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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
征伐隊見聞録

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73/205

桐島颯谷の遊撃活動録1


「堀を埋める」


 第一次征伐隊が遺したデータにしっかりと目を通したのち、岩城浩司は作戦をそう定めた。もちろん水堀のすべてを埋め立てるわけではない。一部を埋め立て、そこを通って城内に攻め込むということだ。第一次隊はその作戦を採らなかったが、第二次隊は重機を持ち込んでいる。それで堀の埋め立ては可能だと思われた。


「埋め立てるのは東側の堀。そこが一番、幅が狭いからな」


「だが埋め立てるための土砂はどうする? このあたりは住宅地も多い。後々のことも考えれば、好き勝手に掘り返すわけにはいかないぞ」


「道が細い場所も多い。重機もあまり自由には動かせない」


「公園はどうだ?」


「敵城に近すぎる。妨害があるだろうな」


「まずは土砂を調達する場所を見つけないとだな……」


「街中だぞ、ここは。そんな場所、あるのか?」


「仕方がない。一般住宅のブロック塀を崩して使わせてもらおう。結構な量になるはずだ。足りなかったらまた考えよう」


 浩司がそう決めると、他のメンバーも頷いて了解する。それを見て颯谷は内心「え、いいの?」と思った。ブロック塀とはいえ個人の私有財産。それを勝手に壊して使うというのは、果たして許されるのか。


 結論から言うと、許される。異界の顕現は水害などと同じ自然災害。異界の中で生じた被害は、すべて自然災害によるものと判断されるのだ。ただ、だからといって一般住宅に忍び込んで金品を漁るような真似はもちろん許容されない。実際、それが発覚して刑事訴追された馬鹿も過去にいる。


 要するに、異界征伐のために必要と判断されれば、個人財産への被害も許容されるのだ。それにある破壊行為が怪異モンスターによるものなのか、それとも人間によるものなのかは、外からは判断できない。なにより一番困るのは異界がずっと残り続けること。異界の征伐が第一であり、そのための足かせはなるべく外そう、という考え方だった。


 まあそれはそれとして。こうしてコンクリートブロックを回収して回ることになったわけだが、この異界のあちこちにはすでにモンスターが潜伏していることが予想される。主力にしろ分隊にしろ、城から出てきた連中だ。そしてこれからもモンスターは城の外へ出てきて征伐隊の活動を妨げ脅かすだろう。


 完全な安全の確保は無理かもしれないが、それでも作業を順調に続けるためには、そういうモンスターを排除していく必要がある。それで作業をする組と護衛の組が組織され、さらに彼らが活動する場所の周囲を主に遊撃隊が巡回することになった。


 ただ遊撃隊のすべてがそこに加わっているわけではない。作業の進捗具合によっては長期戦も予想され、その場合、食料が一つのネックになる。一般住宅などから回収して回るという手もあるが、あまり気持ちの良いものではないし、そもそも食べられるのかという問題もある。となるとやはり仙果の確保が重要になる。


 それで遊撃隊のおよそ半分はそちらの任務に割り当てられることになった。颯谷はこっちである。作戦のメインストーリーからは遠ざけられたとも言えるが、彼自身としては自由に動けるこちらの方がありがたい。案外、浩司もそのつもりなのかもしれない。


 まあそんなわけで。一人で自由に動く立場と大義名分を手に入れ、颯谷はさっそく行動を開始した。第一次隊が作ってくれた地図を頭に入れ、彼はまず城の南側を水堀に沿うように西へ向かって歩く。


 歩きながら、水堀の水を凝視法で確認する。最初の異界で降ったあの雪のように、氣を多量に含んでいるのであれば、月歩を駆使して渡れるのではないかと思ったが、どうやらそれは無理らしい。水堀の水はただの汚い水だった。


 颯谷は肩をすくめて視線を上げた。城の周囲を覆う塀に遮られて中の様子は見えない。だが突き出す天守閣だけは良く見えた。その天守閣に鋭い視線を向けながら、颯谷はこう呟いた。


「やっぱりあそこ、だよな……」


 颯谷は迷彩服の上からコアの欠片を握る。コアの欠片が反応した先にあるのは、どうやらあの天守閣。ということはあそこにある、もしくはいるのだ。コアもしくはヌシが。


「天守閣は櫓だって話だったけど……」


 動画の中で聡が話していたことを思い出す。だからこそ彼はコアもしくはヌシがいるのは本丸御殿だと予想していた。だがコアの欠片の反応を信じるなら、どうやらそれは違うことになる。


(まあ、まだ距離があるから、なんとも言えないけど)


 颯谷は内心でそう呟き、この問題をいったん棚上げした。微妙にずれている可能性だってあるのだ。決めつけてしまわない方が良いだろう。


 それにしても天守閣と言えば、織田信長は安土城の天守閣で寝起きしていたとか。じゃあ今回はヌシで、その姿は第六天魔王かもしれない。そんなバカな妄想をしてから、彼は小さく肩をすくめた。


