桐島颯谷の遊撃活動録2
今回拠点として定めたのは、一つの建物と言うより一つの区画だった。第一次征伐隊が遺したデータが置いてあった、あの雑居ビルを含む区画である。幾つかのグループに分かれなかったことで本隊の人数が多くなり、また炊き出しなどをする関係もあり、どうしても一つの建物では手狭だったのだ。
まあ他にも色々と細々した理由はあるのだが、それはともかくとして。颯谷は採取してきた仙果を、後方支援隊で主に食料の管理をしている者に渡した。その量を見て彼は喜ぶ。今回、氣功能力の覚醒を目的とした異界童貞はいないのだが、それでも仙果は重要な食料の一つ。あるに越したことはない。
まして今回、遊撃隊の半分は怪異退治の方に重きを置いている。決してそればかりしているわけではないし、遊撃隊はあくまで遊撃隊なのだが、それでも採取される仙果の量はいつもより少ない。食料を管理する側からすれば、あまり歓迎はできないだろう。
「まあ、いざとなればそこら辺の民家から拝借することになるんだろうが、あんまり気分のいいもんでもないからなぁ。まあそんなわけだから、お前さんが頑張ってくれるとコッチとしても気分的にラクだ」
「はは、頑張ります」
「おう、頼むわ。でも無茶はするなよ。……で、一つ聞いておきたいんだが、どの辺を回ってきた?」
「ええっと、この辺ですね」
男が広げた地図を覗き込み、颯谷は自分が回ってきたルートを答えた。それを見て男は一つ頷く。
「城のさらに西側だな。モンスターはどうだった?」
「エンカウントしたのは二体。倒したのは一体です」
「一体逃がしたのか?」
「いえ、コッチが逃げました。屋根の上から弓で射られまして。さすがにあれは間合いの外です」
ため息を吐いて肩をすくめながら、颯谷はそう答えた。一方で聞いた男のほうに驚いた様子はない。ただ渋い顔をした。
「弓か……。厄介だな」
「他の人たちも?」
「ああ。幸い、まだ死者は出ていないがな。とはいえやりにくいって話だ。弓に限った話じゃないが、『市街地でゲリラ戦仕掛けられてる感じだ』って言ってたよ」
「ああ、なんとなく分かります」
「ヘルメットは有効って話だ。ちゃんと被っておけよ」
「了解です」
そう答えて、颯谷は空になったリュックサックを再び背負った。一日の活動を終えるにはまだ早い。もう一回、いや二回か三回くらいは、このリュックサックいっぱいの仙果を収穫してこられるだろう。
バリケードを超えて角を曲がってから、颯谷は改めて迷彩を使う。向かうのは先ほどと同じ異界の西側。ルートも同じで、彼はまた敵城の南側を水堀に沿って西へ歩く。そしてちょうどその時、彼は敵城の中から荒々しい気配が膨れ上がるのを感じた。
「っ!?」
反射的に彼は城の方を見る。一見、城は何の変化もないように見えたが、颯谷はすぐにあることに気付いた。跳ね橋がゆっくりと降り始めている。それを見て彼は駆けだした。
最初に見た動画の中で、聡は「五日に一回、“主力”が城の外へ打って出てくる」と言っていた。彼の話によれば数は100体前後。恐らくそれがこれから外へ出てこようと言うのだ。
(突入してからまだ五日も経っていないけど……!)
どうやら「五日」の数え方はあくまでも前回の出陣から五日であるらしい。ということは氾濫で暴れていたのもこの主力なのだろうか。颯谷はふとそう思ったが、しかしすぐに「そんなことを考えている場合じゃない」と頭を切り替える。
今はコンクリートブロックなどを回収する作業が進められている。そこへこれほどの数の敵が現れるのは望ましくない。それくらいのことは颯谷でも分かる。何とか阻止したいところだ。
(できるか分かんないけど……!)
しかしやってみる価値はある。そう思いながら颯谷は足を動かし、同時に氣を練り上げていく。こういうことができるようになったのは、流転法で地道に氣の制御能力を鍛えてきたからだ。そして彼は堀の中ほどまでかかる石橋の先端まで行き、ゆっくりと降りてくる跳ね橋と対峙した。
「はああああっ!」
跳ね橋を睨みつける暇もなく、彼は仙樹の杖を横一文字に大きく振りぬいた。放つのは伸閃・朧斬り。その刃は跳ね橋を中ほどから両断した。
(よし……!)
