26.間幕 隊長室にて
「――報告は以上です」
エーテルグレッサ王都の王城にある一室にて、六番隊隊長セレアルド・フォージックは帰還後すぐに団長室を訪れ、第二期課題の報告をしていた。
直立する彼の正面には、重厚な執務机を挟んで、騎士団総団長グライドン・ライアードがいる。
「ご苦労様です」
そして、秘書官のように脇の小さな机に控える副団長エメディロ・フレンが、口頭の報告を労いつつ、書面に速記している。
「アテマス山にて地中蛇と遭遇、血を流したのでそのまま退却して戻ってきた。結局魔材採取は終わらなかったのか?」
「はい。しかし帰りに別の採取場所に立ち寄り、荷は最大限に積んで帰ってきました」
「――うむ、わかった」
セレアルドの判断と行動は間違っていない。
同じ状況なら、グライドンもきっとそうしていた。
特に、目的地で血を流したのはまずい。
血の匂いを嗅ぎつけて魔物が寄ってくる可能性が高くなる。引いて正解だ。むしろ欲を出していないところが賢い。
行けば手に入るような魔材である。
そんなほんの少しの利のために命を賭けるべきではない。リスクが高い割にリターンが少なすぎる。そんなものに賭けるのはギャンブラーでもなんでもなく、ただの愚か者だ。
まあ、そこで選択を誤るような者を隊長に任命した覚えはないが。
「魔帝はどうだった?」
護衛任務の大まかな報告は聞いた。
次は、注目の訓練生の話だ。
魔帝令嬢フレイオージュ・オートミール。
第一期課題では様子を見るために、班は組ませず単独でやらせて金評価を取った彼の者の評価は――
「金評価です」
セレアルドは迷いなく答える。
「もしその上の評価があると言うなら、それを与えてもいいくらいです」
「――そんなに?」
思わず速記の手を止めてしまったエメディロが問う。
課題を見る隊長には、訓練生の評価は厳しめに付けることを命じられている。その上で金評価を取るのは至難の業である。
年間を通して何度かやる課題で、金評価を一回か二回取れれば優秀だ。銀評価でも高い方なのである。
それなのに、件の訓練生は、これで二連続の金評価となる。
各隊長は優秀である。
セレアルドも、多少女関係で難はあるが、能力的には間違いなく隊長格。
疑うつもりはないが、こう高評価続きだと、やはり最終的な判断を下す側としては気になってしまう。
間違った評価、過ぎた評価は、将来的に訓練生のためにならないから。
「彼女は優秀ですよ」
そう言ったセレアルドは、いつもの軽薄な笑みを浮かべず、至極真面目にエメディロを見る。いつも女性をいやらしく軽薄な顔でしか見ないのに、今珍しい顔で見られている。
「詳しくは報告書に書きますが、彼女のおかげで僕は今怪我もなくここにいます。地中蛇を仕留めたのも彼女だし、訓練生には過ぎた期待を掛けたのに、見事それをこなしてみせました。
もはや彼女はベテランのようだった。訓練生だなんて信じられないくらいに」
いつものいやらしく軽薄で胡散臭い表情ではないセレアルドの言葉は、いつもこうであればいいのにと思うくらいには重く、しっかりと心に響く。
「――わかった。報告書は後日でいい。もう休め」
「――はっ!」
報告を終えたセレアルドは敬礼し、団長室を後にした。
「ふう……」
無事報告を終えたことと単純に疲れから、溜息が漏れた。
宿こそちゃんと取っていたが、長旅から帰ってすぐである。
そして常に重苦しい雰囲気をまとう総団長グライドンとの対話は、どうしたって緊張してしまう。
よくエメディロは平気な顔をして同じ部屋にいて仕事ができるな、といつも思う。
自分だったら半日一緒にいただけで胃が痛くなるだろうな、とセレアルドは割と本気で考えている。
「――おい」
一先ず休もうかと寄宿舎へ向かう途中で、待ち伏せするかのように壁に寄り掛かって腕を組んでいた、やや人相の悪い男に捕まる。
「――やあ、ただいま」
四番隊隊長ソーディオ。
第二期課題を決める時に、セレアルドと会議室で言い合いをした青年だ。
――実はこの二人、表立った対立形式こそよくあるが、そこまで仲が悪いわけではない。時々一緒に飲んだりもする仲である。
むしろそういう仲だからこそ、表立った悪口も言えるのかもしれない。
「全員無事だったか?」
「ああ。君の隊は?」
「悪運だけはあるからな。怪我人は出たが死者はいねえ」
「そりゃよかった。訓練生は?」
「無事だ。今年は悪くねえな」
悪くない。
過酷な実戦の多い四番隊での評価なら、それは本当に「悪くない」評価である。
「今夜付き合えよ。魔帝のことが気になって仕方ねえんだ」
「いいけど、僕は疲れてる。今酒が入ると寝るかもよ?」
「構わねえよ。そん時は俺も寝る。俺だってさっき帰ってきたばかりだぜ」
「じゃあ明日でいいだろ」
「うるせえ、気になってんだよ。風呂入って着替えていつもの酒場に来い」
待ってるからな、と念を押して、ソーディオは行ってしまった。
「強引だな」
セレアルドは呟き、ソーディオとは別方向に歩き出す。
魔帝が気になる。
魔法騎士団の誰もが、彼女のことを気にしている。
「……はあ」
セレアルドはもう一度溜息を吐いた。
自分は悪い男である。
その自覚があるだけに、もうあの魔帝令嬢には関わらない方がいい。
「……相手を案じて身を引くとか、僕の柄じゃないんだけどな……」
そんな小さな呟きは、自身の足音に紛れて、消えていった。
柄じゃない。
だが、彼女に迷惑を掛けたくない。
目を瞑れば、あの時の紫の瞳が焼き付いて離れない。
あんな胸の高鳴りは、十代半ば以来だった。
――久しぶりに何もかも忘れるほど飲みたくなったので、さっさとソーディオと合流して付き合わせよう。
そう決めると、セレアルドの足は早くなるのだった。




