大分県西部異界の征伐に係わる総括ミーティング
大分県西部の異界を征伐してから、ちょうど一週間後。颯谷は再び九州の国防軍基地に来ていた。異界征伐の総括と反省、そして慰労会のためである。
総括が行われたのは、全体ミーティングを行ったのと同じ会議室。最初に国防軍の担当官がレポートを配る。妙に分厚くて颯谷は首をかしげたが、その理由はすぐに分かった。失敗した第一次隊の分も含まれていたのだ。そしてレポートを配り終えると、担当官が壇上から資料の説明を始めた。
「……今回の動員数に関してですが、まず第一次隊が123名、第二次隊が97名、合計で220名が動員されました。次に損耗率ですが、第一次隊が100%、第二次隊が3%強、合計で103%強となっています。また第二次隊の死亡率はゼロであったことをご報告させていただきます」
第二次隊の死亡率がゼロと聞いて、征伐隊のメンバーからは小さくどよめきが上がった。驚異的な損耗率の低さもさることながら、死亡率ゼロというのは奇跡的と言っていい。後で聞いた話だが、死亡率ゼロというのは史上二度目、征伐隊を送り込んだ場合に限ると史上初だという。
さて大まかな数字の説明が終わると、次は反省会である。担当官はまず第一次隊の攻略の推移について話し始めた。ただし第一次隊は全滅しているので、これは彼らが残した資料を国防軍が分析して補足した内容だ。これも後で聞いた話だが、岩城浩司ら第二次隊のメンバーの幾人かからも意見を聞いて資料をまとめたという。
(へえ、こんなふうだったんだ……)
説明を聞きながら資料をめくりつつ、颯谷は内心でそう呟いた。本庄聡のビデオメッセージを見て、ある程度の内容は知っていたが、あれもずいぶんと簡単に説明していたらしい。いろいろと詳しい内容が資料にはつらつらと書かれている。そして資料の説明が終わると、「ではどのタイミングでどう行動していれば征伐を成功させられたのか」が話し合われる。まず口火を切ったのは浩司だった。
「第一次隊には重機がなかった。つまり水堀を埋めるというような、大掛かりな土木工事を伴う作戦は採れなかった。であれば、敵城を攻略するためには跳ね橋が降りたタイミングで逆侵攻するしかない。
「そのためには出撃してくる敵主力を退けなければならないわけだが、そのために最も効果的だと思うのは消防車を使った放水ではないかと思う。倒すことはできないだろうが、堀に叩き落してしまえば無力化はできる。
「ただ本当に放水が有効なのかは検証が必要だし、有効だったとして一度見た手札は敵方も警戒するはず。となれば最も有効なのは最初の一回。そこに、検証の済んでいない実験的な作戦にどれだけの戦力を動員できるのか。グループが分散していたことも考えると、ある程度危機感が高まっていないと難しい、か……」
浩司は難しい顔をしながらマイクを返した。どうやら発言している間に彼自身、「どうも難しいかも」と思ってしまったようだ。
危機感が高まっているということは、幾つかの作戦が失敗してそれなりの被害が出ているということ。その状態では消防車が無事か分からないし、戦力的にも不安がある。実現不可能とは言わないが、成算は低いと言わざるを得ない。
その後も幾人かが発言したが、どれも説得力というか、決定力には欠けているように思う。ただ彼らの発言を聞いているうちに、颯谷にはちょっと思うところがあった。
(戦力の分散。これが最初の悪手なんじゃねぇの?)
