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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐

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中鬼討伐


 颯谷が中鬼を討伐するチャンスは、案外早く訪れた。その日も彼はレベル上げに勤しんでいたのだが、山の中を歩いていたときに、なにやら騒々しい音を聞きつけたのだ。気配を隠しながら近づいていると、そこでは何とクマが中鬼と戦っていたのである。


 中鬼はやはり大きい。巨人というようなサイズではないが、身長は180センチ以上あるように見える。身体も筋肉質で、全体として「大柄な格闘家」という印象だ。もっとも狂ったように戦うその姿は、格闘家というよりバーサーカーに近い。


 対するクマも結構大きな個体だ。立ち上がった身長は中鬼より少し低い。ただ身体は中鬼より大きいように思えた。ただこれは毛皮込みの話なので、実際の体重がどうなのかは分からない。


 中鬼は手に太い木の棒を持っている。端の断面がまだ新しいから、自分で折ったのかもしれない。一方のクマには、自前の鋭い爪と牙がある。中鬼は木の棒で何度もクマを殴打するが、クマも爪を振るって応戦する。血を流しているのは中鬼のほうで、颯谷はクマのほうが優勢なのかな、と思った。


「グォォォォオオオ!!」


「ガァァァァアアア!!」


 クマと中鬼の咆吼が交錯する。隠れて見守る颯谷の目には、双方が防御をかなぐり捨てて相手を攻撃しているように見える。その迫力に彼は気圧された。自分があそこに混じって果たして戦えるだろうか。彼には自信がなかった。


 さて中鬼とクマの戦いは消耗戦になるかと思えたが、そんなことはなかった。途中、中鬼が振り回していた木の棒が折れたのだが、その際に先端が尖るような折れ方をしたのだ。そしてその尖った木の棒を、中鬼がクマの喉にねじ込み、それがとどめになった。


「ガァァァァアアア!!」


 中鬼が勝利の雄叫びを上げる。体中傷だらけだが、それすらもこの中鬼にとっては勲章のよう。そして中鬼は勝者として当たり前の権利を行使する。仕留めたクマを食い始めたのだ。グチョグチョという湿っぽい音が響き、血の臭いが颯谷のところにまで届いた。


(うっ……!)


 口元を抑えながら、颯谷は思わず目をそらした。強烈に思い知らされる。外界と隔絶されたこの異界の中、確かなルールはただ一つ。それは弱肉強食。目の前の光景はそれを如実に表しているように思えた。


(ふぅぅ……)


 音を立てないようにしながら、颯谷は深呼吸をする。そしてもう一度中鬼のほうへ視線を向けた。中鬼は夢中でクマの肉を貪っている。彼に気付いた様子はない。


(これはチャンスだ……。チャンス、なんだ……!)


 自分に言い聞かせるようにしながら、颯谷は内心でそう呟く。この異界を征伐するのなら、いつまでも中鬼から逃げ回っているわけにはいかない。むしろ積極的に狩って回るほどになる必要がある。


 それを考えれば、最初の一体としてあの中鬼は手頃に思えた。クマと戦ったばかりで手負いの状態。また体力なども消耗しているだろう。まあ、怪異モンスターに体力の概念があるのかはちょっと自信がないが。ただいずれにしても、万全の状態ではない。加えて今は食事に夢中。最初の一撃は、ほぼ確実に不意を突けるだろう。


(やる……! やってやる……!)


 そう決めて、颯谷はグッと拳を握った。とはいえすぐに飛び出したりはしない。どうやってあの中鬼を仕留めるのか。まずはそれを考える。


(可能なら……)


 可能なら、最初の一撃で仕留めてしまいたい。最初に思ったのはソレだ。奇襲で片が付くならそれに越したことはない。だがそのためにはそれなりの攻撃をする必要がある。クマもたくさん傷は付けたが、しかしそのどれも致命傷にはならなかったのだ。


(となるとやっぱり手刀だけど……)


 いま颯谷が持つ手札のなかで、最も強力なのは言うまでもなく手刀だ。だが手刀であの大きい背中に斬りつけたとして、一撃で倒すことができるのか。颯谷には無理なように思えた。かといって刀の形成はまだできるようになっていない。ならば、別の手を考える必要がある。


 斬りつけるのがダメなら、突き刺すのはどうだろう。貫くことができれば、さすがに致命傷だろう。だが手刀であの分厚い身体を貫くことができるだろうか。それも無理なように思える。行き詰まってしまい颯谷は険しい顔をしたが、ふと彼は別のアイディアを閃いた。


(手刀がダメなら……)


 手刀がダメなら、「槍」はどうだろうか。つまり手先だけでなく、腕全体を氣で覆ってしまうのだ。必要とされる氣の量は増えるだろうし、それを賄うために他の部分が手薄になってしまうリスクはある。だがこの方法なら貫通力を高めることができるはずだ。


(やったことはない。けど……!)


