一年ぶり二度目
群青色の空を数秒見上げてから、颯谷は巨石の祭場への二度目のアタックを開始する。彼は最初とアプローチの仕方を変えた。
最初は小走りで近づき、最初に数体の土偶が現れたところで少しずつギアを上げていく。そして土偶が衝撃波を放つと外纏法で氣を纏い、一気にトップスピードに乗る。彼は衝撃波の中を突っきって土偶を置き去りにし、そのまま巨石の祭場へ突入した。
巨石の祭場には大きな岩がゴロゴロと転がっている。中心部まで最短距離を突っ切ることはできず、さすがに颯谷も速度を落とした。それでも彼は岩と岩の間を縫うようにスルスルと進む。彼は多少強引であっても、核へ近づくルートを進んだ。
当然ながら、すると多数の土偶が現れる。しかも颯谷は一人で突入しているから、他へ分散したりはしていない。無数に現れる土偶のすべてが彼に殺到する。そして彼を圧殺せんとして衝撃波と真空刃を浴びせた。
「……っ」
まさに数の暴力。外纏法で防御を固めてはいるが、しかし衝撃波だけで骨が軋むような威力だ。どうやら波が重なって合成されているらしい。そのくせ土偶同士にはなんの影響もない。敵味方の識別がついているのか、それとも衝撃波を無効にするある種のフィールドを展開しているのか。後者かな、と颯谷は思った。
(ってことは、それを真似できれば衝撃波は無力化できるんだろうけど……!)
あいにくそんなことをやっている余裕はない。もしやるなら一度撤退し、何度も試行錯誤を繰り返す必要があるだろう。だがどれくらいの時間がかかることか。それならとりあえずは外纏法でいいな、と彼は思った。
ただ骨を軋ませるような威力になると、遮二無二に突っ込んでいくのも無理がある。しかもそこに真空刃も混じっているのだ。颯谷もたまらず岩陰に隠れた。もちろん全方位から攻撃を浴びせられているので、それで完全に攻撃を避けられるわけではない。岩陰で防げない方向からの攻撃は、伸閃で土偶の数を減らして圧力を下げた。
ただひとたび足を止めてしまうと、土偶は倒す数より増える数の方が多い。増え続けて包囲網が厚くなると勝ち目がなくなってしまうので、颯谷は動き続けた。強引に包囲網の一角を食いちぎらんと伸閃を放ち続ける。だが目の前の敵は少なくはなってもいなくはならない。そして倒しても倒しても、新たな土偶が現れ続ける。
(十三さんは正しかったなぁ……!)
ジリ貧になっているのを自覚しつつ、颯谷は内心でそう呟いた。十三は他のグループに呼びかけ、多方向から一斉に攻撃を仕掛けることで無限に現れる土偶を分散し、一方向にかかる圧力を弱めた。結果的に彼の作戦は失敗したが、無数の土偶に圧殺されそうになっている自分の状況を考えると、その方針自体は正しかったのだと認めざるを得ない。
(もし……)
もしもあの時、最後の切り札として颯谷があの場にいたら。分散した土偶の防衛線を破ってコアを破壊できていたかもしれない。十三は敵の戦力を分散させたが、味方の戦力も出し惜しんでしまった。突き詰めればそれが敗因だろう。
もっとも颯谷も決戦に志願しなかったので、同罪と言えば同罪だ。そしてその分の負債を今支払っている。絶え間ない攻撃に耐えるという苦行で。命懸けの異界征伐で遠慮なんかするもんじゃないな、と彼はダメージとともに学んだ。
「……っとぉ!?」
背後から放たれた多数の真空刃を、颯谷は間一髪岩陰に隠れて防ぐ。そして彼はすぐにその場を離れた。ジリ貧ではある。だがまだどうしようもないほどに追い詰められてはいない。外纏法もまだ余裕がある。
同時に首から下げたコアの欠片が、これまでにない速度で学習を加速している。それも当然だ。これまでにない密度の戦闘中なのだから。そしてその学習の成果は即座に戦闘へフィードバックされる。
放たれ、そして重なる衝撃波。波が合成されて強くなるということは、逆に相殺されて弱くなっている場所もあるということ。その、いわば空白のスポットとでも言うべき場所へ、颯谷は身体を滑り込ませる。すると明らかにダメージ量が減った。
衝撃波が減衰するポイントは瞬間ごとに切り替わる。颯谷はそれを追うように動き始めた。もちろん常に追えるわけではない。ただ受けるダメージの総量は減った。それは氣の消耗を抑えることに繋がる。さらに颯谷の手数も増えた。だからと言って土偶の数が目に見えて減るわけではないが、それでも彼は戦況好転のきざしを感じていた。
「そこっ」
颯谷が横薙ぎに伸閃を放つ。そして真空刃を放とうとしていた土偶を数体まとめて叩き割った。真空刃を放った土偶もいたが、その刃は放たれた直後に伸閃で切り払われる。攻性防御とでも言うべき立ち回りで、彼の行動の自由度は少しずつ増していった。
少しずつ少しずつ、颯谷は巨石の祭場の中心部へ近づく。だが近づけばその分だけ土偶がまた増え、攻撃は激しくそして分厚くなっていく。いつの間にかヘルメットはどこかへ吹き飛ばされてしまった。
衝撃波の減衰ポイントに滑り込むが、そこへ砕けた岩の破片が飛んできて彼のこめかみのあたりにぶつかる。外纏法のおかげで衝撃はそれほどでもないが、頬に感じる滴は汗ではないだろう。
(あと一手……!)
