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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
篝火

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入札会


 征伐の総括と反省が終わると、一時間の休憩になった。颯谷は食堂へ向かい、昼食を食べる。今日はカキフライ定食だ。彼が隅の席に座ると、すぐその向かいに浩司が座る。彼は豚の生姜焼き定食を選んだようだ。そしてイスに座るなり、彼はこう言いだした。


「カキフライを一つくれんか?」


「生姜焼き一枚で」


「よし、いいだろう」


 こうして四十過ぎのおっさんと二度目のおかず交換イベントをこなす。「二度あることは三度ある」というが、「三度目は別にいいかな」と思いながら颯谷は味噌汁に手を付けた。そして同じく味噌汁を啜ってから、浩司はこう切り出した。


「最後の質問、悪かったな」


「いえ、事前に教えてもらえたんで、準備しておけました」


「あの手の質問というか、つつくような真似は誰かがすると思った。だったら私がやってしまった方がおさまりは良い。そう思ってな」


「分かってます。あ、いや、分かってるつもりです」


「そうか」


 そう言って浩司は小さく笑った。それから二人は黙々とそれぞれのランチを食べはじめた。最初のカキフライを食べてから、颯谷は浩司にこう尋ねた。


「……そういえば、異界に巻き込まれていた地域ってどうなったんですか? あの城とか」


「ゆっくりと消えたよ。だいたい元通りだ」


「だいたい?」


「ああ。ちょっと残った」


「残った!? 残るもんなんですか……?」


「今回みたいに土地が増えるパターンは珍しいが、小さな影響が残ることは良くあるぞ」


「ええぇ……」


 颯谷は唖然としながらそう呟いた。彼は知らないが、これまでに彼が経験した二つの異界でも、異界顕現に伴う変異は征伐後も残っている。小規模だし、山の中なので人の目につきづらく、そのため一般に知られていないだけだ。そもそも元の状態が分からず、変異なのか判断できないという例も多い。


 だが今回は街中。残った変異、今回であれば増えた土地というのは一目瞭然だ。実はニュースなどでも報道されていたのだが、颯谷は勉強などで忙しくてそういうモノには触れなかったのである。


「増えたと言っても面積は小さいし、地図がすぐに使えなくなるということはない。だが国土地理院は大変だろうな」


 そう言って浩司は小さく笑った。精密で正確な地図を作るため、恐らくあの周辺では測量し直しだろう。その苦労を雑に想像して、浩司は肩をすくめる。そしてお新香に箸を伸ばしながら、彼は話題を変えてこう言った。


「……そうそう、報酬の話し合いが終わったら、例の件、よろしく頼む」


「別にいいですけど……。本当に何もしなくていいんですよね?」


「ああ、その場にいてくれるだけでいい。あ、いや、後で署名と捺印はしてもらうが。印鑑は持ってきたよな?」


「はい」


「なら良かった。……本当に名義貸しだけにしてしまうと、税務署がいい顔をしなくてなぁ」


 そう言って浩司は小さく肩をすくめた。彼が言う「例の件」とは、第一次征伐隊が遺した仙具の分配に関する話だ。


 第一次征伐隊が入手して遺し、あれやこれやありつつも征伐を終え、戦利品として数えることができる仙具は全部で19本。これとは別に矢が多数となっている。これらの仙具については、基本的に第二次征伐隊が所有権を有しており、彼らが好きに分配して良いことになっている。


 ただ、だからと言って第二次隊で総取りしてしまうと感情的なしこりが残る。特に第一次隊の遺族は面白くないだろう。またメッセージの中で本庄聡が「渡してやって欲しい」と言っていたこともあり、それに応えたい気持ちも確かにある。


 とはいえ現実問題として、第一次隊の一人につき一本の仙具を配ろうとしては数が足りない。現物を配るならどこかで線引きをする必要がある。だが線引きをしたらしたで、不満に思う者は出てくるだろう。


 そこで浩司は仙具を現金化することを考えた。具体的には、まず第二次隊に諸事情あって仙具(武器)を一つも入手できなかった者が三人いる。まずその三名に優先的に一本ずつ選ばせ、それぞれが選んだ仙具を1000万円で買い取らせる。ちなみにこの1000万というのは格安と言ってよい。


