征伐後2
新潟県北部、山形県との県境近くに現れた異界。その異界征伐の総括が行われたのは、全体ミーティングが行われたのと同じ大会議室だった。
最初に国防軍がまとめたレポートが配られる。パラパラとめくってみると、本隊だけでなく他のグループがどのように動いていたのかも詳細にまとめられている。レポートを配り終えると、国防軍の担当官が壇上から資料の説明を始めた。
「……今回の征伐隊の総員は181名、死者10名、損耗と判定された負傷者22名、損耗率は18%弱となります。ただ重症のために入院されている方の回復次第によっては若干上振れする可能性があります。……」
具体的な数字を聞いて、颯谷の心臓がドクンッと一つ大きく拍動する。損耗率の平均値はおよそ30%、中央値は20%弱と聞いている。それと比べると、18%弱というのは低い数字だ。つまり数字の上では上々の結果と言っていい。
だがそれでも。実際に死者が出て、復帰不能と判定されるほどの大怪我をした者も多数いる。その事実は颯谷のなかで重い。数字と実感の乖離が激しくて、彼はどちらが正しいのか分からなかった。
(矜持、かぁ……)
思い出すのは十三に言われた言葉。彼は「矜持」という言葉を使った。その言葉の真意を颯谷はまだ理解できない。理解できるようになれば、数字と実感の乖離はなくなるのだろうか。それは分からない。ただ憐れまれるのを喜ぶような人たちではないのだろう。
(う~ん、保留!)
颯谷は心の中でこの件を棚上げすることに決めた。彼は武門や流門の子供として育ったわけではない。この業界と関わるようになってまだ一年程度しか経っていないのだ。この業界の感じ方や考え方にはまだまだ疎いし不慣れだ。もっと経験を積めば、もう少し冷静に数字を受け止められるようになるのではないか。今はとりあえずそう思うことにした。
さて颯谷があれこれ考えている間にも資料の説明は進んでいる。そして説明が一通り終わると、反省会が始まった。つまり「後から見かえしてみると、ここはもっとこうできた」とか、「他のグループがこうしているなら、連携できたかも」ということを話し合うのだ。そして最初に水を向けられたのはやはり本隊、十三だった。彼はマイクを受け取り、こう話し始めた。
「核があると思しき場所、つまり巨石の祭場へのルートを切り開くところまでは、本隊の損耗率はゼロだった。いくつか慎重に過ぎると思える箇所もあるが、全体としては上々以上の首尾であったと思っている。
「最初の決戦において、桐島颯谷君を最初から連れていくべきではなかったのかという点については、この場にいる多くの方が考えていることであろうと思う。ただあの時点で、投入される戦力を鑑みたときに、作戦が失敗すると想定するべき要素はなかった。ゆえにあの時点の判断としては特別瑕疵があったとは考えていない。
「ただ作戦が失敗したことについては重く受け止めている。最大限の戦力を投じるべきだったという批判は甘んじて受けよう。ただ彼は遊撃隊であったし、言い訳をさせてもらうならあの時点で彼にあれほどの力があるというのは私も把握していなかった。仮に把握していたとして、その力を最大限に発揮してもらうには、結局のところ一人で突っ込んでもらうしかない。だがあの時点でそれが必要であると判断する要素はなかったと思っている。
「さてもう少し現実的な話として、結果を覆すためにあの時何をするべきであったかと言えば、それはより入念な偵察であろうと思う。威力偵察で実際に巨石の祭場まで踏み込み、土偶がどれほどの勢いで増加していくのか、その点をもっとしっかり確かめることができていれば、決戦時にどれほどの戦力を動員するべきかについての判断もまた変わったことと思う。
「一方で、これも今だから言えることではあるが、五人か六人のパーティーで実際にそういう威力偵察をやらせた場合、一人も損耗せずに撤退できたのかについては危ういと考えている。その犠牲をコラテラルダメージと呼べるかについては、この場で議論することではないと思う。
「仮定の話を続けるが、犠牲を出さないためにはより多くのパーティーを威力偵察に動員する必要がある。実際にあの場で戦った者の意見としては、最低でも十五人は必要だろう。だがあの時点でその判断が妥当なのかどうか、妥当だとすればその根拠は何なのか、他のグループの方々の意見も聞いてみたいと思う」
十三はそう堂々と自分の意見を述べ、マイクを返却してから静かに席に着いた。こういう表現が適切なのかは分からないが、悪びれたところは少しもない。自らが打った手について、たとえそれが結果的に失敗したのだとしても、一定の妥当性があったのだという自負を感じられる。彼のその姿に颯谷は気圧される思いだった。
