威力偵察
「十三さん。進攻ルートも見回ってくれという指示、遊撃隊に出しておきましたよ。案内もしておきました」
「そうか。ご苦労」
征伐隊本隊の指揮を執っている楢木十三は、そう言って報告に来た攻略隊のリーダー中原仁をねぎらった。これで進攻ルートの安全性は増すだろう。その分だけ攻略隊の負担は減るはずだ。
「それにしても十三さん、あの桐島颯谷ってのはやっぱりとんでもないですよ。正直、底が見えません」
勝手にコーヒーを淹れながら、仁はやや興奮気味にそう話した。彼は道中の颯谷の戦いぶりについて熱心に語る。そして彼は身を乗り出して十三にこう言った。
「今からでも遅くありません。やっぱり彼には攻略隊に入ってもらうべきじゃありませんか?」
「遊撃隊を選んだのは彼自身だ。そこは尊重するべきだろう」
「それは、そうですが……。ですがあれだけの戦力を遊撃に回しておくのは……」
「あまり彼を特別視するな。結果を出したとはいえ、これでまだ二回目だぞ、彼は」
「そう言えるのは先輩だけですよ」
そう言って仁は肩をすくめた。仁は楢木一門の所属ではない。ただ十三が通っている道場の後輩で、その縁でだいぶ親しくしている。歳は一回り以上も違うのだが、何度か一緒に異界征伐をするうちにだいぶ気安い関係になった。十三の彼に対する信頼は厚く、今回は攻略隊のリーダーに抜擢されている。
この後、仁はコーヒーを飲み干すまで報告がてら雑談をし、そして本部のテントから出ていった。その背中を見送り、十三は小さくため息を吐く。分かっていたこととはいえ、やはり桐島颯谷の存在感は大きい。
今回、十三のところに赤紙は来ていない。つまり今回、彼は征伐隊に志願したのだ。その理由の一つは「あの桐島颯谷が今回志願するらしい」という噂だった。彼がどういう人間なのかは分からない。だが未知数であるがゆえに不安なのだ。さらに十六歳という彼の年齢がその不安をさらにかきたてる。
要するに、「子供に好き勝手されてはかなわない」と思ったのだ。十三以外の、今回赤紙を受け取った楢木一門の者たちが。そこにある種の嫉妬が含まれていることに、十三も気づかなかったわけではない。気づいた上で、素知らぬふりをしながら、彼らの要望に応えて志願を決めたのだった。
結果から言えば、桐島颯谷が全体ミーティングで出しゃばることはなかった。遊撃隊に入ったのは当てつけかとも思ったが、あとで聞いた話では最初からそのつもりだったらしい。ともかく彼がいても全体ミーティングはいつも通りに進行し、いつも通りに突入し、だいたいいつも通りの段取りで征伐は進んでいる。
「そう、いつも通りだ」
十三はやや疲れた声でそう呟いた。いつも通りということは、つまり桐島颯谷が征伐のメインストーリーに絡んでいないということ。「ではもし一枚かんでいたら」と考えてしまうのは当然のことだろう。
(人には特別視するなと言っておいて、これではな……)
心の中でそう呟いて、十三は自嘲気味に苦笑した。そして同じようなことは本隊の、特に攻略隊の多くの者が思っている。そしてその思いは巨石の祭場が見つかったことでより強くなってきていた。
無理もない、と十三は思う。核にしろ主にしろ、巨石の祭場が決戦の場になることは想像に難くない。そこには強敵がいて、そいつを倒さなければ征伐は成らないのだ。だが倒せるかどうかは予断を許さない、つまり誰も絶対の自信などない。
そんな中に、たった一人で異界征伐を成し遂げた者がいるのだ。「意識するな」と、「特別視するな」と言う方が無理だろう。特に攻略隊の者たちは彼を決戦に投入したいと思っているに違いない。ただそういう者たちが、異界突入前には「子供に好き勝手されてはかなわない」と考えていたことを思うと、その振る舞いは身勝手にも思える。
とはいえ、その気持ちは十三もよく分かる。決戦はいつも命懸け。それなのに特大の戦力が遊んでいるのだ。そいつを引っ張ってきたいと思うのは当然だろう。桐島颯谷が遊んでいると言っているのではない。遊撃隊における彼の働きは、別に彼でなくてもできるだろうと言いたいのだ。
その一方で。桐島颯谷が出しゃばることを懸念する、いや忌避する者たちもいる。彼らがそのように思う理由はそれぞれだが、根っこにあるのはつまりプライドだ。自分たちこそがこれまで東北地方とその周辺の異界征伐を担ってきた。そこに入ってきたばかりの新参者がデカい顔して好き勝手するのは受け入れられない。要はそういうことだ。
