第96話 神々の終わり
「滅ビヨ不敬な者ドモ!! 我コソが真の神ナノだ!!!!」
【白き腐敗】の塊と化したゼウスが叫ぶ。
白濁とした粘着物質の表面に顔を浮かべ、口の中から無数の白き雷を吐き出していた。
自分の体が砕けるのも構わずに、周囲を壊しまくっている。
「あの状態でもまだ意識を保ってるのはすごいけど、もうだいぶ原型を留めてないわね」
シオリが嘆息したようにつぶやく。
確かに、元が神とは思えない見た目と行動だ。
ゼウスの意識が呑まれるのも時間の問題だろう。
そうなると俺としても困る。今からやろうとしていることは、ゼウスが相手でなければできないだろうからな。
消えかけているゼウスの意識を引き戻すためにも、俺は魔力の剣を手にした。
「10倍加速・〈次元斬〉」
世界を分断し、邪神ゼウスを切り裂く。
>目を覚まさせる(物理)
>鬼かな?
切り裂かれたゼウスの姿はあっという間に元に戻った。
表面に浮き上がるゼウスの顔が俺を睨みつけ、表情を一変させる。
「……貴様。貴様は。貴様ハ! またか貴様は!!
またシテモ我が前に立ちはだかるというノカ貴様はァッ!!!!」
急にめちゃくちゃブチギレた。
「切ったから怒った、ってわけでもなさそーだな」
「ずいぶん恨まれてるみたいだけど、何かしたの?」
「いや、心当たりはないんだが……」
>心当たりしかないんだよなあ
>逆になんで怒られないと思っているの
>ケンジくん何回ゼウス様殺したの?
>貴様は今までに食べたパンの枚数を覚えているのか?
>最高神ですら朝食のパン扱い……
単に注目を引ければ良かったんだが、何故かめちゃくちゃ怒っている。
けど結果的には都合がいい。
怒りで膨張した邪神ゼウスの表面に、無数の白き雷が走る。
やがてそれは一ヶ所に集まると、凝縮して異界の恒星を形作った。
「消シ飛べ下等生物がああアアアアアああああああっっ!!!!!」
真っ白な破壊光線が俺を狙い撃つ。
ダンジョンの内部を破壊して外郭を貫き、ダンジョンそのものを崩壊させかけた一撃だ。
もう一度ダンジョンを貫けば、今度こそ崩壊するかもしれない。
恐るべきその一撃を、俺は伸ばした手のひらで受け止めた。
「バカなぁっっ!?!?」
ゼウスの咆哮が響く。
邪神ゼウスが放つ白き雷は、すでに解析を終えている。
雷が手のひらに触れた瞬間に魔力の制御権を奪い、その場に留まるよう命令しただけだ。
この程度なら、一度攻撃を受ければ誰でもできるだろう。
やがて光が途絶える。ゼウスが光線を打ち切ったようだ。
俺の手のひらの先には、巨大な白い雷が塊となって止まっていた。
「はは……あれを受け止めたのかよ……。相変わらず無茶苦茶なやろーだな……」
間近で見たアイギスが驚いたような、呆れたような声を上げる。
俺は白き雷の塊をさらに一点に集め、直径1センチほどの球体に凝縮すると、手のひらに握り込んだ。
ケラウノスの魔力を収斂させ、真っ直ぐに引き延ばす。
手の中に白き雷の刃を生み出した。
「初級剣スキル・レベル5〈疾風斬り〉」
白き雷の剣が神速の斬撃となり、ゼウスの体を両断する。
いつもならすぐに再生するはずのその体は、しかし再生しなかった。
切断面に残った白き雷がその体を侵食していく。
「ゼウスの体が、滅んでいく……」
ゼウスが暴走していた時、白き雷が周囲を無差別に破壊し、自分自身をも破壊していた。
「無敵」が効いていなかったんだ。
【綺羅星】が【白き腐敗】に敗れたのなら、【白き腐敗】の力を使えば「無敵」の力を超えて倒せるということだろう。
白き雷が【白き腐敗】を滅ぼしていく。
もしかしたらこれにもやがて適応し、抵抗するのだろうか。
そう思っていたのだが、体の崩壊は止まることなく、表面に浮かぶゼウスはむしろ勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「ククク……見よ、我ガ雷が、すべてヲ、滅ぼしてイク……。我コソが最強……我コソが、神なのダ……」
白き雷に焼き尽くされながら、ゼウスが満足げな声を上げる。
やがて誇らしげな表情のまま、自ら滅びを受け入れるように、自らの雷によって消滅した。
「なんだこいつ」
アイギスが消え去った邪神の痕跡を見下ろす。
「神だの神じゃねーだの。本物ならそんなの気にすることもねーだろうに」
「神にも色々あるんでしょ。知らないけど」
「確かにどーでもいいか」
最後の一滴が焼き尽くされた時、その中から人型の何かが飛び出してきた。
それは俺に向かってまっすぐに向かってくる。
「ハーイ! ケンジサーン! やっと会えましたネー!!」
飛び出した金髪の女性が俺に抱きついた。
敵意を感じなかったため、思わずそのまま受け止めてしまったが、この人は一体誰なんだ?
「オット、こうして直接会うのは初めてでしたネー。ワタシは【綺羅星】のミカエラ。以前にコメントで上級ダンジョンについて色々と教えてもらったものデス」
「ああ、あの時のひとか」
上級ダンジョンで詳しい人からコメントをもらったんだっけ。
急にスパチャで1000万くらい送られてビビったんだよな……。
「ちょっとあんた、急に出てきてなんなの?」
「【白き腐敗】に負けたやつがなんでこんなところにいるんだ?」
シオリとアイギスが同時に声を上げるが、ミカエラは無視して答えなかった。
正面から俺に抱きついているため、ほとんど目の前と言ってもいい距離から、俺の顔だけをまっすぐに見つめている。
あとほんの数ミリ近づくだけでお互いが触れ合うような、いわゆるガチ恋距離だ。
気のせいか、俺の目をまっすぐに見つめる青い瞳も、熱を帯びているように見えた。
「アナタは命の恩人デス。天使と融合する方法を教えてくれなければ、【綺羅星】を進化させることもできず、あのまま死んでいるところデシタ。
そして、今またこうしてワタシを助けてくれマシタ。これはもう運命デース! 愛してますケンジさん……」
うっとりしたような表情でますます強く抱きついてくる。
さすが外国人なだけあって、色々と発育がすごい。
おかげで、ちょ、ちょっと、その、色々と当たって……
>これはケンジくん落ちたな
>金髪碧眼の美女に抱きつかれて落ちない男はいない
>さすが綺羅星、ケンジくんの攻略RTAも早いな
>まーたシオリちゃんのライバル来ちゃった
>やっぱ幼馴染は負けヒロイン……
「………………ふーん。ミカエラって意外と積極的な性格なのね」
そう言ってシオリが、にっこりと笑った。
その笑みを見て俺の背筋が凍りつく。
シオリは怒るほど笑顔になるタイプだ。
つまり満面の笑顔を浮かべている状態の今は、理由はわからないけどかなりブチギレているということだ。
「んー、ケンジサーン、ワタシの愛を受け取ってくだサーイ」
「ちょ、まずいってミカエラ、シオリは怒ると本当に……!」
シオリが笑顔のまま手を伸ばす。
その手に握った鍵を空中で回した。
「あっ」
──ごぉん。
俺とミカエラを飲み込むように、冥界の扉が開かれた。




