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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
征伐隊見聞録

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64/205

日常へ


 報奨金に関する話し合いが終わると、少し時間をおいてから国防軍主催の慰労会が開かれた。堅苦しくない立食形式のパーティーで、ドレスコードもない。イスとテーブルも用意されていて、料理を座って食べることもできる。


 立食形式だが用意された料理は豪華だ。お寿司、うな重、北京ダック、フカヒレの姿煮、黒毛和牛のステーキ、伊勢海老のお造り、などなど。普段はお目にかかれない、それどころか外食の時にもなかなか頼めないような料理の数々が並んでいる。


 征伐中の食事事情はお世辞にも良好とは言えず、颯谷は思わず生唾を飲み込んだ。アルコールも用意されていて、飲める連中は大手を振って食道と胃の消毒にいそしんでいる。一方で未成年は当然ながらソフトドリンクだ。ちなみに酔っぱらって暴れるようなことがあると、ガチの憲兵隊が秒で駆けつけて引きずり出し、頭から水をぶっかけるのだとか。飲みすぎには要注意だ。


 アルコールに関しては、実は颯谷は飲める。特権持ちだからだ。そしてこの場には彼が特権持ちであることを知っている者しかいない。だから飲んだとしても咎められることはないだろう。ただ彼の興味はお酒よりも料理に向いていた。このあたりは年相応に子供と言っていい。


 慰労会のために用意されたのは料理だけではない。例えば国防軍のブラスバンドによる生演奏やマグロの解体ショーなど、出し物も充実している。華やかな雰囲気の中、颯谷は食べ盛りの食欲を発揮してせっせと料理を堪能した。


 そんな彼のもとにはいろいろな人たちが声をかけに来る。だいたいは本隊で一緒だった人たちだ。他のグループだと、颯谷の素早い征伐のおかげで重傷を負いつつも一命をとりとめた者や、その縁者が礼を言いに来たりした。意外なところだと、今井慎吾も彼のところにきてこう言った。


「その、伯父貴のこと、ありがとうな」


「あ~、いえ、どうも」


「オレも能力者として覚醒できた。すぐに、一人前に戦えるようになってやる。それだけだ、じゃあな」


 言いたいことだけ言って、慎吾はさっさと身を翻した。その背中を颯谷はやや唖然としながら見送る。さて彼の意識にどんな変化があったのか。「まあどうでもいいか」と思い、颯谷は伊勢海老のグラタンを食べるのだった。


 さて慰労会も終了の予定時刻が近づいた。最後に国防軍のお偉いさんが登壇して征伐隊のメンバーのことを労り、慰労会の閉会を宣言。拍手とともに慰労会は閉じられた。出席者にはお土産があり、颯谷もそれを受け取る。


 お土産の中には、供されたものの食べきれなかった料理もいくらか包まれているようで、「良いおかずになる」と思い颯谷は喜んだ。なお生ものは包まれておらず、残ったお寿司などはあとで国防軍の方々が美味しくいただくことになる。


 慰労会の閉会をもって、新潟県北部に顕現した異界の征伐に関するアレコレはすべて完了した、と言ってよい。あとは反省会の内容を踏まえた総括報告書をまとめて公表するだけだ。異界由来の資源の調査はこれから行われるが、報奨金はすでに概算でもらうことが決まっている。どんな結果が出ても颯谷たちに直接の影響はない。


(終わった……)


 国防軍が手配してくれた帰りのバスに揺られながら、颯谷はやや気だるい達成感に浸る。これで少なくともあと一年は赤紙が来ることはないだろう。東北地方やその近辺に異界が現れなければ、もしかしたら高校卒業くらいまで征伐隊に入らなくて良いかもしれない。そんなことを考えながら、颯谷は帰路につくのだった。


 余談になるが、マシロとユキとアラレの三匹は、慰労会には連れて行かなかった。それどころか薄情な飼い主が三匹を連れて行ったのは動物病院、年に一度の狂犬病のお注射である。これではあまりの扱いの悪さに三匹がストライキを起こすかもしれない。ご機嫌取りのためにも、颯谷は三匹のために少々お高いドッグフードを用意するのだった。



