#25 『選ばれし者の軌跡』
カフワは生まれてすぐに田舎街の図書館に捨てられていた。
街の名は【ラウンフェルス】そこには街の丁度中央にそびえ立つ石造りの古城、ラウンフェルス城があり、その城こそが街の御神体を祀る重要建造物にして街の人々には様々な図書を自由に閲覧できる図書館として、毎日勤勉な人間の集まる神聖な場所であった。
ここアラビカ王国では、魔力を多く持つものは神に選ばれし優秀な存在。逆に魔力を持たぬ者は【ロブ】と呼ばれて嫌われ、迫害する差別的な考えの人間も少なからず居た。後にこれを良しとしない指導者が、この魔力を持たぬものを集めて新たな国家を作る事となる。
「あらあら、可愛い赤ちゃんですこと。いったいどうしたのかねぇ?」
「何かあったんですか? バジオラさん」
この古城の管理人兼、図書館の館長である初老の女性バジオラ。彼女が図書館の御神体前に捨てられていたカフワの第一発見者であった。
「あなた、神様にお供えされちゃったのかい?」
ここ【ラウンフェルス】では高い魔力を持つ子供を神に捧げ、生贄とする習慣があったがそれはもうずっと昔の話。今はそんな残酷な事をする人などもういなく、古い悪習として文献に残されていた。
「何言ってるんですかバジオラさん。捨て子ですよ」
その時、捨てられていた赤子は眠りから覚めて特有の泣き方で何かを訴える。
「……仕方ないわねぇ。ミルクを用意してくるわ」
――しばらくたってバジオラが戻ってきた頃。
「バジオラさん! ちょっと大変なんです!」
息を切らして駆け寄ってくる書籍管理手伝いの若い女性。
「どうしたのよ? そんなに慌てて」
「とにかく、来て下さい!」
バジオラがミルクを持って戻ってきた御神体前には、回りの棚の本が大量に落ちており一部は宙を回転するように舞っていた。その中心には蒼い魔力の光を放つ赤子が泣きわめいて異様な空間を作り出していた。
「これは……一体……」
「抱き上げようと思ったら、凄く泣いて暴れるので、うっかり落としたらこんな事に……」
空間をも歪ませるその蒼い魔力は全ての近寄るものを拒み、遠ざけるかのようであった。しかし、バジオラはそれに抗う。
「今、ミルクあげるからねぇ。お腹、すいてるんでしょう?」
「ちょっと、無茶ですよバジオラさん! あの中に入るなんて!」
近づく老女バジオラの頬に勢いよくぶつかる書物。当然痛いであろうが、それを物ともせず毅然としてミルクを赤子の口元に差し出す。
「ほぉら飲んだわ。やっぱりお腹がすいていたのね……」
そして、荒ぶる蒼い魔力と、飛び交う書物は静まり室内ではあるが嵐の後のような状態がそこに残った。
「この子は『カフワ』そう、カフワと名付けましょう」
『カフワ』とは、この地の古い言葉で『神に選ばれし者』を意味する。選ばれた者が必ずしも幸運とは限らないが、少なくともカフワは生まれながらにして、その強い魔力を持ち、己の子として選んだバジオラの愛により、捨て子は幸運にもしばらく図書館で育てられた。
だが、6年後カフワの幸運は終わりを告げる。バジオラの他界により親代わりで面倒を見る者が居なくなったのだ。
図書館に住み着いたカフワはまだ独りで生きていく術を持たず、本人の知らないうちにその人生は暗礁に乗り上げた。
しかし、神は完全にカフワを見放しはしていなかった。御神体に備えられる物の中の食料、その中に毎日あったポテトサラダ。芋を蒸して潰し、食べやすくした物にバジルなどの野草で彩りを加え薄く味付けされたカフワにとっての『ご飯』が毎日そこにあった。
誰が供物を供えるか?というと特に決まってはいなかったが、ラウンフェルスの農業で豊富に採れる芋のおかげでいつも誰かが置いていくポテトサラダ。
お腹の空いたカフワには心もお腹も満たされるコレが大好物だった。
もっとも、図書館に住み着いたバジオラの可愛がっていた子がそれを食べている事はお供えをする側の人達は皆、知っているのだが。
皆、それを知っていて自分が引き取る程では無いが、あの子に何かしてやりたい。そんな想いがカフワの命を繋いだ。
「えいゆう、えいゆう。ゔぇるすかっこいい!」
幼いカフワはある程度バジオラに読み書きを教わっていたが、親との交流の少なさや学校に通っていない事もあって同年代の子供と比べ明らかに知能が劣っていた。
暇になって図書館の本を読んだりもするが、難しい字は読めず、それ故特に絵本を好んだ。その本の中にあった物語『孤独なヴェルスが世界を救う』が大好きで毎日一度は読んだ。
カフワが10歳になる頃、その思いは人助けをする事を至高の喜びと考え、街で困ってる事に首を突っ込んだり、安い給料で物を運んだり必死で働いた。
相変わらず生活の拠点は無料で開放している古城図書館であったが、現管理人とも仲良くなり、カフワは独りで生きていく術を身につけつつあった。
16歳になったカフワは頑張って貯めた、なけなしのお金で一本の剣を買い英雄ヴェルスのようにもっと多くの人を助けたいと思い立って旅に出たのだ。
世間知らずで考えの甘かったカフワには、この先の出来事全てが試練となる。
人を助ける英雄どころか、自分が生きていくのもギリギリの厳しい現実にぶつかり苦悩するカフワ。
「本で見たようにはうまくいかないなぁー」
その一年後、あの『喋る魔導書カロ』と出会う事になるのだが――
「あんた、あとは自分でなんとかできるでしょうが」
「そんな! もっと手伝ってよ」
「ダメよ! 私はもういかなくちゃ」
「行くってどこへ?」
「あなたの知らないところよ」
「まってよ! まだ聞きたいことがあるんだ!」
「あんたならできるわ。今までも独りで、できてたでしょうが」
「俺を置いて行かないでよカロ!」
「ダメっていってるでしょうが。もう、どうしようも無いのよ……」
「俺を……孤独に……しないでくれよ」
「あなたは魔導の世界に入門したのよ。それは、そんな甘えた世界じゃないわ」
「そんなの聞いてないよ!」
「……じゃあね」
「カロ! 行かないでくれ! カロォォォォー」
「おにいちゃん! カフワおにいちゃん!」
どこかで聞き覚えのある声で呼ばれる。ここは……どこだ?
「おにいちゃん! うなされてたヨォ あせもびっしょりだヨォ」
呼んでいたのは人魚少女のティコだった。
そうだ、俺は彼女の家に来て一晩泊めてもらったのだった。
「ああ、ちょっと悪い夢を見てたんだ。ありがとうティコ。もう大丈夫」
「もうあさなんだヨォ」
カフワはティコとその両親に礼を告げ、もしかしたらカロともう一度会えるかもしれないという一縷の望みを賭けて、ティコの実家にあると言うもう一本の【白夜の御杖】を受け取るために、ブレメンの街を後にしたのだった。




