敗北≠征伐失敗
「伯父貴っ!?」
今井慎吾が悲鳴を上げる。拠点に戻ってきた十三の姿は変わり果てていた。左腕を失い、腰に下げていた一級品の大業物も失われている。思っていた以上の敗北に、拠点に残っていたメンバーは一様に表情を暗くした。
満を持して行われた、核を破壊するための決戦。その決戦が行われたのは、およそ三時間前のことである。作戦開始時刻は知らされていたし、氣鎧術を駆使する関係上、成功するにしろ失敗するにしろ短期決戦となることは自明。それで三十分が経過しても異界のフィールドが消えないのを見て、作戦が失敗したことは分かっていた。
だが戻ってきた攻略隊の様子は、それがただの敗北ではなかったことを如実に物語っている。死者四名。十三を含め、大怪我のために戦線離脱を余儀なくされた者十七名。攻略隊は実に半数以上が脱落した。これは次の攻略作戦の、勝敗どころか決行が危ぶまれるレベルの大敗北である。
十三は傷の手当(とは言っても応急処置のレベルだが)を受けながら、決戦に参加した他のグループの損害状況について問い合わせるように指示。すると他のグループも似たようなレベルの損害であることが分かった。話を聞いた限り、撤退時に受けた損害が大きい。後ろから真空刃を受けて負傷するケースが多かった。
「もうダメだ、おしまいだ……」
「泣き言をもらすな、馬鹿者が」
絶望した表情で征伐を悲観する慎吾を、十三はかすれた声で叱責する。援軍は来ない。死にたくなければあがくしかない。征伐失敗と全滅はイコールだが、言い換えれば全滅しない限り征伐はまだ失敗したわけではないのだ。そして十三は征伐のための最後の切り札を切ることに決めた。
「桐島颯谷君を呼んでくれ」
すぐに人が走った。そして颯谷を呼んでくる。しばらくして颯谷が現れると、十三は身体を起こして彼を迎えた。
「見苦しい姿で申し訳ない」
「いえ……。その、何と言えばいいのか……」
「気を使わないでくれ。私がこのザマで、攻略隊もボロボロにされた。情けない話だが、あとは君に頼らせてもらうよりほかになさそうだ」
「戦力でいえば、後方支援隊も遊撃隊も、ほぼ無傷で残っていますけど……」
「必要だと思うなら使ってくれ。すべての責任は私が負う」
「…………」
「どのみち征伐を成功させないことにはどうにもならないのだ。君とて、ここで死ぬことを望んでいるわけではないだろう」
「まあ、そうですね。……分かりました。やるだけやってみます」
「雅、仁。颯谷君に協力してやってくれ」
「了解です、先輩」
「分かりました」
二人は力強く頷いてそう答えた。十三が最後に「頼んだ」と言うと、颯谷は小さく頭を下げてからテントを出ていく。雅と仁も彼と一緒に出ていった。彼らの背中を見送ってから、十三は再び横になる。彼の額に浮かんだ脂汗を拭きながら、慎吾は小声でこう呟いた。
「アイツになら何とかなるんですか……?」
「さて、な。だが土偶相手に数で攻めてもどうにもならん。そのことは今回の作戦ではっきり分かった。ならばやり方を変えるしかない」
そう答えて十三は目を閉じた。鎮痛剤が効き始めたのか、徐々に意識が遠のいていく。彼はそのまま眠りに落ちた。
さて十三のテントから出てきた颯谷は、一緒に出てきた二人の方を振り返る。征伐のために本気を出すのは別にいい。だがまずは情報収集だ。彼は二人にこう尋ねた。
「えっと、じゃあ何があったのか詳しく教えてください」
「分かった。じゃあ本部で話そう」
仁がそう言って、三人は本部へ移動した。十三が重傷を負ったせいか、本部は無人だった。仁は颯谷にイスを勧め、雅は三人分の飲み物を用意する。三人がそれぞれイスに座ってから、仁は決戦でのことを話し始めた。
「……なるほど。土偶はほぼ無限湧きで、中心部に近づくほど寄ってくる数は増える、か。足を止めたら囲まれて動けなくなりそうですね」
