桐島颯谷の遊撃活動録3
突入から五日目。この日も颯谷は一人で遊撃を行った。跳ね橋はすでに回復している。一晩経ったら八割ほど長さが回復しており、もう一晩経ったら完全に回復していたという。ただ跳ね橋が回復しても主力の出撃は行われていない。どうやら「五日に一度の出撃」は本当にキャンセルされたらしい。浩司は次に跳ね橋を燃やすタイミングを探っているそうだ。
まあそちらは浩司ら首脳部に任せるとして。この日の夜、これまでのことを振り返りつつ颯谷が頭を悩ませたのは弓兵への対処だった。最初に狙撃されてからすでに数回、彼は弓兵に遭遇している。足軽人形も武者人形も、どちらも弓を使うタイプがいることを確認済みだ。そしてどちらにしても、間合いの外からの一方的な攻撃はとても厄介だった。
颯谷は伸閃を多用する。だから彼の間合いはかなり広い。だが弓はさらにその外側から攻撃してくる。しかも間合いを詰められる場合はまだいいが、例えば屋根の上からなど、簡単には近づけないような場所から狙われると、もう逃げるしか手がない。
「どうしたもんか……」
とあるガレージの中、寝袋の中で横になりつつ、颯谷は難しい顔でそう呟いた。このガレージは今回拠点として使っている区画の中にあり、彼はここを自分の寝起きする場所として使っている。屋根付きなので、雨が降っても濡れないというのがポイントだ。征伐隊の他のメンバーもそれぞれ同じような場所を寝床にしていた。
まあそれはそれとして。弓兵への対策としては二つ。間合いを伸ばすか、素早く間合いを詰めるか。間合いを伸ばすとしても、伸閃で対処するのは難しい。飛燕のような、斬撃を飛ばす技を新たに覚えることになるだろう。
ただの斬撃を飛ばす技というのが、颯谷はどうも苦手だ。一時期練習したことがあるが、全然うまくいかなかった。今もできない。どうも伸閃が癖になってしまっているのではないかと思う。だから覚えようとすると、どれくらい時間がかかるのかちょっと見通せない。
では素早く間合いを詰めるのはどうだろう。この場合、相手が屋根の上にいるときにはジャンプして屋根に上がっていくことになる。そんな曲芸じみた動きができるのか。できないことはないだろうが、あまりしたいとは思わない。
(落ちたらかえって危険だろうしなぁ……)
落ちなくても、空中では身動きが取れない。そこを狙われたらやっぱり危険だろう。対策として考えた方針が二つともあっさりボツになり、颯谷は眉間にシワを寄せて顔を険しくした。
(発想を変える必要があるな……)
ランタン型のLEDランプが薄暗く照らすガレージの天井を眺めながら、颯谷は難しい顔をして頭をひねる。先に挙げた二つの対策は、言ってみれば弓兵を倒すための対策。それが難しいのであれば、せめてもっと簡単に防ぐ方法はないだろうか。
敵の攻撃を防ぐためにまず思いつくのは外纏法、つまり氣鎧だ。ただこれもあまりうまい案とは言えない。矢を防げるレベルで氣を纏うとなると、かなり消耗が激しいからだ。いつ飛んでくるのか分からない矢への備えとしては、ちょっとランニングコストが大きすぎる。仮に使うとすれば、活動時間が大きく制限されてしまうだろう。
では防具はどうだろう。全身をガチガチに固めてしまえば、弓矢は怖くない。とはいえこれも現実的ではなかった。そんな防具はそもそも用意していないからだ。ヘルメットはそれなりに有効という話だったが、他の場所を狙われると意味がない。颯谷が装備している胸当て、脛当て、籠手も、全身を覆うにはほど遠い。
(まあ、フルプレートを装備してっていうのも、現実的じゃないけどなぁ)
自分がフルプレートを装備している絵面を想像し、颯谷は寝転がりながらため息を吐いた。西洋風の全身甲冑を装備して現代日本の住宅地を闊歩し、仙樹の杖を振り回しながら足軽人形や武者人形と戦う。なかなかシュールな光景だ。その現実味のない想像を、彼はもう一度ため息を吐いて霧散させた。
今のところ、矢は主に回避している。とはいえ余裕があるわけではない。特に最初の一射は、いつ当たってもおかしくないと思っている。そのあと、つまり敵の存在と方向が判明した後なら、切り払うなり逃げるなりもしやすいのだが。ともかく何とかする必要がある。
(コアの欠片の学習がもうちょっと進めばなぁ……)
そうすれば、より広範囲にモンスターの気配を探れるようになる。矢を放たれる前に弓兵の気配を探知できれば、攻撃への対処はずっとやりやすくなるはずだ。ただコアの欠片がモンスターの気配を覚えて索敵範囲が広がったとしても、それでも弓の射程の方が広いだろう。
(それに……)
それに、今回の異界はどうもモンスターが少ない。そのこと自体はたぶん歓迎するべきことなのだろうが、コアの欠片の学習速度という意味ではデメリットだ。つまりそちら方面の対策もすぐには当てにならない。
「ぬぅ……」
良い案が出てこなくて、颯谷は額に手を当てながら小さく唸り声を上げた。さすがは飛び道具、人類の英知、使われると厄介だ。颯谷はちょっと先人たちに文句を言いたくなった。もっとも今回の相手はモンスターなので、先人に文句を言ってもどうにかなるものではないだろうが。
とはいえ、このまま何の対策もなしというわけにはいかない。颯谷は改めて自分が持つ手札を数えてみる。その中で使えそうなモノはないか、あるいは工夫次第でどうにかなりそうなモノはないか。しかしどうにも思いつかない。
(一応回避はできてるわけだし、まあいいかなぁ……?)