 次に残りの16本の仙具だが、こちらは第一次隊の遺族を対象に入札を行う。入札の最低価格は1000万円で、最も高い価格を提示した者(もしくは家)がその仙具を買い取れるという仕組みだ。


 そうやって現金化したお金だが、その半分は第二次隊の報酬に上乗せされる。そして残りの半分を第一次隊の遺族へお見舞金として分配するのだ。これならば第二次隊のメンバーの利益を確保しつつ、第一次隊の遺族へ公平にお見舞金を出せる。しかも入札の機会も平等なので、不満も出ない。


 浩司は一週間でこの手はずを整えた。もっとも似たような前例があったということなので、すべてが彼のアイディアというわけではない。とはいえ一週間で形にしたのは、かなりのスピード感だ。


 ただお金が絡む話だ。実際にやろうとすると、消費税やら贈与税やら、面倒なアレコレが出てくる。それをまるっと無視するために白羽の矢が立ったのが、特権持ちの颯谷だったわけだ。


 実際の段取りとしては、まず第一次隊が遺した仙具をすべて桐島颯谷に移譲する。これで仙具を売却したお金は颯谷に入ることになり、そしてそのお金を彼が分配する形にするのだ。これで消費税や贈与税は免除される。


 売却が終わった後はそれぞれの口座に振り込みをしなければならないが、これはリストを作って銀行に丸投げである。ただし颯谷も実際に銀行まで行かなければならず(これも税務署対策)、その分の手間が発生してしまうが、これは空港への送迎と一食奢ってもらうことで話がついている。


 とはいえ、全体として面倒であることに変わりはないのだが。颯谷も内心では「メンドくさい」と思っている。ただ異界の中では自由にやらかした自覚があるので、そのしりぬぐいをしてくれた浩司に頼まれるとイヤとは言いづらい。それで了解した次第だった。


 さて昼休みが終わると、颯谷たちはまた会議室に集まった。これから話し合われるのは報酬に関することだ。浩司は壇上に上がると、最初に第一次隊のメンバーに黙祷をささげる。それから彼は本題に入った。


「まず今回の報奨金の概算だが、約8億6000万とのことだ」


 浩司がそう告げると、会議室で小さなうめき声が上がった。颯谷も「少ないな」と思う。小規模異界の場合、報奨金はシブいとは聞いていたが、これほどとは。予想のさらに下だった。そしてメンバーのそんな反応に一つ頷いてから、浩司はさらにこう続ける。


「単純に頭割りにすると、一人1000万以下だ。それで今回は報奨金の最低金額保証制度を使うことを提案したい。これで一人1000万だ」


 報奨金の最低金額保証制度とはその名の通り異界征伐に係わる報奨金の最低金額を法律で保障する制度で、その金額は1000万円となっている。国が支払う死亡お見舞金が1000万円なのはこれに合わせているからだ。


 保証制度を使うと、役割分担に関わらず一律で一人1000万円の報奨金が支払われる。だからこの制度を使うと、報奨金が減る者もいるかもしれない。だが反対の声は上がらなかった。報奨金がシブいことは最初から承知の上で、さらに全員が最低一つずつ仙具を手に入れているので不満が少ないのだ。これも浩司の手腕と言えるかもしれない。


 保証制度を使うことが決まったので、報奨金の分配に関する話はこれで終わる。次は第一次隊が遺した仙具に関することだ。ただこれも浩司が事前に根回しをしてあり、彼が腹案を説明し、反対意見は出ず、承認された。


 ちなみに一番槍への手当だが、仙具の売却益の半分を第二次隊で分けることになっているが、この際に出る端数(10万円単位)をこれに充てることになった。颯谷はこれについても「少ないな」と思ったが、突入自体はほぼ確定していたのでこんなものだという。


 こうして報酬に関する話し合いはすぐに終わった。本来ならこのまま慰労会という流れなのだが、今回は慰労会まで数時間空いている。そして颯谷は浩司に連れられ、慌ただしく国防軍基地の別の部屋へ向かった。そこで仙具の入札が行われるのだ。


「申し訳ない。お待たせした」


 そう言って浩司は国防軍から借りた一室へ入る。なお国防軍からは部屋だけでなく人手など諸々借りている。その協力がなければこんなにもスムーズに物事は進まなかっただろう。千賀茂信は「国防軍と仲良くしておくといろいろ便利」と言っていたが、その中にはこういうことも含まれるのだ。


