慰労会と仙具の引き渡し
入札会の後片付けが終わると、すでに夕方だった。浩司と颯谷は協力してくれた国防軍の方々に感謝を述べてから、慰労会の会場へ移動した。開会の挨拶はまだのようだが、メンバーはそれぞれグラスを片手に談笑を始めている。二人がそこへ合流すると、幾人かが彼らを迎えた。
「桐島もビール飲むか?」
「烏龍茶ください」
悪い笑みを浮かべた悪い大人からの誘惑を断り、颯谷は烏龍茶の入ったグラスを受け取る。浩司は白ワインを貰ったようだ。二人が飲み物に口をつけたタイミングで、基地司令官が壇上に上がって開会の挨拶をした。
挨拶が終わると、颯谷は早速料理を取りに向かった。やはり普段は滅多に食べられないような高級品が数多く並んでいる。彼は目移りしながらそれらの料理を取り皿へ盛っていく。なお、盛り付けた料理は全体的に茶色っぽい。こぼれんばかりに料理を取り分けてから、彼はテーブル席に移動してそれを食べ始めた。
取り皿を空にすると、彼はすかさずお代わりへ向かう。並べられた料理を物色していると、そんな彼に幾人かが話しかける。彼らは颯谷から仙具を譲ってもらった者たちだ。交換条件として頼んでおいた仙樹の確保と輸送について、彼らは進捗を教えてくれた。
「仙樹の確保自体は、だいたい終わったぞ」
「終わってないところは、今も駆けずり回ってるかもな」
「トラブルとか、ありませんでしたか?」
「民家に生えた分は、代わりに処分するってことで、むしろ喜ばれたぜ。公園に生えた分を狙ったヤツはちょっと、いやだいぶ面倒だったらしいぞ。公園は役所の管轄だから」
「トラブルっていうなら、同業者の間ではちょっとあったって話だ。かち合っちゃうとどうしてもなぁ」
「え、じゃあ、どうしたんですか……?」
「どうもせんよ。基本的には早い者勝ちだし、その場でケンカするより次を探した方がずっと早い。ま、せいぜいジャンケンで白黒つけるくらいだ」
「それはトラブルなんですか……?」
「三回勝負のはずが、なぜか十三回戦目までやってたりしてなぁ……」
子供か、と颯谷は心の中でツッコんだ。そして仙具の分配をしたときのことを思いだす。あの時もひどかった。「なら仕方ないな」と彼は妙な納得の仕方をするのだった。
「じゃあ、あとはもう送るだけって感じですか?」
「だいたいはそうだな。もう送ったってところもあるらしいが」
「それより、あの時は詳しく聞けなかったんだが、あの仙樹はどう使うんだ? セルロースなんとかって言ってた気がするが……」
「セルロースナノファイバー、ですね。オレもよく知らないんですけど、それで樹木を糸やプレート状に加工できるみたいですよ」
「つまり自由に形を変えられるってことか……」
「お前さんが使っていた防具に、それが使われていたって話だったと思うが……」
「プレートが仕込んであった感じですね。他は強化炭素繊維だって聞いてます。駿河家で確保していた量が少なかったので」
「それで今回の交換条件に繋がるってことか」
「だが実際問題、性能としてはどうなんだ? つまり仙具として、って意味だが」
「あくまでオレの感想ですけど、結構良かったと思いますよ」
次々投げかけられる質問に、颯谷は分かる範囲で答えた。そのやり取りが聞こえたのだろう。話に加わる人数は徐々に増えていく。その中には仙具の分配にあぶれた者もいた。やはり「性能の良い仙具を人の手で作れるかもしれない」という話には、興味を持つ者が多いらしい。
颯谷もこの事業には一枚噛むことになっているし、彼らは潜在的な顧客である。興味を持ってもらえることはうれしい。ただ話がどんどん突っ込んだ内容になっていくと、颯谷には答えられないことが増えていく。それで最終的には「駿河家に問い合わせてください」と答えるのだった。
さてそんなこんなありつつ、慰労会は閉会を迎えた。前回同様にお土産を貰ったのだが、その中には日持ちしないおかずも入っている。颯谷は、今晩は基地に泊まる予定で、それらのおかずをどうしようかと思ったのだが、浩司や拓馬が日持ちのする菓子類と交換してくれた。これで常温保存でも家に帰るまで十分もつだろう。
「ああ、疲れた……!」
