#26 『闇は地霊の包囲網』
カフワは煌魔列車でティコの実家がある山村を目指した。最寄りの街の駅に着いた後、ここで一つの問題が起こる。
「どうしても駄目ですか?」
「残念ながら無理だねぇ。今からじゃ向こうへ着く頃には日が暮れるから危険だよ」
山村へ向かうには馬車を使うのが一番早いが、どこも行き先を告げると乗せてはくれなかった。理由はこうだった。
この時期の山には地霊と呼ばれる人に悪さをする精霊の動きが活発になり、夜中に山へ入ると襲われることがあるらしい。その為、地元の腕の立つ者でさえ夜中は山には入らないのが常識なのだそうだ。
山村の名は【シュヴァルツヴァルト】黒い森を意味するその村は密集して生える樹木によって遠くからでも黒く見える事からその名が付けられた。
ここへ目的の魔道具【白夜の御杖】を受け取りに行きたいのだが、現状交通手段がない。
カフワは気持ちだけが焦り一刻も早く杖を手に入れて自分の考えを確かめたかった。
そんなもどかしい気持ちの中、念架の呼び出し音が鳴る。
「グレイン? 急ににどうしたんだい?」
「ああ、カフワさん良かったです。連絡が取れて」
あの魔導大会以降、グレインもカフワと同様に魔導士ギルドのハンターとして働いていた。
グレインの物質を貼り付ける効果のある魔導特性は捕物においては特に優秀で、ギルド内での功績もカフワのライバルとして十分なほどの結果を残していた。
念架で連絡してきたグレインが続けてこう言う。
「直接話そうと思ってギルドに来たんですが、ホンジュラス氏に聞いたらカフワさんが休暇取って旅行に行ったと言うので……」
「何かあったの?」
「実はカフワさんが探していた人物の足取りが分かったので教えようと」
「……詳しく教えてくれ」
カフワはグレインから盗賊団ラーベ棟梁ブルンジのその後の足取りと、現在の拠点と思われる場所を聞き出した。
「わかった。ありがとうグレイン」
「いいんですよ。どうせ、戻ったらホンジュラス氏が教えるでしょうし。ところで今何処へ行ってるんですか?」
カフワは用事があって山村の【シュヴァルツヴァルト】を目指している事と、地霊のせいで馬車が出ず立ち往生している事をグレインに伝えた。
「偶然ですね。そこなら丁度、うちの師匠が温泉に入るって旅行に行ってますよ! もう今頃着いて温泉に入ってるんじゃないかな」
どうやらグレインの話によると【シュヴァルツヴァルト】には腰痛に良いと噂の温泉が沸いており、そこそこ有名らしい。
グレインの師匠【イブリック・シュトラウフ】は御年99歳になる老人魔導士であるが、一人でここまで旅行に来ているのだろうか?だとしたら凄まじい元気老人である。
英雄ヴェルスの異常な快活具合といい、魔力と老化には何らかの因果関係があるに違いない。
グレインはさらにこんな事を教えてくれた。
「僕も一度行ったことあるんですが、山に近づくにつれて温泉の煙が上がってるのが沢山見えるので歩きでも案外迷わずに行けますよ」だそうだ。
カフワはそれを聞いていてもたっても居られなくなり、歩いて山村を目指すことにした。地霊の件もいざとなったら、襲われても魔法で何とかなるだろう。それくらいの軽い気持ちでカフワは夕暮れが近づいた頃、山道へ歩いて向かうのであった。
――それから数時間。
「やっぱり、歩きではキツかったかなぁ」
あたりはすっかり暗闇に包まれ田舎の山道には当然民家もなく、唯一の明かりはカフワの魔力で灯す蒼い光球のみであった。
実際の距離はともかく、暗闇と歩きにくい坂道である事が目的地までの道のりを遠く険しいものに思わせられた。
幸いここまで地霊に出くわす事もなく、密林の上の方から覗く温泉の物と思われる煙雲が薄く見えるのが目印となり、山村に近づいているのが分かるのは救いだった。
そこから、さらに山奥に進んで立ち上がる煙が多く見えるようになった頃、ある異変に気付いた。
(この、煙なんか足元からも出てる。……これは……湯気じゃない!?)
