第99話 緊急速報
──ごぉん
アイギスの耳にその音が響いた時には、3人はいなくなっていた。
重い石扉が開くような音を聞き間違えることはない。冥界の扉が開いたんだ。
つまり「そういうこと」だろう。
「お説教の時間ってか? ひえー、ヒス女は怖いねー」
アタシは身震いしながらつぶやいた。
今頃は冥界でやり合ってるんだろう。
生殺自在の冥界の女王と無敵の綺羅星か。どうなるんだろうな。
相性は悪そうだから、勝負はつかなそうだけど。
>え?なんでみんな消えたの?
>一体何が?
>何でアイギスだけ残ってるんだ?
コメントは混乱している。
何が起こったのかわかっていないようだ。
シオリは顔出しNGとかで配信には映ってなかったからな。発動する瞬間も映ってなかったんだろう。なにが起こったのかわからなくて当然か。
「シオリがブチ切れたんだろ」
>え?どういうこと?
>確かにミカエラに対してキレてる雰囲気はあったけど……
>キレたシオリちゃんがみんなを消し飛ばしたってこと?
>ヤバくない?
おっと、これ以上余計なことは言わない方が良さそうだ。
さすがに正体に気がつくことはないだろうけど、こんなコメントどものためにアタシが怒られる必要もない。
「シオリは怒ると怖いってことだよ」
>ええ……
>怖すぎ……
>そういえばケンジくんも同じこと言ってた……
>確かにケンジくんについていけてるし、シオリちゃんも普通じゃないんだろうなとは思ってたけど……
まだちょっと疑われているけど、まあこれくらいなら許容範囲だろう。
元はと言えば配信中にためらうことなく「鍵」を使った方が悪いんだし。
むしろフォローしてあげてるアタシに感謝するべき。
>確かにアイギスもシオリに調教されてたしな
あ? 今なんつったてめえ?
>犬みたいに従順になってたよなw
>竜もしょせんはイヌ科なんだなw
>かわいいねえwかわいいねえw
ほーーーーーう。
どうやらお前らアタシのこと舐めてんな?
いいぜ。画面の向こうなら安全だと高を括ってるみたいだし、わからせてやんよ。
>どうしようwwwわからせられちゃうwww
>どこかの誰かもシオリちゃんにわからせられたしなwww
>悔しいなあw悔しいなあw
アタシに舐めた口をきいたコメントは全て記憶しつつ、操作を進める。
手順自体は簡単で、すぐに完了した。
「ふーん。青森県青森市か。これって日本のどこだ?」
>……え?
>急に何言ってるの?
>青森に何かあるのか?
>なななな何もあるわけないよよよよ
>なんかビビってるやついるんだけど
「なるほど、日本の北にある街か。小さいし一撃で終わるな。
次は奈良県……これなんて読むんだ? ああ、橿原市か。なんで日本語ってこんなに難しいんだよ。全部ローマ字にしろ」
>え?
>ちょっとちょっと……
>さっきから何言ってるの……
>まままままさか……
>おおおおおい、俺の街に何の用だよ……
「さっきアタシに舐めた口聞いてくれたやつ。最後は……ほう、香港か。海の向こうなら安全だと思ったか?」
>ななななななんで!?!?
>ま、ま、ま、町の名前がわかっただけだろまだ……!
>そうだ、住所がわかったくらいでいい木になるなよ……!
>見つけられるわけないし……!
見つける必要はねーだろ。街ごと消し飛ばせばいいんだし。
>人の命をなんだと思ってるんだ!
>そもそもコメントだけで住所までわかるわけないだろ!
>適当なこと書きやがって!
>メスガキのくせそんな技術あるわけないだろ!
「今アタシのことをメスガキと呼んだお前。今は神奈川県の横須賀市に……ん? これは、ああ。スマホってことか。電車の中でこれを見てるな? 東京から近いし、最初はお前にしようか?」
>!!!!!!!!!
>おいふざけんな俺も同じところに住んでんだぞ!
>巻き添えにするな!!
>死ぬなら一人で死ね!!
>なななななんでそんなことまでわかるの!?!?
「理由なんてどーでもいいだろ。七大災厄舐めんじゃねーぞ。アタシを馬鹿にしたやつは全員殺す。いいな?」
>こわすぎんご
>そういえばミカエラも特権を持ってたっけ……
>ガチってこと……?
>運営の犬め!!