十三の次に攻略隊のリーダーである仁にマイクが差し出されたが、彼は手を振ってそれを断った。レポートには彼が聞き取り調査の際に述べた事柄がすでに記載されており、それで十分だと思ったのだろう。遊撃隊のリーダーや後方支援隊のリーダーも同様だった。
マイクは次に別のグループのところへ渡った。順番にあれこれと語られていくが、ハッとさせられるような意見と言うのは出てこない。中には最初の拠点設営の時点でかなり手こずったグループもあり、それが逆に本隊の能力の高さを颯谷に印象付けた。
最初の決戦とその敗北については、あまり多くのことは語られなかった。本当に語るだけのことがなかったのか、それともあえて十三に物申すことは避けたのか、それは分からない。ただあるグループのリーダーがこんなことを言い出した。
「レポートを読む限りでは、二度目のアタックの際に、桐島君と随行した方たちの間で認識に齟齬があったように思われます。特に二回目に仕掛けたとき、随行した方たちはあくまでそれを威力偵察と捉えていた。だが実際には、桐島君はその時にコアの破壊まで行ってしまった。成功したから良かったものの、この認識のズレは大きな問題であると思います。この点についてどう思われるのか、双方にお伺いしたいと思います」
突然そんなことを言われて颯谷は焦った。彼がせわしなく周囲に視線を送っていると、随行した者たちのリーダーだった仁が手を上げて発言を求める。彼は立ち上がってマイクを受け取るとこう話し始めた。
「我々と颯谷君の間に認識の齟齬があったのではないかと言うことですが、そのご指摘は当たらないと考えます。二度目に仕掛けるまえ、颯谷君は撤退時の援護のことを我々に頼みました。つまり撤退する時のことを考えていた、そのつもりがあったということです。
「ただ戦っているうちにそれは困難になってしまいました。我々は少し離れたところから見ていたのでよく分かりましたが、彼はコアを挟んで反対側へ行ってしまっていました。これでは撤退もその援護も容易ではありません。結局我々は動くに動けなかったし、颯谷君も一人で戦い続けるしかなかった。
「またそもそも颯谷君はどちらへ撤退するべきかも分からなくなっていたのではないかと思います。土偶の大群のせいで視界は悪かったでしょうし、巨石の祭場は迷路のようなもの。戦いながら方位を認識し続けるのは困難だったはずです。これでは撤退できなくても仕方がない。
「さて戦いながら颯谷君は祭場をぐるりと一周してこちら側へ戻ってきました。そのタイミングですね、彼が連れてきた犬が三匹飛び出しました。ご主人様の危機を感じ取ったのかもしれません。なかなかの忠犬と言えるでしょう。そして我々も颯谷君の撤退を援護するために動きました。
「ただそのことに颯谷君は気付いていなかったと、レポートにはあります。それも無理はありません。彼は非常に激しい戦闘の真っただ中にいたのですから。彼が認識できたのは三匹の愛犬たちが突入してきたこと、そしてそのために土偶の圧力が分散したことです。
「彼はそれを好機と捉えた。奇しくも、土偶の激しい攻撃のために岩が砕かれ、中心部へのルートがより鮮明になっていました。いける、と彼は思ったのでしょう。そして実際に成し遂げた。
「そこまでやってしまうのは確かに予定外ではありましたが、しかし機を見るに敏と思えば頼もしい。何より現場の判断は尊重されるべきです。それが成果に繋がっているのなら、なおのことそうだとは思いませんか?」
仁は質問者へ逆にそう問いかけた。「認識の齟齬」を「現場の判断」と答え、そのうえで成果主義を持ち出す。さらに質問者が答える前に十三が挙手して発言を求めた。仁からマイクを受けると、十三は仁の発言に付け加えるようにしてこう言った。
「桐島君に事後を頼んだのは私であります。彼には自由にやってよい旨のことを話してあり、その行動の責任については一切を私が負うことを明言してありました。またこの作戦はあくまで本隊としての作戦であり、指揮官として信任を得ていた私の裁量内であると認識しています」
十三はそう言ってマイクを仁に返した。彼にここまで言われてしまっては、質問者もさらにつつくことはできない。表面上は一つ頷き、「理解しました」と答えて着席した。
それを見て仁もマイクを返却して着席する。その際、彼は颯谷の方を見てニヤリと笑い、一度だけウィンクした。それを見て颯谷は彼が自分を庇ってくれたのだと気付く。それで小さく頭を下げるのだった。
征伐の総括と反省会が終わると、次はいよいよ報奨金についての最終的な話し合いが始まった。国防軍はそこに関与しないので、担当官は壇上から降りる。代わって片袖をなびかせながら十三が壇上に上がった。