良い案が出てこなくて、颯谷はこの件を一旦棚上げしようかとも考えたが、しかしそれも踏ん切りがつかない。彼の脳裏に浮かんでいるのは、時代劇などでたまにある、無数の矢が飛んでくるシーン。ああいう攻撃をされてしまうと、そもそも回避なんて不可能だ。
今回は敵側に城がある。核にしろ主にしろあの中だ。どういう形にしろ攻め込まなければならない。するとあり得るのではないか、ああいう無数の矢が飛んでくるようなシーンというのは。
(遊撃隊だから知ーらね、ってわけにはいかないしなぁ)
あの動画を見てしまった後だと、なおさらそう感じる。それに事と次第によっては、嫌でも颯谷が動かなければならなくなることだってあり得るのだ。であればやはり何か考えておく必要があるだろう。
(少し切り口を変えよう……)
矢の弱点は何だろうか。それは軽いことだと颯谷は考える。その瞬間、彼の脳裏に「鉄弓」やら「豪弓」やら浮かんだが、今はそれを無視する。大丈夫、今までそんな強い弓を射るヤツはいなかった。コンクリートを粉砕するような威力の弓は見たことがない。
(矢は軽い。少なくともこの異界のなかで放たれるヤツは……)
であればそれを防ぐ方も、ゴリゴリの防御力は必要ないはず。加えて欲を言うなら、飽和射撃も防げると良い。果たしてそんな都合の良いモノがあるのか。だがその時、彼の頭の中で一つアイディアが急浮上してきた。
唐突に彼が思い出したのは、前回の異界で戦った土偶のこと。より正確に言えば、土偶が放っていた衝撃波のことを思い出したのだ。あの衝撃波なら、雨のごとく無数に飛んでくる矢も弾き飛ばせるのではないか。そう思ったのだ。
とはいえ彼の表情はまだ険しかった。アイディアが浮かんだのは良いが、実現できなければまさに机上の空論。何の役にも立ちはしない。そもそも今回参考にしたのはモンスター。人間に同じことができるのか、そこからして不明だ。
(コイツがあの衝撃波のことも学習しておいてくれたら良かったのになぁ……)
内心でそうぼやきながら、颯谷は首から下げたコアの欠片を服の上から握る。すると次の瞬間、コアの欠片から僅かな反応があった、ような気がした。
「……っ!?」
思わず颯谷は身体を起こした。そしてLEDランタンの明かりを頼りに、胸元からコアの欠片を取り出す。ぱっと見た感じ、コアの欠片には何の変化もない。だがさっき確かに、僅かとはいえ反応があった。
「まさか、本当に学習していた……?」
唖然とした颯谷の声に期待が混じる。土偶の衝撃波は散々くらった。学習に必要な情報量は足りているだろう。ということはもしコアの欠片にそういう能力があるのなら、学習が完了していてもおかしくはない、はず。
(仮定、まだ仮定だ)
颯谷は自分にそう言い聞かせながら再び横になった。本音を言うなら、今すぐにアレコレ試してみたい。だが今はもう夜だ。そして睡眠は重要である。検証は明日やることにして、LEDランタンの明かりを消してから彼は目を閉じた。
そして翌日。颯谷は朝食を食べてからまた仙果の採取へ向かった。もっともそれは建前で、本日の本命は検証。コアの欠片が本当に土偶の衝撃波を学習していて、さらにそれを再現可能なのか、その検証だ。
彼が向かったのは敵城の南西方向に位置する広々とした公園。もともとは第一次隊の本体や第二次隊が拠点を設営しようと考えていたが、敵城に近すぎるとして断念した場所だ。たしかに敵城が近いのはリスクだが、見晴らしの良い場所が良いと思ったのでここを選んだ次第だった。
「さて、と。まずは……」
まずは仙果を採取する。公園の中には何本か仙樹があり、颯谷はそこからリュックサックいっぱいに仙果を集めた。ただしこれは自分で使う分も含んでいる。検証であれこれやれば、その分だけ氣を消耗するからだ。
公園のベンチに仙果を詰めたリュックサックを置き、仙樹の杖を立てかける。それから颯谷は組みひもで首から下げたコアの欠片を迷彩服の上に出した。それを左手で握りながら、土偶と戦った時のことを思い出す。あの時はさんざん衝撃波を浴びせられた。
(…………!)
