メッセージ
「……城、壁、堀、水、……」
一番槍の男が白色化した異界のフィールドに首を突っ込んでいる。彼がハンドサインで伝えてくる中の様子を、別の者が翻訳して教えてくれていて、颯谷はそれを注意深く聞いていた。
異界の中に構造物があることは分かっていた。その構造物は、どうやら「城」らしい。「壁」つまり城壁で囲われており、また「堀」がある。「水」ということは水堀なのだろう。侵入自体が難しそうだと思い、颯谷は表情を険しくした。
(泳ぐ、とか……? ヤだなぁ……)
さて彼が内心でぼやいている間に一番槍が突入を承認する。それを受けて浩司は征伐隊に突入を指示した。最初に二十人ほどが中に入り、それから重機など車両が順次突入していく。颯谷は最後の方に突入した。
「道は通じているそうだ。このまま移動する」
征伐隊の突入が完了すると、先行させたメンバーから報告を受け、浩司がそう次の指示を出す。ただ征伐隊が向かったのは第一次隊が拠点設営予定地としていた公園ではなかった。どうやら彼らはそこに拠点を設けなかったらしい。その理由はすぐに分かった。
「巻き込まれてる……」
歩いて移動しながら、颯谷はそう呟いた。異界内部に生じた大規模な変異に、公園も巻き込まれていたのである。そのため拠点は別の場所に設営したようだった。そしてその場所はすぐに分かった。五階建ての雑居ビルの上に、ありあわせの素材で作った旗が立てられていたのだ。
ビルの道を挟んで向かいには少し広めの駐車場があり、そこにはテントが幾つか立てられている。ただ数が少ないので、やはりビルの方がメインだったのではないか。颯谷はそんなふうに考えた。
「データを探してくる。一旦待機だ」
そう言って浩司と数人の男が雑居ビルの中に入っていく。データが入っている情報媒体は分かりやすいところに置いてあったらしく、彼らはすぐにデータを回収して戻ってきた。そしてそのデータをすぐにパソコンで確認する。
データは幾つかのフォルダに分けて保存してあった。浩司はその中でフォルダ名「最初に確認!」を開いた。中に入っていたのは動画のファイルで、浩司は征伐隊のメンバーを集めてその動画を再生した。
『あ~、テステス。撮れてる? OK? よし、んじゃ始めよう……。んん、俺は本庄聡。冴島さんが戦死したんで、俺が本隊の指揮を引き継いでいる。この動画では、俺たちが調べたことをかいつまんで説明するつもりだ。もちろん詳しい資料は別に用意してあるから、そっちも後で見てくれ。まずは……』
最初に話されたのはこの異界の大きさについて。直径は約600mという話だったが、内部はそれよりはるかに大きい。正確に測量したわけではないが、直径3km程度はあるのではないか。それが第一次隊の見解だった。
そして異界の中心にあるのが水堀と城壁に囲まれた城。城の形は大雑把に言って楕円形で、東西に長くなっている。一番目立つ天守閣は西側に建てられていて、そのあたりがちょうど異界の中心だという。
『……とはいっても、天守閣って要するに櫓だからな。核ないし主がいるのは、そこから少し離れた位置にある本丸だと、俺たちは思っている』
動画の中の聡はそう自分たちの見通しを語った。水堀の深さはだいたい3メートル。少なくとも歩いて渡れる深さではない。ただしこれは堀の端で測った数字なので、真ん中付近はもっと深い可能性がある。
水堀の幅は場所によって異なり、西側が一番幅があって20m以上。一番狭いのは東側で10m弱。南北はだいたい同じで10m強と説明された。城の規模に対して堀の大きさがどうなのか、そのあたりのことは颯谷にはちょっと判断がつかない。
ただし一か所だけ、城までの距離が5mほどになっている場所がある。それが正門前だ。堀の中ほどまで橋が架かっているのである。もう半分はいわゆる跳ね橋になっていて、城側から橋を下ろして繋げる仕様になっている。
『城の地図もあるが、外から見た限りの見取り図だ。中にはまだ踏み込めていない。つぅか、城内に入るだけでも大変でなぁ。まあその辺のことは後で話すとして、次は怪異についてだ』