「返事は?」
>アイギス様かわいい!
>世界一強くてカッコいい!!
>アイギス最高!アイギス最高!
>わからせられたのは俺たちでした!!
ふん。わかればいいんだよ。
雑魚のくせにイキがりやがって。
本人を目の前にしたら何も言えないカスに限って、自分が安全だと思ってるところでは噛み付くようになる。
そういう雑魚にはどっちが上か躾をしてやらないとな。
「雑魚を殺しても楽しくないし、今回は見逃してやる。アタシに逆らえばどうなるかわかったな?」
>しっかりわからせられました!!
>一生アイギス様の下僕になりますワン!
>わんわん!
ちなみにアタシにはコメントから住所を調べるような技術はないし、特権とやらも何のことか知らねー。
ただ、コメントの横にあるボタンを押すと誰かが作ったらしいアプリが起動して、そこから住所が調べられるようになっていただけだ。
誰が何のためにそんなものを作ったのか、アタシには全然わからねーけどな。
こういうのを日本ではヤンデレって言うんだったか? ジャパニーズホラーは怖いねー。
お? 言ってたらなんか来たな。
どうやら「お仕置き」の時間は終わったらしい。一体どうなったことやら。
シオリの力で冥界からダンジョンに戻ってきた。
なんだか久しぶりな感じがするけど、冥界と現実では時間の流れが違うからな。
こっちではまだ数分後くらいだろう。
周囲を確認すると、アイギスが一人で俺たちを睨んでいた。
「よくもアタシを一人置いていってくれたな。それで「お仕置き」は終わったのか?」
お仕置きってなんのことだ?
もしかして【白き腐敗】のことを言ってるのだろうか。
「それならうまくいったよ。完全に消えたはずだ」
「完全に消えた? ケンジがやったのか?」
「ああ、そうだ」
頷くと、なぜかアイギスは驚いた顔をして、それからヒュゥーっと口笛を吹いた。
「やるじゃねえか。絶対拗らせたら面倒臭い性格なのに、女の扱いも一流ってことか?」
「え、女の子だったのか?」
「おま、マジかよ……。そんなこと言って殺されても知らねえぞ」
なぜかシオリとミカエラの方を見ている。
その視線に気づいたミカエラが満面の笑みを浮かべた。
「はーいその通りでーす。ケンジさんのおかげで全部解決しました」
「ガチでミカエラまで手篭めにしてるじゃねえか……。RTA走者ってすげえんだな……」
何に関心してるのかわからないが、RTAに興味を持ってくれたのなら嬉しいな。
その時、コメントが騒がしくなり始めた。
>おい、緊急ニュースやってるぞ!
>インド北部にいた【白き腐敗】が完全に消えたらしい!
>は?一滴も残ってないってどういうこと!?
>本体がどこかに移動した可能性があるって……そんなのここ以外ないだろ!!
>ついに本体がここに来るってこと!?
>日本おわた
>日本政府も非常事態宣言を出したな
>ガチってことじゃん……
>お偉いさんもこの配信見てるのか?
>まさか日本に移動したとかないよな……?
「あ、それなら心配ありません。【白き腐敗】は完全に消えました」
>え、本当?
>じゃあこのニュースは誤報ってこと?
>確かに一滴も残ってないって言ってるけど……
「【白き腐敗】は上級ダンジョンに移動して、そこにいた神々を食べ尽くして成長していたのですが、消毒液で完全に消滅させました。こちらにいたのもそれに合わせて消えたんでしょう」
>待って待って待って
>いきなり情報量多すぎ
>【白き腐敗】が上級ダンジョンの神々を食べ尽くした?
>それを栄養に成長していた??
>でもすでに完全消滅させた????
「その点はワタシも保証しまーす。実際にこの目で見てきましたから」
スマホを取り出して何かを操作する。
「【白き腐敗】が完全消滅したことをアメリカの偉い人に伝えておきまシタ。これで騒ぎも収まるデショウ」
>【綺羅星】が言うなら本当なのか……?
>お、また緊急速報が来たぞ
>【白き腐敗】が消滅したとアメリカ政府から発表があったらしい
>ガチなのかよ……
>てかどうやったんだ
「フフフ、ケンジさんがいましたし、ワタシには「マスターキー」がありますからネ。これを使えばサクサクっと倒せるのです」
>え、それってまさか、【星喰い】の……?
