37.第三期課題終了とアサビーの性癖開花
「――では、これにて第三期課題である能力測定を終了します」
第一期、第二期と違い、第三期課題は現地解散となった。
試験官としてまさかの二番隊隊長ベルクオッソ・ベイガーが襲来し、英雄の名に恥じぬ単騎無双で十番隊と訓練生を踏みにじり、大きく時間を短縮した上での解散である。
今から帰れば、王都の隠れ家的な小洒落たレストランで優雅なランチに間に合うだろう。
その元気があれば、だが。
十番隊隊長リステマも、隊員も、一瞬で転がされたせいで埃っぽくなった。
それは何も、身体だけの話ではない。
プライドだってしっかり薄汚れてしまっている。
もう単純に、魔法使いと戦士が物理でやり合った結果の蹂躙劇である。
もはや「相手が悪い」「条件が悪い」「あまりにも不利」「せめて身体強化をさせろ」「やらせ」「卑劣」「それより娘の恋人くたばれ」「脳筋には敵いませんねぇ」「ケンカしてきた妻が俺の短剣コレクションを捨ててないだろうか」「彼らは野蛮な腕力、私たちは優美なる魔力という住み分けは必要」などと、気持ちを切り替えて気にしない方向に考えてもいいのだが。
なまじ魔法に精通し、頭がいい者が多い十番隊だけに、薄汚れた身体と心に思うことはあった。
――訓練生時代より衰えているな、と。
あの頃は毎日のように剣も魔法も鍛えていたが、十番隊に入ってからは魔法ばかりに傾倒していた者しかいない。
「暴れ足りん!」
瞬く間に十番隊を薄汚れた隊にしてくれた英雄が、馬に飛び乗る。
「わしらはこのまま狩りにいく! ではな! ハァッ!」
掛け声とともに馬を蹴り、吹き荒れた一陣の暴風は出番のなかった部下を連れて駆けていった。
来るのもあっという間なら、去るのもあっという間だった。
――疲れた。
薄汚れた面々は、光を失った目で二番隊の英雄の背中を見送るのだった。
「……はい、じゃあ、解散」
疲れ切ったリステマの力のない解散の号令に力のない敬礼を返し、力なく整列する十番隊と訓練生は力なく散っていくのだった。
散々だった。
そう、散々だった。
「……はあ」
隊を解散させたリステマは溜息を吐いた。
色々と、本当に、散々だった。
彼我の力量差を見せつけて後悔させてやろうと、魔帝フレイオージュの能力測定を買って出たはいいが。
どう贔屓に見ても、すべての項目で惨敗である。
魔帝ランク。
これほどのものなのか。
――いや、魔法に長けているリステマや十番隊にはわかっている。
あれは魔力が高いだけ、素質があるだけの存在ではなく、相応の努力があってこそ辿り着いた領域にいる。そこを疑う者はいないだろう。
今回の能力測定で、それだけははっきりわかった――これで魔法騎士団に蔓延している「果たしてフレイオージュの実力は本物なのか」という疑惑は解消されることだろう。
ちなみに今回の課題は能力測定なので、過去の現役騎士たちの測定データと照らし合わせた後、後日手紙にて訓練生の課題評価が下されることになっている。
まあ、フレイオージュは誰がどう見ても金評価だが。
評価が下される前から、誰の目にも明らかだ。
むしろあれだけの結果を出して最高評価の金が出ないなら、逆にどうやれば金が出るのかという話になってしまう。
誰からも文句の言いようがない、問答無用の金評価である。むしろ金を出さないと文句が出そうだ。
「隊長、お疲れ様でした」
女性騎士アサビーが、傍目にちょっと元気がないリステマに声を掛ける。
「君もね。……試験官がベルクオッソ殿とは思いませんでしたよ」
「あれはひどいですよね……」
根っからの武人気質であるベルクオッソは、手加減というものを知らない。あれほど試験官に向かない人も珍しいほどなのに、まさかの人選だった。
「やはりフレイオージュ・オートミールでしょうね」
そう、ベルクオッソが……いや、ベルクオッソを試験官に指名した総団長グライドン・ライアードが、フレイオージュの実力を確かめるために寄越したのだ。
魔法に関しては、リステマと十番隊が視る。
ベルクオッソは、魔法抜きの腕っぷしを視に来たのだ。
魔帝ランクはあくまでも魔力の過多を示すもの。
だが、武力はまた別物だから。
――本当に大したものだった。
――訓練生は三人ともがんばったが、特にフレイオージュだけが唯一、あの英雄ベルクオッソに一撃入れそうになった。
総団長とて測りたくもなる人材だったのだろう。
士官学校一年生の時の成績はわかっているだけに、あとは実戦でどれほど通用するか。それを現役騎士の目と耳と腕で確かめたかったのだろう。人選はかなりアレだが。
そして今回の能力測定で、魔法だけではなく剣技や体術も高いレベルで身に付けていることが判明した。
――もし魔法ありの実戦形式なら、ベルクオッソさえも超えるかもしれない。
まだ十代で実戦経験の乏しい訓練生の小娘がだ。
末恐ろしいとはこのことである。
「恐ろしい逸材が出てきたものですね」
撤収しようとしている訓練生たち……フレイオージュを見ると、彼女は頬を赤らめ潤んだ瞳で見上げるササリアに昼食を誘われていて、そんな二人をキーフが憎々しげに眺めていた。なんだかよくわからない対人関係ができているようだ。「三角関係ですね」とアサビーが囁いたが、誰が誰を巡ってどういう三角関係なのかリステマには微妙にわからない。神々しいフレイオージュの妖精がササリアの妖精に土を掛けられて埋められつつあるのも意味がわからない。
「まあ、いいじゃないですか」
ポンと肩を叩くアサビーの声はひどく優しい。
「騎士隊は基本的に集団戦を旨としているのですから、個人が強ければ強いほど仲間を守る力ともなる……頼もしい仲間が増えることに難色を示す必要はありませんよ」
確かにその通りだ。
というか、それは最初からわかっていることだった。
ただ、リステマが個人的に思うことがあっただけで。
「それに――しばらく夜中にトイレに行けない身体にしてやったんです。あれだけの恐怖を与えれば、十番隊の誇りと名誉は守られたと言えるでしょう。きっと十番隊は只者じゃないと思っているはずですよ」
「だからそういうことじゃないって」
そもそも怖い話で守られる誇りと名誉なんていらないだろう、と。
そんなものでしか一矢報いられないなら、潔く完敗した方がまだ清々しいだろう、と。
「アサビーは怖い話が好きなのですか?」
「ええ。たとえば、夜中、カーテンの隙間から覗く顔が――」
「やめなさい!」
「よく見たらそれはベルクオッソ様の顔で、目が合うとニヤリと笑い『訓練せんか?』と強引に誘うのです――」
「違う意味でもやめなさい! それは夜中じゃなくても怖い! 昼の出来事でも物理的に怖い!」
ついさっき無双 (された側)を腹いっぱい味わった今、その恐怖はいかほどか。
真剣相手に木剣で対した上ですべてをなぎ倒すベルクオッソの実力を、再び味わうことを想像するだけで、身震いがする。
果たして、今夜から隙間という隙間からかの英雄の顔が浮かび上がらないものかと怯え寝つきが悪くなりそうだ、とリステマは思いながら、力なくリリマ平原から撤収の準備をするのだった。
「聞いてくださいよ。ねえ隊長」
いらない性癖でも開花させつつあるのか、追いかけてきてまで怖い話をしようとするアサビーから逃げるような形で。




