36.二番隊隊長とリステマ隊長の失態
恐怖に駆られてなかなか寝付けない夜が過ぎ、第三期課題も最終日を迎えた。
多くの者が少々寝不足ではあるが、残る能力測定は一つだけ。
これさえ終われば、早ければ昼食時には王都に帰り着ける予定となっている。
「すっ、すごい……!」
ササリアほか、十番隊隊員たちも「おおー」だの「どっちもすげぇな」だのと漏らしているのは、やはりフレイオージュである。
恐らく塗り替えられることのない驚異的記録を叩き出した、魔法操作の測定の時に見せた「掃射」を放ち――それを輝く妖精が異様な速度で避け続けるという、目が離せない光景だ。
何度見てもフレイオージュの「掃射」はすごい。
たとえ一発一発は大した威力はないにしても、この連射力は、これまでの魔法の連射とは異なるレベルで仕上がっている。十人がかりでも敵わないかもしれない。
そして、もはや小さな蠅でさえ逃れられそうにない弾幕の中にいて、恐ろしいまでの回避能力を見せる妖精もすごい。
フレイオージュの実力も「すごい」が、彼女と契約している妖精も「すごい」の一言だ。
「……!」
「「おおー!」」
フレイオージュが更に連射速度を増す――が、妖精はそれでも避け続ける。
まるで曲芸だ。
曲芸にしたってやっていることがお互い高度すぎるが。
「……チッ」
魔法の使い過ぎで少しだけ疲れてきたフレイオージュは、誰にも聞こえないほど小さく舌打ちして止めた。
これ以上はこれからの能力測定に障ると判断したのだ。
誰しもの目にも見えてはいないが――ずっと真顔でフレイオージュを見ながら避け続ける妖精のおっさんに、結構本気でイラッとしていた。残像が残るほど素早いおっさんの真顔が何十にもぶれて見えた。なかなか腹立たしい光景だった。やればやるほど増えていくのだ。とても腹立たしい光景だった。
……小型で素早く飛ぶ魔物用に開発した連射だ。若干自信はあったのだが――おっさんには通用しなかったことが悔しかった。
しかも自分の魔法には捕まらなかったくせに今ササリアの妖精には簡単に捕まってばっしばっし頭に平手打ちを食らっていながらも真顔でこちらを見ているのも腹が立つ。最近もう慣れたと思っていたが、外だからだろうか、それともいつにない環境だからだろうか、いつもの真顔でも新鮮に感じて腹が立ってしまうのかもしれない。
「――静聴!」
そんなフレイオージュの心境は知らないが――ひとまず向こうの戯れが一段落したと見て、リステマは声を上げた。
「もうじき試験官が来ますので、その前に朝食を済ませ荷物をまとめてください。測定が終わり次第帰路に着きます。忘れ物のないように」
余興もそこそこに、騎士たちと訓練生は朝の支度を始める。
各自朝食を済ませ、帰り支度が済んでしばし。
王都方面から数頭の馬が駆けてきた。彼らが試験官なのだろう。
リステマ隊長の号令に従い、整列して試験官たちの到着を待つ――最中。
「え、もしかしてあの人……?」
「うわうわうわうわ……最悪……!」
「仮病で休めばよかった……」
徐々に見えてきた試験官の姿を見て、十番隊隊員たちが嘆きの声を漏らす。彼らには誰が来たのかわかっているらしい。
「誰だ?」
「……」
だが、訓練生はわからない。
キーフの質問にササリアとフレイオージュは首を横に振る。
そんなこんなでやってきた試験官五名が、馬を降りて、明らかにやる気が失われた十番隊の前に立った。
「――リステマ! 待たせたな!」
眉間から左頬に掛けて大きな傷のあるいい歳の爺さんが、大きな体躯に見合う大声で十番隊隊長に挨拶する。
「――ご足労ありがとうございます、ベルクオッソ殿」
ベルクオッソ。
リステマから出たその名前に、訓練生たちは驚いていた。
――二番隊隊長ベルクオッソ・ベイガー。
二番隊という過酷な魔物討伐隊に、三十年以上所属するエーテルグレッサ魔法騎士団の一番の古株。
魔法騎士に憧れる者にとっては、まさに生きた伝説とも言える存在である。
魔物退治の功績は数知れず。
屠った魔物は星の数。
もう騎士を引退してもいい歳にも拘わらず、未だ現役で若い者に負けないほどの実力を誇っている英雄だ。
「――最後の能力測定は、対人を想定した実戦です。ただし魔法の使用は一切禁止されていますので注意してください。使ったらその時点で失格です」
十番隊は魔法に特化した騎士隊である。
そんな隊に、果たして魔法なしの実戦など必要なのか――意見の分かれるところではあるが。
だが、もし実戦の中で魔法が使えない状況があった場合だ。
それを想定すると、魔法一辺倒ではいけない。ある程度は何かができないと、己の身も危ういし周囲の足手まといになってしまう。
そんな主張があり、毎年憂鬱なこの時間は確保され、しっかり能力測定が行われている。
「二番隊隊長ベルクオッソだ! しっかり揉んでやるからな、若造ども!」
悪夢である。
昨夜は一部あんなに怖い話を聞かされた挙句、翌朝は「見える恐怖」がやってきた。
魔法が得意な隊が、実戦が得意な者を相手に、魔法抜きの実戦をしろというのだ。
こんなにもあからさまに得手不得手の対比があるか。いやない。
……まあ、どんなに愚痴ろうが腐ろうが、やるしかないのだが。
「どうした小僧ども! もう終わりか! よしよし掛かってこい! ……おいっ、一撃で倒れるな! 立たんか! ……チッ、もういいわ! 次! なんだそのへっぴり腰は! ちゃんと構えんか! そもそもおまえらは魔法に頼り過ぎだ! 騎士と名が付くのだぞ! その身を盾にし国を守る覚悟があるのか! おい! 立て! 立て!! ……お、おい……まさかわし一人で終わらんよな……? わしが疲れた後の交代要員が四人おるんだぞ? もう少し根性を見せ……リステマ! おまえは隊員にどんな訓練をさせとるんだ! もうおまえが掛かってこい! ほれ来んか! 隊長の意地を見せて一撃食らい入れておーーーーい!! 剣を弾かれたくらいで倒れるな! ……え、終わり……?」
能力測定は順調かつ迅速に消化されていった。
試験官としてやってきたベルクオッソの大剣を模した木剣が、一方的に十番隊隊員を倒しまくり、その手ごたえのなさに困惑するという結果を残して。
――倒されまくる十番隊隊員はたまったものじゃないが。やった方が困惑されてもやられた方はもっと困る。
「不甲斐ない! いくら魔法部隊とは言え、騎士なら最低限の実力くらい維持しておけ! 全員相手にしてもわしはまだ汗一つ掻いとらんぞ!」
返す言葉もないが、それにしたって相手が悪い。
器用に手加減できるタイプじゃないベルクオッソと当たれば、リステマも十番隊も、こうなることはやる前からわかっていたことだ。
「この分だと訓練生の方が楽しめそうじゃな……よし、坊主! おまえから来い!」
「はっ!」
ここにいる訓練生三人は、士官学校二年生のトップクラスである。
リステマ隊長と十番隊は可愛そうだが、訓練生にとっては少しばかり喜ばしい。
ベルクオッソは憧れの存在だ。
こんなところで手合わせできるとは思っていなかった。
指名を受けたキーフは、胸を借りるつもりで前に出た。
「ふう……よし、終わりじゃな」
こうして、最後の能力測定が終了した。




