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第二十九戦

「え?どうゆうことですか?」


俺は自分の耳を疑いすぐに聞き返した。


伊達政宗が慶次さんに殺してくれって頼んだ、だって?



慶次さんは虚空を見つめ、ぽつりぽつりとゆっくりと語り出した。


「あぁ」



「おっやっと目覚めたかいお嬢ちゃん」


「慶次……?」


「あぁそうだぜ嬢ちゃん」


前田慶次はそう言うと、無くなった左腕を伊達政宗の死角に入るように隠した。それは伊達政宗に無用な心配をかけさせないためか、無力だった自分を見させないためか。それは前田慶次にしか分からない。


「たくっ目覚めねーからほんとに死んだんじゃねーのかと思っちまったじゃねーかよ」


「妾な死なんぞ慶次。お主を倒すまではな」


「じゃお嬢ちゃんは不老不死だな」


伊達政宗は目を開き、言葉をしっかりと話せてはいた。だが前田慶次は少しの疑問を感じた。


「妾をお嬢ちゃんと呼ぶその声はやっぱり慶次じゃな。今の一連の会話をするまでは確信を持てなかったぞ」


「声って嬢ちゃん……まさか……!」


前田慶次は右手を仰向けに寝ている伊達政宗の顔の前にかざした。通常ならばなんらかの反応を人は起こすものだ。だが伊達政宗は何の反応もしない。


そして前田慶次は悟った。


「嬢ちゃん……目が……」


前田慶次は声になるかならないかの声量で伊達政宗に言葉をかけた。それを伊達政宗はしっかりと聞き、言葉を返す。


「妾もよくわからんのじゃ……」


ゆっくりと、前田慶次に届くように、泣かないように


「目が……目が見えないんじゃ……瞼は開けている筈なのに、モノの形や色や光が見えないんじゃ」


「……」


前田慶次は伊達政宗に何も言えなかった。それ程前田慶次にとっては衝撃的すぎる出来事が起こった。


伊達政宗の瞳から涙がこぼれる


「笑ってくれ慶次……何も見えないのに涙は流せる妾の駄目な瞳を。……でもダメじゃな……何も見えないから慶次が笑っていても分からんのぅ。……慶次よ……」


「なんだ?」


伊達政宗は一拍おき、そして涙を流しながら請う。


「妾を……妾を殺せ……!慶次……!」


「何言ってんだ政宗!!」


前田慶次は伊達政宗の今の言葉を聞き、病人には決して出してはいけないほど声量を伊達政宗に浴びせた。

伊達政宗は急に大声を出した前田慶次に対して体をびくつかせたのか政宗と呼ばれてか体をびくつかせた。しかしそれも瞬時の出来事。

伊達政宗は冷静にことばを紡ぐ。


「じゃがな慶次よ。今の両目を使えない妾がいたところで伊達の負けは見えておる。舞剣も幾分も待ってはくれんじゃろ。このままみすみす舞剣にやられるくらいなら」


「……俺に殺して欲しいと?」


「そうじゃ……それに他の誰でもない慶次に殺される方が妾にはいい。慶次になら、伊達を預けられる」


ここまで伊達政宗はいい終えると、最後ににこっと笑った。先程まで絶望していたとは思えないその表情に、前田慶次はすぐに答えを言えなかった。そして少しの間があき、前田慶次は答える。


「俺は……政宗を殺さねぇ」



語り終えた慶次さんはまだ、虚空を見つめている。


「俺はな……迅」


「はい」


「本心では政宗を殺すなんてほんとに考えちゃいねーんだ。だけどな……」


慶次さんは自分の考えをゆっくりゆっくりと語る。慶次さんの顔は見えない。だけどきっと虚しい表情をしているに違いない。


「あいつは最後に笑ったんだ……。もう片方の目を失って絶望している筈の人間がだぞ?それに俺は前田の当主で政宗は伊達の当主だ。当主としての立場から考えれば俺は政宗から無条件で伊達の領土と兵を貰ってくれと頼まれたことになる。そうなれば前田は繁栄し、今よりも断然強固になる。当主としてならこれはいい条件だ。けどなそれは駄目なんだよ。駄目ってことは分かってんだ……!けどなっ……!」


最初穏やかな口調は徐々に熱を帯びているものに変わっていた。俺はただ聞くことしかできない。


「あの時……一瞬でも俺は笑ったあいつの顔と当主としての考えを頭によぎらせちまったんだ……。それで答えるのが遅くなった……。普通なら即答しなくちゃいけない場面でだ。俺は人としては最低だ……。」


あぁ慶次さんは自分に怒ってるんだ……。即答出来なかった自分に。


伊達政宗を殺せば、伊達の領土も兵も前田のものになる。しかもそれは伊達政宗から頼まれたことだから前田にはノーリスク。でもそれは違う。慶次さんの戦人としてのやり方と。でも当主として、慶次さんは考えてしまったんだ。これからの前田を。


俺はいかに当主、『総大将』が大変なのかを改めて知った気がする。一国の当主としてどうすればいいのか。俺はそれを知らない。たぶん最適な答えなんて無いんだろう。


それでも俺は今、この場を慶次さんを慰め無くてはならない。当主うんぬんではなく、一人の人として。


「慶次さんは最低な人じゃないです」


俺が今言えるのはこれくらいだ。これしか言えない。



カーンカーンカーン


その時城に付随している鐘が鳴った。


そして伊達の兵と思われる声が上がった。


『敵襲!敵襲!』




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