用意された部屋で、颯谷はベッドに倒れこんだ。特別きつい作業をしたわけではないのだが、それでもどっと疲れたように感じる。このまま寝てしまおうかとも思ったが、寝るにはまだ時間が早いし、お風呂にも入りたい。彼はもぞもぞと身体を起こした。
ベッドに腰かけたまま、颯谷はぼんやりと壁を眺める。今日はなんだか色々あった気がする。それからふと思いついて、彼はスマホを取り出した。電話をかける相手は駿河剛。何回目かのコールで彼は電話に出た。
『颯谷か。どうした?』
「何かあったってわけでもないんですけど……。今日は総括と慰労会で、仙樹の件の進捗も聞けたんです。『もう送った』って言ってた人もいたんですけど、届いてますか?」
『その話か。ああ、昨日と今日で三件分だな、届いたぞ。ご丁寧に伐採前の写真付きでな。ちゃんとそれぞれ二本分だ』
「そういうふうにしたんですね」
『なんだ、颯谷の指示じゃないのか』
「オレはただ、二本分だとちゃんと分かるようにしてくれって言っただけですよ」
だから写真うんぬんは発送した側の気配りというか、ある種の予防線だろう。あとで問題が起こらないように気を使ったのだ。
「それで、防具は作れそうですか?」
『ああ、十分な量だ。ありがとう。これからまた試作を繰り返すことになると思うが、試作だけなら今回用意してもらった分で足りると思うぞ』
「それは良かったです。そう言えば、コッチの人たちも仙樹のセルロースナノファイバーを使った防具には興味があるみたいでしたよ。いろいろ質問されました。答えられないところは『駿河家に聞いてくれ』って言っといたんですけど……」
『はは、早速のセールスだな。分かった、問い合わせが来たときは対応しよう』
剛はそう請け負った。製品化もまだどうなるか分からない段階だが、それでもこの件は事業化を目指している。そして事業化するなら、良い製品を作るだけでは足りない。しっかり売って、利益を出さなければならないのだ。
実際に問い合わせが来れば、それは相手が強い関心を持っているということ。顧客として将来有望といえるだろう。一度だけの付き合いになるのか、それともリピーターにできるのか、それはまだ分からない。だが今の段階では上々と言ってよいだろう。
仙樹がらみの話が終わると、颯谷は次に仙具がらみの事柄を話した。浩司が手配した入札会などの話を聞くと、剛は笑いながらも「苦労しただろうな」と感想を述べる。さらに颯谷が特権持ちとしてそこに協力したというと、彼は納得した様子でこう言った。
『なるほど、税金対策か』
「そうみたいです。ほとんど名前だけ貸してる感じなんですけど、その場にいないと税務署が良い顔しないみたいで」
『税務署はそうだろうな。かといって国防軍にやってもらうこともできないし、自分たちでやるしかないんだが……』
その場合は税金関連が面倒くさい。特権持ちがいるならそいつを矢面に立たせるのが、やはり一番面倒が少ないのだという。
「タケさんもやったことあるんですか?」
『似たようなことは何度かあるな』
「面倒じゃなかったですか?」
『面倒だぞ。ただいろんな人と関わることになるから、自然と人脈が広がる。それはメリットだと思っている』
「人脈……」
『ま、今回の颯谷にはあまり関係のない話だな』
剛がそう言うと、颯谷は弱弱しい苦笑で答えた。そもそも今回は浩司が面倒な手配をすべて行ってくれている。人脈を築こうにも、彼が動く余地というのはもう残されていない。まあ、やりたいとも思っていないわけだが。
『特権持ちであり続けようと思うなら、颯谷もどこかのタイミングでこういうことをやらなければならなくなる。今回はその予習くらいに思っておけばいいんじゃないのか』
「はは、そうですね」
剛の気楽な言葉に、颯谷も笑ってそう答えた。実際、こういう裏側を垣間見られたのはなかなかできない経験だと思っている。「世界が広がった」というのは言い過ぎだが、それでも新鮮な体験というか知見だった。まあ面倒だと思うのは変わらないが。
『そうそう、今回君に赤紙が来た件で調べてみると言っていたアレだが……』
「あ、何か分かりましたか? 道場の師範から聞いた話だと、野党の国会答弁が役立たずだったってことくらいしか分からなかったんですけど……」
『役立たずって。まあ、アレは私もどうかと思ったが。残念ながら私の方でもあまり詳しいことは分からなかった』
