第64話　階層ボス討伐配信

1時間ほどしてバッテリーの充電も終わった。

そろそろダンジョンに向かおうか。

まずは外に出てアイギスを見送ることにした。

やっぱり一緒にダンジョンRTAに行くのはルール違反になるからな。

別れの時、シオリとアイギスが最後の挨拶を交わしていた。

「犬小屋に住むか、家に帰るか、好きな方を選びなさい」

「はい！　帰ります！」

「そ。じゃあ、あとよろしくね」

「はい！　お先に失礼します！」

勢いよくそう告げると、竜の翼を生やして飛び去って行った。

舎弟かな？

竜の翼はダンジョンで見た時より一回りは小さくなっていたが、それでもすでに外殻を出せるみたいだな。

人間離れした回復力だった。

「それにしてもちゃんと帰してあげるなんて、やっぱりシオリは優しいな」

「あいつにはまだ利用価値があるから」

あれ？

シオリさんもしかして何か悪いこと考えてますか？

「ちゃんと用が済んで利用価値がなくなったら、後でしかるべきところに送るわよ」

「ちなみに何を企んで……

「……」

「……考えてるのか聞いてもいいか？」

「ケンジには関係ないことよ。大したことじゃないわ」

シオリが短くそう答えた。

まあ、大したことないって言ってるから、そうなんだろう。

良いことではなさそうな気配もするけど……

とりあえず、ダンジョンに戻るとしようか。

ショートカットからワープゲートを呼び出し、中に入る。

ダンジョンに戻ってくると、相変わらずアイギスに壊されて崩壊したままだった。

さすがに1時間程度じゃ修復されないか。

さっそく充電を終えたばかりの配信用カメラを起動する。

「みなさんこんにちは。見えてますか？」

＞お、キタキタ

＞見えてるよ！

＞ばっちり！

＞そろそろだと思って早退して待ってたよ！

「充電も終えたので、またRTA解説配信の続きをやっていきたいと思います」

＞ああ、そういえば解説配信だっけｗ

＞ダンジョンRTAという名前だけならもう十分知れ渡ってるけどｗ

＞今や【RTA走者】だもんな

＞それ何度見てもじわるからやめろｗ

＞早く正式名決めないとそれになっちゃうぞｗ

＞仮名がそのまま正式名になるやつ

＞【RTA走者】神藤ケンジ

＞ただの自己紹介ｗｗｗ

おお、RTAがどんどん知られるようになってきたんですね！

やっぱり配信を始めてよかったです。

勧めてくれたシオリにも感謝しないとな。

＞あとは挑戦者を増やすだけだな

＞それが1番の難関

＞俺だってケンジくんみたいにできるならしたいよ

「俺だって最初はなにもわかりませんでしたが、色んな人を真似したり、試行錯誤して今のスタイルに落ち着いたので。

　なので俺くらいなら、やればきっとできるようになりますよ」

＞うーんそうかなあｗ

＞一生できる気がしないけどｗ

＞RTAを見たり応援したりするのも楽しみ方のひとつ！

それは確かにそうだな。

そうやって楽しんでくれる人がいるだけでも嬉しい。

今まではダンジョンRTAを楽しんでるのはずっと1人だったからな。

シオリも一緒にRTAしてくれることはなかったし。

＞そういえばアイギスはいないな

「アイギスなら家に帰りました。

　なんか……やることがあるらしいです」

その内容は聞かされてないので知らないんだけど。

そんな感じでコメントと会話しながら、壊れたダンジョンの瓦礫をどかして次への階段へと進んでいく。

上方向はかなりの規模で壊れているので、サーチでも階上の様子がわかる。

今はどうやら49階のようだ。

ちょうど次の階段を降りることで50階。

いわゆる下層に入る。

＞ついにダンジョンも半分か

＞折り返し地点だな

＞数時間で下層まで来てるって記録にある中でも最速だけどな

＞それでも俺たちにもわかるようにしてる解説動画だからめっちゃゆっくりなんだろうな

＞初級ダンジョンを２時間でクリアしたって言ってたギルドなかったっけ？

＞あれは解析スレでフェイクだって見抜かれてたよ

＞２時間でクリアって、１階層１分ちょっとじゃん。普通に有り得ない。考えればすぐにわかるのに信じる方がバカ。

＞なお１階層0.3秒でクリアする人がいるそうです。神藤ケンジっていうんですけどね

＞人間じゃないからノーカン

＞俺たちの常識を破壊し尽くす災厄、それが【RTA走者】

えぇ……

まだ人間扱いされてないのか……

ひょっとして俺まで人間としての尊厳を奪われてる……？

＞これ普通に今日中にクリアあるな

＞下層ってS級冒険者でも来るだけで数日はかかるレベルなんだけど

＞慎重な奴らだと数か月とかかけることもある

