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初級ダンジョンRTA走者 世界最速を達成したので解説動画を公開したら参考にならなすぎで大バズりしてしまう【書籍化決定】  作者: ねこ鍋


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第98話 シオリさんちの美味しいご飯

「アタシの手料理が食べたい?」


シオリが驚いた声を上げた。


「ああ、どうしても今すぐに食べたいんだ」

「で、でも……」


シオリが周囲を見渡す。

ここは冥界の底。灰色の大地と灰色の空が続く場所だ。

調理器具どころか草の一本も生えていない。


「さすがにここでは……」

「それは大丈夫だ」


俺は両手の中で魔力を生成する。

物質生成はあまり得意じゃないんだが、消毒液の生成を行ったからコツはなんとなく思い出している。

とりあえず石や金属さえ生成できれば、あとは形を整えるだけだ。


「こんな物でいいか?」


テーブルに食器、フライパンや包丁など、料理をするのに一通り必要そうなものを生み出した。

同じ方法で応用すれば、肉や野菜などの基本的な食材も生み出せる。


冥界に現れた簡易キッチンを見て、シオリとミカエラが驚いたような呆れたような表情を浮かべた。


「……もうなんでもありね」

「便利デスネー」

「だからってどうしてこんなところでやるのよ。面倒だし嫌よ。どうしても作りたいなら自分で作れば」

「俺はシオリの手料理が一番好きなんだ」

「………………。仕方ないわね」

「ワオ、これが本場のツンデレですカ。参考になりマース」

「捻じ切れろ」


みぢみぢみぢみぢ……


ミカエラがいる空間から聞いたことのない音がする……。

まるで世界が悲鳴をあげているかのようだ。

もっとも、中心にいる本人は涼しい顔のままだったが。


冥界の中で起こることはすべてシオリの命令に従う。

それは物理的な攻撃ではない。

シオリが止まれと言えば光も止まるし、消えろと言えば空間ごと消滅する。

それは世界そのものへの干渉。法則を捻じ曲げて行われる理外の攻撃だ。


しかしミカエラは自身の位相をずらしている。

いってしまえば、ミカエラだけは冥界にいながら冥界にいない。

だから世界に干渉するシオリの命令も届かないのだろう。


「ちっ」


舌打ちを漏らしながら、やがてシオリが料理を始める。


「ていうか、冥界の料理を食べるって意味わかってるの……?」

「ん? 何か特別な意味でもあるのか?」

「………………いえ、あんたが知ってるわけないわよね」

「冥界の食事を食べると、冥界から出られなくなる。世界中の神話で語られていることデース。この場合は、シオリさんと一生一緒にいる、みたいな意味になるでショウカ」

「なんであんたの方が詳しいのよ」

「中級や上級ダンジョンには神話に出てくるモンスターが出マス。だから世界の神話には詳しいのデス」

「一生ここから出られなくなるのか?」

「………………いや、そんなことはないわよ」


なんか今妙な間があったけど……。

まあどうせ冥界内にいる限り、シオリの命令には逆らえないから、関係ないといえばないんだが。


やがてシオリが台所に近づき、準備を始める。

程なくして手際よく野菜を切る音が響き始めた。

シオリは何度か俺の家で料理を作ってくれるので、台所に立つ背中は見慣れている。

そのせいなのかわからないが、こういう光景はなんだか実家のような安心感があるよな。


「……気が散るから黙ってて」


シオリが背中を向けたままそんなこと言う。

とはいえ口だけだ。ほんとに怒ってたらこんなこと言わないからな。


「フフ、ほんとは嬉しいのにそんなこと言うなんて、ジャパニーズガールも可愛いところありマス」

「吹っ飛べ」


ミカエラの姿がかき消えた。

灰色の空の彼方に小さな点が生まれ、それもすぐに消える。

言葉通りに吹っ飛ばされたみたいだ。