モンスターはいわゆる人形タイプ。聡も足軽人形と武者人形という言葉を使った。数が多いのは足軽だが、戦闘能力が高いのは武者。このあたりはイメージしやすい。
モンスターが現れるのはどうやら城内だけで、城外では出現しないらしい。ただしモンスターは城外に出てくる。だから市街地での遭遇戦は頭に置いておく必要がある。
それでどうやって出てくるのかと言うと、まずは第一次隊が言うところの「主力」だが、これは跳ね橋を下ろして正門から出てくる。数はだいたい100体前後。これが五日に一度、城の外へ打って出てくるわけだ。
さらに「分隊」。これは小舟を使い、水堀を渡って城の外へ出てくる。数は一艘につき3~5体ほどだが、複数の地点から断続的に送り込まれてくるので、「五日間の合計数はたぶん主力より多いはず」というのが第一次隊の見解だった。
『映像を見て期待していると思うが、ここのモンスターは仙具を残すぞ。しかもちゃんとした武器だ。俺たちもすでに多数手に入れている。ただ一つ注意だ。仙具欲しさに縛りプレイみたいな真似をするなよ? 死ぬからな』
動画の中の聡は冗談交じりにそう言った。だが聞いているほうはちょっと笑えない。唾をのむ音だけが響いた。そしてそんなこととは関係なしに動画は進む。
『さて異界の概要はこれくらいで良いとして、こっからは俺たちがこの異界をどう攻略しようとしたのかを簡単に説明する。最初に言っとくけど、これは失敗の記録だ。けれども意味のある失敗だと思っている。参考にしてくれ』
最初にやったのは、高所作業車を使う作戦。つまり先端のカゴに人を乗せ、ブームを伸ばして城内に送り込もうというわけだ。水堀の幅が最も狭い東側で作戦が行われたが、城側からの迎撃によってこの作戦はとん挫した。
『弓矢の集中砲火を浴びてなぁ。カゴに一度に乗れる人数が少ないのも悪かった。ほとんど何もできずにブームを戻す羽目になった』
この作戦の亜種として、「高所作業車のブームを橋代わりにできないか」という案も出た。だがこちらは決行前にボツになった。橋代わりにするにはブームは細すぎると判断されたのだ。また橋代わりにできたとして、あまりにも逃げ場がない。「弓で射られて終わりだろう」ということだった。
次の作戦は水堀を舟で渡るというもの。ただ舟など用意していない。そこでモンスター側が城から出てくる時に使う小舟を奪うことになった。ただこれがうまくいかず、三日間で奪取できたのはわずかに二艘。十分な数を揃えるのは時間的に困難と判断された。
ただ手に入れた二艘の小舟を使わずに捨ててしまうのはもったいない。そこで夜陰に紛れて小舟で城内に潜入。内側から跳ね橋を下ろして征伐隊を突入させる作戦が試みられた。決死隊が募られ、腕利きの八名が志願。だが結局朝になっても跳ね橋は下ろされず、決死隊が脱出してくることもなかった。
『……手痛い失敗だった。だが……。いや、もういい』
沈痛な面持ちでそう言うと、聡は次の作戦の説明に移った。次に考えられたのは、水堀の水を抜く作戦。水堀は川などとつながっているわけではない。それで水を抜いてしまえば渡りやすくなるのではないかと考えられたのだ。
水を抜くのには消防車(ポンプ車)が使われた。タンクローリーごと用意したので、燃料には余裕がある。時間がかかっても水は抜けると考えられた。だがモンスター側がそれを黙って見ているはずもない。妨害され、最後にはホースが破損して作戦は続行不能になった。
このように第一次征伐隊はいろいろ作戦を立てては敵の城を攻め落とそうとした。だが敵を排除しようとしたのは人間側だけではない。モンスター側も人間側を排除するべく武器を研いでいた。
遭遇戦は当たり前として、暗がりに紛れての拠点への奇襲攻撃、物陰に仲間を潜ませての挟み撃ちなど、モンスター側も様々な手を使って征伐隊に損害を与えた。特に第一次隊が苦慮させられたのが弓矢による狙撃で、これによって少なくない犠牲者が出ている。こうして人間側は徐々に追い詰められていった。
