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46.襲撃側と防衛側





「――というわけで、七番隊採用試験は襲撃と防衛。こちらは襲撃側となるから」


 七番隊副隊長ジェリン・コーズエルは、とある倉庫に連れてきた五人の受験者に向かって、今年の試験の簡単な説明を終えた。


 ジェリンは、人数合わせにして主旨の説明及び誘導を兼ねた試験官として、襲撃側の一員として参加する。

 当然、主導は受験者に委ねられる。あくまでも人数合わせの意味が強い。


 ……という説明で納得させたが、本当の理由は、防衛側にいる魔帝令嬢フレイオージュ・オートミールの存在である。


 ここまでの課題と、先の魔力測定の結果から鑑みて、フレイオージュを並の受験者扱いしては試験自体がめちゃくちゃになりそうだったからだ。

 それで迷惑を被るのは、受験者たちである。


 七番隊の隊長イクシア・ノーチラスは、フレイオージュに七番隊の採用試験を受けさせる気はさらさらなかった。

 少なくとも、彼女が士官学校を卒業するまでは、その選択肢を与える気はなかった。


 騎士団長グライドン・ライアードから直々の命が下ったがゆえに、こうなったのだ。


 今年の受験は、少々異例だ。

 というのも、フレイオージュ個人の実力が高すぎることが上げられる。例年やってきた採用試験なら、間違いなく受かる実力があると見なした。


 それゆえの、チーム戦である。


 ――ものすごく簡単に言えば、フレイオージュに足手まといを付けることにしたのだ。


 個人の実力だけでは絶対に勝てない、そんな勝負方法を選んだ。

 それが、この攻防戦である。


 これまでの課題でフレイオージュの実力は、もはや士官学校生レベルではないことは判明している。もしかしたらすでに隊長格でさえあるかもしれない。魔帝ランクに恥じない力がある。