あと一手、何か欲しい。状況を動かす何か、土偶を分散させる一手。仙樹の杖を振るい続けながら、颯谷はそれを考える。彼はなにか利用できるものはないかと周りを見渡し、そしてふとあることに気が付いた。
(岩が小さくなってる……? いや、砕けたのか!?)
つまり、土偶の攻撃の余波である。土偶の過剰ともいえる飽和攻撃が、颯谷が逃げ回るのに伴って、巨石の祭場に転がる無数の大岩を砕いて小さくしてしまったのだ。そしてそれは颯谷にとって、動き回る際の障害物が小さくなったことを意味する。
(これなら……!)
これなら強引に中心部のコアのところへ向かえるかもしれない。ただやはり群がる土偶の数が多い。この圧力を減らさないことには中心部へ突っ込むのは躊躇われた。やはり何かもう一つ必要だ。しかしその一つを思いつかない。颯谷は焦りと苦悩で顔を歪める。その時、彼が求める「一手」が現れた。
§ § §
「お、おい。アレ、大丈夫なのか……?」
真也が巨石の祭場の方を指さしながら和彦にそう尋ねる。そこには黒い物体がまるでイナゴの大群のように蠢いている。双眼鏡を使えばそれが土偶の大群であることが分かるだろう。数はまさに無数。1000体にも届くのではないだろうか。今そのすべてが、たった一人の少年を追い回している。
「……アイツらが攻撃を止めないってことは、つまり颯谷は生きてるってことだ」
和彦は何とかそれだけ答えた。颯谷は生きている。あれだけの土偶を相手にして、まだ戦い続けている。それは驚くべきことだ。だが彼がこのままコアを破壊できるのか。それは分からない。むしろ分は悪いように思えた。
しかしながらこの場にいる誰も、援護に向かうべきだとは言わない。いや、言えない。たとえあの十分の一だとしても、それだけの数の土偶を相手にしては、きっとここにいるメンバーは全滅してしまうだろう。いや全滅するだけならまだしも、颯谷の足を引っ張ってしまうかもしれない。そう思うと迂闊には手を出せないのだ。
「っち、奥へ行っちまった」
双眼鏡を覗いていた仁が舌打ちしながらそう呟く。援護できない理由はもう一つ。意図しているのかいないのか、颯谷は巨石の祭場内を円を描くように移動しているのだ。土偶たちの動きから推測する彼の現在地は、そのせいで中心部を挟んで突入した地点の反対側。これでは援護したくても手が届かない。
(時間は、大丈夫なのか……!?)