位相をずらして本人への直接攻撃は防げても、こういう間接的な攻撃は防げないらしいな。


……シオリを怒らせるとこうなるからな。

怒られているうちはまだまだ平気だ。


やがて空間に扉が現れる。

ガチャリと鍵を開く音が響くと、そこからミカエラがやってきた。


「やっぱり可愛いですネ」

「マスターキーをそんなことに使うんじゃないわよ」

「とても便利デース」


あれが噂の「マスターキー」というやつか。

確かに便利なアイテムだ。

それがあればダンジョンの地下100階なんてすぐに行けるんだろう。

けどまあそれじゃRTAにはならないからな。俺には使い道がなさそうだ。


そんなことをしているうちにシオリの料理が完成したらしい。

肉じゃがに味噌汁とご飯という、ごく普通のメニューだった。

早速食べることにする。


「うん、やっぱりシオリの料理は美味いな」

「………………そう。ありがと」


視線を逸らしながらそんなことを言う。恥ずかしいんだろう。言うと怒るからもちろん言わないけどな。

捩じ切られたり吹っ飛ばされたりしてるうちはまだ平気だ。

冥界の底でもう一度冥界の扉を開くとどうなるか……。

あんな経験は2度としたくない……。


「ワタシの分はないのデスカ?」

「……残りでよければこれでも食べてれば」

「さすがジャパニーズガール! 信じてましたデース!」

「……別に。材料余らせてもしょうがないし。ある分を使って作ったら3人分になっただけよ」


シオリはなんだかんだ優しいからな。

そう思ってたらじろりと睨まれた。

何も言ってないのに……。


「さっさと食べて」


これ以上怒らせたくなかったので、しばらくはシオリの手料理を堪能することにしよう。



「ごちそうさま。おいしかったよ」

「ベリーデリシャスでした!」

「……そう。ならよかったわ」


お礼を言う俺とミカエラに、シオリはそっぽを向きながら呟く。


「で、これが何の役に立つの?」

「ああ、おかげで準備が整った。【白き腐敗】を倒すために必要なことだったんだ」

「お腹いっぱいで、元気も100倍デース!」


ミカエラもやる気を出している。

そういう目的じゃなかったけど、実際美味しかったからな。


「あまり時間をかけるわけにもいかないんだろ。さっそく始めようか」

「上級ダンジョンに扉を繋げてもいいデスカ?」

「ああ、問題ない。いつでも大丈夫だ」

「さすがデース!」


ミカエラがパチンと指を鳴らす。

上空に扉が現れた。

さっきミカエラが戻ってくる時に現れた扉と同じだ。

それが空中でゆっくりと開く。


「ではお手並み拝見といきましょうか」


扉の先にあったのは真っ白な壁だった。

やがてそれはたわみ、形を変え、どろりとしたスピードでこちら側に流れてくる。

白い壁に見えたそれは、上級ダンジョンを隙間なく埋め尽くした【白き腐敗】だった。

それが冥界へと触手を伸ばし始める。


シオリが気色悪そうな表情で見上げた。


「消えろ」


流れ込んできた【白き腐敗】が消滅する。

しかしその直後にまた扉から流れ込んでくる。

冥界内に存在するすべてのものはシオリの命令で消滅させられるが、冥界の外にまでその影響を与えることはできない。

上級ダンジョンに本体が存在する限り、無限に増殖して流れ込んでくるのだろう。


扉が小さいおかげで流れてくる量も少ないから対処は簡単だが、永遠に終わりそうな気配がなかった。

シオリが早々に諦めてため息をつく。


「本当に倒せるんでしょうね。あんなのに冥界が侵食されるなんて絶対に嫌よ」

「大丈夫だ。ミカエラの【綺羅星】も解析済みだし、防ぐ方法はない」


はずだ。

すべての神々を吸収して進化していない限りは。


俺は手のひらに、先ほど食べたばかりの肉じゃがを生成する。

そしてそれを、あふれ出してくる【白き腐敗】へと投げ入れた。

それはあっさりと取り込まれて消える。

やがてゆっくりと、【白き腐敗】が分解されていった。