その明け透けな本音を口に出している者はいない。男と言うのはいくつになっても見栄っ張りで、後ろめたい本音は理論武装した建前で隠してしまう。だから彼らが言っていることには、実のところ一定の説得力がある。
『桐島颯谷に頼り切ってしまって良いものか』
『彼も集団戦は経験が浅い。もう少し慣れてからの方が良い』
『彼に頼ることが、彼の中でスタンダードになってしまっては良くないだろう』
漏れ聞こえてくるのはそんなところか。だがそのどれも次のように反論されてしまえば言葉に詰まるに違いない。
『じゃあ、使える戦力を使わないで、そのせいで死んでも良いのか?』
要するに主張としては弱いのだ。まず考えるべきは異界征伐の達成。それを第一に考えるべきなのに、雑念が混じってしまっている。だから弱い。
では無視してしまって良いのか。十三の立場ではそういうわけにもいかない。これは感情的な問題だからだ。そして人間は感情的な生き物である。感情的に受け入れられないコトを押し通せば、それは亀裂になる。攻略隊に、ひいては本隊に亀裂ができてしまうのだ。十三の立場からすれば、それはなんとしても避けなければならない。
それは「今回の征伐を成功させるため」ということだけが理由ではない。楢木十三は本隊の隊長であると同時に、有力武門楢木家の当主。当然この先のことも考えている。生じてしまった感情的な亀裂は、今後の異界征伐にも禍根を残すだろう。楢木家当主の立場からすれば、それは避けたい。
(まあ、征伐のためにどうしても必要というのであればそれでもやるが……)
現状どうしても颯谷が必要かどうかは判断がつかない。今回の異界に出現する怪異は埴輪。率直に言って、手ごわいとは言い難いモンスターだ。であれば守護者にしろヌシにしろ、さほどの脅威ではないのではないか。そんなふうにも思ってしまう。
幸いにも、颯谷は今回遊撃隊志望。彼を攻略隊に関わらせないことでいわゆる否定派を抑え、「彼の選択を尊重する」と話して肯定派を説得する。そうすることで十三は攻略隊に亀裂が生じるのを防いでいた。いやまったく本当に。隊長というのは楽じゃない。可能ならこのまま彼を攻略隊に関わらせないで、この異界を征伐してしまいたいものである。
(そろそろ引退を考えていたのだがなぁ……)
十三は胸の中でそう嘆息した。戦績に裏打ちされた氣の量のおかげで、彼は今でも一角の氣功能力者として戦うことができる。だが年齢はすでに五〇を超えた。老いの影響はあちこちに出ている。引退について考え始めたのは、決してここ最近のことではない。
だがよりにもよってこのタイミングで、桐島颯谷という超大型ルーキーが現れてしまった。今のところ、彼が何かしたわけではない。だが周囲は間違いなく彼のことを意識している。彼はまるで台風だった。
激しい風嵐に襲われれば、せめてどっしりとした岩陰に隠れたくなるもの。つまり十三はこの「岩」だった。これまでのやり方、セオリー、暗黙の了解、そういうものを滅茶苦茶にされてはかなわない。だから彼のもとに人が集まり、そして彼を担ぎ出す。
(引退は遠のくかもしれんな)
予感と諦念が入り混じる胸の中で、十三はそう呟くのだった。
そして遊撃隊が進攻ルートの見回りもするようになってから五日後。ついに巨石の祭場へ至る進攻ルートが切り開かれた。それを受け十三は威力偵察を指示。楢木雅をリーダーとするパーティーが一当たりし、いくつかの情報を持ち帰った。
まず最も重要な情報として、今回の異界はどうやらヌシではなくコアのタイプらしい。つまりガーディアンと思しきモンスターが威力偵察隊の前に現れたのだ。そしてそのモンスターと言うのは、「土偶」だった。
「しかも遮光器土偶だな、こりゃ」
威力偵察隊の後ろには別のパーティーが待機していたのだが、彼らがデジカメで撮影してきた画像をパソコンで確認して仁はそう呟いた。彼の口調にはやや唖然とした感情が混じっている。十三も険しい表情で戸惑いを隠しながら、同意するように小さく頷いた。
(土偶か……。まあ土偶もハニワの親戚みたいなものだが……)
とはいえ、意表を突かれたのはいなめない。ヌシにしろガーディアンにしろ、恐らくは大型のハニワだろうと思っていたのだ。だが出てきたのは土偶。なかなかの変化球である。威力偵察はやっておいて正解だった。