白い『煙のようなもの』が足元に絡みつく。
「まさかっ!? これが地霊!」
そう気付いた時にはもう遅かった。
地霊のその特徴をよく聞いてなかったカフワにも落ち度があったが、まさか湯気に擬態して襲ってくるとは思ってもいなかった。
カフワの知っている【地霊】の情報とは『死んだ人間や生物の強い想い』が現世に留まり、大地に精霊として根付いてしまう霊の事を言う。
日の光を嫌い、夜にその活動が活発になるという。
いわゆる幽霊や悪霊の類である。
「まずいな……囲まれている」
回りを見渡すと、白い人影のような『靄』が沢山沸いて出て来る。
「やるしかない! 投げる魔導の石礫!」
鬱蒼とした木々に囲まれた暗闇の中、蒼く輝いた宝石は鈍く光る靄を貫き、消し飛ばした。
「一応、魔法は効くみたいだけどこの数……いけるか?」
今、見えているだけでも20体くらいは居るであろう地霊に、追加で地面からどんどん湧いて出てくる白い靄。
足に絡まった地霊を払おうとするが、カフワの手はすりぬけて物理的に触ることが出来ない。
カフワはルーン魔法で身を守り、この窮地を凌ごうとしたが何かがおかしい。
(これは、まずいぞ。魔力を吸われている!?)
足に絡まった地霊がカフワの力を奪っていく。
地霊に襲われて死ぬ人間は皆、死因が衰弱死で干からびて発見されると聞くが、こういう事だったのかと理解した。
背後から迫っていた地霊がさらにカフワに組み付き、魔力の吸収による疲労感がさらに増してゆく。
「くそっ! 散れっ! 投げる魔導の石礫!」
カフワの手から放たれた宝石魔法は広範囲に拡散し迫りくる地霊を一気に消し去ったが、それも束の間、さらにどんどん地面から沸いてくる白い靄
正直カフワは地霊の恐ろしさを侮っていた。たかが悪霊の1匹や2匹なんとでもなろうと思っていた。
毎日の修行で得た自信が逆に仇となり、ひとり窮地に陥ったカフワには持っている魔法で対抗する以外に手立ては無かった。
(カロならこんな時、どうアドバイスしてくれるだろう?)
多分また、カフワの勉強不足と危険を回避する注意力の無さを怒るだろう。
カフワは分かっていた。
自分のダメさ加減を。
自分の無知さ加減を。
頭が悪く思ったままに行動する後先考えない性格を。
……それでも。
「俺はこんな所で死ねないんだぁぁぁぁぁ!」
カフワは無限とも思える、迫りくる地霊の強襲を魔法で必死に蹴散らし続けた。
最初に襲われた場所から、かなり移動して山村に近づいた筈だが、まだ村の民家は見えず、この暗闇では近くにあったとしても、それすらも分からない。
とにかく、ただ生き残るために逃げ回り、孤独に悪霊と戦い続けた。
――それから、さらに数時間。
なるべく地霊から逃げて温存したカフワの魔力も底を尽きる。
山道を長時間走って移動した為、体力的にもカフワはもう限界であった。
そんなカフワの事情も知らず、生きた人間の生気を求め容赦なく沸いて出てくる地霊。
そこまで速くは追っては来ない地霊であったが、疲労困憊のカフワにはそのスピードにも対処出来なくなっていた。
背後から地霊に捕まり、残り少ない魔力を吸われる。
(くそっ! 魔法が出ない……だめだ……ここまでか)
更に後から来た沢山の地霊に取り憑かれ、あえなく意識を失ってゆくカフワ。
「哀惜せし浄化の光」
呪文と共に山道の上方からまるで昼間の様な強い光が照らされ、地霊はすべて浄化され消えてゆく。
「偶然の出会いでは無いと言う事か……危なかったの。カフワ殿」




