桐島颯谷の遊撃活動録4
突入から一週間が経過した。颯谷は相変わらず単独で活動している。しかも彼が出向くのは、拠点のある異界の東側とは敵城を挟んで反対側の、異界の西側がメイン。遊撃隊の中でもこちらまで足を延ばしてくる者たちはほとんどおらず、そのため彼は周囲に味方がいない状態で動くことが本当に多かった。
とはいえ颯谷自身はそれを苦にしていない。一人で動くことには慣れている。それに自由度という意味ではパーティーを組むよりずっと高い。単にモンスターを間引き、仙果を採取する以外にもやりたいことがある彼にとっては、むしろ一人のほうが都合が良かった。
颯谷のやりたいことというのは、言うまでもなく衝撃波を放つ練習である。実は衝撃波と同じように真空刃も再現できるのではないかと思ったのだが、こちらはコアの欠片が反応しなかった。どうやら学習するためには実際にそれを何度か受ける必要があるらしい。
『そんなに真空刃を受けたら、コアの欠片が学習するまえに細切れになるわい』
肩をすくめてそう呟き、颯谷は真空刃の習得を諦めた。もっとも、そもそも習得するためにはもう一度土偶と戦う必要があるのだが。まあ二重の意味で諦めたということだ。
それで衝撃波を放つ練習だが、こちらは順調と言っていい。今ではほぼ一呼吸で使えるようになった。ただ反射的にしっかりと使えるかというと、まだちょっと制御があやしい。弓矢による奇襲も、衝撃波で防いだのは、実はまだ一回だけだった。
とはいえ颯谷はあまり悲観していない。その一回だけでも、矢を防ぐのに衝撃波が有効であることは十分に分かったからだ。それにだんだんと、モンスターの気配を捕捉できる範囲も広がってきた。しっかりと探知さえできれば、そもそも衝撃波で防ぐ必要もないのだ。
それでは衝撃波を覚えた意味がなくなりそうだが、そんなことはない。この新しい技を、颯谷は「使える」と思っている。それに衝撃波はもともと弓矢による面制圧的な攻撃を防ぐための対策。まだ試したことはないが、十分役に立つはずだ。
さて練習を繰り返す中で分かってきたことを少しまとめておこう。今のところ、衝撃波を放てるのは両手のみ。ただこれは「足からは放てない」という意味ではない。「足から放っても意味はないだろう」と思い、試していないだけだ。別案としては「お尻から」というのも考えたが、絵面があまりにもシュールというかバカバカしいので却下した次第である。
ただ仙樹の杖や棒からは放てなかった。これは熟練度が足りないのか、それともそういう仕様なのか、まだはっきりとは分からない。ただ今重要なのは可能性を探ることではなく、実戦でも使えるレベルに仕上げること。それでこの問題はひとまず棚上げし、「両手から放つ」という想定で練習を繰り返していた。
(まあ、異界の外に出たら練習自体できなくなる可能性もあるわけだが……)
まあその時はその時である。次は威力だが、これはやはり使用する氣の量に比例する。ただどれだけ威力を上げても殺傷力は低い。恐らくだが、たとえ相手が小鬼であっても、颯谷が保有するほぼすべての氣をつぎ込まない限り、衝撃波では倒せないだろう。それなら伸閃を使う方がよほど効率的だ。
「ハニワなら倒せそうなんだけどなぁ」
颯谷は苦笑気味にそう呟いた。あの脆いハニワなら、衝撃波でも十分にダメージを与えられるだろう。ただハニワが出現する異界というのは、過去にまだ一度しか確認されていない。想定するべき怪異としては不適格だろう。
連射性は、今のところ一秒に一発ほど。今後、さらに習熟すれば、二秒で三発くらいは放てるようになるかもしれない。ただ、一秒で十発というレベルは恐らく不可能だ。これは衝撃波という技の仕様のためと思ってよい。つまり連射性はあまり良くないわけだ。
ただその代わり、衝撃波には特筆するべき特徴がある。それは合成だ。波であるので重ね合わせることができるのだ。もっとも土偶と戦った時点で衝撃波の合成は起こっていたので、これは颯谷にとって目新しい発見ではない。
威力を上げるという意味では、衝撃波の合成という特徴もしくは技術は有用だと颯谷も思っている。これはあくまでも彼の主観になるが、衝撃波で「あるポイントに対する破壊力」を二倍にしようと思ったら、そのためにつぎ込む氣の量はだいたい十倍になる。だが衝撃波の合成を行えば二倍で済むのだ。
とはいえ「実戦的ではない」というのが颯谷の評価。その理由の一つは技術的な難易度の高さ。でたらめに衝撃波を放っているだけでは、狙ったポイントで破壊力を二倍にすることなどまず不可能と言っていい。
それどころか衝撃波同士がマイナス方向に合成される、つまり打ち消し合って威力が減衰してしまう。上記の連射性が低いのはこのためでもある。要するに精密に制御できなければデメリットの方が大きいのだ。