和彦は内心でそれを気にした。氣鎧術(外纏法)を維持できる時間だ。颯谷の突入からすでに五分以上が経過している。普通なら息切れしていてもおかしくない時間だ。じりじりと焦燥だけが募った。
そんな彼らが見つめる先で、土偶の大群はゆっくりと移動を続けている。反対側へ行ってしまった颯谷は、そのままこちら側へ戻ってくるようだ。それならいくら何でも一度撤退するだろう。そう思い、仁はメンバーに援護の準備を命じる。和彦も立ち上がったのだが、その時思ってもみなかったことが起こった。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ」
マシロが突然吼えたかと思うと、三匹が一斉に駆けだしたのだ。三匹は真っ直ぐ巨石の祭場へ向かう。それを察知したのか土偶の一部が彼女たちのほうへ向かう。だがその下を潜り抜けて彼女たちは巨石の祭場へ突入。すぐにその白い身体は岩陰に隠れて見えなくなった。
「行っちまった……。い、良いのか、アレ」
「もうどうしようもないだろ」
困惑気味の真也に、和彦も混乱気味にそう答える。ただこれはある意味で好機だった。三匹の元野犬が乱入したことで、土偶の大群の動きにも乱れが見られる。付け込むならここだ。仁は突撃を命じた。
「いいか、あくまでも颯谷の回収が目的だ。あまり深く踏み込むなよ!」
「「「「おお!」」」」
十五名の能力者たちが起った。
§ § §
「「「ワンッ、ワンッ、ワンッ」」」
「マシロ!?」
颯谷は思わず声を上げた。吼え声はするのだが、三匹の姿は見えない。だが彼はすぐに彼女たちが駆けつけて来てくれたその効果を実感する。土偶の大群による包囲と集中攻撃。それが緩んだのだ。
「ははっ」
颯谷は思わず笑い声をあげた。マシロとユキとアラレがやったこと。それは巨石の祭場の中を走り回ることだ。身軽で素早い彼女たちが走り回ることで、それを追う土偶たちは自然と分散した。
土偶たちは当然三匹を排除しようとして衝撃波や真空刃を放つ。だが人間よりはるかにサイズの小さい三匹にとって、無数に転がる巨岩は障害物ではなく無数の盾。上手く岩陰に隠れながら土偶を翻弄した。
(ここっ!)
圧力が緩み、余裕の生まれた颯谷はここが勝負所と腹をくくった。外纏法を全力で展開し、衝撃波を真正面から浴びながらほぼ一直線に巨石の祭場の中心部へ向かう。土偶の攻撃のおかげで障害物の岩は砕かれ小さくなっている。人一人がすり抜けるルートは出来上がっていた。
そしてたどり着いた、巨石に巨石を重ねた中心部。三つの巨石でできたアーチを潜り抜けた先に浮いていたのは、橙色をした結晶体。コアだ。いつか見たコアより少し色が濃いだろうか。いやそんなことはどうでもいい。
「はああああ!」
颯谷は雄たけびを上げて仙樹の杖を両手で握った。コアの周りにも土偶はいて、そいつらがまるで道を塞ぐように颯谷の前に展開する。そして外敵を排除せんとして衝撃波と真空刃を放った。
衝撃波は無視する。真空刃だけ彼は仙樹の杖で切り払った。伸閃は使わない。代わりに高周波ブレードを展開する。強引な突撃のせいで氣の消耗が激しい。もう引き返す余裕はないだろう。そして引き返す気も無い。
「邪魔だぁぁ!!」
道を塞ぐ土偶たちを、颯谷は強引に突破する。その先のコアへ彼は最後に大きく踏み込んだ。そして仙樹の杖を振りぬく。展開した高周波ブレードの刃はコアを斜めに両断する。甲高くも涼やかな音が、尾を引いて響き渡った。
その瞬間、颯谷はコアの欠片が探知していたこの異界のコアの反応が消えるのを感じ取った。同時に巨石の祭場に満ちていた氣功的エネルギーが霧散していく。両断されたコアが地面に落ちて粉々に砕けて消えた。残った欠片はない。こうしてコアは消滅したが、それで出現済みのモンスターが消えるわけではない。彼はすぐに残敵掃討に取り掛かった。
「ふう……」
「「「ワンッ、ワンッ、ワンッ」」」
目につく限りの土偶を倒し終えると、颯谷はさすがにその場に座り込んだ。そんな彼のもとへマシロとユキとアラレが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。体当たりするように飛び込んできた三匹を受け止めきれなくて、颯谷は後ろへひっくり返る。そしてそのままもみくちゃにされた。
「ははっ、やめろって!」
じゃれ付く三匹をあやしながら、颯谷は空を見上げた。群青色のフィールドは消え、青い空には白い雲が浮いている。二度目の征伐をやり遂げたのだ。
「お~い、颯谷ぁ~!」
和彦たちが駆け寄ってくる。颯谷は身体を起こして彼らに手を振った。
マシロ「今回は『待て』とは言われなかったので」