『今回何がクソゲーかってさ、敵の戦力が回復することなんだよ。なのにこっちの戦力は減る一方。そもそも城を落とすには三倍の戦力が必要だっていうのに、そりゃねーだろ』
動画の中の聡はそう愚痴った。言ってみれば、籠城側に援軍(戦力の回復)があるのに、攻城側には戦力と物資に限りがあるのだ。しかも攻城側は攻城戦をするつもりで準備してきたわけではない。そりゃ、籠城側のほうが圧倒的に有利だというのは、軍事の専門家ではない颯谷でも分かる。
『……色々試してはみたが、こっちもジリ貧なんでな。他のグループとも合流して、決戦を挑むことになった。つまり跳ね橋が降りたタイミングで主力を蹴散らし、そのまま城内へ雪崩れ込もうって作戦だ。正面突破だな。勝算はあると思っているが、念のためにデータを残していく』
動画の中の聡はそう言ってから少し困ったような表情を浮かべた。そしてこう続ける。
『考えてみると、この動画が再生されてるってことは、俺たちは死んだってことなんだよな。なんかちょっと変な気分だ。必要だと分かってはいるが、死ぬ気も失敗する気もないし、でもそれに備えなきゃいけないってのは、いざその立場になってみると妙な気分だ。そうだな、コレを眺めながら酒でも飲めるように頑張るとしよう』
そう言って動画の中の聡は笑った。笑い終えてから、彼はさらにこう続ける。
『それから、この後だが、希望者がビデオメッセージを撮ることになっている。このメモリーに入れるはずだから、よろしく頼む。……自分たちで処分できればそれが一番良いし、もちろんそのつもりなんだが……、やっぱり妙な気分だな、コレ』
動画の中の聡が苦笑を浮かべる。それから彼は思い出したようにこう付け加えた。
『そうそう、これまでに俺たちが獲得した仙具だが、決戦で使わなかった分はここに残していくつもりだ。残っていたら使ってくれ。で、できたらでいいんだが、それぞれの家族に少しくらい渡してくれたらうれしい。ま、これは本当にできたらでいいよ。結局、全部使うかもしれないしな。
……あと何か言っとくことあるっけ? ……ない? あったらあとで付け加えるか。じゃあまあこんな感じだ。最後に一言? そうだな……、この動画を再生するのが俺たちであることを願っている』
最後にそんな言葉を残して動画の再生は終わった。動画が終わっても、誰も何も言わない。ある者はすすり泣き、ある者はパソコンの画面に向かって手を合わせる。颯谷も無言のまま目を伏せた。
お通夜みたいな空気になってしまったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。数秒後、沈黙を破ったのはリーダーの岩城浩司。彼は“パンパン”と手を叩いて全員の視線を集め、それからこう話し始めた。
「ここには、第一次隊に親族や友人がいた者たちが多いだろう。辛いだろうが、彼らの死と、遺してくれたデータを無駄にはしないこと。それが今の私たちがしてやれる最大の手向けだ。必ずやこの異界を征伐するぞ!」
「「「おお!!」」」
第二次征伐隊のメンバーは揃って気炎を上げた。颯谷の場合、親族や友達が第一次隊で死んだわけではない。だがあの動画を見て何も思わないわけではない。
(傍観に徹しようかと思ってたけど……)
颯谷は内心でそう呟いた。不可解な今回の徴用に、彼だって思うところはある。だから今回は本当に遊撃に徹して、浩司にも言ったように本隊の作戦には完全ノータッチでいるつもりだったのだ。
だがあの動画を見て少し考えが変わった。経緯はどうあれここにこうしている以上、へそを曲げてストライキじみた真似をするのはいかにも子供っぽい気がしてきたのだ。それではこの異界で必死に戦った人たちになんだか失礼なような気がする。
(少しくらいは……)
少しくらいは能動的に動いてみようか。颯谷はそんな気分になった。今回は一人かつ遊撃隊として動くことになっている。つまりかなりの自由がある。その自由を使ってできる事はやってみよう。群青色の空を見上げながら、彼はそう思うのだった。
聡「遺言かってぇの」