「まさに我々がそんな感じだった」
「ただ動き続けようにも、いわゆる飽和攻撃というやつでね。それを受け続けながら動くのはかなり大変だよ」
「回避はできないんですか?」
「岩も邪魔だし、少なくとも衝撃波は回避不能と思った方がいい」
「それは厄介ですね……」
そう呟いて颯谷は眉間にシワをよせる。彼のスタイルは基本的に回避主体。だが回避がほぼ不可能で、氣鎧術(外纏法)の使用が前提となると、それは要するに削りあいだ。そして先にリソースが尽きるのはどう考えても人間の側。
「だからこその短期決戦……」
「まあ、そうなるな」
颯谷のつぶやきに仁と雅が揃って頷く。十三の方針は正しかった。颯谷も他の案は思いつかない。だが同じ作戦で再度挑んでも、また同じ結果になるだけだろう。颯谷は腕組みをして「う~ん」と唸った。
「それで颯谷君、どうする? 後方支援隊と遊撃隊から戦力を抽出するなら、その方向で調整しておくが」
「そうですねぇ……」
「何か気になることでもあるのかい?」
「あ~、いえ、とりあえずその土偶がどんな感じなのか、一当たりしてみたいです。必要だと思ったら、その時はお願いします」
表情をやや取り繕って、颯谷はそう答えた。仁の提案を聞いて彼がまず思ったのは「役に立つのか?」という疑問。
(たぶん……)
たぶん後続を見捨てていいのなら、十三はもっと先まで行けていたはず。つまり攻略隊は彼を援護するどころか足を引っ張ったことになる。そんな連中が多数いたとして、そいつらが征伐の役に立つとは思えなかったのだ。
もっとも、では十三が味方を見捨てて特攻したとして、それでコアを破壊できたかどうかはまた別問題。できなかったとすれば損害はもっと大きくなっていたはずで、そういう意味では彼の選択が間違っていたとも言い切れない。だいたい偉そうにこんなことを言えるのも作戦失敗と言う結果が出たから。そう思い、颯谷は本音を口に出さなかった。
閑話休題。颯谷が巨石の祭場へ向かうのは翌日になった。同行するのは仁と雅を含む、攻略隊の十二名。仁から話を聞いて手を上げた有志たちだ。この中には茂信も含まれている。さらに颯谷のパーティーメンバーである和彦と真也もそこに加わることになった。
そして翌日。朝食を食べてから、総勢十五名と三匹の集団が進攻ルートを通って巨石の祭場へ向かった。途中、颯谷は和彦と真也に頼んで仙果を採取しておいてもらう。氣功的エネルギーの回復用である。二人は笑いながら了解した。
片道三時間ほどで一行は前日に攻略隊が待機していた場所へ到着した。そこから颯谷は巨石の祭場を観察する。コアが近い。首に下げたコアの欠片を介して、彼はその存在をひしひしと感じた。土偶の姿はまだないが、凝視法で祭場を見た彼は思わず頬を引きつらせた。
(こいつは、またぁ……!)
凝視法によって可視化された膨大な氣功的エネルギーが、まるで陽炎のように景色を歪ませている。その光景は否応なしにあの巨大な大鬼のことを思い出させた。しかしその一方で、この光景にこそ彼は勝機を見出す。
この膨大な氣功的エネルギーこそが、無限ともいえる土偶の物量を支えていることはまず間違いない。土偶の群体はあの巨大な大鬼に匹敵するだろう。しかし逆に言えば、群体の一部ならあの大鬼には決して匹敵しない。そして颯谷は群体のすべてを倒す必要はない。一部を食いちぎり、コアを破壊できればそれでいいのだ。
(オーケー、攻略難易度はあの時ほどじゃない)
颯谷はそう結論した。根拠は独断と偏見。それでもテンションは上がった。彼は仙樹の杖の握りとヘルメットの顎紐を確かめる。それから後ろを振り返り、仁にこう告げる。
「んじゃ、ちょっと一当たりしてきます」
「分かった。援護は必要か?」
「あ~、岩場には踏み込まないつもりなんで、撤退する時だけお願いします」