ただこの制御の部分に関して言えば、練習次第で身に着けることは可能だろうと颯谷は思っている。土偶と戦った時からすでに、合成によって衝撃波が強くなっているのか弱くなっているのかは探知できていたからだ。
これはコアの欠片がそれを覚えたからだが、だからこそ練習を繰り返せばいずれモノにできるだろう、と颯谷は思っている。ただしそれを踏まえても「実戦的でない」という彼の評価は変わらない。なぜなら衝撃波を合成するには、最低でも二つ以上の衝撃波を放つ必要があり、制御のことも考えれば「両手からそれぞれ衝撃波を放つ」という形になるからだ。
つまり両手がふさがるわけであり、片方の手に仙樹の杖を持つことはできない。全体的な戦闘能力が下がることは明白で、衝撃波の合成にそれを補うだけのポテンシャルはない、というのが彼の評価だった。
「まあ、もともと防御的に使うつもりだったし、別にいいけど」
颯谷はそう呟いて肩をすくめた。もっとも衝撃波は攻撃的にも使っていくことになるのだが、これは少し先のことだ。
さて衝撃波の検証や練習ばかりをしているわけにはいかない。颯谷は手近なところで仙果をつまんでから、さらに西のほうへ今度は採取のために向かった。小路の角を曲がると、目星をつけていた一本目の仙樹が見えてくる。彼は小さく頷いてからその仙樹のところへ向かった。
リュックサックを下ろし、仙果に手を伸ばしたまさにその時、颯谷はハッとして右方向へ視線を向ける。するとそこには足軽人形の姿があった。どうやら彼と同じく小路を曲がって来たらしい。そしてその足軽人形の手には弓があった。しかも右手にはすでに矢を持っている。
颯谷は反射的にかがんで足元に置いてあった仙樹の杖を右手に掴んだ。そして前傾姿勢になりながら膝を伸ばす。だがそのときにはすでに足軽人形が矢を放っていた。颯谷は左手を顔の前に突き出す。そして衝撃波を放った。
低い破裂音がして、衝撃波が矢を弾き飛ばす。視界の外へ消えた矢のことはすぐに忘れ、鋭く一歩を踏み出した。そして姿勢を低くして間合いを詰める。だが伸閃の間合いに入るより前に、足軽人形が二射目を放った。
しかしそれも颯谷は衝撃波で防いだ。しかも衝撃波は矢を弾くだけでなく、足軽人形をひるませている。どうやらそこまで届いたらしい。彼はその隙を見逃さずに一気に間合いを詰めた。そして伸閃を放つ。
伸ばされた不可視の刃は、肩から脇腹へ足軽人形の胴を大きく切り裂いた。同時に弓も真っ二つに斬り捨てている。これで足軽人形を無力化したと言っていい。とはいえ次の一撃を加えるまでもなく、すでに致命傷だった。足軽人形は膝から崩れ落ち、コンクリートの地面に頭から倒れこむ。そして黒い灰のようになって消えた。
「ふう」
探知できる範囲にモンスターの反応がないことを確認してから、颯谷は一つ息を吐いた。正直に言えば、一射目も二射目も衝撃波を使わずに対応できた。だが衝撃波を使うことで余裕ができた。そういう意味で今回は衝撃波をうまく使えたのではないだろうか。
「ん?」
仙果の採取に戻ろうとして、颯谷はあるモノを見つけた。先程、足軽人形が放った矢である。弾いた一射目が、消えずに残っていたのだ。彼はそれを拾い上げた。ただし顔には困惑が浮かんでいる。
異界由来のアイテムなので、この矢も仙具だ。しかも人の手が加わっていないので一級品である。だが矢が一本だけあってもどうしたものか。捨ててしまおうかとも思ったが、一応回収しておくことにした。
これはこの日の夜の話だが、颯谷は矢の使い方について征伐隊のメンバーから教えてもらった。矢として使う場合もあるが、多いのは矢じりだけ利用するパターン。つまり矢じりだけ集めて鋳潰し、二級品の仙具の素材にするのだ。
『素材集めも、実は結構大変でな。インゴットが手に入ることなんてほぼないから』
教えてくれた征伐隊のメンバーはそう言って肩をすくめた。そんな彼に颯谷はさらにこう尋ねる。
『じゃあ、二級品の仙具も結構数が少ないんですか?』
『まあ三級品に比べれば少ないな。ただリサイクルできるから、数は減りにくい』
リサイクルというのは、折れたり曲がったりしてしまった二級品の仙具を鋳潰して、改めて別の仙具を作るということ。この場合も、モンスタードロップを素材にしているので新しい仙具も分類としては二級品だ。
『ただ何て言うのかな、等級は下がるな』
つまり作り直した仙具は、作り直す前と比べて氣の通りが悪い、ということだ。素材として全く同一であっても、作り直すと氣の通りは悪くなる。これは人の手がより加わっているためと考えられた。
『同じ二級品のくくりでも、やっぱりピンからキリまであるんだよ。人の手が加わるたびに、品質は悪くなっていくな』
『そして最後は三級品と同等に、ってことですか?』
『う~ん、そこまで悪くなる例はあんまり聞かないなぁ』
