#31 『英雄の閉眼』
タイトルの意味がさらに少し明かされます。
アポーツを使って魔法結晶を手に入れたカロは魔導士ギルドのホンジュラスの元へと帰ってきた。
「はい。 持ってきたわよ。これでカフワは治せるのね?」
ホンジュラスはあっけに取られていたが、能力で向こうで起こっただいたいの事情は察していた。
会話の内容を聞いていたホンジュラスはカロがカフワの師である事を知り、同時に少女の姿からは想像もつかない力の持ち主であることを理解した。
「さすがカフワさんの師匠って所ですか。人は見かけによらないとはこの事ですね」
カロから魔法結晶を受け取るといそいそとカフワの元へ行き、なにやら呪文を呟きながら魔法結晶をカフワの方へと差し出す。
魔法結晶とは魔力を込めた物質とは異なり、魔力そのモノの塊なのだ。それ故希少であり、人工的に作るのは時間もかかり困難とされる。カロの持ってきた魔法結晶は博物館に飾ってあった事からも分かる通り、偶然鉱石の採掘場から発見されたかなり大きくてレアな物であった。
「依頼主には悪いけど、人の命が掛かってるんでね。ちょっと使わせてもらうよ」
すると蒼い結晶は光輝き、白く冷たくなっていたカフワの顔に生気が戻ってくる。
「カフワ!大丈夫?」
カロの心配そうな顔だけを見ると、とてもそんな強そうな魔導士には見えないだたの子供であった。ゆすってカフワを起こそうとするが、それをホンジュラスがそっと制止させる。
「目立った外傷も無いようですし、もう安心ですよ。衰弱してはいますが、魔力が戻った事でじきに体力も回復するでしょう。」
「……よかったぁ」
それを聞いて大きく息を吐き安堵して肩の力を抜くカロだった。
――その後。
カフワはすぐには意識を取り戻さなかったが、ギルドの医務室に運ばれカロはカフワの回復を待っていた。ホンジュラスはというと、明日の『地霊祭』の準備が忙しいとの事でその場から去ってしまっていた。
今度はカフワが喋らず反応がないという今までと逆の立場になったカロがつぶやく。
「知ってるカフワ? 私がカフワが寝てる間ずっと起きてた事。あんた、山の中なのに無防備に地上で寝てるんだもの……」
カフワから返事が無いと知りつつカロは続ける。
「知ってるカフワ? ホントは契約も呪縛の呪いも嘘で私が勝手に少しずつ魔力奪って寄生してただけって事」
カロは今まで教えていなかった事をカフワが聞いていないことをいいことに懺悔のように暴露し始めた。
「わたしね。すごく運が悪いの。昔からなぜだか不幸を呼び込んじゃうの。……だからね。キツい言葉を使って人を遠ざけてきた。誰にも頼らず孤独に生きようと誓った。独学で魔導を勉強して誰にも負けないように努力してきたのよ。それなのに、人に頼らないと生きられない体になるなんて皮肉なものよね。天才でも何でもないし。ホントダメな女でしょうが?」
カロはカフワと他に誰もいない医務室で語り続けた。今まで喋れなかった反動なのだろうか。たぶんきっと、そうなのだろう。カフワへのこの8ヶ月余りの想いをカロは初めて言葉にしていた。
「聞こえてる? わたしは本の中で動けない時もカフワの声だけは聞こえてたんだよ? だからカフワの辛そうな時、何も出来ない自分が嫌だった。不幸を呼ぶだけの存在の自分を呪いたかった……」
カロは夜通し語り続け、やがて疲れて眠ってしまった。
――翌日。
気がつくとカロはベッドに横になったカフワのお腹に覆いかぶさるように寝てしまっていた。
「いけない。寝すぎたわ」
一頻りカフワの顔を眺め息をしているのを確認すると、何かを決心した様に立ち上がり言った。
「さよならカフワ。ありがとう」
別れを告げてその場を去ろうとした時。
「待って。カロ」
「!? 起きたの?」
カフワが意識を取り戻しカロの手を掴んだ。