 やるしかない。いや、できるようになるしかない。そうでなければ、この異界を生き延びることなどできないのだ。


 目をつぶり、颯谷はゆっくりと集中力を高めて氣を右腕に集めた。氣をどこかに集めて使うやり方はこれまでもやって来た。今回はその範囲がちょっと広いだけだ。


 颯谷はゆっくりと目を開いた。右腕にはしっかりと氣が集まっている。それを確認して彼は小さく頷いた。それから右手の指を揃えてピンッと伸ばす。この指は刃、この腕は槍。頭の中でイメージを固め、そして彼は姿勢を低くして駆け出した。


「……っ」


 中鬼はクマ肉を貪ることに夢中で颯谷に気付いた様子はない。ただすぐ近くまでくるとさすがに勘付いたのか首だけ捻って背後を窺う。だがもう遅い。颯谷は一気に加速して中鬼に肉薄した。


 彼は勢いそのまま、ほとんど体当たりするかのようにして、右腕を中鬼の背中に突き刺した。手首の辺りまでが向こう側へ抜ける。貫通したのだ。同時に中鬼が声を上げながら身体を仰け反らせた。


「ガァア!?」


 中鬼は視線だけで背後を窺い、背中の颯谷を捉える。中鬼の眼に敵意が浮かんだが、反撃はなかった。そのままスッと目から光が失せ、身体が黒い灰のようになって消えていく。中鬼の身体が完全に消えてなくなると、しかし颯谷は達成感に浸るより早く盛大に顔をしかめた。喰われかけのクマの死体が目に入ってしまったのだ。


「グッロ……」


 顔をしかめつつ、颯谷はクマの死体を眺める。テレビなどで似たような絵面は見たことがあるが、目の前にあるとやはりリアリティーが違う。何より臭いだ。むせかえる形容しがたい臭いに、彼は若干の吐き気を覚えた。


 肉を食おうという気も、皮を剥ごうという気も、まったく起こらない。そもそもそんな知識もない。ただただ嫌悪感しかわかなくて、颯谷は足早にその場を離れた。自分の姿をソレに重ねてしまったことは、否定しない。


 木々の間を歩き血の臭いもしなくなると、徐々に達成感がわいてくる。不意打ちとはいえ、中鬼を倒したのだ。つまりもう中鬼は手の届かない相手ではない。颯谷は自分が氣功能力者として新たなステージに入ったことを、はっきりと認めることができた。


(これからは……)


 これからは、中鬼も狙って良いかもしれない。そうすればレベル上げも捗るだろう。実際問題、小鬼だけではレベルを上げるにも限界がある。中鬼も獲物に加える段階に入った、ということだ。


「いや、でも正面からはまだだな」


 誰にともなく言い訳するかのように、颯谷はそう呟いた。中鬼とクマのあの激しい戦闘を見た後だと、なおさら「自分にはまだ早い」と思ってしまう。不意打ちで倒せそうなヤツだけ倒す。とりあえずはそういう事にした。


 ちなみに。颯谷が放置したクマの死体だが、彼が立ち去ったその少し後、血の臭いに誘われたのか野犬たちがやって来てその肉を貪った。颯谷の知らないところでも食物連鎖は連なっていく。それは異界の中でも変わらないのだった。


 さて、初めて中鬼を倒した後も、颯谷はモンスターを狩り続けた。その大半はそれまでと同じく小鬼だったが、奇襲が上手く決まりそうな時には中鬼にも仕掛けた。ただいつも不意打ちで勝負を決められるわけではなかった。


「あっ……!」


 中鬼の背中を大きく切り裂き、しかし颯谷は自分の失敗を悟る。奇襲は成功したが、中鬼が動いてしまったせいで貫手(確かそんな技があったはずと思い、手刀と区別するために颯谷が名付けた)が背中を滑ってしまったのだ。


 これでは致命傷にならない。それはすぐに分かったのだが、彼は不意打ちで仕留められなかった時のことを考えていなくて、次の行動が遅れる。棒立ちになった颯谷を中鬼の太い腕が襲った。


「がぁっ……!」


 強い衝撃に、颯谷の身体が吹き飛ばされる。かろうじてガードは間に合ったが、地面を転がった分も含めて体中が痛い。だが彼はすぐに跳ね起きた。幸い、追撃はない。中鬼もそれなりのダメージを負ったらしい。


(逃げるか、仕留めるか……!?)