 § § §



 日常は、遠い。


 放課後、学校の教室で木蓮に勉強を教えてもらっている颯谷は、心の中でさめざめとそう呟いた。征伐に関連したお休みはすべて公欠扱いにしてもらっているが、しかしそれで学習内容の遅れが取り戻せるわけではない。そんなわけで。颯谷はこうして勉強にいそしんでいる。


 図書館でないのは、意外としゃべってしまうからだ。図書館は静かに利用する場所であり、二人がそれに配慮した格好である。それに皆が部活に行ってしまった後の教室は静かだし、黒板も使える。いろいろと教えてもらうには都合が良かった。


 ただ勉強しているからと言って、勉強の話しかしないわけではない。木蓮は優秀で厳しい先生役だったが、一方で年頃の女子高生でもある。勉強に支障のない範囲でなら、とりとめのないおしゃべりにはむしろ率先した。そしてこの日、颯谷はこんな話題を出した。


「そう言えば十三さん、引退できなかったんだって」


「まあ、左腕を失くされたと聞きましたよ?」


「引き留められたんだってさ」


 颯谷は化学式を睨みながらそう答えた。十三が左腕を失ったことを木蓮に話したのは颯谷で、二人は十三の進退について「引退だろうねぇ」と話していたのだ。ちなみに木蓮は楢木十三のことを最初から知っていた。「有名な方ですので、名前くらいは」とのことらしい。


 慰労会が終わったあと、十三は戦死した者たちのご家族へお見舞金を渡して回った。実際には振り込みだが、特権持ちである彼がやらないと贈与税がかかる。そしてそれを最後の仕事として彼は特権を返上し楢木家当主の座も退こうと思っていたらしいのだが、しかし周囲がそれを許さなかった。


「えっと、颯谷さんはそのお話をどこから……?」


「道場の師範から。あの人、結構顔が広いんだよね」


 そこはさすが道場の主と言ったところか。この業界の中でもある程度のネットワークを持っているらしい。


「ただやっぱり、もう戦うのは度外視しているみたい。征伐隊に入っても指揮に専念するんだってさ」


「そうでしょうねぇ」


 木蓮はしみじみとそう呟いた。片腕を失っても、氣の量に影響はない。だが片腕を失えば、身体のバランスは大きく変わる。また今まで両腕で使っていた武器を片腕で使うことになるのだ。振り回すことはできるとして、破壊力や鋭さは段違いに低くなるだろう。戦わないというのはむしろ英断だ。


「今は、仙樹の枝を杖代わりにしてるってさ」


「まあ。でもちょうどいいかもしれませんね」


 そう言って木蓮と颯谷は揃って小さく笑った。それから木蓮が少し真面目な顔をしてこう尋ねる。


「それにしても、楢木家も仙樹に注目し始めているのですか?」


「う~ん、どうだろ……。確かに今回の征伐で使っていた人は結構いたけど。でも、あくまでもそれはハニワが相手だったというのが大きいし、研究用に大量に持ち帰るなんてことは、少なくとも本隊ではしてなかったよ」


「そうですか。では、この分野ではウチが一歩リードですね」


 木蓮は嬉しそうにそう言った。彼女のその様子を見て、颯谷はピンとくる。彼は少し身を乗り出してこう尋ねた。


「もしかして何か成果出た?」


「はい。詳しいレポートはまだなんですけど、幾つか」


 そう答え、木蓮は実験の成果について正之から聞いたことを教えてくれた。ちなみに仙樹に関する実験のアレコレは正之が主導しているという。次期当主の実績づくりなのかもしれない。


 まあそれはそれとして。回収してきた仙樹は一部を残し、すべてセルロースナノファイバー(CNF)に加工された。この仙樹由来のCNFを食品に混ぜて摂取することで、異界の外でも氣功能力を覚醒させることができるのではないかと期待されていたが、残念ながらこの実験は失敗に終わった。つまり氣功能力は覚醒しなかったのだ。


「あらら……」


「モンスターを倒す場合でも、異界の外では覚醒できませんから。叔父様やお兄様もあまり期待はしていなかったようです」


 成功したら儲けモノ、くらいの考えだったのだろう。落胆は小さいという。彼らの本命はむしろ「第二級仙具の量産」。そちらの成果について木蓮はこう語った。


「まずセルロースナノファイバーをプレート状に加工しました」


 プレートは小さい。長辺10cm、短辺5cm、厚さ5mmのサイズだという。加工すると氣の通りが悪くなるのではないかと心配されたが、プレート状になっても枝の時と同程度の氣の通りだという。


