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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
篝火

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97/205

準備


「なんでやねん」


 受け取った赤紙(赤くない)を険しい顔で眺めながら、颯谷はエセ関西弁でそう突っこんだ。前回の大分県西部異界に徴用されてから、半年は経過したが一年にはまだ間がある。それなのにまた赤紙が来た。こうなると、「一年以上間をおく」という運用基準が自分には適用されていないんじゃないかと思えてくる。


「例外じゃなかったんですか?」


 颯谷は茂信に電話をかけ、赤紙が来たことを話してからそう尋ねた。筋違いだと思いつつも、話し方が詰問調になってしまう。だが茂信にそれを気にした様子はなく、むしろ彼以上に深刻な声でこう答える。


『例外、という話だったのだが、な……』


 怒りを押し殺したその声に、むしろ颯谷の方がひるむ。それから二人は少し話したのだが、やはり赤紙が来たからには出頭しないわけにはいかないとのこと。前回に関連した国会答弁で赤紙自体は合法的に出されていることが重ねて説明されている。妙な話だが、あの国会答弁が政府を守る格好になったわけだ。


 とはいえ、だ。合法だからと言って納得できるかと言えば、そうではない。それでも前回は「二度目の征伐で、異界が現れたのが市街地」というのっぴきならない事情があって、それを考えれば理解はできた。しかし今回はそういう事情もない。冷静になっても腹の虫は収まらず、颯谷はついこう尋ねた。


「師範、何とかなりません?」


『何とか、というと?』


「……さすがに良いように使われている気がするので、その、釘をさす、とか」


『分かった。十三さんとも相談してみよう』


 あっさりそう言われ、颯谷の方が驚いた。「え、いいの?」と内心で思うが、むしろ茂信の方が乗り気な様子で、彼は颯谷にこう尋ねる。


『颯谷は確か、静岡県の駿河家と親しかったな?』


「親しいというか、まあ、はい」


『では先方にも事情を説明して、こちらの連絡先を伝えてくれないか。足並みを揃えられるなら揃えたい』


「わ、分かりました」


 そう答え、颯谷は電話を切った。なんだか大事になってしまったような気がして内心でちょっとビクつくが、このまま何もしなければ三度目があるような気がしてならない。もともと剛には連絡するつもりだったこともあり、颯谷はすぐに彼のスマホへ電話をかける。電話に出た剛に事情を説明すると、彼は押し殺した低い声でこう答えた。


『……なるほど。では千賀道場の師範は連絡がほしいと、そう言ったわけだな?』


「は、はい。そうです。足並みを揃えられるなら揃えたい、って」


『分かった。連絡先を教えてくれ』


 迷うそぶりも感じさせずに、剛はそう答える。颯谷は乞われるままに茂信のスマホの番号を彼に教えた。話が急展開すぎるというか、大人たちが妙にやる気なのを感じ取って、むしろ颯谷の方が腰が引けてくる。それで彼は躊躇いがちにこう尋ねた。


「えっと、どんな感じになりますかね……?」


『どうなるかは話してみないと分からないが。なに、釘をさして欲しいのだろう? やっておくよ。まあ、こういう駆け引きは大人に任せて、颯谷は異界征伐の方に集中した方が良い』


 そう言われ、颯谷はもう一つの用件を思い出した。というかそもそもの用件はこちらである。彼は「分かりました」と答えてから、剛にさらにこう尋ねた。


「ところでもう一つなんですけど、仙樹のセルロースナノファイバーの防具って、もう形になりました?」


『ああ、製品化に向けた試作品が幾つかある。そろそろ連絡しよう思っていたんだが、使うか?』


「いいですか?」


『もちろんだ。用意しておこう。途中でまたウチに寄ってくれ』


「分かりました」と答えて颯谷は電話を終えた。彼は一つ息を吐いてから頭を切り替える。剛の言う通り、ここからは異界征伐に集中しなければならない。さっきまでは三度目を心配していたが、死んでしまったり、そうでなくとも大怪我をしてしまったりしたら、それどころの話ではなくなってしまうのだから。