＞そういう配信もそれはそれで人気あるけど

＞急いで死ぬくらいなら、ゆっくりでも確実に生き残る方が正しい

＞生き急いだっていいことないよ

＞この辺のモンスターになると、１体倒すのに１時間とかだからな

＞それでも倒せるだけすごい

＞それで怪我したり魔力使い切ったら、回復するまで休まないといけないし

＞モンスターって基本的に人類を超越した化け物だから

＞ダンジョンからモンスターがあふれて壊滅した国もあったよな

＞全部ワンパンしてるケンジくんが異常すぎる

＞感覚がマヒしてもうわけわかんねえな

＞倒すのに２発かかるだけでも驚きだからな

＞ケンジくんの攻撃を1発は耐えるという事実がもうやばい

確かに下層からは一撃で倒せないモンスターも増えてくるんだよな。

そのせいでタイムをロスしがちなところが辛い。

うまく当たりのエリアを引けるといいんだけど。

＞それにしてもピッタリ50階手前で止まるなんて持ってるな

＞配信的にはかなり美味しい

＞さすがケンジくん

＞すっかり一流配信者に成長したな

＞アーカイブも知らなかったあのケンジくんがと思うと感慨深い

「そういえば前も言ってましたけど、アーカイブってなんですか？」

＞まだダメだったかあ

＞実際アーカイブは投稿されてないしな

＞未だ非公式の切り抜きしかないという事実

＞シオリちゃんなんとかして

まあ配信のとかの難しいことは、今度シオリに教えてもらうつもりだけどな。

その時にその、あーかいぶ？　とかも覚えられたらと思ってる。

ちなみに49階で止まったのは偶然、というよりは、ダンジョンの仕組みのせいだろう。

ダンジョン内は25階ごとに大きく区切られてるから、その境目は他よりも特殊なんだ。

だからアイギスでも、普通の階層は壊せても、50階の壁は壊せなかったんだろう。

＞ケンジくんでも50階の床は壊せないの？

「そもそも床を壊すことはしないので経験はありませんが、やれないことはないと思います。

　ただ、さすがにちょっと硬いですね」

＞ケンジくんにすらちょっと硬いと言わせるダンジョン床

＞やはり50階層の壁は伊達じゃないな

コメントに返しながら、迷宮エリアの細長い廊下を走る。

この廊下を見るのもなんだか久しぶりだな。

やがて目的の部屋が見えてきた。

本来ならあと30キロはあったはずなんだが、あっという間に着くことができたな。

扉を開ける。

部屋の中央にいた黄金巨人を殴ってどかすと、そこの真下に次への階段があった。

＞ボス瞬殺ｗｗｗ

＞いちおう下層への入り口を守る階層ボスなんですけどｗｗｗ

＞数ヶ月前から告知して、準備を重ねて、大々的に宣伝までするのが普通の階層ボス討伐配信なんですよ？

＞配信者としては1番の盛り上がりどころなのに……

＞爆散しちゃったｗｗｗ

＞やっぱケンジくん配信者としてもダメだわｗｗｗ

うっ、確かに解説もせずに倒してしまった……

でもまあ黄金巨人は弱いので、殴って倒すだけです。

特にこれといった見どころもないので、みなさんも見かけたらさっさと核を破壊して倒しましょう。

＞そっかあ、階層ボスが弱いかあ

＞このあいだ世界中からSランク冒険者50人を集めて討伐する動画見たよ

＞翻訳スキルがあるから国際パーティも簡単に組めるんだよな

＞俺も見た。複数パーティーで入れ替わり戦って3日くらいかかってた

＞それだけやってやっと倒せるのが普通

＞50階を突破するために数十年修行する人もいるんですけどｗ

＞このレベルまで来るともう努力ではどうにもならないけどな

＞無理な奴は一生無理。突破する奴はあっさりと突破する。そういう世界。

＞いちおう黄金巨人は魔力のこもった純度100％の金だから欠片もかなり高いけど……

＞金って、重いから……

そうですね。

特に使い道もないですし、このまま置いていきましょう。

＞ですよねー

＞知ってた

＞まあその量なら売っても数千万円程度だろうし

＞やすいなあ（白目）

＞もう金銭感覚までバグってきた

＞シオリちゃんでも持つのはちょっときつそう

というわけでさっそく階段を降りる。

「この先は50階です。

　前回はいろいろありましたが、結果的には迷路エリアを簡単にクリアできましたし、ショートカットになってラッキーでしたね」

自ら壊すのはルール違反だが、戦闘の結果崩落してしまうのは問題ないからな。

＞災厄に襲われてラッキーといえるメンタル

＞新しいペットも手に入ったことだしな

「ではさっそく50階へ行きましょう」

＞今度はどんな場所なんだろうな

＞次のエリア楽しみ！