急:やりすぎだよ! バラゲールさん
俺と莉央ちゃんは、大統領に就任したバラゲールさんの秘書官になった。
(サラッと書いてるけどとんでもない事で、いつもの莉央ちゃんのハッタリスキルに助けられた)
「わしの下で働く上で、大前提となる話をしておこう。
『ドミニカの松は……人命より遥かに重いっ……!!』」
「…………へ?」
「松だけではない。我が国の森林は、国の命そのものなのだ。
トルヒーヨが暗殺されてから、国民はこぞって森林を乱伐しようとしているが……わしは絶対に許さん。
金持ちも貧乏人も区別なく、勝手に木を伐った者は容赦なく処断するので、そのつもりでな!」
いきなりバラゲールさん、とんでもなく過激な事を言い始めたぞ?
「へ、へえ~……バラゲールさん。自然保護にそんなに熱心だったんすか」
「勘違いするな。木が無くなったらドミニカが立ち行かなくなるから、そう言っておるだけだ。
我が国の電力は何でまかなっていると思っておる? 水力発電だぞ?
国民こぞって無計画に森林伐採しまくれば、丸坊主になった山は水を貯える力を失う。そうなれば今までのように電気を使えなくなってしまうのだ!」
もともとトルヒーヨの時代から、森林伐採に関しては厳しい規制があった。
ドミニカにはなんと、74箇所もの国立保護公園が存在し、国民の立ち入りを厳重に禁じていたのである。
「トルヒーヨは私腹の肥やし方をよく心得ておった。『少ないからこそ価値がある』。
誰も彼もが伐ってしまえば、希少性など無くなってしまうし、植林しても追いつかなくなるだろう。
高級品の松をこの国から無くす訳にはいかんのだよ。ドミニカの未来の為にも!」
バラゲールさんの森林保護政策は……言葉通り、非常に過激なものだった。
彼が最初にした事。それは国中の製材所の閉鎖である。
「なるほど。全部の施設を止めてしまえば、木を伐っても無意味……って!
いきなりスゲエ強硬手段だな!?」
「こんなのまだまだ序の口です。ドミニカの違法伐採者たちはそれでも諦めませんでしたし」
製材所が動かないというのに、こっそり木を盗もうとする輩は後を絶たなかった。
そこでバラゲールさんは更なる強硬手段に出る。軍隊を動かし、違法伐採者を10人、問答無用で射殺したのだ。
「やっべえ、本当にやりやがった……!」
「でもいい見せしめになりましたね。この後もバラゲールさんはドミニカの森林を守るため、次々と手を打ちます」
バラゲールさんは耳を疑うような大統領令を、矢継ぎ早に打ち出した。
ひとつは「農業で火を使うの禁止」。木炭を燃料に使う事がこれで封じられてしまう。
そしてもうひとつは「柵を作る時は、根っこのある木で作らねばならない」。これもムチャクチャな命令である。
「いやフツー、根っこつきの柵なんて作らないし……」
「実質的にドミニカ産の木材は使うなと宣言しているに等しいですね」
大統領令の違反者は身分も財産も関係なく、容赦なく罰せられ、投獄され、拷問された。
「たっ、助けてくれ! 俺は大地主のロドリゲス親分にそそのかされただけなんだ!
それに俺には、腹を空かせて帰りを待っている妻と子供が7人も……!」
「そうかそうか、そいつは可哀想だな。だが罪は罪! 情状酌量はできん。
貴様が貧乏だろうが金持ちだろうが、それは問題ではない。違法に木を伐ろうとした、それだけが問題なのだ!
貴様の妻と子供にその身を以て伝えろ。ドミニカの財産たる木を盗もうとしたらどうなるのかをなァ!」
「ひいいいいいいッッ!?」
……バラゲールさんマジぱねえっす。
ちなみに不足した木材は他国から格安のものを輸入、燃料もやはり外国から買った液化天然ガスに切り替える事で、どうにか乗り切ったようだ。
「もちろん、バラゲールさんの天下がずっと続いた訳ではありません。
輸出品である砂糖の価格が下落して不景気になった時、敵対勢力に政権の座を明け渡しています。
で、敵対勢力が実権を握った途端、待ってましたと言わんばかりに森林伐採のスピードが増すのです」
「うーん。過剰なまでに抑圧された反動なのかもしれねえが……みんな木を伐りたくてしょうがねえんだな」
この後もドミニカは、バラゲールが返り咲く→森林保護が強化される→バラゲールが失脚する→森林伐採が進行する、の黄金パターンを繰り返す事になる。
当のドミニカ国民は大真面目なんだろうが、傍から見てるとコントみたいだなオイ!
そんなバラゲールさんも御年94になり、政界を引退。目も見えなくなり病気がちになった。
しかしここで、彼は最後の大仕事をやってのける。
「フェルナンデス現大統領め、性懲りもなく環境保護政策の緩和をやろうとしておるな。そうはさせるか」
ホントこのやり取り、何回目だろう。バラゲールさんがいなくなると、現職のトップは人気取りのため、必ず森林伐採の促進にゴーサインを出そうとするのだ。
そこでバラゲールさん、次期大統領候補とタッグを組んで、自分が出した大統領令の改正には議会が承認しなければならない、と法改正をやってのけた。このせいでフェルナンデスの企みは水泡に帰してしまったのである。
「いや~ホント、すごいっすねバラゲールさん。経済発展と環境保護の両立なんて……隣のデュヴァリエ親子とは大違いだ!」
「わしは大した事はしとらんよ。それにもしわしがハイチの大統領だったら……きっとデュヴァリエと同じ事をしておっただろう」
「え…………?」
意味深な言葉を残したバラゲールさんは2年後、亡くなった。享年96歳。文句なしの大往生である。