 玄道に茂信や剛と話したことを伝えると、彼は「そうか」と答えて大きく頷いた。今回の件もかなり腹立たしく思っていたらしいが、これで少し落ち着いたらしい。学校などへの連絡を彼に頼むと、颯谷は次にマシロたちの様子を見に行った。


 今回の異界は和歌山県の東部。出頭するよう求められたのも近畿地方にある国防軍基地で、つまり遠いが陸続きだ。マシロたちのことも連れて行こうと思えば連れていける。ただその一方で面倒な気もしており、最後は本人(犬?)たちに決めてもらおうと思ったのだ。


「マシロ、ユキ、アラレ。どうする、一緒に……、って来る気ねぇな、お前ら」


 颯谷が話しかけると、三匹は一斉に目をそらした。それを見て颯谷は呆れた声を出す。彼はジト目で三匹を睨んだが、彼らは意地でも視線を合わせようとしない。それでも逃げ出そうとしないのは教育のたまものか。颯谷はため息を吐くと彼らを連れていくのは諦め、三匹の頭をやや乱暴に撫でるのだった。


(もしかして、異界って言わなかったから注射と勘違いした……?)


 いやいやまさかそんなバカな。内心でそう呟きながら、颯谷は次に家の二階へ上がった。向かったのは仙具を保管している部屋。木箱の南京錠を外すと、そこに保管してある八つの武器を見下ろして彼は「さて」と呟いた。


 前回の異界で手に入れたこれらの一級仙具。颯谷は今回、どれかを持っていくつもりだった。ではどれを持っていくのかというと、まず槍と薙刀、戦鎚と金棒は除外する。すると太刀か剣か脇差になるのだが、太刀と剣はやはりちょっとサイズが大きく、一方で脇差は逆にちょっとサイズが小さい。


(むむむ……)


 颯谷は眉間にシワを寄せた。難しい表情のまま、颯谷はまず太刀を取り出して腰に差してみる。やっぱりちょっとバランスが悪い気がするし、何よりも結構重い。彼は表情を緩めずに太刀を木箱に戻した。


 次に手に取ったのは脇差。太刀と同じように腰に差してみると、こちらはさっきよりも具合が良い。ただやはり気になるのは刃渡りが短い事。伸閃を放つ分にはこれでもいいのだが、高周波ブレードを使う際には間合いが狭くなるだろう。


「まあ、いいや。こっちにしよう」


 そう言って颯谷は脇差を持っていくことに決めた。ただしメインで使うのはこれまで通り仙樹の杖である。仙樹の棒も持っていくので、もしかしたら脇差は必要ないかもしれない。ただ何かの理由で仙樹の杖が使えなくなった時、仙樹の棒だけでは心もとない。サブウェポンとして脇差があった方が安心だ。


「また適当な長さの仙樹の枝を手に入れればいいだけの気もするけど」


 颯谷は苦笑を浮かべながらそう呟く。異界の中なら、仙樹は探せばすぐに見つかる。枝の入手は難しくないだろう。とはいえ戦闘中に枝を調達しにいくわけにもいくまい。であればやはり、予備の武器はあった方がいい。


 ちなみに。今回颯谷は和歌山県まで新幹線で行くつもりなのだが、公共交通機関は基本的に武器の持ち込みはNGである。「美術品です」と言い張って持ち込もうかとも思ったが、本人でさえ流石にそれは詭弁だと思う。仕方がないので鍵付きのケースに入れ、件の国防軍基地に郵送して現地で受け取ることにした。いろいろ面倒で、また一つ国防省への好感度が下がった。


 まあそれはともかく。脇差を一本取り出し、颯谷は木箱に南京錠で鍵をかける。それから自分の部屋に戻ろうと思って立ち上がったのだが、その時ふと思いついて彼は押し入れの扉を開けた。そこには前回手に入れた使い道のない、もしくは使い道の分からない仙具が入っている。


 茶釜、巻物、脇息などなど。こういう仙具を見せてもらったのは駿河家が初めてだが、実はその時から颯谷は頭の中で考えていたことがある。それは「こういう仙具は異界の中でしか効果を発揮しないのではないか」ということだ。