「でもそんな小さいプレート、何に使うの?」


 定規を縦横に動かしてプレートの大体の大きさをイメージしながら、颯谷は木蓮にそう尋ねる。その疑問に彼女はこう答えた。


「そのプレートを、例えばベストみたいな物の中に仕込んで、防具を作れないかと考えていたようです」


「ああ、なるほど。防弾チョッキみたいな感じか」


 颯谷は納得して何度も頷いた。確かにそれだと、大きすぎるプレートはかえって扱いにくいだろう。


「それで上手くいった?」


「それが、あまり上手くいかなかったみたいです」


 木蓮は苦笑しながらそう答えた。ベストにプレートを縫い付け、そこへ氣を流してみるところまでは上手くいった。だがそれだけでは仙具としてはともかく、防具としてはあまりうまくないという。


「え、なんで?」


「わたしもよく分からないんですが、なんでもプレート以外の部分が脆いんだそうです。そういう部分がダメになると、結局プレートが落ちちゃって使い物にならないんだとか」


 つまりベストは仙具ではないので氣を通すことができず、よって防御力が強化されることもない。強化されていない弱い部分が先にダメになり、プレートが無事でも防具としては使い物にならなくなる、ということなのだろう。


 だがそこまで考えて颯谷はふと引っかかるモノを覚えた。外纏法にしろ氣鎧術にしろ、身体に纏った氣の層は衣服の上まで来ることが珍しくない。あるいは手袋をして仙具に氣を流し込むこともある。


 非仙具が氣を通さないのであれば、そもそも氣の流れはそこでシャットアウトされてしまうのではないだろうか。だが実際にはそうなっていないのだから、これはつまり氣を通していることになるのではないだろうか。


「ええっと、わたしもあまり詳しくないので……」


 颯谷の疑問に木蓮は困ったふうに笑いながらそう答えた。それを見て颯谷は彼女が氣功能力者ではないことを思い出す。そして申し訳なさそうにこう言った。


「ああ、悪い。そうだよな。それこそ師範にでも聞いてみるよ。……それで防具のほうはそれからどうなったの?」


「ああ、はい。ええっとですね、仙樹のセルロースナノファイバーで糸を作って、それでベストも作ろうという方向みたいです。ベストも仙具にしてしまおうってことですね。ただ今は肝心の素材が足りなくて、いったん棚上げみたいです」


「回収待ちってことか」


 駿河家として回収してくるのか、それともどこかに依頼するのか、それは分からない。だがモノがなければ実験のしようもない。そんなわけで正之も今はアイディアだけ書き溜めているのだとか。熱心だなぁ、と颯谷は思った。


「あとでレポートを送ってくれるということなので、来たらお見せしますね」


「ありがたいけど、いいの?」


「颯谷さんなら良いと、叔父様から許可をもらっています。ただ他所ではあまり広めないでください。駿河家の新しい事業になるかもしれませんから」


「了解」


 大きく頷いて颯谷はそう答えた。お金の話はどこもシビアである。一度征伐隊に入っただけの颯谷でさえそう思うのだから、新しい事業の立ち上げともなればいろいろ面倒くさい話があるに違いない。颯谷は「関わらんでおこ」と思うのだった。


マシロ「征伐が終わってから最大級のダメージをうけた件について」

ユキ「注射、きらい」

アラレ「ぐずん」

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― 新着の感想 ―
武器にする場合は自分専用になった仙樹をセルロースナノファイバーにして芯の部分になる様に使って 虹石&天鉱石を片時も離さずに自身の氣功に馴染ませてから武器作りした方が一級品になるのでは? なーんて考えた…
主人公からタダで吸い上げた情報を元に確認や利益に関する相談をせず事業を立ち上げるのは義理が無さ過ぎる しかもその事業を吹聴するなって頼むのは面の皮厚いなw 主人公しか持たない征伐の難易度を大きく変え…
[気になる点] よく言えば年相応とも言えるけど、主人公の性格が基本愚痴っぽくて曖昧な受け応えしかできず魅力を感じにくい
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