プロローグ:いつもの
* 今回のあらすじ *
俺は歴史好きの高校生・下田一郎!
クールな幼馴染・莉央ちゃんと共に、6~7世紀の日本、つまり飛鳥時代にタイムスリップしていたぜ!
「聖徳太子非実在説って、内容からして超ナンセンスなんですよ。
いないものをいないと言う『悪魔の証明』は論証学上、不可能。それは歴史においても同じ事。
第一、厩戸皇子の存在は認めてるくせに聖徳太子を認めない、というのが意味不明です」
相変わらず切り口が容赦ない莉央ちゃん。
聖徳太子の実在が疑われたのって、彼に関する文献内容が色々盛られ過ぎなのが原因なんだけど……そもそも何でそんな事に?
「知ってるか莉央ちゃん。聖徳太子って実はいなかったらしいぜ!」
俺の開口一番を聞いた途端、クールな幼馴染・莉央ちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。
「朝の挨拶代わりにしても、何を言い出すかと思えば……
下田さん。一体どこの誰から、そんな話を吹き込まれたのですか?」
「え。吹き込まれたって……だってさぁ、ホントは厩戸皇子って言うんだろ?
聖徳太子って呼称は、本人没後の史書で作られた造語みたいなモンだって、ネットの記事に書いてあったぜ!
一時期、歴史の教科書から名前が消えてたのも、ソレが理由なんだろ?」
「いやその……その理屈で行くなら、東ローマ帝国を『ビザンツ帝国』って呼ぶのもNGになってしまいますが」
「む。言われてみればそーだな……でもよ、日本書紀に書かれてる『聖徳太子の実績』って、どれもこれも本人がやったのかどうか怪しいそうじゃねーか。
冠位十二階も十七条憲法も、ホントは太子の実績じゃないのに、太子の箔付けの為にぜーんぶ彼の功績って事にしたんじゃねーの?」
「下田さん。『悪魔の証明』ってご存知ですか?」
「ん? ああ。確か『存在しないものを存在しない、と証明する事は不可能である』って話だろ?」
「ええ。百歩譲って、仮に日本書紀の記述がいかにも嘘くさく、疑わしかったとしても『聖徳太子はいなかった』って断言する事は不可能です。
そもそもがして、厩戸皇子の存在は認めているのに、聖徳太子の存在は認めないって、意味不明だと思いませんか?」
「むう。じゃあどーして一時、『聖徳太子非実在説』なんてのが、あんなに持て囃されてたんだよ?」
俺が素朴な疑問を口にすると――莉央ちゃんは眼鏡をクイ、と持ち上げてから、自信満々に言った。
「ズバリ――センセーショナルな発表をした方が、発言者が目立てるからでしょう。
チマチマ『日本書紀のここがおかしい』と言い上げるより、『聖徳太子なんていなかったんだよ!』とブチ上げた方が、
『な、なんだってー!?』『一体どういう事だ○バヤシ!?』とか、みんなビックリするじゃないですか」
「……えぇえ……」
しかし俺としては、非実在説を推す連中の言い分も分からなくはないんだよな。
聖徳太子の実績や逸話はとにかく、諸手を上げてベタ褒め。中には話を盛っているとか、そんなレベルではない記述も存在する。
「なーんだ、そんな事ですか。史書なんて所詮、勝者による捏造なのです。
裏を返せば、歴史の勝者は『自分の事をかっこよく書く権利』をゲットできる、という事」
「ミもフタもねえな!?」
しかし、だとすると腑に落ちない、と俺は思った。
何しろ「日本書紀」が編纂され始めた時代――7世紀末にはとうに、聖徳太子の血筋は途絶えていたのだから。
「誰が何のためにそんな事を……?
単純に天皇家の箔付けの為、じゃ説明しきれないと思うんだが……」
「歴史とは、正しい・間違っているを判定するだけの○×クイズではありません。れっきとした学問です。
仮に話が盛られたとして、何故そうなったのか……それは私も気になります」
いつになく言葉に熱が入る莉央ちゃんの瞳を覗き込んでいる内に――いつの間にか景色が変わっていた。
「…………あ。やっちゃいましたね? いっけないんだぁ、下田さんったら」
「いや今回のタイムスリップは、どう考えても莉央ちゃんのせいだよね? 俺よりずっと力説しまくってたじゃん」
今更、責任のなすりつけ合いをしても始まらないのは、重々承知しているが。
俺と莉央ちゃんはいつものように、またしても過去の歴史へとタイムスリップしていたのだった。