やはり反応がある。わずかだが、コアの欠片が自発的に氣を吸収しているようなのだ。こんな反応は今までなかった。颯谷ははやる心を抑えながら少しずつ、意識的にコアの欠片へ氣を流し込んでいく。コアの欠片はその氣をどん欲に吸収した。
そして流し込む氣の量が一定の水準を超えると、コアの欠片がまた別の反応を示す。何かを出力しているようなのだ。それは氣功的エネルギーなのだが、颯谷が込めた氣とは別のモノ。つまりコアの欠片によって変換、もしくは変質した氣功的エネルギーだ。
(きたきたきたきたっ……!)
颯谷が内心で早口になる。彼もこの反応を予想していたわけではない。だが重要なのは反応があったということ。そしてこのコアの欠片が出力する変換された氣功的エネルギーというヤツは、元々が颯谷の込めた氣であるためか、操作性は悪くない。彼は右手を正面に突き出し、コアの欠片の出力をそこへ導いていく。
コアの欠片が出力する氣功的エネルギーは、完全に颯谷の思う通りに動いたわけではなかった。方向性だけは従ってくれるが、そのほかはむしろ奔放に動くように感じる。
その動きは感じられるだけで凝視法を使っても目には見えなかったが、しかしどうやら幾何学的な模様を描いているようだ。そしてそのまま右手の手のひらに到達。そこからにさらに指の先へ広がった。
そのまま数秒。しかし何も起こらない。颯谷は内心で首をかしげたが、そのままの状態を維持しつつ、ここからどうすれば良いのかを考える。そしてはたと閃いた。
幾何学的な模様とは、つまり回路ではないか、と。その直感に従い、彼はそこへ氣を流し込む。すると次の瞬間、彼は右の手のひらに圧を感じた。
――――バァァァァァン……!
意外と低い破裂音とともに、颯谷の手のひらから衝撃波が放たれる。そして落ち葉が十数枚、あおられて宙を舞った。その光景を見て、彼は満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「っうっしゃぁあ!」
本当にできた。できてしまった。正直五分五分、いや六対四で分は悪いと思っていたのだが。コアの欠片のポテンシャルは颯谷が思っていたよりもずっと高かったようだ。
テンションが上がるとやる気も出てくる。颯谷はそれから何度も衝撃波を放って練習を重ねた。ただずっと練習だけしているわけにもいかない。適当なところで彼は練習を切り上げ、食べてしまった分の仙果を補充してから、一度拠点へ戻ることにした。
「煙……?」
リュックサックを担いだところで、颯谷は視界の端に黒煙を捉えた。どうやら何かが燃えているらしい。ただ拠点のほうではない。誰が何をしたのかと内心で首をかしげながら彼は歩き始めた。
何が燃えているのかはすぐに分かった。跳ね橋だ。颯谷は浩司が跳ね橋について「次は燃やしてみるかな」と言っていたことを思い出す。どうやら本当に燃やしたらしい。どうやって燃やしたのか手段が気になったが、モンスターが弓矢を使うのだ、人間だって火矢くらい使うだろう。そう考えて勝手に納得した。
何にしても浩司は着々と手を打っている。今のところ、攻略は順調と言っていいだろう。水堀の埋め立てはまだ始まっていないが、埋め立てるためのコンクリートブロック等は順調に集まっていると聞く。
(次は……)
実際に埋め立てを始めたときに、敵側がどう動くのか。それが次の問題だろう。水を抜こうとしたときは妨害したという話だし、まったく傍観するということはないはずだ。うまく切り抜けてくれよ、と颯谷はそう願うのだった。
土偶「つまりワイのおかげ」