颯谷がそう言うと、仁はもう一度「分かった」と答えた。彼に対し軽く一礼してから、颯谷は片膝をついて三匹の元野犬と視線を合わせる。
「お前らはここで待ってろよ」
そう言って颯谷はマシロとユキとアラレの頭を順番にワシャワシャと撫でる。尻尾を振って喜ぶ三匹の様子に小さく笑ってから、颯谷は「よし」と呟いて立ち上がった。そのときにはもういっぱしの武士の顔になっていて、それを見た仁や茂信は心の中で「ほう」と呟いた。
一方の颯谷は仙樹の杖を肩に担ぐようにして持ち、気負いのない足取りで巨石の祭場へ向かう。そして歩きながら全身に氣を纏う。その氣に反応したのかは分からない。祭場の方から三体の土偶が現れた。
(一体ずつは、やっぱりそう大したことないな)
歩きながら凝視法で土偶を確認し、颯谷はそう判断した。漏れ出す氣の量で判断するなら、だいたい中鬼の少し上くらいだろうか。ただ聞いた話で判断するならコイツらは攻撃特化。油断はできない。
土偶が現れても、颯谷は歩く速度を変えなかった。そんな彼に向って衝撃波が放たれる。彼はそれをなんの防御もせずに受けた。後ろで見ていた仁たちは思わず声を上げたが、何事もなかったかのように歩く颯谷の姿を見て、飛び出すのは何とか堪える。彼らは唾を飲み下して彼の背中を見送った。
(なるほど、こんな感じなのか……)
三体の土偶が連続して放つ衝撃波を浴びながら、颯谷は内心でそう呟いた。平然としているように見えるが、実はそれなりに痛い。痛いので纏う氣の層を分厚くする。当然ながらその分だけ消費量は増えるが、颯谷は許容範囲内と判断した。
「っとぉ」
衝撃波では埒が明かないと思ったのか、土偶の一体が真空刃を放つ。その一撃を颯谷は仙樹の杖で切り払った。そしてそこから、彼は鋭く踏み込んで一気に前に出る。素早く間合いを詰めると、彼は三体の土偶をたちまち叩き伏せた。
バラバラになった土偶の欠片が地面に転がり、そして黒い光の粒子となって消えていく。しかしその時にはもうすでに次の土偶が現れていた。それを見て颯谷はニヤリと口の端を吊り上げる。獰猛な笑みだった。
「っらぁ!」
颯谷は仙樹の杖を振るって伸閃を放つ。彼が仙樹の杖を振るう度、不可視の刃が土偶を叩き割っていく。彼は真空刃も伸閃で切り払っていて、有効な攻撃は何一つ届かない。むしろ土偶の側が真空刃で彼の攻撃を防いでいるような有様だった。
(よし、いいぞぉ……!)
群がる土偶を蹴散らしながら、颯谷はコアの欠片が土偶の気配を学習していくのを感じていた。それは彼の戦い方へ即座に反映される。土偶の気配を追い、姿を現したところへすぐに伸閃を叩き込む。攻撃のいわば精度が上がり、そのおかげで殲滅速度が上がった。
(こんなモンかな)
土偶の気配を十分に追えるようになったと判断すると、颯谷は内心でそう呟いて身を翻した。そして一目散に後退する。当然ながら土偶が追撃してくるが、それもほんの数体。仁が指揮するメンバーが手早く片付けた。
「それで颯谷君。どうだった?」
最初に待機していた場所へ戻ってくると、仁は颯谷にそう尋ねた。彼は早速仙果を食べている。口に頬張った仙果を飲み込んでから、彼は仁にこう答えた。
「まあ、何とかなると思います」
「そうか。じゃあ一度戻って再度の決戦のために戦力の再編を……」
「ああ、いや、もう一回良いですか? 今度は岩場に踏み込んでみたいので」
「颯谷君、大丈夫なのか?」
そう尋ねたのは茂信。颯谷は世話になっている道場主へ笑顔を見せながらこう答えた。
「ヤバそうなら逃げます。その時はまた撤退の援護をお願いしますね」
「……分かった。だがくれぐれも気を付けてくれ」
仁がそう答えて、二度目のアタックが承認される。仙果を食べ終えると、颯谷は「うし」と呟いて気合を入れた。二度目のアタック、彼はこれで征伐を成すつもりだった。
颯谷「オレの場合は敗北=征伐失敗だったんだけど」