 部屋の中にはすでに多くの人が待っていた。決して殺気立っているわけではないが、強い緊張感が漂っており、颯谷は一瞬身をすくませる。だが浩司は構うことなくすたすたと歩いていくので、颯谷は慌てて彼の背中を追った。


 歩きながら入札会場を見渡すと、合計で16本の仙具はすでに並べられていた。矢はなぜか三束に分けてある。それぞれの仙具前には小さな穴の開いた箱が置かれており、その中に入札価格を書いた紙を入れるのだという。


 会場の奥にはテーブルが用意されていて、浩司はそこに置いてあったマイクを手に取る。そして簡単に挨拶をしてから、今回の入札についての説明を始めた。入札できるのは死亡した隊員一人につき遺族一名で、一人につき三つまで入札できる。


 入札用紙は国防軍が用意したものを使用。入札の制限時間は二時間で、これを過ぎたら入札は打ち切られる。そしてすぐに開示作業が行われ、最も高い金額を提示した者が購入する権利を得るのだ。


 実際に支払いと物品の引き渡しが行われるのは明日の午前で、支払いは現金のみ。結構タイトというか、少々無理のあるスケジュールだが、これは颯谷が九州にいるタイミングですべて終わらせてしまおうとしているからだった。


 まあ当の颯谷はそういう事情を分かっていないのだが。彼がぼんやりと聞き流しているうちに説明が終わり、いよいよ入札が始まる。集まった人たちはすでに一通り仙具を見て回った後のようで、入札用紙を受け取るとすぐに数字を記入し、目当ての仙具の前に置かれた箱に入れていく。


 だがすぐに三枚の入札用紙をすべて使ってしまう者はいない。他の者の動きを観察したり、同じ仙具を狙っている者に話しかけてみたりと、あちこちで駆け引きが始まる。その様子を浩司と一緒に眺めながら、颯谷は彼にこう尋ねた。


「談合されたりってないんですか?」


「つまり裏で話をつけて値段を低く抑える、ということかな?」


「はい」


「まあないわけじゃないだろう。今も必死に話をつけようとしているようだしな。だが仙具をお披露目したのはついさっきだし、たった二時間では完璧に話をまとめることなどできんよ」


 そう言って浩司は小さく笑った。タイトなスケジュールにしたのは、もしかしたらそういう理由もあるのかもしれない。ともかく静かにボルテージを上げていく入札の様子を、颯谷は傍観者の気楽さで眺めた。


 颯谷がスマホをいじっているうちに時間は過ぎ、入札は打ち切られた。最後の一人が駆け込みで入札を行うのを待ってから、すべての箱が回収される。開示作業が始まり、その結果は即座に入札者へ伝えられた。


「一番、8600万円。木村さんが最高額です」


「三番、1億2600万円。笹川さんが最高額です」


「十一番、1億4200万円。高梨さんが最高額です」


 金額と落札者がアナウンスされる度に、歓声と落胆の声が上がる。ちなみに次点の人も名前を呼ばれており、落札者が辞退した場合には購入権がそちらへ移ることになる。もっとも辞退した人はいなかったが。


 最終的に仙具の売却額は合計(第二次隊の三人が購入した分を含む)で20億400万円になった。この半分が遺族へのお見舞金になり、もう半分が第二次隊のメンバーに分配される。そしてこの数字を眺めながら、颯谷はあることに気が付いた。


(半分で10億200万……。報奨金の合計より多い……)


 そのことに気付いてしまった時、颯谷は何とも言えず微妙な気分になった。彼はその感情をなかなか言語化できず、結局「仙具って儲かるんだな」という雑な納得の仕方をするのだった。


浩司「この一週間、征伐中より忙しかった」

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― 新着の感想 ―
征伐の犠牲者の命と金勘定のギャップにモヤりますねぇ 自衛隊とか消防警察とかの不遇を想起してしまう
贈与税は贈与される側が課税対象だから特権持ちが分配しても非課税にはならないんじゃないかなぁ お金の話で最低保証が一千万(死亡見舞金が一千万)というのも多分商売柄保険とか入れなさそうだしなかなか世知辛…
命を懸けるからこそ、その報酬については軽々には決められないもんな…
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