「夢じゃなかったんだね。カロがまた、俺を助けてくれたの」
「……私と居ると、きっとあんたはまた酷い目に合うわ。だから、行かせて」
どこまでカフワが聞いていたか分からないが、掴んだ手を振りほどき行こうとするカロ。
「カロに会う前はもっと酷かったよ。だから問題ない」
カフワはベッドから上体を起こしカロに向かってそう言う。
「問題ないって……昨日まで死にかかってたでしょうが」
そう、カロが魔法結晶を持って帰らねばそのまま衰弱死していたかもしれないのだ。カフワはそれを知らず、あっけらかんとしている。
「一緒ならまた、カロが助けてくれるでしょ?」
カロが目の前に居る居る安心感もあって事の重大さが分かっていないせいで起こるすれ違いがそこにあった。
利用するつもりで近づいた出会った頃と違い、カロにとってカフワが大事な存在になった事で自分に降りかかる不運の巻き添えにしたくないと考えるようになったのだ。
「そんな! いつか取り返しのつかない事になるのよ! そういう力があるの!」
カロは熱り立って大声を出す。
カロの凶兆星と呼ばれる生まれ持つ不運の力は、必ず周りに不幸を呼んできた。仲良くしていた人は皆ことごとく死んでいった。そういう物だと思っていた。実の妹ティピカすらもなるべく遠ざけ、物心ついた頃から一人で生きてきたカロの人生は常にこの運命との戦いだった。
その結果を知るカロだからこそ出る言葉だったが、カフワはこれに即答する。
「俺、もっと強くなるから。その為にはカロ。君が必要なんだ」
今まで自分の不運の力を知った者は皆去っていったが、それを知ってなお、求められる事はカロにとって初めての事であった。
「……」
涙をこらえ複雑な感情を押し込むように黙ってしまうカロ。
「そうだ! カロに会ったら見せようと思ってた物があるんだ」
そう言ってカロの掌を取った時。カロは元の本の姿に戻ってしまった。
手の上に乗った黒い本が喋る。
「やっぱり人間の姿に戻ったのは一時的だったのね」
「そもそもどうして人の姿だったの?」
そうカフワは問う。
「あの魔道具を使った影響でしょうね。あの時、カフワの魔力が私に流れ込んできてブルンジが来た時に元の姿に戻れたらって強く願ったら、人の姿になってたのよ」
「なんで本に戻ったんだろう?」
「多分貰った魔力使い果たしたせいだからでしょうね。結構魔法使っちゃったから」
「じゃあ、もう一度俺の魔力カロにあげれば人の姿になれるんじゃ?」
「あんた、それじゃまた魔力無くなってぶっ倒れるでしょうが」
「なんか試せばなんとかなりそうな気がするんだけどなぁ」
「あんた、魔道具の時もそうだけど、先の結果を予想して試しなさいよ! そんなんじゃ命が幾つあっても足りないでしょうが!」
「懐かしいねこの感じ! その怒りかた!」
思わずそのカロの発言に懐かしさを感じてしまが、これはいつも本気でカフワを心配するが故の叱咤なのだ。カフワ自身それは良くわかっているのだが、その真意を汲み取れていない節があった。
「茶化さないでよ! 本気で心配したんだから……」
「……分かったよカロ。でも俺。大丈夫だから」
その時だった。外で何かがぶつかったような音がして建物が凄まじい衝撃で揺れる。
「なにっ!? この強力な魔力波は!」
カロは自分ですら経験したことのない力に気づき驚く。
そのあとすぐに一人の男が目の前に音もなくスッと現れた。
「お久しぶりですカフワさん」
「あっ! あなたは確か!」
そこに居たのは魔導大会でカフワの参加するブロックで審判をしていた男、瞬間移動を得意とする魔導士サイフォンであった。
「この衝撃と揺れ。何かあったんですか?」
「緊急事態なので取り急ぎ何があったかと要件を伝えます」
そう言ってサイフォンがカフワの目を見て言った。
「英雄ヴェルス・ゼーベックが地霊に敗れ、死にました」