 さて敵城の南側を歩いていると、水堀を挟んで正門の正面までやってきた。ここだけはこちら側からも石橋が架かっている。ただし堀の真ん中ほどまで。残りの半分は跳ね橋で、今は上げられている状態だった。


(せっかく……)


 せっかくこうして橋があるのだから、埋め立てるのはここにすれば良いのに。颯谷はそう思ったが、それが素人考えであることは彼自身も分かっている。正面で埋め立て工事など始めて、敵側が黙ってそれを見ているはずがない。


 もっともそれは東側でやっても同じだと思うのだが、そのあたりは浩司になにか考えがあるのだろう。第一次隊が遺したデータも参考にしながら、何か対策を立てるはず。そんなことを考えながら、彼は敵城の正門前を通り過ぎた。


 彼はそのまま敵城の西側へ向かう。水堀の縁には仙樹が数本生えていて、それぞれ仙果がたわわに実っている。だが彼はそれを採取せず、そのまま天守閣に背を向けて異界西側の住宅地に入った。


 住宅地は当然無人なのだが、そのことを除けばぱっと見なんの異変も起こっていないように見える。だがよくよく見ると、あちこちに不自然な傷などがある。また住宅の中には窓ガラスが割れている家もあり、戦闘の残り香のようなモノが感じられた。


 そしていよいよ、颯谷もモンスターと遭遇する。静まり返った住宅地を歩いていると、不意にガシャガシャという音が聞こえたのだ。素早く視線を巡らせると、カーブミラーに甲冑を装備した人影の姿が。武者人形だ。


(凝視法は……、ダメか)


 颯谷は凝視法を使ってみるが、カーブミラーに映る姿からは相手が纏っているはずの氣の様子をうかがうことはできない。どうやら凝視法は直接目視しなければならないようだ。それが分かったことは収穫だが、しかし今はちょっと困る。武者人形が実際どれくらいの強さなのか、それを推し量れないからだ。


 大分県西部に現れたこの異界に突入してから、颯谷はまだモンスターと戦っていない。戦闘自体はすでに何度か起こっているはずなのだが、彼自身はまだ戦っていないのだ。作戦が決まるまでは征伐隊も本格的に動いてはいなかったことと、仙具目当てに戦いたがる者が多かったことが理由だ。ちなみに仙具は基本的にそのモンスターを倒した者が所有権を得ることになる。


 まあそんなわけで、颯谷はこれが初エンカウントになる。カーブミラーに映る武者人形はすでに抜身の刀を肩に担ぐように持っている。頭巾に覆われた顔からは表情が読めず、いやそもそも顔があるのかさえ分からない。これまでのどんなモンスターよりも不気味に思えた。


(コッチに来るな……)


 颯谷は仙樹の杖を構えて氣を練り始めた。あの武者人形はまさかヌシ守護者ガーディアンというわけではないだろう。ただこれまでの敵とは違い、防具を身に着けている。つまり防御力は高いと思った方が良い。そういう相手に自分の攻撃が通じるのか。颯谷はまず自分が持つ最強の技をぶつけてみることにした。


(ここっ!)


 武者人形が曲がり角から姿を現す。颯谷は仙樹の杖を大きく振りかぶった。武者人形もすぐ彼に気付くが、颯谷のほうが一手速い。彼は仙樹の杖を鋭く振り下ろした。


 放つのは伸閃・朧斬り。武者人形は刀を掲げかろうじて防御を間に合わせる。だが伸閃・朧斬りの刃は容易く武者人形の身体を縦に一刀両断した。


「……う~ん、やりすぎた」


 武者人形の躯が黒い灰のようになって消えていくのを見ながら、颯谷は苦笑気味にそう呟いた。相手が防御したにも関わらず、伸閃・朧斬りはほとんど何の抵抗もなく、しかも甲冑ごと敵を両断してしまった。


 もともと伸閃・朧斬りは敵の氣功的エネルギーを切り裂くことに特化した技。そしてモンスターとは(装備している武器や防具を含めて)つまり氣功的エネルギーの塊であり、伸閃・朧斬りは極めてよく利く。結果から推察するにたぶんそういうことなのだろう。


 要するに、オーバーキルだった。しかも伸閃・朧斬りは物理的な破壊力もちゃんと持ち合わせていて、見ればアスファルトの道路や民家のブロック塀に大きな切り傷ができてしまっている。道路はともかくブロック塀は個人の私有財産。悪いことしちゃったな、と颯谷は申し訳なく思った。


「……次からは伸閃で何とかなりそうだな」


 自分がつけた破壊痕から目をそらしつつ、颯谷はそう呟いた。足軽人形は武者人形よりも防御力が低いだろうし、メインで使うのはこれまで通り伸閃で大丈夫のはず。その手応えに颯谷は一つ頷いた。