 ただ同時に「それくらいのことはもう検証しているだろう」とも思う。だからこれまであえて口にはしなかった。だが今はこうして自分のモノがある。それに「検証しているだろう」とは思ったが、そのことについて確認したわけではないし、もしかしたら個体差があるかもしれない。


(試しに一つ持って行ってみるか……)


 颯谷はそう思い、巻物を手に取った。これなら落としても割れないし、たいした荷物でもない。異界への突入がちょっと楽しみになった颯谷だった。


 自分の部屋に戻り、颯谷は準備を始める。基本の背嚢は国防軍が用意してくれるが、その他にも自分で持っていきたい物をリュックサックやキャリーケースに入れていく。実際にこのすべてを異界に持っていくのかは分からないが、欲しいと思った時にないのはイヤなので荷物は多くなった。


 荷物の準備が終わると、颯谷はふと思い出す。そうだ、まだ木蓮に連絡していない。学校のノートを頼まないとだし、連絡しなかったらまた「不機嫌ですアピール」をされてしまう。あの時のプレッシャーを思い出すだけでまた胃が痛くなりそうだ。無意識のうちにお腹をさすりながら、颯谷はスマホで木蓮に電話をかけた。


「あ、木蓮? 颯谷だけど。いま時間大丈夫?」


『はい、大丈夫ですよ。どうかしましたか?』


「実はまた赤紙が来ちゃってさ……」


『え、だってまだ一年……』


「そうなんだけど。でも来ちゃったからには行かないと」


『……何ですか、それは……』


 そう呟いて木蓮が絶句する。ショックを受けているようであり、また怒りをこらえているようでもある。スマホ越しに伝わってくるそんな彼女の様子が、颯谷はなんだかこそばゆい。ただそこは武門の娘。木蓮は冷静になるのも早かった。


『……このタイミングということは、和歌山県ですよね?』


「うん。そうだけど」


『途中で実家、静岡の駿河家に寄れませんか? 新しい防具の試作品がそろそろできているはずなんです』


「ああ、それね。さっきタケさんに電話した時に教えてもらった。今回も使わせてもらうつもり」


 後ろめたさなど微塵もなく、颯谷はそう答えた。しかしどうやら木蓮はお気に召さなかったらしい。彼女は低い声でこう答えた。


『……へぇ。わたしより先に、叔父様に電話したんですか、そうですか』


「え、も、木蓮さん……?」


『前回もそうでしたよね。颯谷さんはわたしより先に叔父様に連絡してました』


「ち、ちが……! 話、話を聞いて」


『はい、どうぞ』


「…………っ」


『颯谷さん?』


「え、ええっとですね……、まずは道場の師範に電話をしましてね、赤紙が来たことを話したわけですよ。そうしたら……」


 言い訳をするかのように、颯谷は剛に電話するまでの一連の流れを木蓮に説明する。発端が政治絡みの話だったと知り、木蓮は「そうでしたか」と呟いた。


『そういうことでしたら、叔父様に連絡するのは早い方が良いですね』


「うん、そうそう。そう思ったの」


『えっと、不機嫌になってしまって、ごめんなさい』


「……じゃあさ、またノートお願いして良い?」


『はい。任せてください!』


 スマホの向こうから木蓮の弾んだ声が聞こえる。それを聞いて颯谷はほっと胸を撫で下ろした。それから少し雑談をして、最後に木蓮はこう言った。


『いってらっしゃい。どうかお気をつけて』


「うん。行ってきます。あ、腕時計もしていくよ」


 颯谷はそう答えた。雰囲気に流されてそう答えたのだが、日程的にまだ余裕があるので、明日は普通に学校である。



マシロ&ユキ&アラレ(((とりあえず行きたくないですアピールしとこ)))

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― 新着の感想 ―
もう既に尻に敷かれてるなァ…
日程に余裕があろうと、これから戦場に向かう前に学校行く必要はないよ。それよりも万全の用意を整えることでしょう。
「ち、ちが……! 話、話を聞いて」 『はい、どうぞ』 「…………っ」 『颯谷さん?』 木蓮さん圧のかけ方うますぎるっす。パねえっす
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