 だが、それは個人での話。

 次は協調性を試すまで。


 ――もっと言うと、一度くらいははっきり失敗をさせてやりたい。


 本物の騎士になれば、失敗は直で誰かの命に関わる。

 まだ本物の騎士じゃない内に、まだ失敗で誰の命も脅かされない内に、経験を積ませてやりたい。


 成功より失敗の方が、学ぶべきことは多いから。


「――もう一度だけ確認したいんですけど」


 小さく挙手して発言したのは、ヤンナ・フレーバーだ。


「試験官も手伝ってくれるんですよね?」


「ええ。でも情報は漏らせないから。できるのは命令通り動くくらいね」


「結構です。実力があるなら」


 さすがヤンナ、ジェリンの役割をすでに理解している。


 ――軍部所属ヤンナ・フレーバー。軍師の卵である。もちろんジェリンが七番隊副隊長であることも知っている。


「私に指揮を執らせて」


 と、受験者たちに言う。

 面識がないしヤンナの立場もわからない受験者たちは戸惑うばかりだ、が。


「私、エーテルグレッサ王国の軍部所属なの」


 ヤンナが身元を明かしたところで、戸惑いが驚きと迷いに変じた。


「でね、防衛側にも軍部の同僚がいるの。きっとあいつが指揮官となって防衛線を張るはずだわ。

 試験云々の前に、あいつには負けたくない。ライバルなの」


 予想通りの結果である。


 イクシアは攻防両側がきちんと対立することを想定して、軍部から二人を選出した。

 それが、ヤンナとスズリ――向こうではアルマと偽名を付けられた者だ。


 これで、少なくとも泥仕合のような勝負にはなるまい。


「じゃあ始めようか。まず標的となる屋敷の見取り図を入手するから――」


 とりあえず任せてみようということになり、ヤンナが指揮権を握る。


 彼女はもう、ジェリンがここにいる理由をわかっている。


 ――七番隊では隊長に次ぐ実力者であるジェリン・コーズエルは、対フレイオージュのためのカードだ。

 指揮官の使い方次第だが……この分なら、間違いなく、ぶつける指示を出すことだろう。





 襲撃決行は、五日目か六日目の夜と定めた。


「できれば初日すぐに、なんて速攻も掛けてみたいけどね」と語ったヤンナは、しかし対象の屋敷に関する情報がなさすぎるとして断念した。

 きっとあいつもこの辺で読んでるだろうけど、とぼやきながら。


 屋敷の見取り図や特殊な道具類は、申請式で手に入るようになっている。

 本物の裏組織の者なら、かなりの大枚をはたけば公爵家の屋敷の見取り図を手に入れる伝手もあるかもしれないが、さすがにそこまでさせるわけにはいかない。


 そもそもこの手の攻防は、襲撃側が不利なのだ。

 今回は、その襲撃側の不利をできるだけ緩和するべく、申請すればだいたいの物は手に入るようにしてある。


 代償は、時間だ。

 何かを申請すれば、襲撃できない期間が設けられることになっている。


 そして、七日以内に襲撃を行うことが義務付けられており、もしそれを無視すれば襲撃側の負けが確定する。つまりタイムリミットがあるのだ。


 屋敷の見取り図。

 この場合の代償は「一日」で、ヤンナは躊躇なくそれを要求した。


 それから、見取り図を睨みながら策を練る。

 どこに何があるかを予想して埋めつつ、絶対に発覚されない距離の建物から屋敷を見張り、夜回りのローテーションを把握していく。


「――チッ。スズリめ、魔帝を牽制に使ってるな……」


 夜の見張りと見回りに、これ見よがしに輝く妖精を連れた女がいることが発覚した。


 これは、襲撃側に見られることを前提とした行動だ。

 噂の魔帝ランクの実力は、騎士に興味がない者でさえ、知る者は知っているほど有名なのだ。

 大口の就職先が掛かっているこの状況で、悪戯に手を出していい相手ではない。


「――部屋の明かりが消えるタイミングからして、家主の部屋はここだと思う」


 バルコニーのある二階の部屋だ。

 この部屋の明かりが消えた後、魔帝令嬢の見張りと見回りが始まる。


「――けど、なぁ……」


 観察だけでそれを割り出したヤンナに受験者たちの目が輝くが、しかしヤンナはそんなに簡単に割り出せることに違和感を感じている。


 あのスズリが、自分のライバルが、そう簡単にそんな情報を漏らすか、と。

 むしろ罠の可能性が高いと思う。


 たとえば、家主に進言して部屋の明かりを消させた後に部屋を変えている、とか。

 いざ襲撃を仕掛けてみたらベッドはもぬけの空だった、とか。


 家主。

 財産。

 秘密。


 この三つの中のどれかを狙う必要があり、もっとも簡単な家主を狙うことを考えていたが――どうにも踏ん切りがつかない。


 というか、だ。


「……いや、そもそも、こんな常識的なことを考えてたんじゃ出し抜ける気がしない……」


 あーもう、と頭をガリガリ掻いて。

 ヤンナの苦悩は続く。


 そして、四日目の夜に結論を出した。





「――一か八かになるけど、乗ってくれる?」


 元々襲撃側が不利な攻防戦である。

 だからこそ、いっそ賭けに出た方が可能性は高いとヤンナは判断した。


「――これが一番可能性が高いと思うんだけど……」


 このまま常識的な攻め手を打てば、間違いなく攻防戦で負ける。


 だからこそ。


「――全員捨て駒になってほしい。もちろん私も捨て駒になるから……あっ、ちょっ、殴るのは! 蹴るのも! 最後まで話を痛いっ!」


 ヤンナはぼっこぼこにされた。


 大口の就職先が掛かっているのに、なぜわざわざ捨て駒にならねばならないのか。

 受験者たちは本気で七番隊に入りたいし、王女騎士隊(プリンセスガード)の一員になりたいのだ。

 職務上どうしたって高位貴族や王族と会う機会が多いはず――見初められて玉の輿に乗ることだって夢ではない、まさに夢のような職場なのである。誰でも受けられるわけではない、人生を賭けるに足る採用試験なのだ。


 それを。

 言うに事欠いて、捨て駒になれだと。


 指揮官としての能力はしっかり認めているが、それとこれとは話が別だ。

 一か八かの賭けに出た結果試合に勝ったところで、採用されなければ意味がないのだ。銅貨一枚だって貰えないのだ。なんならこの試験中しっかり働いた分がタダ働きになるのだ。


「――ま、まあまあ。落ち着いて。泣いてるから」


 本気で殴る蹴るされていたわけではないが、結構怖かったらしい。ヤンナは泣きながらジェリンの後ろに隠れた。


「――でも捨て駒云々はともかく、とりあえず勝たないと採用はないと思うわ。で、ヤンナがあれだけ考えて考えて考え抜いて、これが一番可能性が高いと結論を出したわけでしょ? むしろ乗る以外がないと思うんだけど」


 言われてみればその通りである。

 ヤンナがずっと策を考えていたことは全員知っている。誰よりも勝つことを考えていたのをずっと見てきた。


 一時の感情で殴ったり蹴ったり泣かせたりしてしまったが――それでも信頼が揺らいだわけではない。


 そう、結局、どう考えてもその策に乗るしかないのだ。

 それが一番勝率が高いと言うなら、猶更だ。今ここで団結が崩れバラバラに行動する方がよっぽど悲惨である。


「――も、もう殴らない……?」


 ビクビクしているヤンナに詫びを入れ、詳細を聞く――








 そして、五日目の夜。


「――最終確認をする」


 夜も更けた頃、標的の屋敷のすぐ近くに、黒い衣服で統一した六人の女たちがいた。


 雨が降りそうな天気である。

 できれば雨を待って、視界と足音を殺してもらいたかったが、そう上手くはいかない。


 これでも待った方だ。

 これ以上は待てないので、決行だ。


「あなたとあなたは、窓から侵入。

 あなたとあなたは家主の部屋らしき二階のあの部屋に。恐らくいないか替え玉がベッドにいると思うけど、騙された振りをして騒ぎを起こしつつ足止めを」


 この四人は陽動に近い。

 つまり、捨て駒だ。


 もちろん捨て駒扱いにも納得している。


「じゃあ行って」


 四人は音もなく闇夜に消え、所定の位置へと向かった。


「……どう? うまく行きそう?」


 ヤンナと二人きりになったところで、ジェリンは問う。


「勝率は、二割もあれば上等ですかね……」


 二人きりなので、ヤンナは試験官にして七番隊副隊長としてのジェリンに苦笑いを向ける。


「でもまあ、贅沢は言えませんよ。ジェリン副隊長が一番大変ですからね」


「……はは……」


 覚悟はしていたが、いざとなると、やはり気持ちが込み上げてくるものである。

 正直、負ける未来しか想像できないジェリンである。


 ――ジェリンは、フレイオージュの足止めの役目を負わされている。


 仕掛ける時こそヤンナと二人掛かりになるが、それからは一対一である。


 もちろん、簡単に負けるつもりはない。

 実戦経験の差でなんとか食い下がるつもりだが……まあ、やはり、勝つ自信はない。そう長くは足止めできないだろう。


「――そろそろ行きましょうか」


 襲撃が始まる。





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