燃えてますっ
攻略済みの階層であればフィナたちが得意とする携帯ポータルの座標記憶機能を利用したギルドとの転移往復の繰り返しで、少ないストレス下での攻略が可能になる。
初日に、蟹爪で暴れて帰ってきたフィナが、ギルドにたむろする面々の反応を見て「もしかしてわたし臭い?」と気づき、眉を八の字にしたリハスが気まずそうに首肯したことで、愛用の武器は形を変えた。
何も新しい剣を買ったわけじゃない。フィナが振るえば蟹の甲殻も貫いたのだから、フィナ自身で片方ずつ刃の部分を残して切り取り、持ち手を付ける加工を施してもらった。
現状、65階層あたりで手に入るどんな剣よりも硬く切れ味鋭い蟹爪の双剣が正式に武器となっただけのことだ。
「嫌よ、お金が貯まったらちゃんとした武器を買うんだから。これはその時までの間に合わせなんだからねっ」
ぷいっとシュシュたちにそっぽ向いて言ったフィナだが、その後で形状に合わせた鞘まで新調しているのだから他のメンバーのニヤニヤが止まらない。
67階層の攻略に手を出しているのは今のところシュシュたちのパーティと、攻略済みの12人パーティだけだ。今なら手に入る素材も高く売れるわけだが、シュシュたちがこの階層を進めているのは金儲けのためじゃない。
「俺たちが進んでいた、あの湿地はなんだったのかってことよ」
自分たちも66階層から、上へと上がったはずだと。
「先の連中とは、その過程が違ったから……」
羊ルートを通った連中は、66階層で階層主不在などという立て看板を訝しみながらも、ひとつの戦闘もすることなく先へと足を踏み入れた。
「その前に俺たちは牛に喧嘩売ったんだっけか」
それも他の者たちは未経験のことだろう。
神のなり損ないを打ち砕き、湧き出る不死者を還し、彼らとは違う階層をシュシュたちは進んでいた。
「中身が黒いなんてことない、いつもの魔物たちばかりね」
今も羊と山羊の魔物を斬り捨てたフィナが、その死骸を前にそう口にする。
蟹は、異常であった。異常で異形であった。魔物以外の生き物は冒険者たちを除いて存在しない世界で、普通の蟹と比較なんてことも出来ないが、それでもこれまでの階層で出会わなかった不吉さを漂わせていた。
「転移ポータルで改めて67階層を指定して来た先が湿原じゃなくここだってのも不思議だろ。俺たちが67階層だと思ってたのは実際、どこだったのか」
それらの疑問ばかりでなく、シュシュには引っかかることがある。何故、と問おうにも自分ですら上手く言葉に出来ないようなものが。
実のところ68階層には飛べた。いや、シュシュたちが攻略した階層が67階層であったなら、の68階層へだ。魚たちを蹴散らしたあとに、一度は立ち入らないと記憶されないからだ。
そこには少しの陸地の他には水が広がるばかりだった。その場で進む決断を下すにはあまりにも不都合があるのを確認して65階層のギルドへ転移したところ、あのお祝いだったのだからシュシュたちが見た階層自体に疑問を抱いても仕方ない。
「俺たちが目指すのはあの12人と同じ階層に辿り着くことだ」
「こうして進んだあとには、そうなると願いたいものね」
シュシュたちが話しながら進む一見のどかな牧草地に見えるフィールドは起伏が激しく、陥没した場所で戦っていれば知らぬうちに次の群れに接近されていたり、かといって小高い場所で戦えば魔物に餌はここにあるぞと知らせることになり一手に敵を引きつけてしまう。
今も丘の向こうから一頭の羊の魔物が顔を出したかと思えば続けて何頭もの魔物が押し寄せてきた。
「わたしが行く」
「モエもなのですっ」
基本的に戦わないシュシュと戦えないポークを除いて大体いつもフィナとモエ、リハスの3人が交代で戦っている。
この場は2人でいけるとの判断でリハスがおやすみだ。先に駆けていったフィナが蟹双剣を振りかざして突撃するが、すぐに赤い球体がフィナのすぐ脇を真っ直ぐに通過する。
フィナたちに向かってきていた先頭の羊の顔面にモエの鉄球が炸裂すると、水風船が破裂するように中の魔法だけが放射状に拡散して魔物の群れに襲いかかった。
「ファイアなのですっ」
「びっくりした……って、ちょっ、延焼やばいっ」
もともと毛ダルマの羊の魔物には火の魔法がよく効いたのだろう。先のメンバーも集団で襲われた時などは追い払うのに重宝したと言っていた。
「モエのファイアは俺の知るのとは少し違うな」
「そりゃあよおっさん……液体状の炎なんだから違って当然だよな」
モエの繰り出した鉄球に物理的な威力はほとんど無かった。その代わりに弾けるようにして広がった炎は、逃げ惑う魔物にまとわりつき、確実にその肌を焼いていく。
慌てふためいた羊の群れは、互いにぶつかり合い火を移し広げて、地面に転がり体をこすりつけても火は消えない。さながらナパーム弾のように魔物たちを燃やし続け、酸素を奪い苦しめていく。
「モエさんの魔法がすごく効いていますっ」
「危ないからポークは俺の背中に乗れ。シュシュも少し後ろに行こう」
離れて応援するポークが自分の事のように喜ぶ。しかし目の前に広がっているのは燃え盛る体で走り回る羊の魔物が辺りの草花や木を巻き込んで延焼させながら、酸欠によだれを撒き散らしあえぐ火災現場である。少なくとも無邪気に喜ぶ光景ではない。
燃え広がり手をつけられなくなったフィナがモエに文句を言いながら後退し、モエはモエで自分の魔法のもたらした結果を満足そうに眺めている。
「瞬間的に燃やしてしまうファイアの魔法とは違ってなんともこれは……えげつないな」
「全部全部燃えてます!」
言いながらリハスはさらに退がり背中のポークの様子を伺うが、炎を見て嬉しそうにする子豚がなんとも言えず前に向き直った。
モエの魔力を糧に燃え続ける炎は、そうして魔物たちを焼き殺すか窒息で全滅させるかと思われたがそうはならなかった。
「……まあ、結局は初級魔法だってことだな」
「なのですぅ……」
体毛を焦がした羊たちがその炎が実はさほどの脅威でも無いと判断したらあとは早かった。
威力の低い初級魔法などは魔物がその魔力で内から反発させると呆気なく消えてしまった。あとに残ったのはいくらかの焼け野原と体毛をすっかり無くしてスリムになった羊の魔物たち。
「くるわよっ、もう!」
「こここ、今度こそなのですっ」
「モエ、魔法はとりあえずやめとけ」
「……はいなのですぅ」
突貫してくるスリム羊たちをフィナの双剣が迎えうち、またも鉄球を赤く染めようとしたモエはシュシュに止められ、いつもの物理で殴る戦闘で群れを難なく殲滅した。




