目障りすぎて直接危害を加えてこないギャラリーなんて、文字通り目に入ってないんだろうよ」
とシュシュが返事したところで一本の矢がシュシュとリハスの間を突き抜けていく。
池の真ん中から水鉄砲でいやらしく立ち回る階層主に対する最も手軽な攻略法である弓矢は、階層主から大きく外れて対岸の木に刺さったがカッパは不意の攻撃に水中へと潜ってしまう。
「しっ……誰か来たようだけど今は隠れておこう」
「隠れるって、ポークくんは?」
「……今は様子見だな」
本来なら隠れる必要もないが、シュシュたちがここで階層主を相手している理由は他の者たちとはまず別のものである。
そんな少しの後ろめたさがシュシュに待機を選ばせて階層主を攻撃した人物たちの接近を許す。
「まさかお前が矢を外すとは」
「くそっ……射った瞬間に目が眩んだんだ。もしかしたら階層主の魔法かも」
「何言ってんのよ。前に来た時はそんなことやってこなかったでしょ」
聞こえる男女の声にモエの猫耳がぴくりと反応する。
「──次は外さねえよ」
どうやら新しく矢をつがえたらしい弓使いがスキルを発動させるのがフィナたちに伝わる。
偏差射撃を可能とする弓使いのスキルのさらに上。予測を超えた予知に近い射撃は、階層主が再びポークへと攻撃せんと水面に出した頭に向けて真っ直ぐ飛んでいき、また外した。
「くそっ、なんなんだっこの光は!」
「ちょっとあれ……なに⁉︎」
「まさか本当に階層主の魔法か? 目眩しの光源……優しい翠色?」
「癒されてしまう⁉︎」
口々に聞こえる男女の会話からポークが見つかったことがわかり、シュシュたちに緊張が走る。
「あれが魔法だって言うんなら──“グラナイトランス”“インジェクション”」
「──っ、ポークを守れっ“シェル”っ」
まだ姿の見えない冒険者の放った魔法は硬い岩で成形された極大の槍。併用した風魔法により高速で射出されたそれは狙った魔力の反応に対し真っ直ぐに迫っていく。明らかに威力の高い魔法を見て、水魔法ならともかくとシュシュは慌てて最硬の盾で槍からポークを守る。
大質量の魔法と盾がぶつかり鳴り響く轟音に、階層主もいよいよミラーボールから目を逸らし敵を探しはじめて辺りを見回す。
まだ隠れたままのシュシュたちも声を立てなければ見つかりはしないだろう。
顔を、目をぐるぐると回し索敵する階層主をいっそ仕留めてしまおうかとシュシュが思いリハスたちのいる方を見ると、モエがいない。
「ユズさんなのですっ!」
「なっ……モエっ⁉︎」
またもモエが暴走したのかとシュシュが考えた時には、離れたところでその猫ちゃんが誰かを見つけたらしい声がした。
「ララさんもなのですっ」
「きゃっ、こんなとこで!」
シュシュからは見えない奥の方で女子の声が聞こえるが、モエが口にする聞いたことのある名前と、隣のフィナがシュシュのユニークスキルのせいでずっと発動しっぱなしの“感度最大化”により悶えている姿を見て何をしてるのかは容易に想像がついた。
「オスメさんたちもお久しぶりにゃにょです」
「俺たちにもハグしていいんだぞ?」
「臭いから嫌にゃにょです」
「リーダー……傷つくくらいなら言わなければいいものを」
そして改めてそこにいるのがかつて一緒に行動もしたチーム“南風”であることの確信を得る。
そんな会話はしかし比較的小声での事もあり階層主には気づかれずに済んだようである。
池では依然としてカッパがミラーボールと戯れているが一旦シュシュたちは池のほとりから離れてオスメたちとの合流を果たしている。
「つまり実験の最中だと」
「そう。上の階層の素材なんだが、どれくらいの性能なのかを試してみたくてな」
というわけでいつかの子豚を詰めた鎧があそこにあるのだと説明しているが、その子豚は絶賛放置中である。
「それよりも“南風”こそこんな階層で何をしているんだ?」
疑問を投げつけたのはリハスだ。シュシュたちにしろギルド職員であるリハスにしろ、60階層より上まで進めているチームがわざわざこの階層にいる理由が気になる。
「それはね、私たちのチームが金欠だからなの」
「要は攻略に詰まってしまっているわけでな。消耗ばかりで金策のためにここに来た。最近はこの階層を攻めるやつがいないらしく、蛙肉の需要が高まっているから絶好のチャンスなんだ」
この階層に現れる魔物は階層主を除けば蛙だけである。それも大型で子熊くらいのサイズもあり、全方位からずっと鳴き声が聞こえ続けてくるほどに数もいる。多数に囲まれれば実力のない連中では逃げ帰ることになりかねないが、オスメたちであればどうとでもなる。
そしてせっかく奥までやってきたのだからと久しぶりに階層主を倒してみようとなったのがさっきの出来事だったらしい。
「やけに眩しいのはその鎧のせいだってか」
「元の魔物がそういうやつだからな。てかゲルッフは槍じゃなかったのか?」
「どっちも使う。貫通させる点でいえば槍も弓矢も共通してるらしく適性もあるからな。遠距離攻撃が複数あれば対応の幅も増えるというわけだ」
「頼れる弓使いだなあ」
「悪かったわね、頼れない弓使いで」
すでに弓矢を手放して久しいフィナにとってそのくらいのことは嫌味にもならない。攻略の最前線をいく今のフィナは剣士の最高峰にも届く実力者でもあるが、本人はそんなこと露ほども知らない。
「だからまあ、今回は俺たちがあの階層主を仕留めるぜ。お帰りは奥のポータルだ」
「ああ、別に仕留めても旨味のないやつだしな」
「そういうこった」
シュシュの主張に“南風”リーダーのオスメも同意する。
「──あの、あたしの魔法もあの鎧に防がれたの、かな?」
話し合いがついたところで岩の槍を放ち粉々に砕かれたララが質問する。その目からは岩とともに自信も砕かれたことがありありと感じられる。
「──ああ、防御力も折り紙つきだ」
「そう、そうなのね」
実のところ、ポークの鎧の強度はそこまで高くはない。階層に見合った硬さはあるものの、中身に衝撃を伝えないほどのものでもないし、ミラーボールと表するだけあって一枚一枚の鱗を貼り合わせたつくりは、あの槍に無傷ではいられないことだろう。
シュシュのついた嘘にララはそれでも先に進むのならと、さらなる精進を決心させる。
「うちの魔法使いもあんな大技使えればな」
鉄球でどんな強敵も倒してしまうその魔法使いは話の最中も久々に会えたユズに抱きついて離れず、フィナは伝わってくる感度に耐えるので必死である。
「その最硬の盾を貫くことは出来なかったが、魔法も弓矢も持たないお前たちの戦いを見届けることは許されるか?」
静かなるタンクのザーパフの申し出にシュシュは少しだけ迷ったが結局は断るのも変かと思い了承した。
ポークの手で仕留める用意もあるし、出来なかったとしても飼い猫を放てば問題もない。
(何より、試したかったことのひとつも出来るかもしれないしな)
翠のミラーボールと戯れる魔物はまたしても階層主である。
シュシュはこの後の予感を胸にしまって、再度の観察ののち速やかに仕留めることをフィナたちにも伝え、オスメたちとともにミラーボールの輝く池に戻る。
そこではみんなが一旦離脱したことを知らず、それでも回転に耐えながら翠と黄色の輝きを地上へと振りまくポークが奮戦していた。