跳ね橋の上半分だけがロープに吊られてブランコのように揺れて正門にぶつかる。その光景を見ながら颯谷は心の中で会心の握りこぶしを握った。破損した正門の奥には、これから出撃しようとしていたモンスターたちの姿が見える。だが跳ね橋の長さが足りなくなったからには、外へ打って出ることはできないだろう。
「っとと」
脅威とみなされたのか、城壁の上などから彼に矢が射かけられる。颯谷はそれを仙樹の杖で切り払いつつ、正門に背を向けてその場から離脱した。思った通りの結果が出て彼の足取りは軽い。
(やっぱり……)
やはり、伸閃・朧斬りは氣功的エネルギーに対して良く効く。しかも効くのはモンスターが氣鎧のように纏っている氣だけではない。モンスター本体はもちろん、モンスターが身に着けている装備や今回の跳ね橋(木の板)など、氣功的エネルギーに由来する物質に対しても特攻性能があるようだ。
颯谷がその発想に至ったのは、武者人形との戦闘がきっかけだった。あの戦闘で彼は伸閃・朧斬りを使ったが、これが明らかなオーバーキルだった。防御のために掲げられた刀や、兜や鎧もまとめて真っ二つにしてしまうなんて、ちょっとあり得ない威力だと思ったのだ。
(あの時はあくまでモンスター相手に限定されるのかとも思ったけど……)
跳ね橋(木の板)にも有効だったところを見ると、どうやらそうでもないらしい。思った以上に汎用性が高いというか、有効範囲が広いらしい。自分が使う技の性能を確認することができ、彼は大満足だった。
(これはこの先、使える場面がいろいろありそうだ……)
そんなことを考えながら、颯谷は当初の予定通りに仙果の採取へ向かう。そんな彼の背中を見送る二人組の姿が、200mほど離れたとあるアパートの二階に。彼らは敵城の、特に正門の監視を任されていた者たちで、その任務は敵主力が出撃してきた場合にそのことをすぐさま本部へ伝えることだった。
これは敵の動きにすぐに対応するためであり、同時に「五日に一度」の起点をはっきりさせるという目的もあった。100体という数は断じて見過ごせないが、サイクルが分かっているのだからあとは起点さえ判明すれば、監視の労力は最小限で済む。
そんなわけで跳ね橋が降り始めたとき、二人はそのことを即座に本部に報告。さらに監視を続け、敵の主力が出撃してくる様子をリアルタイムで報告するつもり、だったのだが。二人が目撃したのは想像の斜め上を突き抜ける光景だった。
『……おい、どうした? 報告を続けろ』
「ああ、すまない……。その、何と言えば良いのか……」
『どうした、何があった?』
緊迫した声がトランシーバーの向こう側から聞こえてくる。どう答えたものかと言葉を選び、監視役の男はこう答えた。
「敵主力の出撃は、その、キャンセルされた」
『キャンセル!? どういうことだ!?』
「その、俺たちも信じられないんだが……」
『……見たことを、正確に、報告しろ』
「……桐島颯谷が、跳ね橋を切り落とした」
『はあ!?』
トランシーバーの向こう側から困惑した声が上がる。その気持ちはむしろ監視役の二人の方が強い。ともかく二人は起こったことを何度も説明し、しかしなかなか信じてもらえず、結局本部から来た別の者に短くなった跳ね橋を見せてようやく納得してもらえた。
「それで、肝心の桐島君はどうした?」
「どっか行った」
「笑顔だった」
監視役の二人が正直かつ投げやり気味に答えると、本部から来た男の顔が険しくなる。言いたいことはたくさんあるが、それをこの二人に言っても仕方がない。それで彼は言葉をグッと飲み込み、本部へ戻っていった。
監視役の二人はそのまま監視を続けた。例えば跳ね橋を修理するなどして、主力が城の外へ出撃してくるかもしれないからだ。とりあえず今日一日は監視を継続するように、というのが本部からの指示だった。
