第95話 邪神ゼウス襲来
【白き腐敗】のおかげでダンジョンの床が腐食して崩壊し、96階まで下が見えていた。
自らダンジョンを壊して進むのは俺の流儀に反するが、偶然壊れてしまったものは仕方がないからな。
様々なトラブルを利用してタイムを短縮するのもRTAの醍醐味だ。
ここは遠慮なく利用させてもらおう。
穴を飛び降りて一気に下までショートカットする。
シオリに続いてアイギスもやってきた。
「せっかくきたんだ、100階のボスと遊んでから帰ることにするよ」
「………………」
「な、なんだよ。せっかくきたんだしそれくらいならいいだろ」
シオリは何か不満があるようだった。
途中から参加してクリアすることに何か思うところでもあるのだろうか。
気持ちはわからないでもないが、【白き腐敗】の討伐を手伝ってくれた恩もあるし、それくらいならいいんじゃないだろうか。
所詮ここは初級ダンジョンだしな。
普通に走れば1分程度でクリアできるし。
96階にきたが、周囲にモンスターの気配はなかった。【白き腐敗】に食われ尽くしたのだろうか。
サーチで階段の位置はわかってるのでまっすぐに向かう。
床も壁も侵食されて無くなっているので、めちゃくちゃ広い一つの部屋みたいな構造になっていた。
おかげで階段のある場所までまっすぐに進める。
これなら数秒でつくはずだ。
支えるものがなくなった天井が崩落しないか心配になるが、まあその前に階段を降りてしまえば問題ないだろう。
ダンジョン自体は24時間ごとに再生成されるしな。
「ん? これは……」
96階に1体だけモンスターがいるのを感知した。
どうやら邪神化したモンスターが生き残っているらしい。
けど進路上からは離れた位置にいる。無視するのがいいだろう。
と思っていたら、そいつはまっすぐに俺たちの方に向かってきた。
「どうやらモンスターがこちらに向かっているようです。無視してもいいのですが、これもまた初めて感じる気配ですね。おそらくは邪神化しているのでしょうが……」
それにしては何かが違う。
とはいえ、邪神化したモンスターならショートカットのフラグになる可能性は低い。
気にはなるものの、走る速度は俺たちのほうが上だ。
このまま進んで階段を降りるほうがいいだろう。
そう思っていたら、モンスターの気配が突然消えた。
そして次の瞬間、目の前の空間が丸く切り取られ、先ほど消えた気配が目の前に現れた。
「ワープしてきたようです。モンスターにしては珍しいですね」
多くのモンスターと会ってきたが、直接目の前にワープしてこられたのは流石に初めてだ。
強制的に戦闘させられてタイムを削られるのは、あまり良くないな。
現れたモンスターは、見た目は大きな老人だった。
身長は10メートルほどもあり、崩壊した天井を優に超える大きさだ。
全身が発達した筋肉でムキムキになっており、その体には、真っ白な液体がまとわりついていた。
「どうやら、邪神化したゼウスのようですね」
>は!?
>なんでゼウスがここにいるんだ?
>上級ダンジョンにしかいないはずだろ
>マーマンですら邪神化であんなに強化されたのに、ゼウスが邪神化したらどうなるんだよ……
「邪神化」とはすなわち外なる神へと作り変えること。
人智を超えた存在である外なる神は、たかが虫ケラ1匹でも人類を遥かに超えた存在へと進化させる。
では創造神たる神が外なる神になればどうなるか。
二つの世界を掌握する、人外の存在へと変貌する。
上級ダンジョンのボスがどうしてこんなところにいるのかはわからないが、人間の想定を超えたイベントが起こるのがダンジョンだ。
そういうこともあるんだろう。
「邪神化した神かよ! こいつはおもしろそーだな!!」
アイギスが嬉々として竜骸を身に纏った。
「頼むから一撃で死ぬんじゃねーぞ!!」
まっすぐ邪神ゼウスに殴りかかる。
しかし竜骸に覆われたその拳は、衝撃も反動もなく、ゼウスの体に当たった瞬間にぴたりと停止した。
すぐさまアイギスが飛び退いて距離を取る。
「……チッ。この手応えのなさは【綺羅星】と同じじゃねーか。アイツ負けたな」
「【白き腐敗】は食べた者の力を吸収して成長する。そういうことでしょうね」
アイギスとシオリが距離を取りながら分析している。
どちらも俺は詳しくないので、二人がいてくれるのは助かるな。
>は?
>今さらっととんでもないこと言わなかった?
>【綺羅星】の「無敵」を手に入れた【白き腐敗】……?
>しかもゼウスを邪神化したとか……
>「無敵」の力を持つ邪神ゼウスってこと?