さてその土偶だが、画像で確認する限りフワフワと宙に浮いている。雅たちも「浮いていた」と証言しているので、地に足がついていないのはまず間違いない。そして浮いているだけあって三次元的に素早く動く。しかも浮いているので足音がしない。ただ目で追えないほどの速さではなかった、という。
それでこの土偶をヌシではなくガーディアンと判断した理由だが、それは簡単だ。倒しても異界が消えなかったのである。そして付け加えるなら、同種のモンスターが複数現れたので、土偶はガーディアンでこの異界はコアタイプと判断されたのだ。
「それで、実際に戦ってみた感想はどうだ?」
「一体一体は、それほど脅威ではないと思います」
雅はそう答えた。土偶の大きさは30センチから40センチほど。攻撃手段は衝撃波と真空刃、もしくはかまいたち。攻撃力だけなら中鬼以上、と雅は見積もった。一方で防御力はハニワより少し高い程度。石をぶつけただけではダメージを与えることはできなかったが、直接ぶっ叩けば仙樹の枝でも砕けた。
「厄介なのは数です」
雅は表情を険しくしながらそう語る。今回の威力偵察では土偶を計五体倒している。雅のパーティーが三体、撤退する時の援護で二体だ。普通のガーディアンなら五体も倒せばそれで打ち止め。そのままコアを破壊できる。だが今回の土偶はまだまだ残機が控えていた。
「今回は一当たりしただけですぐに退きましたけど。さらに踏み込めば、反撃ももっと苛烈になるはずです。あの数が一気に襲ってきたら対処できるかどうか……」
「自信がないか?」
「少なくとも5、6人だけでは無理でしょうね」
雅は肩をすくめながらそう答えた。それを「情けない」と見下す声はどこからも出ない。本部テントの中がシンッと静まり返る。ややあってから、その沈黙を破ったのは十三だった。
「ガーディアン、土偶の再出現は確認されたか?」
「私らのほうでは確認していませんが……」
そう言って雅は後方に控えていたパーティーのメンバーに視線を送る。彼らは首を横に振って「確認していない」と答えた。だがそれを聞いても十三の表情は優れない。
「まさか、短時間で再出現するとお考えで?」
「……もし短時間での再出現がないなら、釣り出して数を減らすことが可能だ。だが再出現するなら、そんなことをしても無意味だ」
顎先を撫でて思案しながら、十三はそう答えた。彼はそのまましばらく考え込み、それからもう一度雅のほうへ視線を向けてこう尋ねる。
「土偶の攻撃力についてもう少し詳しく聞きたい。衝撃波と真空刃という話だが、どちらも目視は可能か?」
「ええっと、まず衝撃波ですが、完全な目視はできないと思います。景色が歪んで見えたので、まったく視認できないわけではないと思いますが、全容はなかなか……」
「そうか。真空刃はどうだ?」
「真空刃のほうは、面じゃなくて線だっていうのもあるんでしょうけど、判別はしやすかったです。実際に色がついているのとは違うんですが、歪みみたいな、こうモヤッとしたのが飛んでくる感じです。あれはまあ見て対処できると思います」
「威力はどうだ?」
「衝撃波は、こう、全身をボコボコ殴られる感じ、ですかね。痛いことは痛いですけど、氣鎧術である程度防げます。顎に入ったらどうかとは思いますが……」
雅が戦った時のことを思い出しながらそう答えた。ちなみに氣鎧術とは全身に氣を纏う防御術で、颯谷が使うところの外纏法だ。流派によってはまた別の名前で呼ばれていたりもする。
「真空刃の方は、仙具で防御したので、受けたときに実際どれくらいのダメージを負うかはちょっと……。ただ手応えとしては、結構重かったですね。下手をしたら氣鎧術を使っていても、結構ざっくりいくかもしれないです」
「回避はできそうか?」
「真空刃は線なので避けるのは十分可能です。ただ衝撃波は面なんでなかなか難しいかと思いますね」
「なるほど……。では氣鎧は必須だな……。だがそれでは実際に戦える時間が……」
雅の話を聞いて、十三は悩ましげにまた考え込んだ。氣鎧術は優れた防御法だが、全身に氣を纏う都合上、それ相応に氣を消耗する。そうそう長い時間使い続けることはできない。一般的に言われている限界時間は五分弱。十三であっても六、七分と言ったところだ。
(それでコアを破壊できれば良いが……)
不安は当然ある。だがやるしかないのも事実だ。とはいえ勝率を上げるべく、打てる手は打っておくべきだろう。そう思い、十三は通信機と中継器の使用を指示するのだった。
ハニワさん「土偶先輩のお出ましだぜ」