 ただ残念なことに、武者人形の痕跡はすべて消えてしまっている。武者人形は仙具をドロップしなかったのだ。とはいえ颯谷が聞いた話では、仙具のドロップ率は一割に届かないという。それで彼も気落ちすることなく、「次があるさ」とすぐに気分を切り替えた。


 この異界での初スコアを稼いだ颯谷は、そのまま住宅地の探索を続けた。彼が探しているのはまず仙樹で、少し歩くと庭先に生えているのがすぐに見つかる。この住宅地の中にはさらに何本も仙樹があるはずなのだが、彼はひとまずこの仙樹で用を満たすことにした。


 手を伸ばし、颯谷はまず一房分の仙果を食べる。それから空のリュックサックを地面に下ろし、中からビニール袋を取り出してそこへ採取した仙果を入れた。ビニール袋がいっぱいになると、リュックに入れて背中に担ぐ。彼はこれで一旦、拠点に戻るつもりだった。リュックにはまだ空きがあるので、帰りに別の仙樹からまた仙果を採取する予定である。


「……っ!?」


 来た道を引き返して歩き始めた颯谷だったが、突然背中にゾクリとしたモノを感じてその場から飛びのく。ほぼ同時にそこを一筋の銀光が貫通した。甲高い音を立てて道路から跳ね返ったのは一本の矢。それが飛んできた方向へ反射的に顔を向けると、そこには民家の二段になった屋根の上から弓を構える足軽人形の姿があった。


 その足軽人形が次の矢をつがえる。颯谷はすぐさま走り出した。さすがの伸閃もあそこは間合いの外だ。しかも相手が屋根の上では近づくことも難しい。であればここは逃げの一手である。


 足軽人形が二の矢、三の矢を放つ。だがどちらも目標を大きく外れた。その隙に颯谷は角を曲がり、足軽人形の死角に隠れた。そして隠形、いや迷彩を使って気配を隠す。足軽人形は完全に彼を見失ったらしく、つがえていた矢を弦から離した。


「ふう……」


 敵の攻撃をやり過ごすと、颯谷は小さく安堵の息を吐いた。動画の中で聡が「弓矢に注意」と言っていたのを思い出す。「こういうことか」と彼は心の中で納得した。


(油断だな。もっと気を引き締めないと……)


 颯谷はそう自戒する。征伐隊に加わっているとはいえ、今回はこうして一人で動いているのだ。相応に気を引き締める必要がある。それなのにさっきまで全然、隠形も迷彩も使っていなかった。一人でやっていたことから考えると、あり得ない油断である。


(いやまあ、状況が違うけどさ……)


 颯谷はちょっとだけそう言い訳した。ただ実際、木々が生い茂る山の中では隠形も迷彩も有効だったが、比較的見晴らしの良い住宅地ではどうなのかという疑問はある。


「ま、試してみればいいさ」


 颯谷はあえて気楽な調子でそう呟いた。考えてもすぐに分からないことは、とりあえず試してみる。一人でやっていた時はそうしていた。彼は「ふう」と一つ息を吐いて気持ちを整え、それから「よし、行こう」と呟いてまた歩き始めた。


 拠点に戻るまでに、颯谷はさらに二回、仙果を採取する。いっぱいになったリュックサックを担いで、彼は拠点に戻った。


 拠点に通じる道には、ありあわせの資材で簡単なバリケードが作られている。敵の侵入を防ぐためだ。


 バリケードのところには二人組の見張りがいるのだが、今は二人ともおしゃべりに夢中で彼に気付いていない。良くないなと思いつつ、彼は二人にこう声をかけた。


「どうもー。通っていいですか?」


「うぉお!?」


「びっくりしたぁ!」


 颯谷が思ったよりもずっと大げさに二人は驚いた。二人は颯谷の顔をまじまじと見てから、「あ、ああ。いいぞ、入ってくれ」と彼を内側に通す。颯谷は小さく頭を下げてから、バリケードの障害物をまたいでその内側に入った。


 少し歩いてからはたと気付く。あの二人が自分にまったく気付かなかったのは、もしかして迷彩を使っていたからではないか、と。だとすれば少々悪いことをした。


 本当に一人だけの時はいちいちオンオフの切り替えはしなかったが、今は一人で動いているとはいえ味方がいる。配慮と言うか気遣いと言うか、ちょっと気を付ける必要があるだろう。そう思いながら、彼は迷彩を解除するのだった。


浩司「まだ普通だな。……いや、ソロの時点で普通じゃないか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 他のメンバーからしたら異界と言う危険地帯で平然と単独でふらふらして何事も無く戻って来る時点で得体が知れない奴だと思う…
[一言]  弓矢コエー!  ワンコ連れて来なくて正解カモ。
[良い点] 更新ありがとうございます\(^o^)/! [一言]  ……   信長様(?)と戦うフラグ^^;?  いやーマサカネ〜〜(;¬ω¬)
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