 颯谷は迷った。手負いの中鬼が一体だけとはいえ、真正面から戦うとなれば小鬼より強いのは明らか。だが無視できないほどのダメージは与えた。それなのに逃げるのはもったいない。


「ガァァァァアアア!!」


 迷う颯谷に、中鬼は咆吼を浴びせて威嚇する。彼は思わずビクッと身体を震わせた。それを見て中鬼は“ニタァ”と嗜虐的な笑みを浮かべる。これはもう逃がしてくれそうにない。颯谷は腰を落として手刀を構えた。


 迫り来る中鬼の拳を、颯谷はよく見て避ける。同時に懐に入り込み、すれ違いざま手刀で斬りつけた。足を斬りつけてやると、たちまち中鬼の動きが鈍る。颯谷は必死に動き回って中鬼を翻弄した。そして中鬼がバランスを崩して片膝を突いた瞬間、貫手で胸の辺りを貫く。それがとどめになった。


「ぶはぁ……! 良くなかったなぁ……」


 戦闘が終わると、颯谷はその場に座り込んだ。勝利の高揚はない。生き残ったという安堵と、拙い戦いだったという苦い思いだけが胸を占める。


 まずは最初。最初の不意打ちで仕留められなかった時点で、すぐに動くべきだった。距離を取ればダメージを受けることはなかっただろうし、逆にすぐ次の攻撃に移れば追加でダメージを与えられたはず。何ならそのまま倒してしまうこともできたかもしれない。


 ともかく、棒立ちになってしまったのが良くなかった。たぶん不意打ちを成功させることで頭がいっぱいになっていたのだ。もっと広く物事を見るというか、いろんなパターンを想定しておく必要があるだろう。


 想定して、あらかじめ対応を決めておくのだ。そうすればいざという時に焦ることはない。もちろん全てのパターンを想定することはできないだろう。だがそれでも準備をしておくことは無駄にはならないはず。


「じゃあ、次からどうしようか……?」


 今回の戦闘のことを思い出しながら、颯谷はどう改善するべきかを考える。今回は貫手が中鬼の背中で滑って貫けなかった。だが貫いても一撃で倒せないというパターンもあるだろう。


 他にも考えられるパターンはある。次々に思いついてしまい、颯谷は顔を険しくした。いろんなパターンを考えると言うことは、それだけ対応が複雑化するということでもある。だがその結果、結局棒立ちになってしまっては意味がない。


「動けたら距離を取る。動けなかったら攻撃する。そうしよう」


 あえて物事を単純化し、颯谷はそう決めた。実際の戦闘中にあーだこーだと考えている余裕はない。それが彼の切実な実感だ。なら反射的に動けるような条件にしておいたほうが良いだろう。


 最初の反省を終えると、颯谷は次の反省点に移る。中鬼の反撃を受けて地面を転がり、すぐに立ち上がったのは良かった。だがその次、また迷ってしまった。アレは良くない。ではどうするのか。


「選択肢としては、戦うか、それとも逃げるか、なんだろうけど……」


 今回、颯谷は戦って勝った。勝ったのだから、その選択は正しかったといえる。だが過程を振り返れば、アレはなし崩し的な戦闘だった。少なくとも颯谷のほうから戦うことを選んだわけではない。もっと自分から判断できるようにならないと、この先ダメなような気がするのだ。


 ではどうすれば良かったのかという問題だが、そんなこといくら考えても颯谷には分からない。正解かどうか判断してくれる人もいないのだから、出した答えが本当に正しいのかも分からない。だがそれはそれとしても、次にどうするかは否応なく考えておかなければならないだろう。


「……敵が一体で、ダメージがあるなら、戦う。無傷か、二体以上なら逃げる」


 颯谷はそういうことにした。もちろんこれは中鬼がいる場合だ。小鬼だけなら、無傷で二体以上いても蹴散らす自信がある。五体くらいになるとちょっと厳しいが。そしてそこまで決めると、颯谷は「よしっ」と呟き、すっきりとした顔で立ち上がった。


 細々とした反省点は、きっとたくさんあるのだろう。だが今の彼にそれは分からないし、一度にたくさんの点を直そうとしても、それはたぶん無理な話。それで今回はここまでにしたのだ。


 今回の中鬼戦は決して褒められた戦いではなかった。だが同時に颯谷にとってはある種の自信にもなった。曲がりなりにも中鬼と戦い、そして勝ったのだ。それで彼の中の中鬼の脅威度は、この戦いで大きく下がることになった。


 この日を、いやこの戦いを境に、颯谷は中鬼が相手でも必要以上に臆することはなくなった。そして討伐数も増えた。それが彼のレベルを上げ、氣の量を増やしていく。自分の成長に彼は手応えを感じていた。


 だがそんな颯谷をこれまでで最大の敵が襲う。「寒さ」である。


クマさん「ワイの犠牲のおかげなや!」

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― 新着の感想 ―
野生のクマさんと殴り合える中鬼さんか……そりゃビビりますわ。 いや、逆に中鬼とやり合えるクマさんのフィジカルが凄いのか。 どっちにしても普通の人間が生身で戦っていいような相手じゃないのは確かですね(;…
[気になる点] 中鬼を一人で狩れるということは、颯谷はこの時点で遊撃隊レベルの強さになってるのかな?後方支援隊と遊撃隊の明確な強さの基準って何かあるんですかね?
[良い点] 新作だ!乗り込めー! [一言] 中の生き物が居なくなったらスタンピードが起こるらいしけどこれって、生き物の判定は大きさか、知性なのか。
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