23.六番隊隊長と王宮錬金術師
七日目の朝。
朝食を済ませた後、六番隊隊長セレアルドから魔法騎士たちに、名指しで指示が下されていく。
個々の王宮錬金術師に付く護衛の割り振りである。
到着した昨日こそ自由に魔材の採取をしていたが、今日はそれぞれ目的の物を探す予定なのである。
「――訓練生フレイオージュ・オートミールは、僕と共にライフォー・ラッキンシュの護衛となる」
最後に指示を受けたフレイオージュは敬礼し、その命令を受け入れた。
「じゃあ皆、よろしく。くれぐれも気を付けて、何かあったら報せるように」
その言葉を皮切りに、全員が動き出す。
「――じゃあフレイ様、またあとで」
「――気を付けてくださいね。おいアンリ、先輩の足引っ張るなよ」
「――あんたもな!」
フレイオージュを挟んで罵るエッタ・ガルドとアンリ・ロンは、最後の捨て台詞を言い合ってフレイオージュを支点に左右に離れていった。
「……」
――ケンカするほど仲がいい、か――
フレイオージュはそんなことを思いながら、正面に歩いてゆく。
そこにはセレアルドとライフォーが待っている。
「私が欲しいのは、魔竜骨とそこに生える苔なんだ」
フレイオージュが合流するなり、三人は森の中へと移動を開始した。
昨日の内に、ある程度は騎士たちが獣道をもう少し歩きやすく切り拓いてくれている。途中までは楽に行けるだろう。
先頭を歩くセレアルド、護衛対象であるライフォーは真ん中で、殿がフレイオージュである。
その道中、ライフォーが目的の魔材を教えてくれた。
「……」
――魔竜骨……魔竜アヴァンデラスの亡骸か……――
それは、昔アテマス山に住んでいたドラゴンで、ほかのドラゴンの餌食となって死んだと伝えられている存在だ。
今でもこの森に、かの魔竜の痕跡――すでに肉は朽ち落ちて、巨大な骨となって今も転がっていることは、知る者ぞ知る情報である。
特に、骨そのものが魔材……魔力を帯びた素材だけに、不思議な力を有するものも多いのだ。
魔竜アヴァンデラスの骨などは、ある程度削ったり切り出したりしても、年月が経てば再生する。
なんでも魔力溜まりの影響らしく、だからこそ、まだアテマス山に骨を放置したまま残してあるのだ。持って帰るにしても大きすぎる、というのもあり、意外と持って行かれないのだ。
理屈で言えば、こうして利用するなら、永久に魔竜の骨の魔材が手に入るのである。
現に数百年は魔竜の骨取り放題になっているので、理屈の上ではこのやり方で正解なのだろう。
「まあ、何事も下調べをしっかりするフレイオージュなら、これ以上語るまでもないか」
「……」
それこそライフォーは、フレイオージュが準備の段階で現地の情報もできるだけ仕入れることを調べているようだが。
「あなたは錬金術には興味ないのかな?」
「――ライ。僕の前で魔法騎士見習いを勧誘とは、いい度胸だな?」
先頭のセレアルドが動きを止め、肩越しに振り返って二人を見ていた。軽薄でいやらしい流し目ではなく、一切ゆるみのない真剣な眼差しである。
「う、うーん……ごめん。五色も使える魔帝ランクの錬金術師ってどこまでできるのか興味があってさ。悪かった。もう言わない」
「あたりまえだ。僕以外の隊長に聞かれていたら粛清か制裁ものだよ。気をつけたまえ」
セレアルドが前を向くと、ライフォーは振り返り、小声で囁いた。
「――すぐじゃなくていいからさ。再就職先として考えておいてね?」
「……」
なんとも答えようがないフレイオージュの心境を察したのか、笑って「忘れないでね」と付け加えて歩き出したライフォーは、もう振り返ることはなかった。
しばらく枝葉を掻き分ける音だけが続き――不意に視界が開けた。
「到着だ」
「……!」