第一次隊は三つのグループに分かれていた。だが今回は攻城戦。分散しても敵城を包囲するには足りないし、そもそも兵糧攻めが有効というわけでもない。攻略法が浩司の言うように跳ね橋が降りたタイミングを見計らっての逆侵攻しかないのなら、戦力の分散は愚策だ。早期に戦力を合流させることができていたら違ったのではないか。颯谷はそう思う。
(あと仙具にこだわりすぎ)
小規模異界の報奨金はシブい。加えて刀剣類の仙具を得られる異界は少ない。この二つが重なって、「できるだけ仙具をゲットしよう!」という思考になったのだろう。だが颯谷からすればそのせいで無意味な損害が出ているように思える。
(ビデオメッセージでも言ってたけど、敵は戦力が回復して、味方は援軍なし。仙具より人間を大事にするべき、だったんじゃないかねぇ……)
だがその人間こそが、つまり全体の要望や雰囲気として、仙具を優先した。「仙具を得るためなら多少の犠牲は仕方がない」という空気があった。それは武門や流門の将来を考えてのことだったのかもしれない。しかしそれで全滅していては、それこそ仕方がない。
(ま、もっとも……)
もっとも、今そういうふうに考えられるのは、すべてが終わりこうして資料を眺めているから。その場にいた当事者たちは、このように考えるのは難しかっただろう。彼らは自分たちが全滅するなどとは、微塵も考えていなかったはずなのだから。
とはいえ颯谷は自分の考えを披露することはしなかった。作戦に関わる考察ではないと思ったからだ。そして第一次隊の作戦の検証が終わり、そして第二次隊の総括と反省が始まる。最初にマイクを向けられたのはやはり浩司だった。
「あ~、まずはそうだな。今回はいろいろ予定通りには進まなかった征伐だと思っている」
浩司がそう言うと、あちこちから笑い声が漏れた。いろいろと自覚のある颯谷としては肩をすくめるしかない。そして自身も小さく笑いながら、浩司はさらにこう続けた。
「ただ結果は上々。特に死者ゼロは偉業と言っていい。だから想定外のことはあったものの、予定を下回ることはなかったのだと思う。最終的には諸々うまく噛み合った、噛み合わせたことには少々の自負がある。
「さて今回の征伐の流れだが、一次隊の資料の回収まではセオリー通りだな。次に、それを参考にしながらどういう作戦を立てるかだが、跳ね橋が降りた瞬間を見計らっての正面突破を採用しなかったのは、正しかったと思っている。城とは防衛設備。そこに正面から突っ込むのは得策ではない。この時点でのこの判断は妥当で真っ当だ。
「採用したのは水堀の一部を埋め立てる作戦。重機を用意してきたことで可能と判断した。もっとも土砂の調達で手間取ったことは認めざるを得ない。民家のブロック塀などを使わせてもらったわけだが、やはり量を集めるのに苦労した。
「ネックになったのはやはり住宅地だったこと。好き勝手に掘り返すわけにもいかなかった。公園は敵城に近すぎる。今から思えば、重機を持っていくのだから、どこなら掘り返しても良いのか、それが分かる資料も持っていくべきだった。
「作業中は断続的に敵の襲撃があったが、計画性を感じさせるものはなかった。個々のモンスターがゲリラ的に仕掛けてきた、という印象だ。主力の出撃をキャンセルしたことが大きいと思う。
「ただ入手した仙具とドロップ率から逆算して、やはり主力分の戦力は別の形で外に出て来ていたようだ。敵に一塊としての行動を許さなかったことが、死者ゼロに結びついたと考えている。
「埋め立てを始めると、やはり妨害があった。あ、いや、敵は妨害しようとした、というべきかな。ともかく『五日に一度』のセオリーを外れて敵の主力が外へ出てきたわけだ。ところが桐島颯谷がこれを排除。敵城内へ逆侵攻を図った。
「本来なら予定外の行動だが、結果としてはこれが征伐に結びついた。ただ言っておくが、これはやはり危険な行動だ。報告をよこした監視役と即応部隊がなければ、敵城の中で孤立していてもおかしくなかった。この二つの手を打っておいたことについては、勝因に含めてよいと思っている。
「監視役の報告を受けてすぐに埋め立て作業の中止を指示し、即応部隊を送り出してから、本隊で主力部隊を編成。すぐさま敵城へと突入した。即応部隊が正門付近を制圧しておいてくれたおかげで、突入は容易だった。敵も迎撃に出てきたが、アレは戦力の逐次投入だな。対処は容易だった。
「敵の現れるペースが緩んだところで本丸を目指そうと思ったのだが、そのタイミングで異界のフィールドが解除された。その後は残敵掃討と桐島颯谷の回収を指示した。ともかく死者が出ずにホッとしている。
