#23 『追憶の旅』
――カフワにとってあの忌まわしき事件からもうすぐ半年が経とうとしていた。
「はい……その建物の中で間違いありません……でも本当に独りで大丈夫ですか? もう少し待ってくれれば応援も出せますが……必要な装備も手配できますよ」
「大丈夫だ問題ない」
カフワは国内では名のしれた賞金首ハンターとしてとして生計を立てていた。
「最近ずっと働きっぱなしじゃないですか? たまには休んでゆっくり温泉旅行でもしたらどうですかね?」
「……考えておくよ。着いたから念架は切るよ結果は、また報告する」
念架で連絡を取っていたホンジュラスは魔導士ギルトのギルド長であり、同時に遠くの微弱な魔力も探知できる情報収集能力に長けた魔導士であった。カフワは彼の協力により、これまで沢山の重犯罪を犯した賞金首を捕獲してきた。
そして今回カフワは、魔導士を嫌いテロ活動を起こしてきた犯罪組織のアジトに単独で潜入しようとしていた。
「数は10と言っていたか……そこまで大きな組織ではないようだな」
ホンジュラスに事前に情報をもらって敵の戦力は知れていた。
「……行くよカロ」
右手に抱えた黒い本を一瞬見てつぶやく。
人がいるにして静かすぎる5階建ての建物にカフワはそっと近づき、窓下の影で鏡を練成して鏡越しに中の様子を伺う。
「いるな。少し動きづらいがアレを使うか……」
そう、つぶやくとカフワは堂々と正面入口より敵アジトへドアを開けて入っていった。
「誰だ? ドア開けっ放しにしたやつは? 中が丸見えじゃねーかっ……うっ」
(……まず一人)
こっそりと建物の中を物色するカフワ。
(……あった。この形状は間違いない。爆散系魔道具が沢山置いてある……よし、証拠としては十分だな)
「どうかしたか? ウバっっておい! どうした!……ドアが開いてるぞ」
(ちっ、もうバレたか)
カフワは入り口に立っていた男を静かに気絶させただけだったが、それに気づいてまた2人の男が寄ってくる。
「だれだ! 誰かいるのか! 出てこい!……ぐっ」
「なんだ、なんだ?……ガハッ!」
新たに来た2人を倒すため、カフワは魔法を使ってしまったせいで『ガシャーン』と大きな音を立て飾り瓶が割れる音が建物内に響く。
(……あと7人)
「おい! 侵入者だ! 下の階だ! いそげ!」
大きな音で組織の他の奴らにもカフワの存在がバレてしまったが、カフワは冷静であった。過去にも何度もこういった犯罪者を捕まえてきている事と、毎日欠かさないの魔導の修行により、カフワは己の能力に自信を付け始めていた。
「……どういう事だ……誰もいねぇ。人の気配もまったくないぞ」
「……そんな筈はねぇ! 探せ!」
「やっぱり誰も居ないぜ」
潜んでいたカフワは正面玄関のロビーに4人集まった所で行動を起こした。
「投げる魔導の石礫!」
「うがぁぁあっ!」
複数の宝石がどこからともなく飛び交い、一瞬にして倒れゆく3人の男たち。カフワの蒼い魔力の残光が宝石を包み部屋のあちこちに刺さっていた。
「……これは宝石! 魔法か!」
「一人撃ち漏らしたか、まだまだ俺、修行不足だな」
「どこだ! どこに隠れてやがる!」
「ここだよ」
「がっ……」
挙動不審になっていた男はカフワが姿を現すと同時に殴られ気を失う。
「ふぅ。これであと3人か、ガヨウ、あんたに貰ったこの【隠者の狢外套】役に立つどころかもう俺の生活必需品だよ」
姿を表したカフワは姿を隠す魔道具の副作用で狸耳と尻尾を生やしていた。もっとも狸耳は恥ずかしいので深くフードを被って隠してあるのだが。
「よし、あと3人は上の階だな」
カフワはまた【隠者の狢外套】で姿を隠し、建物内の探索を続ける。
「……誰も居ないな、もう4階なのに……うん? これは?」
広い一室になっている4階でカフワは机に置かれて開いている本の奇妙な走り書きを見た。
「……これはっ!」
それは、もうすぐ首都で行われる【地霊祭】の会場を爆破して邪魔するテロ実行計画書であった。それに興味を持ち本の内容を読んでいる時だった。
「ザシュッ!」
かふわの手を飛んできたナイフが掠め切り血が滴る。
「そこに居るな、出てこい!」
「よく見ると足跡が見えているぞ!」
後ろに立っていたのは今までの男たちとは明らかに格の違う、体中に投げナイフを仕込んだ2人の男が立っていた。
「俺達を敵に回して生きて帰れると思うなよ」
「ヤクトメッサーの【アーズ】と【シレット】と言えば聞いたことくらいあるだろう」
アーズとシレットは兄弟のナイフ投げの達人で特に魔導士を狙った数々の殺人事件を起こしている凶悪犯罪者であった。
「知ってるさ、その情報を頼りに来たんだからな」
そう言ってカフワは姿を表した。
「おまえも知ってるぞ、確か通り名が【黒い本を持つ魔導士】宝石を投げる魔導士らしいな」
シレットにはカフワの情報までがバレているようだが、カフワは冷静に振り返る。
「俺達のナイフとどっちが強いかなぁ!」
そして勝負は一瞬で決まった。
大量に投げられたナイフだったが、カフワには一本たりともかすりもしなかった。
「なっ!? 一体どこから……ぐふっ」
「悪いな。情報と違って。もう、投げなくても宝石は出せるんだよ。まだそんなに威力は出ないけどね。あとコレ磁石。金属は俺には効かないよ」
アーズとシレットは2人共、カフワのかざした手の方角から後頭部に宝石をぶつけられ意識を失う。
「……あと一人だな」
そこへ念架での呼び出し音が聞こえてきた。
「ホンジュラスからだ……おかしいな? 作戦中なの知ってるはずなのに」
このタイミングで連絡があるのは不自然だと思ったが、念架でホンジュラスと連絡を取るカフワ。
「カフワさん! 聞こえますか! すぐその建物から出て下さい!」
「どうしたんですか? そんなに焦って」
「凄い量の魔力反応が、その場所で大きくなってるんです。すぐに逃げて下さい!」
「なんだって!」
カフワは急いで外へ出たと思った瞬間、5階からの最初の爆発を発端に各階が爆散系魔道具に呼応し連続で爆発して建物が吹き飛んでゆく。
「……危なかった。さすがにあれに巻き込まれたら死んでたよ。ありがとうホンジュラス」
「中に何かありましたか?」
カフワは中にテロに使うらしき凶器や爆発物が沢山あった事、【地霊祭】の会場を爆破するテロ実行計画書があった事を報告した。
「なるほど……完全に証拠隠滅の動きですね。他にも何か企んでるかもしれません」
「アーズとシレットって奴を倒したよ。手加減したけど、あの爆発じゃダメだろうけどね」
「あとはわたくし共で始末しますよ。お疲れ様でした。報酬はいつもの口座に入れておきます」
この仕事でカフワはまた大金を手に入れ、その生活は潤っていた。ただ、心の渇きは満たされないまま時間は過ぎ去っていく。
「……たまには行くか、旅行に」
カフワは久しぶりに【煌魔列車】に乗り、懐かしい景色を見る旅に出た。
あのカロが居た頃に見た景色を辿る、追憶の旅に。