ちなみにこの後、仙果をリュックサックいっぱいに詰め込んで拠点へ戻った颯谷は、浩司から跳ね橋の件でみっちり説教された。
「敵の主力が外へ出てきたら、いろいろと作業に差しさわりがあると思ったんだろう? じゃあ、こっちがその対策を考えていることとか、出てこなくなったってこととか、同じぐらい大切だってことは分かるだろう? ちゃんと報告しろ」
「はい、すいません……」
「それにな、出撃をキャンセルされたら、敵が次にどんな手を打つのか、そこまでちゃんと考えたか? 跳ね橋が使えないなら船団組んで戦力を外に出すとか、考えられるだろ。その場合、監視してないところから敵が来るかもしれない。結果的にこっちの対策の裏をかかれたら、大きな被害が出るかもしれないんだぞ」
そう言われ、颯谷はさすがに顔を伏せた。そういうことは一切考えていなかったのだ。彼のその様子を見て、浩司は深々とため息を吐いた。
「あの……」
「なんだ?」
「実際に、あったんですか? その船団を組むとか……」
「いや。監視している範囲では、そういう例は報告されていない。ただ城の内部にそのまま戦力を置きっぱなしにしておくってことはないだろう。分隊のかたちで外へ出すのだろうと考えている」
要するに戦力が小出しになるということだ。同じ100体だとしても、100体を一度に相手にするより、2体ずつを50回相手にする方が対処はしやすい。そういう意味でも浩司は颯谷のやらかしを決して悪手だとは思っていなかった。
「……跳ね橋はそのうち回復するだろうがな」
「え、回復……?」
颯谷は思わずそう聞き返した。修理ならばともかく回復と言うのは言葉のチョイスが間違っていないだろうか。そう表現する訳を浩司はこう教えてくれた。
「勝手に元の状態に戻るんだ」
「なんですかそれ」
「知らん。異界特有の謎仕様だ」
確かに異界には解明されていない謎がまだ多くあるが。とはいえそう言われてしまうと、颯谷も納得するしかない。それで彼はこう尋ねた。
「えっと、じゃあやっぱり、同じようなことはしない方が、良いですかね……?」
「……そうだな。次からはこちらで対処しよう。燃やしてみるかな」
ニヤリ、と笑みを浮かべて浩司はそう答えた。前述したとおり、彼も跳ね橋を落としたことで敵の総数が減るとは考えていない。しかし小出しになる可能性は高い。そしてそれだけでも十分にありがたい。であればやらないという選択肢はない。そう考えて悪い笑みを浮かべる浩司に、しかし颯谷は少し心配そうにこう尋ねる。
「……一次隊は同じことを考えなかったんでしょうか?」
「どうかな……。たぶんだが、考えはしただろう。その上で、仙具の回収を優先したのだと思う」
「でも総数は変わらないはず……」
「それは結局予想だからな。それにアレコレと作業をしていると、仙具を入手できる人員はどうしても偏る。それで不満が出たのかもしれない。あるいは時間と場所が分かっている方が、分散した敵をしらみつぶしに叩くよりも効率が良いと考えたのかもな」
浩司はやや肩をすくめながらそう答えた。いずれにしても第一次征伐隊は仙具の回収に重きを置いていたと思われる。そしてそういう方針になったのは、間違いなく今回の報奨金がシブいから。とはいえ第一次隊が全滅したことも合わせて考えると、どうにも形容しがたい気分になる。
報奨金がシブいのは、第二次征伐隊も変わらない。ただ第二次隊は第一次隊が全滅したことを知っている。危機感は高まっているだろうし、隊員も仙具より命を優先するだろう。だからこそ浩司も「跳ね橋を燃やす」という策を採れるようになったのかもしれない。
そしてそのきっかけとなったのは、言うまでもなく颯谷の行動だ。その意味では彼のやったことは一つの転換点となった。とはいえそれが征伐にどう影響してくるかはまだ未知数。浩司は最後にもう一度「報連相はしっかりやれ」と念押しするのだった。
浩司「報・連・相! はい復唱!」
颯谷「報・連・相!」