「埋め立ての計画については無駄だったとは思っていない。埋め立て工事を始めるタイミングで妨害があるかもしれないというのは容易に予測できることで、だからこそ監視役と即応部隊を準備しておけたのだ。いわば敵の行動を誘導したという意味で有意義だったと考えている。
「即応部隊が踏み込まなかったことに批判の声もあるようだが、彼らが陽動として果たした役割は大きい。このおかげで、隠密行動する桐島が敵に見つかるリスクが下がったと言っていいと思う。
「本隊も大きくは踏み込まなかったが、これは時間的な制約のためだ。もう少し主力部隊の編成を早く行えれば、より踏み込んで戦うことができたはず。この点については、敵の妨害を予測していたのだから、準備不足だったと言われても仕方がないと思う」
そう語り終えてから、浩司はマイクを返した。次にマイクを受け取ったのは、即応部隊を指揮していた本間拓馬。彼は少し困ったようにこう話し始めた。
「あ~、あんまり付け加えることもないんだが……。突入してからは、思ったよりも敵の数が少なかったという印象だ。桐島が多数を倒しておいてくれたおかげだと思う。あとはそうだな、ドローンなんかでも確認していたが、一番広い空間というのが正門付近だった。戦いやすい場所、数を生かせる場所という意味で、安易に奥へ踏み込まなかったことは、少なくともベターな選択だったと思っている」
そう言って拓馬はマイクを返した。その後、幾人かが発言したが、どれも浩司が話した内容の補足にとどまる。これは征伐隊を本隊に一本化したことも関係しているのだろう。そして最後に浩司がもう一度発言を求める。マイクを受け取ると、彼は颯谷のほうに視線を向けながらこう切り出した。
「成果主義は承知しているし、終わったことをあれこれとあげつらいたくはないのだが、それでもこれだけは聞いておかねばならないと思っている。……桐島颯谷君。あの時、君は何を思って突入を決断したのか、教えてもらいたい」
浩司がそう尋ねると、マイクが颯谷のところまで回ってくる。彼はそれを受け取ると、ゆっくりと立ち上がった。実はこの質問については、浩司から事前に聞かされていた。それで彼は用意しておいた回答をこう述べる。
「ええっと、橋のところで敵を薙ぎ払ってから、後退せずにそのまま突入したのは、一言で言えば行けると思ったからです。体力的にも、氣の残量的にも、十分余裕がありました。それに敵の数が大きく減った、この好機を逃すべきではないとも思いました」
颯谷がそう答えると、小さく頷く者がちらほらといた。それを横目で見てから、彼はさらにこう続ける。
「あとは、城の中で暴れれば、外で作業している人たちの援護になるかもというのもありました。囮というか陽動というか……。敵が妨害しようと思ったってことは、埋め立ては敵にとって嫌なことのはず。そちらに敵がいかないようにというのがもう一つ、って感じですね」
そう言って颯谷がマイクを返したのだが、浩司はすでに別のマイクを持っていた。そして彼は立て続けにこう尋ねる。
「なるほど。では、即応部隊が到着したときに、そちらへ合流しなかったのはなぜだろうか?」
「このまま征伐をっていうのは、当然頭にありました。オレ自身も余力がありましたし、即応部隊の人たちが来たおかげでモンスターがそっちを優先する感じにもなってましたから。こんな好機はなかなかないだろうと思いました」
「合流した方が、成算が上がるとは思わなかったのかな?」
「……こんなことを言うのもアレですけど、征伐隊の人たちは、仙具の優先順位が高すぎるように思っていました。戦っている傍で拾うような真似はしないにしても、それで行動を縛られるような感じになるのはちょっと……。それなら一人の方が動きやすいかな、と思いました」
「少々耳が痛いが……、了解した。答えてくれたことに感謝する」
苦笑しながらそう言って、浩司はマイクを返した。それを見て颯谷もマイクを返して着席する。
今さっき彼が答えたことは、ウソではない。ウソではないが、そのすべてをあの時あの場所で考えていたかというと、必ずしもそうではない。後付けでひねり出した理屈もある。
とはいえ、すべて本心である。言いすぎかなとも思ったが、この際だから言っておこうと思ったのだ。
(まあどうせ九州だし。二度と征伐で来ることもないだろうし)
颯谷はそう内心で開き直るのだった。
浩司「想定よりも早期に決着し、思っていたよりも被害は少なかった。やれやれだよ、本当に」




