進展
新潟県北部、山形県との県境近くに現れた異界に颯谷たちが突入してから八日目。この日、征伐に関して大きな進展があった。核か、もしくは主がいると思われる地点が判明したのだ。
颯谷がそれを知ったのは八日目の夕方。本隊のメンバーが「本部」と呼んでいるテントに人が集まっているのを見つけ、何かあったのだろうかと思ってそこを覗いたのだ。それに気付いた茂信が彼を手招きする。颯谷は茂信にこう尋ねた。
「何かあったんですか?」
「異界中心部の撮影に成功した。いま、ちょうどその画像を見ているところだ」
茂信はやや興奮気味にそう話した。本隊が拠点を設営した場所は、当初の予定地よりも異界の外縁部よりで、しかも異界内部は起伏の大きな山地。ドローンも運び込んではいたが、中心部の撮影はこれまで成功していなかった。
それで十三は方針を変更。行動範囲内に小さな変異は数あれど、大きな変異がないことはこれまでに確認済み。地図で地形を確認し、異界中心部を見渡せる高所に目星をつけ、そこへ攻略隊からいくつかのパーティーを送り込んだのだ。
彼らは要するに山登りをし、見晴らしの良い場所から異界の中心部を確認。持ち込んだデジカメの最大望遠で激写したわけである。また彼らは中心部の様子だけでなく、その周囲についても多数の写真を撮ってきていて、それは間違いなく今後の征伐に役立つだろう。
ただやはりメンバーの最大の関心は中心部の画像。その画像はパソコンに表示されていた。それを見て颯谷は思わずこう呟いた。
「ストーンヘンジ?」
パソコンに映っていたのは、大きな石が立ち並ぶ画像。一見無秩序に見えるが、少なくとも幾つかは誰かが並べたかのように見える。まるで天井のように二つの石にまたがってかぶせられた石もあって、それがますます有名な某世界遺産に似て見える。
もちろんそれそのものでないことは分かっている。画像から感じ取れる雰囲気はもっと荒々しい。本家は加工されたことがはっきりわかる石だが、こちらはどうも未加工の天然石っぽい。大きな石が幾つも並ぶその様子は、なにかの祭場を連想させる。
コアや守護者、ヌシと思しきモンスターの姿は映っていない。だが異界の中心部にこれまでなかったモノが突如として表れ、こんなにも雰囲気があるのだ。ほぼほぼ確定と言っていいだろう。十三もこの「巨石の祭場」が攻略隊の目的地になるだろうと話した。
今後はこの巨石の祭場を目指してルートを切り開いていくことになる。一緒に撮られてきた多数の写真が、そのための足掛かりになることが期待されている。今はその分析と情報の整理が行われているということだった。
余談になるが、異界征伐において情報の分析と考察と整理は非常に重要である。しかもそうやってまとめた情報は、自分たちだけが分かれば良いわけではない。第三者が見て内容を理解できるようになっている必要があった。
その理由の一つは、後で国防軍に征伐の詳細なレポートを提出するからだ。情報がきちんと整理されていないと、その時に苦労することになる。特にリーダーの負担は大きく、十三もそれが分かっているからこそ情報の分析や考察、整理には余念がない。
二番目の理由はより深刻だ。つまり、自分たちが征伐に失敗した場合、次の征伐隊に情報を残すために、きちんとした分析や考察、整理をしておく必要があるのだ。「失敗したら死ぬんだから、後のことは知らん」というわけにはいかない。自分の親族や知り合いが次の征伐隊に入る可能性は十分にあるのだから、それも当然のことだろう。
余談が続いてしまうが、そのために役立つのが電子機器である。今回もパソコンなど多数持ち込んでいる。ただ電子機器を使用するためには電気が必要。内燃式のポータブル発電機は持ち込んでいるが、燃料は有限だ。それで太陽パネルを幾つか並べて昼間のうちにバッテリーを充電し、それを使用するのがメインだった。
ちなみに拠点のあちこちで使われている投光器の電源も同じようにバッテリーがメイン。さらに言えば「拠点を守る」というのは、こういう「電子機器関連の機材を守る」ことが大きなウェイトを占めている。
特に征伐に失敗してしまった場合の話だが、集めて分析し考察し整理した情報は記憶媒体に保存されて次の征伐隊へ引き継がれる。大量の情報を引き継げるという意味でも、やはり電子機器の有用性は高い。おかげで最後のメッセージも遺せるようになった。
ただ、その時には征伐隊は全滅しているわけで、当然ながら手渡しはできない。そして次の征伐隊が突入するまで、異界の中はモンスターが好き勝手に跳梁跋扈する魔境そのもの。ただ置いておくだけでは破壊されかねない。