「見苦しい姿で失礼する。ひとまず私が仕切らせてもらおうと思うが、よろしいかな?」
十三はまずそう確認し、反対の声が上がらないのを見てからさらにこう続ける。
「まず死亡された10名の戦友に黙とうをささげたい。では、黙とう」
三十秒ほど、大会議室は静寂に包まれた。今回死亡した10名のうち4名は本隊の所属で、颯谷も顔を見かけるくらいの接点はあった。ほとんどしゃべったこともない間柄だが、死んでしまったという事実は重い。颯谷も目を閉じて黙とうに加わった。そして黙とうが終わると十三はいよいよ本題に入った。
「さて報奨金についてだが、概算による報奨金の総額はおよそ308億円になった。このまま概算で受け取ることにして良いかな? ……ではそういうことにして、まず死亡した者たちのご家族へ、一人当たり一億円のお見舞金を差し上げるということでどうだろうか」
再び「異議なし」の声があちこちから上がる。ちなみに戦死者へのお見舞金は国防軍からも出て、こちらは一律で一人1000万円となっている。十三は一つ頷いてから、さらにこう続けた。
「次に一番槍を務めてくれた楢木雅だが、その分の手当としてやはり一億でどうだろうか」
こちらの提案にも「異議なし」の声が上がった。もともと総額の5%程度を見舞金などとして取り分けるという話だった。総額で11億円ならそれ以下。事前に決めておいた枠組みの範囲内ということだろう。雅本人もそれで納得している様子だった。
「残りの約297億だが、これは事前に決めておいた通り、各グループの生き残った人数ごとに頭割りで分配し、各人の取り分についてはそれぞれのグループ内で決めてもらう。それでよろしいかな」
三度「異議なし」の声が上がる。十三は大きく頷くと、「ではそのように」と言って壇上から降りた。彼が戻ってくると、出席者たちはそれぞれグループごとに集まって話し合いを始める。本隊の話し合いはそのまま十三が仕切った。
「さて、各人の取り分は事前にある程度決めていたわけだが、ここで一つ、私から提案がある。私は取り分10、桐島君は遊撃隊で5という話だったが、これを交換したい」
「えっ!?」
「いや、十三さん。そこまでやらなくても……」
「そうですよ。桐島君の取り分を10にする。それでいいじゃありませんか」
颯谷が驚いて声を上げ、雅が困惑し、仁が別の落としどころを提案する。仁の提案には賛同の声が多く上がった。
颯谷としても、遊撃隊としての評価ではなく、「攻略に貢献した」として一人前の評価と報奨金がもらえるなら、それで文句はない。確かにコアを破壊したのは颯谷だが、征伐とはそこに至る過程のすべてを含んでいる。それを考えれば「一人前」と言う評価は妥当だろう。
一方で十三の働きはどうだったか。彼はリーダーとして本隊を良く指揮した。彼自身が自負しているように、少なくとも最初の決戦までは一人も損耗させずに本隊を導いたのだ。その手腕は評価されるべきだろう。だが本人は首を横に振る。そしてこう言った。
「結局、最後は桐島君の個人的な武勇に頼る結果になってしまった。指揮官としては下策も良いところだ。これでは恥ずかしくて、到底一人前などもらえん」
「いえ、ですが……」
「勘違いしてほしくないのは、これは決して最初の決戦の敗北の責任を取ってとか、そういうことではない。その点に関して言えば、責任論云々を持ち出すのはそぐわない話だと思っている。
私が言いたいのは指揮官としての能力の話だ。個人を特攻させるような戦術が賞賛されてはならない。その風潮に繋がる前例を残すべきではない。それを考えての提案だ。どうか納得してほしい」
十三はそう言って頭を下げた。彼にそこまでされてしまうと、他の者たちはもう飲み込むしかない。そもそも彼らが損をするような話ではないのだ。それで颯谷と十三の報酬は入れ替えることが決まった。
その他の者たちの報酬は事前に決めておいた通りの割合ということで話はすぐにまとまった。他のグループの話し合いも終わり、最終的な各人の取り分の一覧が国防軍の担当官に提出される。これで報奨金に関する話し合いも終わった。
後日、颯谷の口座に報奨金が振り込まれた。その額、およそ3億円。大金だが、颯谷はちょっと微妙な気持ちになる。そしてこう呟くのだった。
「国債の利払いのほうが多い……」
Q:死亡お見舞金が出るとなると、借金取りに「お前ちょっと征伐隊に入って死んで来い」って言われませんか?
A:初めて志願する場合は、経験者の推薦が必要になります。あと、その借金取りの名刺をもらえれば、ヤクザより怖い人たちが挨拶に行きます。