>最強+最強+最強
>そんなのどうしようもないだろ……
>てか【綺羅星】が負けるとかあるのかよ……
「【白き腐敗】ならこれで消毒できるはずだが」
生成した消毒薬を使うが、ゼウスには効果がない。
どうやら弾かれているみたいだった。
「【綺羅星】の絶対不可侵領域だよ。アイツにとって害あるものを弾くらしい。よく知んねーけどな」
「弱点はないのか?」
「聞いたことねーが、【白き腐敗】に負けたってことは、なんかあんだろうな」
なるほど。
俺はその【綺羅星】という人を知らないからな。
まずはその辺りを解析することから始めようか。
魔力の剣を生み出し、邪神ゼウスに切り付ける。
しかしその体に一切傷をつけることはできなかった。効かなかったのではなく、そもそも攻撃が当たった気配も感じられない。
なるほど。これが「絶対不可侵領域」ってやつか。触れることさえできないんだな。
その間にアイギスが殴りかかり、シオリがエクスカリバーで攻撃する。
そのどれもが効果なかった。
ゼウスの全身から真っ白な液体が吹き出し、あたり一面を覆い尽くした。
あたりには消毒液の効果が残っているはずだけど、消滅する気配はない。
「る、が、あ……」
邪神ゼウスの口から知性のない声が漏れる。
やがて体中から白い雷が迸った。
それは神の名からは程遠い、清廉さの全く感じられない白濁とした雷だった。
それがゼウスの右手に集まる。
白い雷が寄り集まって凝縮されると、見たこともない異界の恒星が生み出された。
「があああああああああああああああッッ!!!!!」
獣のような咆哮と共に、真っ白な雷がビームのように放たれた。
──ドガガガガガガガガガ!!!
>うおおおおおおお!!
>なんだこれ!!!
>ヤバすぎる!!!!
ダンジョンの床が抉られ、わずかに残っていた天井も塵となる。
それどころか空間すら割れて、周囲には時空嵐がハリケーンのように荒れ狂っていた。
俺の周囲は魔力で守っているから平気だが、外側は時空嵐の影響で酷い有様になっていた。
「マジかよすげーな!!」
「なんなのよこれ……」
アイギスが興奮し、シオリが怯えたように呟く。
やがて嵐が消えたが、そこはもはやダンジョンとは思えない有様になっていた。
それどころか、ビームによってダンジョンの外殻すら貫いて、巨大な穴が穿たれている。
とんでもない威力だな。
けど、さすがに威力が強すぎたらしい。
今の一撃でダンジョンが不安定になったのを感じる。このままだと崩落するかもしれない。
それは困る。RTAができなくなるからな。
「どうやら検証をしてる余裕はなさそうですね」
俺は手に魔力の剣を生み出した。
悪意を弾くというのなら、悪意のない攻撃なら弾けないだろう。
「10倍加速・初級剣スキルLv1〈スラッシュ〉・次元属性付与・100連」
ゼウスの体が真っ二つに分断された。
その直後には数えきれないほどの肉片に切り分けられる。
時空斬は、そのまま時空を切り裂くスキルだ。
攻撃対象はゼウスではなく、空間そのもの。
【綺羅星】は敵意のある攻撃を弾くらしいが、敵意のない攻撃は防げない。
そう読んだけど、当たりだったようだ。
しかしバラバラになった体の断面から真っ白な液体があふれる。
それはゼウスの体を飲み込んで一つになると、大きな水疱となって膨れ上がった。
「フザ……ケルナ……」
真っ白な液体の表面にゼウスの顔が浮ぶ。
神の形を失い、【白き腐敗】に取り込まれたスライムの如き姿になっても、それはゼウスとして生きていた。
「我ハ神だ……。我コソが神だ……。認めぬ、コノヨウナことは、断じて認メヌ……っ!」
白い水疱の表面から、数えきれないほどの白き雷が放出された。
無差別に周囲が破壊されていく。もはや誰かを狙ったものではなかった。
もしかしたらもう、俺たちを認識していないのかもしれない。
とにかく周囲の存在全てを白き雷が破壊していく。
「マジかよ。【白き腐敗】に侵食されて意識を保ってるなんて根性あるな。どこかのアメリカ野郎と違ってやるじゃねーか」
無差別な雷は、まさに神の怒りだった。
ゼウス自身も傷つけながら世界を破壊し尽くしている。
壊れた体は即座に修復されるが、それに気を留める様子もなく、自らと世界を同時に滅ぼし続ける。
こっちはあの白い雷に一瞬でも触れただけで消し飛ばされるだろう。
これでは近づくことも難しい。
「滅ボス……我以外のすべてを消しトバシテ、証明シテやる……。その目にしかと焼き付ケルガいい!! 我コソが真の神であるとッッ!!!!」
「手がつけらんねーな。【白き腐敗】が意識を持つだけでここまで強くなるのか」
「近づいたところで決定打がないとどうしようもないわよ」
「確かにな」
シオリとアイギスがそんな会話を交わしている。
実際二人の言う通りだった。
こちらの攻撃は全て【綺羅星】によって弾かれる。
仮に攻撃を通しても、【白き腐敗】の力であっという間に再生されてしまう。
だというのに、向こうの攻撃は全てが一撃必殺だ。
まさに神を超える存在となった邪神ゼウスを倒す方法は──ひとつだけあった。
「試したことはないので成功するかは賭けになりますが、最短で倒すにはこの方法しかないでしょう」
>このチートボスを倒す……?
>どうやるんだよこんなの……
>それでも、ケンジくんなら……
「リスクを取ってタイムを短縮するのもRTAの醍醐味です。時間もないことですしさっそく試してみましょう」




