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24.緊急事態と頼もしい訓練生





「――ありがとう、フレイオージュ。おかげで思いのほか早く作業が終わったよ」


 魔竜骨に生えた苔の採取。

 それから骨をやすりで削り、骨粉の採取にも協力したフレイオージュは、いくつもの保存用革袋をライフォーに差し出す。


 持ってきた革袋は、もう全部魔材で埋まっている。

 これ以上採取しても持ち帰ることができないので、ここまでである。


「随分早く終わったね」


 空を見上げながら、警戒していた六番隊隊長セレアルドが歩み寄ってきた。


 まだ昼を少し過ぎたくらいである。

 夕方まで採取をする予定だったが、ライフォーに割り当てられた作業はもう終わってしまった。


「セル、ほかの魔材を探してもいいかな?」


 時間はあるし、せっかく長旅を経て辿り着いたアテマス山である。仕事熱心なライフォーじゃなくても多少の欲は出るだろう。


「……野営地に近い場所なら構わない。これ以上の山側は駄目だよ」


「わかった。じゃあ一旦戻ろう」


 作業に集中していれば寝食を忘れるライフォーだが、いいタイミングだ。一旦野営地に戻って昼食を取り、それからまた採取作業をすればいい。


「……」


「え? いいのかい? じゃあ遠慮なく。ありがとう」


 手を差し出すフレイオージュの意図を察して、じゃあ遠慮なくとライフォーは大きな麻袋を差し出す。


 魔材入りの革袋をぎゅうぎゅうに詰め込んで非常に重くなったそれは、肉体派ではない錬金術師には、なかなかつらい大荷物で、しかもそれが二つもある。


 フレイオージュは一つを受け負い、それを軽々肩に担ぎ上げる。


「――フレイオージュ」


 そんなフレイオージュに、セレアルドは冷ややかな視線を向ける。


「魔法騎士の任務は荷物持ちじゃないし、魔材採取を手伝うことでもない。だからそれは課題の点数に加算されない。

 それどころか、もしさっき魔物が襲ってきて、君の余計な行動で対処が遅れていたら減点だ。護衛対象が怪我をしていたら君のせいだとも言われる。


 課題だから口を出さなかったが、さっきの君の行動は褒められたものではない――と言いたいところだが」


 ふっと苦笑する。


「何事も下調べを欠かさない君は、わかっていてやっているんだよね? 過去の判例から得点にはならない、むしろ減点対象になるかもしれない。でも手伝った。なぜか? 作業を円滑に進めることで、早めに危険地帯から抜けることができるから。

 おまけに採取作業をしながら警戒も怠っていなかった。何度か魔法を飛ばして魔物を追い払っていたね?」


 セレアルドはフレイオージュの肩を叩いた。


「ここまで指示なしで的確に動ける訓練生なんて僕は知らない。十七番隊のディレクト隊長が褒めるはずだ。君はきっといい魔法騎士になるよ」


 ――ただの出世の道具としてしかフレイオージュを見ていなかったセレアルドだが、もうとっくに、そんな風に見ることができなくなってしまった。


 すでにこれほど、優秀な魔法騎士のように行動することができるのだ。


 こんなところで悪い男に捕まるより、このまま魔法騎士になってくれた方が、エーテルグレッサ王国のためにも、騎士団のためにも、そして民のためにもなるだろう。


 セレアルドは、二、三人くらいの都合なら、それは無視して欲望を優先する。

 だが、それが百人、千人、もしかしたら一国を左右するほどの人間の都合なら、さすがに踏み込み切れない。


 苦労知らずの坊ちゃん騎士で、出世に貪欲な野心を持つ、あまり褒められたものではない魔法騎士だ。


 だが、腐っても魔法騎士だ。

 士官学校で厳しい訓練を受けて、狭き門を潜り抜けてなった魔法騎士だ。


 国に、仲間に、民に貢献する気持ちが、まったくないわけではない。


「さあ、戻ろうか。昼食を取ったらもう一仕事だ」


 いやらしさと胡散臭さと軽薄さと言動の薄っぺらさと腹の黒さが存在しない微笑みは、本物の王子様のようにさわやかだった。





 異変は、野営地に戻る途中で起こった。





  ピィィィィィィィ! ピィィィィィィ!


 アテマス山の麓に警笛が鳴り響く。


 等間隔の二回ずつを何度か繰り返す。


 二回。

 緊急事態発生の合図である。


「――チッ! 二人とも、野営地に急ぐ!」


 帰りも先頭を歩いていたセレアルドが舌打ちし、足を速める。


「えっ、あ、ありがと、おわぉっ!?」


 殿のフレイオージュは命令に従い、ライフォーが背負っていたもう一つの麻袋も奪って背中に背負うと、更に左手でライフォーを小脇に抱えて走り出す。


 右肩に一つ、背中に一つ、そして人を左の小脇に抱える。

 いくら屈強な魔法騎士でも、明らかに重量オーバーである。まともに走れる状態ではない。


 ――魔法による身体能力向上状態である。


 本来なら燃費が悪いせいで、戦闘の要所要所で短時間ずつ――仕掛ける時や避ける時、また避けきれず受ける時にのみ使用するものだが。


 長年の厳しい訓練のおかげで、フレイオージュは長時間の維持が可能である。


「ええっ!? お、おぉ……こ、転ぶなよ!」


 真後ろに付いたフレイオージュの重搭載っぷりに驚いたセレアルドは、咄嗟にそれだけしか言えなかった。





「何があった!」


 野営地は騒然としていた。


 野営地を守っていた数人の魔法騎士が、緊急事態を告げる警笛を聞いて顔を青ざめていて――どうやらここからではなかったようだ。


 それからすぐに、他の場所に散っていた王宮錬金術師と護衛に付いていた魔法騎士も戻ってくる。


 王宮錬金術師は全部で六人だ。

 護衛対象である彼らも、次々に魔法騎士と野営地に戻ってくる。


 じりじりしながら全員で続報を待っていると――戻ってきた魔法騎士の一人が、セレアルドの前に駆ける。


「ほ、報告! 地中蛇と遭遇しました! 今騎士たちで足止めし、時間稼ぎを――」


 そこまで聞いただけでセレアルドは指示を飛ばした。


「総員、錬金術師を護衛しながらアーガサの街まで退却だ! 僕は足止めしている魔法騎士の加勢に行く! 後は頼んだぞ!」


 普段の訓練も気が抜けている六番(ぼっちゃん)隊は、実戦に慣れていない。


 いつも王都に残って要人の護衛を専門にしている、最前線でばりばり活躍している隊と比べると実力が怪しい面もある。


 そんな連中がいたところで邪魔になると判断し、セレアルドは単身現地へ行こうとし――


「……!」


 首を巡らせた視界の端で、後ろ手を組んで待機状態で立っているフレイオージュが目に入った。入ってしまった。


 あと、妖精も同じ姿勢ですぐ隣に立っているが、彼にはただの虹色の光にしか見えない。


「……」


 動きを止めるセレアルドと、待機の姿勢を……命令待ち(・・・・)の体勢を崩さないフレイオージュ。


 二人の視線が交錯する。


 ――まさか訓練生を緊急事態に駆り出すなんて……


 そんな迷いはあったが、


「……フレイオージュ! 一緒に来い!」


 彼女の魔力を帯びた紫の目が言っていた。


「私を連れて行け」と。


 ――現に、彼女は敬礼して、迷うことなく駆けてきた。


 この場においては、他の誰よりも頼もしい魔帝令嬢。

 現役の魔法騎士よりも頼もしい訓練生だった。




 

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