>つか生きてるんかよ
>生死不明だったのに、まさかこんなところで判明するなんて
>つまり今ここには【黄泉返り】【綺羅星】【竜骸】に加えて【星喰い】までいるってこと……?
>ガチで生存してる災厄が全員揃ってるんじゃ……
>【光騎士】のセラフも倒したし、【白き腐敗】は消滅させたし、【終末時計】はいないけど代わりに〈時間魔法〉を使いまくってるし
>出てない災厄いないじゃん
>さすがケンジくん、コラボも豪華だな
>コラボってレベルじゃねーぞ
>そこらの配信者じゃ真似できない
>これがケンジくんの配信……
>全配信者失業のお知らせ
>こんなの見せられたらマジで他の配信じゃもう満足できないよ……
>それな
【白き腐敗】が消えたことでコメントも驚いているようだった。
その間に俺はサーチを使って周囲の様子を確認する。
ダンジョンはかなり食い尽くされており、99階まで到達していた。
偶然そこで止まったというより、100階は特別な力で守られていた感じだ。
99階の床も溶けていたが、【白き腐敗】でも溶かせなくて止まった感じだ。
「さすがに最終階だけあって特別性なのね」
「特別性というより、なんていうか、100階だけ他と違う感じがするな」
それはミカエラの不可侵領域に近いかもしれない。
この世界から隔絶されたものを感じるんだよな。
守られているんじゃなく、そもそも最初からそこにはないかのような。
「地下100階デスカ。初級ダンジョンをクリアするのも久々デース」
「あんたいつも上級ダンジョンに潜ってるわよね」
「ダンジョンが好きなのデース。未知の世界を冒険するとなんだかワクワクしませんカ?」
「その感覚は全然わからないわ」
「アタシも初級ダンジョンには興味湧かないな。雑魚すぎるんだよな」
「でもケンジさんのおかげで少し趣味が変わりまシタ。初級ダンジョンも悪くないかもですネ」
「……あんたは一人で走ってなさいよ」
「そんな寂しいこと言わないでくだサーイ。シオリさんも一緒に行きませんカ?」
「絶対に嫌よ」
「それなら俺が行こうかな。今まで一人で走ってからな。競争という形も面白いと思うんだよ」
「ワオ、それは非常にエキサイティングデース!」
「………………」
「あの、なんで俺を睨むんですかシオリさん……」
「ジャパニーズホラーは怖いねー」
>これから地下100階にいくとは思えない空気だな
>まるでピクニックにでもいくような雰囲気
>画面も華やかでいいね
>言っとくけど地獄という言葉でも生ぬるいくらいの地獄だからな本当は
>メンバーがやばすぎるんだよ
>こんなに安心して見れるダンジョン配信なんて他にない
>事故配信とか普通にあるからな
>その点はケンジくんなら安心
なんだかずいぶん賑やかになってきた。
配信をする前はずっと一人で走っていたのに、今は4人もいる。
それにコメントだってすごい盛り上がっているし。
それだけダンジョンRTAが普及したのかと思うと感慨深い。
配信を始めてよかったって、心から思う。
「ありがとうシオリ」
「……別に私のおかげじゃないでしょ。ケンジの配信なんだから」
ありがとうしか言ってないのに、ちゃんと俺がなにを伝えたかったのかわかってくれたらしい。
さすが幼馴染だ。
「シオリが誘ってくれなかったら、配信を始めることもなかっただろうからな」
「……そ。それじゃあ今度お礼でもして」
「ああ、そうさせてもらうよ。俺にできることならなんでも言ってくれ」
シオリがいなかったら、きっと俺は今も一人で走っていただろう。
RTAは基本一人でするものだからそれが悪いとは思わないが、せっかくの記録をみんなに知ってもらうことも大事だからな。
やがて何事もなく100階につながる階段に辿り着いた。
階段を守るボスも特にいない。
なんの変哲もない部屋の中央に、下に降りる階段が作られていた。
「これが最後の階段ですね」
>ついに最深部に
>この配信も次で終わりか
>感慨深いというか、驚き疲れたというか……
>もう終わっちゃうの寂しい!
「長いような短かったような配信ですが、次の階でRTAもいったんゴールになります。そこでこの配信も一度終わりになる予定です。
とはいえまだ終わったわけではありません。最後の最後に気が緩んで自己ベストを逃す、なんてことはダンジョンRTAではあるあるですからね。気を引き締めたいと思います。
では行きましょう!」