「そう、ですか」
『ただ……』
「ただ?」
『ただ、あの件以降、与党議員による国防省や国防大臣への問い合わせが増えているらしい』
「え、それって……」
『我々にとっては、あまり愉快な話ではないだろうね。中でも君にとっては』
そう言われ、颯谷は眉間にシワを寄せた。茂信も言っていたが、この件が着々と前例化しているように思えてならない。ただ自分の中に渦巻く感情をうまく言葉にできなくて、彼は剛にこう尋ねた。
「タケさんは、どう思いますか?」
『……感情を抜きにして考えれば、少なくともその方向性は咎めるようなものではないと思う。私だっていざという時のことは考える。今回みたいな場合に優秀な能力者が援軍に来てくれれば、なんだかんだ言いつつも、やっぱり心強く感じると思う。そして自分がいざという時に助けてもらいたいのなら……』
「『自分も誰かを助けられることを示さなければならない』、ですか……」
『そうだな。それに異界が残り続ければ、その影響は大きい。為政者側からすれば、使えるカードは使いたいだろう。まあ、今回みたいなやり方はどうかと思うが……』
剛としては、状況さえしっかりと整えてもらえれば、他の地域へ出向いて戦うことは容認できると考えている。能力者は地域に根ざしているが、その分、視野が狭くなっているのではないかと思うことが多々あるのだ。
これだけ通信網と交通網が発達しているのだ。もう「他所のことは知らん」と言っていられるような時代でもないだろう。社会貢献というつもりはないが、村社会的な思考からはそろそろ脱却しても良いのではないかと思うのだ。
もちろん彼の言う「状況を整える」というのは、「法的に問題なし」という意味ではない。行く側も迎える側もきちんと納得して事に当たる、という意味だ。今回の件について言えば、拙かったのは結局そこだろう。
今回の一件、法的に問題ないのだとしても、進め方があまりにも事務的というか乱暴だった。それが不信感につながっているのだ。そしてそれは剛も変わらない。それで彼は最後に肩をすくめながらこう言った。
『もっとも、今回みたいなやり方で「あっち行け、こっち行け」と言われるのは御免だがね』
「そうですよねぇ。でも赤紙が来ちゃったんですよ。なんか前例化しちゃいそうだし、どうしましょうかねぇ、これから」
そんな言葉から始まって、颯谷はアレコレと剛に愚痴を聞いてもらうのだった。さて翌朝、朝食を食べ終えて少しすると、浩司が彼を迎えに来た。これから仙具の引き渡しが行われるのだ。
引き渡しでは、見たこともない量の札束が粛々とやり取りされた。それらのお金を受け取って数えているのは、浩司が応援を頼んだ銀行の職員たち。お金の確認が終わると、颯谷は用意された領収書に名前を書いて判子を押していく。最後に国防軍の人が仙具を渡した。
すべての仙具を引き渡し終えると、次に浩司と颯谷は職員たちと一緒に(車は別だが)銀行へ向かう。20億円以上の現金を輸送するということもあり、国防軍が護衛をつけてくれた。
銀行には裏口から入る。行内へ現金を運び入れ終えると、護衛の人たちは基地へ戻っていった。それから二人は立派な応接室へ通された。
浩司があらかじめ話をしておいてくれたのか、いちいち事情を説明することはない。リストを渡し、幾つかの書類に颯谷が署名して、それで手続きは終わった。最後に、対応してくれた職員は二人に深々と頭を下げてこう言った。
「岩城様、そして桐島様。この度は異界の征伐、まことにありがとうございました」
「こちらこそ、ご協力いただき感謝する。おかげで助かった。また何かあれば、いろいろ相談させてほしい」
「えっと、ありがとうございました」
職員の方々から見送られ、二人は銀行を後にする。次に向かうのは空港だが、その前に昼食を食べるため、浩司が町中華の美味しい店に連れて行ってくれた。
「その豚の角煮、一切れくれんか」
「じゃあ小籠包と交換で」
「うむ。交渉成立だ」
四十過ぎのおっさんとおかず交換イベント、まさかの三回目である。「次に九州に来ることがあるなら、もうちょっと心躍るシチュエーションでやりたいもんだ」と思いつつ、彼は飛行機に搭乗するのだった。
颯谷「九州で一緒に飯食った相手って、おっさんだけだ……」