――すごい……!――
父に連れられて途中までは来たことがあるが、こんなに山の近くまでは来なかった。
鬱蒼とした森の中に、無造作にそれはあった。
見上げるほどの巨大な骨――魔竜アヴァンデラスの骨である。
大きいだけの生物・魔物は見たことがあるが、これほど大きいものはない。
もはや血肉の痕跡さえ残っていない森の一部と化した骨だが、これが血も肉も鱗も意思もまとって動いていたと思うと、ある種世界の神秘と畏怖を感じざるを得ない――
「フレイオージュ」
そんな想いで、少々呆けて見上げていたフレイオージュを、セレアルドの声が呼び戻した。
「見ての通り、ここは魔物が寄ってきやすい。まずは今いるものを追い払って結界を張り安全を確保する」
「……!」
敬礼を返し、三人は行動を開始する。
ライフォーは手近な安全を確保した場所から、すでに採取に入っている。危険な場所でもあるので、作業は速やかに行われて早めの撤収が原則である。
怪老樹の幼木、緑針鼠、耳棘兎と、魔竜骨を隠れ蓑に巣を造っていた魔物を一旦追い払う。
こういう時、血の匂いがすると大物の魔物を呼び寄せることがあるので、仕留めないのが基本である。
人を見て逃げる程度の弱い魔物なら、これでいい。
魔物だからと無暗に殺し過ぎてもいけないのだ。大物の食べる物まで奪ってしまうと、人のいる場所までやってくることがあるので、むやみやたらに狩るのは良くないのである。
「……優秀だなぁ」
――みたいなことを、現役魔法騎士ぶって気負っている訓練生に手取り足取り教えようといやらしい企みをしていたセレアルドは、フレイオージュのそつのない小型の魔物の追い払いを虚ろな目で見ていた。
それにしても気負いがない。
本当に気負いがない。
「魔物を追い払え」と言われて剣を抜かなかった訓練生を、セレアルドは知らない。
訓練生なんて、現役魔法騎士にいいところを見せようとばかりして空回りし、苦笑しながら「俺も昔はああだった」みたいな苦笑で見守るものなのに。
なまじフレイオージュが落ち着いているだけに、ほか二名であるエッタとアンリも、引きずられるように落ち着いていた。
――そもそも、課題中にも拘わらず酒場で派手に飲んだり、酔って暴れる先輩騎士を回収したり、野営がてらカードで金を巻き上げたりと、どこのベテランかということまでやってのけているその度胸と胆力だ。
普通しないだろう。
点数稼ぎに生真面目なことを言って注意するくらいはあるが、それに身を乗り出した上で結果まで残す奴がいるか。セレアルドはそんな訓練生は知らない。
「――フレイオージュ。手が空いていたら苔の採取手伝ってくれる?」
拾った棒で手際よく魔物を追い立て、抜けがないかと見回っていたフレイオージュが魔材採取に着手する。
これでもかと輝く妖精が飛び回り、苔が生えている場所を教えているのを、これまた手際よく回って木の棒でこそいで落とし、ライフォーが渡した採取用の状態保存処理済み革袋に入れていく。
いくら妖精が教えてくれているとは言え、本職より手早い動きだ。「えっそんなところまで行くの?」という高い位置にさえするする昇り、何事もなく集めていく。
「……訓練生だよな?」
課題中、何度も思ったが。
あれは本当に訓練生だろうか。
やはり魔帝と言うべきか――
「……」
ピッ バリバリッ!
高所にて骨に足を掛けて逆さまになって苔の採取をしていたフレイオージュが、ふと空を見たと思えば左手を向け、雷の魔法「雷鳥弾」を無造作に放った。人を襲う巨虚鳥に当たって感電してがさがさとどこかに落ちた。
「……」
そして彼女はまた、何事もなかったように採取を続ける。
――たとえ経験不足の訓練生でも、やはり魔帝は魔帝。噂に違わぬ有能さである。