「ワオ、これがジャパニーズガールの手料理の力なのデスネ……!」

「なんか複雑な気分ね……」


白い液体が砂のようにボロボロと風化して崩れていく。

崩壊は連鎖し、やがて扉を越えて上級ダンジョンの中にまで連鎖していった。


「細胞の一片でも残っていたら復活してしまいマス。うまく効けばいいのデスガ」


もし倒しきれなければ、やがて冥界は侵食され、いつか世界の壁を超えて地球にやってくる。

そうなれば世界は終わりだ。

【白き腐敗】を倒すことはできても、さすがに【白き腐敗】に取り込まれた物を元に戻すことはできないからな。


「でも、どうして私の手料理で【白き腐敗】が風化するの?」

「見た目は肉じゃがだけど、中身は消毒液だからな。そのままだと効果がないから、シオリの手料理を参考にさせてもらったんだ」

「どうしてそんなことを?」

「シオリは消毒液を飲みたいと思うか?」

「そんなわけないでしょ」

「だからだよ。不味いから吐き出す。けど美味しければ自分から食べるだろ?」


【白き腐敗】は確かに強い。

無敵で、最強で、死という概念を持たない。

しかしそれでも俺は、【白き腐敗】を恐ろしいモンスターのように感じたことはなかった。

むしろ感じたのは、泣き喚く赤子のような純粋さだった。


そういえば誰かが言っていたっけ。

【白き腐敗】はただお腹が空いているだけなんじゃないかって。




自分が崩れていく。なくなっていく。なんとかしなきゃ。なんとかしなきゃ。

体を切り分けて、まだ無事な部分を退避させて、耐性をつけるんだ。

もう壊されることがないように。もうイジメられることがないように。


だけど。

それは見たこともないような、目を奪う強い光ではなかった。

むしろどこにでもある、ありふれた光だった。


なのにとても、とても温かかった。

生まれた時から知っている、優しい光。

生まれた日を思い出すような、愛情にあふれた味だった。


パパ……? ママ……?

会いに来てくれたの……?


ずっと会いたかった。

ずっと一緒にご飯が食べたかった。

みんなと美味しいものを食べて、幸せになって、お腹いっぱいになる。

それが夢だったんだ。

夢だったんだよ。


どんなに美味しくても、一人で食べたら満たされない。

こんなにいっぱい食べて、こんなに成長しても、誰も褒めてくれない。

大きくなったねって、誰も言ってくれない。

ずっと一人だった。


優しい味が全身に染み渡る。

細胞の一欠片に至るまでがそれを求めていた。みんなが喜んでそれを食べた。

美味しいよ……美味しいよ……。


幸せになりたった。

満たされたかった。

パパと、ママに、会いたかった。

ずっと、ずっと、会いたかったんだよ……。


ねえ……どうして、いなくなっちゃったの……。

どうして私を置いていったの……。

どうして……私を……愛してくれなかったの……。


お腹いっぱいのご飯なんていらなかった。

とても美味しいご飯なんていらなかった。

温かいご飯を二人と一緒に食べたかった。


願いはそれだけだった。

それだけだったんだよ。


ねえ……お空の向こうに行けば、また会えるかな……?




【白き腐敗】が消えていく。

消毒液から逃れることもなく、異世界に侵食していた分まで含めて、完全に消滅していくのが感じられた。


やがて輝くような白い光が立ち上りはじめた。

【白き腐敗】はダンジョンのモンスターではないのに、光の粒となり、溶けるように宙へと消えていく。

まるで天国へと昇るように。


その光景は幻想的なまでに美しく、俺たちは空に消えていくその最期を見送っていた。


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― 新着の感想 ―
美味しいご飯の参考、なんて、しおりちゃんに愛されてるなあ…
視点が変わる時は明確にしたほうがいいですね。
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