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28.届け物と級友





 非常に慌ただしく妹が士官学校へ行った後。


「二、三日留守にする」


 父シックルが仕事で出ていくのを見送り、フレイオージュは朝夕兼用の訓練をすることにした。

 まだ身体に疲労が残っているので今日はいいかと思ったが、習慣なので軽く汗を流しておくことにする。


 父がいない一人での訓練を一通りこなしていると――


「――フレイオージュ」


 珍しく、訓練中に母アヴィサラが声を掛けてきた。


「急ぎの用事よ。悪いけど、これからすぐに届け物をしてほしいの」


「……?」


 差し出された紙袋に首を傾げると、「薬よ」と母は答えた。


「注文した薬草が数日遅れで今朝やってきて、大急ぎで調合したのよ。これを二番通りの国営病院に届けて。今から馬だの馬車だの用意するより、あなたが走って行った方が早いでしょう?」


「……」


 訓練がてら走るのもちょうどいい思い、フレイオージュは頷いて紙袋を受け取る。


 そこまで差し迫ってはいないとは思うが、この薬を待っている患者がいるかもしれない。ならば一秒でも早く届けるべきだろう。


「――あら、ありがとう」


 軽く汗を拭いて出掛ける支度をしている間に、花を渡したりバッタを渡したりケセランパサラン的な毛玉を渡したり石を渡したりと、せっせと貢いでは母を口説き出した妖精のおっさんを連れて、フレイオージュは屋敷を後にした。


「……」


 ――私にはそういうのやったことないな、と思いながら。


 ――巨乳の谷間に挟まったり着替えを覗いたりパンツをかぶって飛んだりコルセットの紐を結ぼうとしたり母親を口説こうとしたことはあるのに自分にはそういうの一切ないな、と思いながら。


 ――されたいとは思わないがされないのも癪だな、と思いながら。





「ありがとうございました。確かに受け取りました」


 ひとっ走りして母からの預かり物を病院に届けると、あっさり用事は終わりだ。

 ここも何度か母と来ているので、顔見知りの若い看護師に渡すだけである。


「――え、いいんですか!? ありがとうございます!」


 このまま帰るのも何なので、「少しだけ怪我人を診ましょうか」と提案すると、看護師は諸手を上げてフレイオージュを歓迎した。


 それが終わると、まっすぐ帰るのも芸がないので、エーテルグレッサ王都を適当に走ってみることにした。


 番地名や通りの名、観光地や大きな店の名前は知っている。

 だが、十年自宅で過ごしたフレイオージュは、生まれ育った街にも拘わらず、実際に行ったことがある場所はかなり少ない。


 こうして街並みを眺めながら走るだけでも、かなり新鮮である。


「やあおねえさん。可愛いね、お茶でも……」


 突然目の前に出てきた男をすっとかわし、フレイオージュは街並みを眺めながら走り続ける。


「――ちょ、ちょっと待ってよ。ねえ、そんな急いでどこにい、行くっ……は、早すぎっ、ちょ、ちょ待てよっ」


 フレイオージュは待たなかった。

 せっかく身体が温まってきたのだ、今止まることはできない。


 その後何人かの男になぜか声を掛けられたが、止まれないのでそのまま素通りした。せめてついて来れば話くらいは聞いたのだが。





 広い王都を走っている最中、ふいに名前を呼ばれた。


 ――「おい、フレイオージュ・オートミール!」と。


「……」


 さすがに個人名を呼ばれては、止まらずにはいられない。呼んだ相手が知り合いである可能性があるから。


 肩で息をしながら辺りを見ると――小さな広場のような場所で、木剣を握り立っている青年の姿があった。


「……」


 やはり知っている顔だ。


 同じ士官学校二年生で、一年生から一級組で同じ所属のアンサーだ。家名はない庶子で、魔法の素質はそうでもないが剣術が得意な青年である。

 だらだらと汗を流していることから、剣術の訓練中だったようだ。


 アンサーは、授業の訓練で何度も挑んできて、悉く返り討ちにしてきた。

 今もだが、いつもフレイオージュを強い目で睨んでくる反骨精神の強い同級生である。個人的な会話なんてしたことがないし、こうして何かしている時に呼び止められたことも初めてだった。