それで情報を保存した記憶媒体は頑丈な外箱に入れ、なるべく怪異の手の届かない場所に隠しておくのだという。今回なら地面に埋めて置けばいい。その上に石を積み上げて塚を造っておけば、目印にもなる。
第二次征伐隊は第一次征伐隊の各グループがそれぞれどの場所から突入したのか、そしてどこに拠点を設営するつもりだったのかは把握している。まずは第一次征伐隊の各拠点を調査するはずで、そうやって目印を造っておけば、必ずや情報を回収してくれるだろう。そして異界征伐のために役立ててくれるはずだ。
『そこまで、考えなきゃなんですね……』
そういう話は、颯谷にとっては少し衝撃的だった。一人で異界に取り残されたあの時、彼は自分が死んだ後の征伐のことなんて何も考えていなかった。そんな余裕はなかったし、また現実問題として情報を残す手段もなかったから、それは仕方がない。
だがこうして征伐隊に入ったからには、それではダメなのだ。たとえ自分たちは失敗したとしても、せめてその失敗を糧にしてもらえるようにする。そういう「倒れるとしても前のめりに」的な精神を持たなければならない。
(ま、そもそも失敗しないようにするのが前提だけど)
颯谷は内心でそう呟いて肩をすくめた。仮に征伐隊が失敗したとして、彼は自分が生きている限りは征伐を諦めない。スタンドプレイになろうとも、異界中心部を目指して征伐を成し遂げる所存である。
閑話休題。巨石の祭場の画像を映すパソコンの近くには、この辺一帯の地図も広げられている。祭場の大まかな位置が記入されていて、どうやら異界の中心点からは若干ズレた位置にあるらしい。
颯谷はふとその地図の上に置かれているコンパスに手を伸ばした。そしてそのコンパスを拠点の位置に持ってくる。そうやって彼は巨石の祭場の大まかな方位や、北に対して何度ズレているのかを確認した。
それから彼は薄く目をつぶる。意識を集中して感じ取るのは、例の引っ張られるような感覚。それがどの方向へ引っ張られているのかを確認する。するとやはり、どうやらそれは巨石の祭場の方向らしい。
(やっぱり……)
やはり彼がペンダントにして首から下げているコアの欠片は、この異界のコアかヌシに反応しているようだ。それを確信して颯谷はコアの欠片を迷彩服の上から握りしめた。
今回、颯谷は遊撃隊なので、彼が直接この巨石の祭場へ赴くことはたぶんない。だがもしもそうしなければならなくなったとしたら。コイツが重要な道しるべになるだろう。
(正直、地図とコンパスだけでたどり着ける自信がないからな)
大真面目な顔をしながら、颯谷は情けないことを心の中で呟くのだった。
さてこうして異界征伐に関して大きな情報が一つ手に入ったわけだが、十三はその情報を本隊で独占することはなかった。通信機を使い、同時に征伐を進めている他のグループとも情報を共有する。ただこの通信機は音声通話のみなので、情報そのもののやり取りはできない。とはいえこうして征伐が大きく一歩前進したことは確かだった。
ちなみにこの通信機、というより通信のための中継器は国防軍が異界内で使うことを想定して開発した機械だ。背負って持ち運びができ、内蔵バッテリーで使用することができるが、最大出力で使用するためにはどうしても外部電源が必要になる。
それで今のところ使用にはやや不便さが伴うが、ともかくこの中継器のおかげで分散したグループ間で連絡を取り合うことができるようになった。他国への輸出実績もあり、今では異界征伐のために欠かせない装備の一つとなっている。
まあそれはともかくとして。異界中心部の撮影に成功したその翌日から、攻略隊は背中に鋼の支柱を得たように動き始めた。ここまで彼らがダラダラやっていた、というわけではない。ただ巨石の祭場という明確な目的地が判明したことで、彼らの中で何をするべきかがよりクリアになったのだ。
(すごいな……)
その変わり方に颯谷は心の中で驚きの声をもらす。彼の感覚からすると、画像を一枚見ただけ。遊撃隊と攻略隊の違いもあるのだろう。ただそれにしても、こんなにも変わるものなのか。それを話すと、和彦はこう答えた。
「何て言うのかなぁ……。ほら、征伐は見通しの立ちにくいオペレーションだから。やっぱり見通しが立ってくると、士気も上がるんだよ。攻略隊の場合は特にさ」
「そんなもんですかねぇ……」