曲がる場合はともかく、折れたり欠けたりした場合は、それをすべて回収することはまず不可能だ。すると素材は徐々に減っていくことになる。補う必要があるわけで、そこへいわば“新鮮な”素材を加えることで下がり幅を小さくしたり、場合によっては底上げしたりするわけだ。
とはいえ論理的に考えるなら、颯谷の言う通り二級品であろうとも最後には三級品並に性能が落ちてしまうのだろう。武器とはやはり基本的に消耗品なのだ。今回のような機会に一級品を少しでも多く入手したいと考えるのも無理からぬことと言える。
(それで死んでたら世話ないと思うんだけど)
颯谷としてはそう思ってしまうのだが。ただそういう彼もこれまでにいくつかの仙具を手に入れている。当然、すべて一級品だ。基本的にこういう仙具は手に入れた者に所有権が認められる。だからこれらはすべて颯谷の物だ。
ただ役割分担によっては、仙具を手に入れる機会が少なかったり、そもそもなかったりする者もいる。そういう者たちには仲間内で融通してやるのが慣例だ。そういう調整をするのもリーダーの仕事で、やはりリーダーは強いだけの脳筋には務まらない。
ちなみに入手した仙具の保管についてだが、すぐに使う分を別にすれば、入手者が分かるようにして本部にて一括で保管している。個人で保管していると「盗んだ・盗んでいない」の問題が起きやすく、その果てに刃傷沙汰になることも珍しくないからだ。そこまでいかずとも、隊内でギスギスしていたら征伐がおぼつかなくなる。それを避けるための措置だった。
閑話休題。仙果を一房食べて氣を回復させてから、颯谷は仙果をリュックサックの容量の三分の一ほど採取した。重くなったリュックサックを担ぎ直し、彼は次の仙樹へ向かうべく住宅地に足を向けた。
この辺りは広い庭を持つ住宅が多く、その庭に仙樹が生えているパターンが多いのだ。人様の家の庭に勝手に入るのは多少気が咎めるが、そこは緊急時ということでご容赦願いたい。誰にとなくそう言い訳しながら、颯谷はある民家の庭に立ち入った。ちなみに表札には「斎藤」とあった。
リュックサックがいっぱいになるまで住宅地で仙果を採取すると、颯谷は一度拠点まで戻る。その途中のことだった。彼はまた狙撃された。今度は不意打ちだ。小さな気配を探知した瞬間、風切りの音のする方へ彼は反射的に衝撃波を放った。
颯谷の放った衝撃波は、飛来する矢を軽々と弾いた。彼は視線を忙しく動かして矢を放ったモンスターを探す。ソイツがいたのは二階建ての住宅の一番上。武者人形で、手には弓を持っている。そしてなぜかバランスを崩していた。
(なんで……?)
内心で首をかしげる彼の目の前で、武者人形は向こう側へ転げ落ちた。そして次の瞬間、かなり大きな音が響く。その音に驚いて彼は首をすくめた。
改めて考えてみると、恐らく反射的に放ったせいで、衝撃波の威力がだいぶ強かったのだ。そのためあの武者人形のところまで届いたのだろう。
もちろん減衰しているはずだから、それだけで有効なダメージが入ったとは思えない。だが屋根の上は足場が悪い。そこへ衝撃波をくらってバランスを崩し、そのまま落下したというのが真相ではないだろうか。
「たぶんそうだよなぁ……。だって……」
バツの悪い顔をしながら、颯谷はさっきまで武者人形が屋根の上にいた民家を見上げた。よく見るまでもなく、何枚かの窓ガラスにヒビが入っている。中には割れてしまっている窓ガラスもあった。考えるまでもなく彼が放った衝撃波のせいである。
「モンスターが悪い。うん、モンスターのせい」
鮮やかに責任転嫁して颯谷は無罪を主張した。モンスター側に弁護士はいないので言ったモン勝ちである。実際問題、戦闘による破損は「異界顕現災害のための破損」として免責される。ちなみに保険も出るので金銭的な負担もない、はず。
さてアレコレ考えながら忙しく視線を彷徨わせていた颯谷だが、彼はふとあるモノを見つけた。先ほど武者人形が放った矢である。どうやらこれは消えずにそのまま残ったらしい。
あの武者人形を倒せたのかは分からないが、ともかくコレは仙具として回収できる状態になった、ということなのだろう。やはり捨てていくのもどうかと思い、彼はその矢も回収する。これで入手した矢は二本になった。それから彼はその場を離れるのだった。
ちなみに。彼が窓ガラスを破損させてしまったお宅は大矢さんというのだが、武者人形が滑落したせいで一階部分の屋根に大穴が開いてしまっていた。ただその衝撃で武者人形は倒され、後にはなんと兜が残されていた。
言うまでもなくこの兜はへこみなどあったものの一級品の仙具であり、コレを地元の武門に売却したお金と保険金のおかげで家の修理は十分に間に合ったという。むしろ収支的には黒字だったとか。なんにせよ、颯谷の知らない裏話である。
仙具の弓矢の使い道その2
⇒破魔矢。結構高い。