 そんな彼は、木剣を手に持ったまま、フレイオージュに歩み寄ってくる。


「第一期と第二期、金評価取ったんだよな?」


「……」


 首肯すると、アンサーは舌打ちした。


「くそっ、また差が…………あ?」


 悪態を吐くアンサーの目の前に、おっさんが飛ぶ。――赤い魔粒子をまき散らしながら。その色はさながら怒りの感情を表しているかのようだ。表情こそ真顔だが。


「……あ、ああ……ああ、そうか。悪い。俺ずっと態度悪いよな」


 怒っているかのような色――まるで鏡になって見せつけてくるかのような妖精の姿に、アンサーは己の心境と態度にはたと気づく。


 フレイオージュはいつものように無反応だが、内心どう思っているかはわからない。


 というか、自分ならこんな言動されたら普通に怒る――そう思ったら、一年の頃からこんな態度を取り続けてきた自分に、アンサーはようやく気づいた。


 眩暈がするほど恥ずかしく、張り倒されそうなほどの後悔が襲い来る。


「……」


 フレイオージュとしては、強くなるためにライバル視されることは多かったので、あまり気にしてなかったが。


 だがアンサーの言葉は認めるところだ。

 接する態度がいいとは言えなかった。


「なんつーか……俺、同年代に剣術だけは誰にも負けたことなかったんだ。ガキの頃からちゃんと剣術習ってるような貴族相手でもさ。

 でもあんたにだけは一度も勝てねえ。勝ったことがねえ。それでちょっと……ちょっと敵視してた」


 語っている間に落ち着いてきたのか、アンサーの睨むような顔も穏やかに……一応なっているとは思うが、元々少し目付きが悪いようだ。素でも若干睨まれている感じである。


「士官学校卒業までに、一度でいいから何かであんたに勝ってみてえんだけどな。でも課題の評価でも全然ダメだ。……俺の態度が悪いから班の評価も悪いのかな……」


「……」


 なんだかよくわからないが。


「――うお!?」


 フレイオージュが突然殴り掛かると、アンサーは反射的に避けた。いい反応である。当てるつもりで放ったのだが。


「な、なんだよ!? 急になんだ!?」


「……」


 ――悪い考えに囚われている時は、何も考えずに訓練に没頭するに限るから――


 下手な言葉で慰めるのは、そして慰められるのは、お互い性に合わないだろう。そもそもそんな関係でもない。


 言外に無手で構えて見せるフレイオージュに、アンサーはその意味を察する。


「……マジでやんのか? 俺、さすがに素手相手には負けねぇぞ?」


「……」


 フレイオージュは揺らがない。

 その姿は、素手での戦い方も心得ているかのようだ。


「おもしれぇ。――じゃあいいかげん勝たせてもらうぜ!」





 思いがけず出会った級友と、時間を忘れて訓練に熱中した。


 気が付けば夕方で。

 剣術で士官学校一級組に入ったアンサーは、無数の拳と蹴りと頭突きと肘と膝とを食らい満身創痍で。

 フレイオージュも、さすがに無手で対するには強すぎる相手に、何度も木剣を受けたせいでボロボロで。


 その間、この辺を縄張りにしているボス猫にしつこくしつこく追い回されたおっさんも疲れ果ててへろへろで。


「……疲れた。俺もう帰る」


「……」


 フレイオージュもへとへとである。もう帰りたい。


「ありがとな。ごちゃごちゃ考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。俺はやれることを精一杯やる。どうせそれしかできねえしな」


「……」


 迷いのない、だが睨んでいるようにしか見えないアンサーに、フレイオージュは頷いてみせた。


 身体は疲れ切っているが内心はすっきりして、夜になる前にそれぞれ帰途に着くのだった。





 ――そう、おっさん以外はすっきりして。





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