颯谷は首をかしげながらそう呟いた。分かるような、分からないような。彼自身の経験を思い出してみると、はたして征伐の見通しが立った瞬間があったかどうか。
(いや、たぶんなかったよな……。あの大鬼だって、絶対に倒せるなんて思ってなかったし……)
強いて言うならコアを見つけたときか。最後の最後まで目途が立たないとか、ちょっと難易度が鬼畜すぎやしないだろうか。颯谷は無言のまま肩をすくめるのだった。
さて異界突入から十日目のこと。颯谷たちを含む遊撃隊のパーティー四つが攻略隊に呼ばれた。やって欲しいことがあるのだという。彼らは本部へ向かい、そこで攻略隊のリーダーである中原仁から新しい任務についてこう説明を受けた。
「巨石の祭場へ向かうルートだが、だいたい半分ほどは切り開くことができた。それで途中までで良いから、見回りの巡回コースに組み込んでもらいたい」
切り開かれた、つまり確定した進攻ルートは、攻略隊が頻繁に行き来する。そこを遊撃隊も見回るということは、要するに露払いをやっておいてくれ、ということだ。そこでモンスターと遭遇する頻度を減らし、攻略隊の負担を軽減するためである。
四つのパーティーがそれぞれ了解すると、仁はまず地図上で進攻ルートを説明する。そして実際に彼らを進攻ルートへ案内した。
進攻ルートは巨石の祭場へ向かう最短ルート、ではない。むしろ迂回や遠回りの連続で、かなり曲がりくねっている。ただ歩きやすい場所を選んで進んでいるので、足腰への負担は少ない。
実際にそのルートを歩いてみると、曲がりなりにも道のようなものができていて颯谷は少し驚いた。何度も行き来することで出来上がった轍という程度のものではない。場合によっては木を伐り倒したりしてあって、「切り開いた」という言葉が誇張ではないことを彼はこのとき理解した。
さて進攻ルートは何度も行き来する道であるから、迷わないようあちこちに目印がつけられている。目立つ赤色の布が木に巻き付けてあるのだ。この目印を頼りに、仁の案内で颯谷たちは切り開かれたルートを進む。
「目印の位置も、できたら覚えてくれ。で、とれたりしていたら、付け直しておいてくれると助かる」
最低でも報告してくれ、という仁の要請に颯谷たちは揃って頷いた。そして切り開かれたルートのだいたい半分くらいまで来たところでリーダーはこう言った。
「この辺まで見回りしてくれると助かるな。地図で言うと、だいたいこの辺だ」
仁は地図を広げて現在地を示して見せる。それを確認して颯谷たちは頷いた。まあ颯谷に限って言えばあまり理解できていないわけだが。そのへんのことはリーダーの和彦にお任せである。
「せっかくだから、もう少し見ていくか?」
仁がそう言ってくれたので、颯谷たちはその先のルートも案内してもらった。基本的には異界の中心部へ向かっているはずで、一般的に言えばモンスターの出現頻度や強さは増しているはず。ただ出現頻度はむしろいつもの見回りより低いように思えた。これは攻略隊のメンバーが行き来しているためと思ってよい。
一方でモンスターの強さだが、こちらは騎乗しているハニワが増えているように思えた。つまり馬ハニワと普通のハニワがセットで出てくることが多いように感じられる、と言うことだ。馬ハニワと普通のハニワの、それぞれの個体が強力になっているようには感じられない。ただ騎乗しているパターンというのは機動力もあるし厄介だ。
(騎乗しているパターンってのは、中鬼相当なのかな)
颯谷はそんなふうに考えている。そして中心部へ向かうにつれて中鬼相当の出現頻度が増えるというのは理解しやすい話だ。攻略隊でもそんなふうに考えているということを聞いて、彼は少し嬉しそうに頷いた。
「その中鬼相当のモンスターを、お前は本当におやつ感覚で倒すなぁ」
攻略隊のリーダーがそう呟く。他のメンバーが揃って頷く中、颯谷だけは首をかしげてこう答えた。
「そうですかね? 的が大きくて、かえって当てやすくありません? ほら」
そう言って颯谷は伸閃を放つ。伸ばされたその不可視の刃は、斜面を猛然と駆けて近づいてくる騎馬ハニワを上下まとめてたやすく粉砕した。さらに三匹の犬たちが飛び出して止めを刺す。他の者たちはその様子を形容しがたい表情で見守った。
ずっとこの調子なのだ。唖然とする段階はもう過ぎた。皆、深く考えることは止めている。この事実に真剣に向き合えば向き合うほど、自分の中の常識や価値観が崩れていくのだ。ともかく味方で良かった。彼らはそう思うだけだった。
マシロ「おやつ!? いま、おやつっていいましたよね!?」




