遊撃隊2
(まったく、生意気な後輩だ……)
澤辺和彦は心の中で苦笑気味にそう呟いた。彼にとっては加藤真也も千賀道場の後輩になるが、ここで言う後輩とは桐島颯谷のことである。
生意気と感じるのは、颯谷が出しゃばるから、ではない。そして彼のほうが能力者として優れているから、でもない。彼が強硬に自分の意見を押し通そうとしたことはないし、優れた能力者はむしろ大歓迎だ。
生意気と感じるのは颯谷の、特に戦闘中の立ち回りだ。怪異が現れると、誰に言われるでもなく彼は前に出る。それも常に、だ。和彦と真也は一歩下がって左右にポジションを取るというのが、彼らのフォーメーションになっていた。
三人の中で盾を持っている者はいない。そして言うまでもなく、ワントップの位置が最も負担が大きい。普通であれば、三人でローテーションして負担を分散するのが筋だろう。だが実際には彼がそれをこなし続けている。最年少で一番後輩の颯谷が。
とはいえ現実問題として、ワントップを颯谷に固定している今のフォーメーションが最も安定している。これを崩せば和彦か真也が怪我をする確率が上がるだろう。怪我の程度によってはパーティーの稼働率が下がりかねない。それを考えると今の形を下手に崩せないのだ。年長者にして先輩の和彦にとっては情けない話だった。
いや、本当に情けないのは、実のところフォーメーション云々の話ではない。例えばハニワが二体現れたとする。すると颯谷はその二体を自分では倒さない。一撃ずつ入れて弱らせ、後ろに流す。そして和彦と真也に倒させるのだ。
最初は偶然かと思ったが、そんなことが何度も続けばさすがに気付く。つまり颯谷は和彦と真也のパワーレベリングをしているのだ。これを生意気と言わずしてなんと言えばいい。和彦はほとほと自分が情けなくなったものである。
ちなみに颯谷がパワーレベリングしているのは和彦と真也だけではない。今回連れてきた元野犬のマシロたち三匹のことも、彼はこの機会にパワーレベリングしておくつもりらしい。三体目がいる時には、やはり一撃入れて弱らせたハニワをこの三匹に倒させている。そんなわけで止めを刺した数は彼がダントツで少なかった。
「いや~、今回は楽でいいなぁ!」
気楽(いやこの場合は無邪気?)にそう話せる真也が、和彦は少し羨ましい。つまり颯谷は、少なくとも戦力としての二人を必要としていない。むしろ庇護対象として見ている節すらある。
(『氣の量が少なすぎて心配』、とか思ってるんだろうなぁ)
まったくをもって生意気な後輩である。そして何も反論できないところが、たまらなく情けない。とはいえこの業界は成果主義。飛びぬけた成果を出した颯谷だからこそ、和彦はどうにか受け入れることができている。生意気だとは思うが。
(今は……)
今はありがたく、パワーレベリングを受け入れよう。和彦はそう思っている。氣の量を増やして颯谷に自分を戦力としてカウントさせる。彼の隣に立つのは無理かもしれない。だがせめて背中を守れるようにならなければ。そうでなければ年長者で先輩の面子が立たないではないか。
(ま、それも気の長い話だけど)
ここ数日、一緒に拠点の周囲の見回りをするなかで和彦は颯谷の高い、いや異常とも言える能力を目の当たりにしている。それを前提として考えると、彼の背中を守るのもなかなかハードルが高い。
「異常とも言える能力」というのは、戦闘能力のことではない。そもそも颯谷はパワーレベリングしているのだから、戦闘に関しては常に手加減している。和彦ではその底がまったく見えない。手加減できる時点で異常と言えば異常だが、和彦がより「あり得ない」と感じているのは彼の探知能力である。
「あ、アッチからモンスターが来ますね」
そう言って颯谷がある方向を指さす。ここは鬱蒼とした山の中。そちらを見てもモンスターの姿は目視できない。だが和彦と真也は疑うことなくポジションについた。疑問に思うのも馬鹿らしくなるくらい、同じことを何度も繰り返してきたからだ。そして自分が指さした方向を注視し続けていた颯谷がさらにこう言う。
「数は三」
和彦と真也はそれぞれ得物を握って身構える。数秒後、本当に三体のハニワが現れた。三体とも人型で、一体は騎乗している。だから本当は四体かもしれない。ハニワたちは土色の剣を振り上げて迫ってきた。
敵を視認できるようになると、するりと颯谷が動き始める。彼が前に出ると、ハニワたちは明らかに彼を標的にした。だが間合いは彼のほうが圧倒的に広い。彼が仙樹の杖を二振りすると、二体のハニワがそれぞれ片足ずつ砕かれて転倒する。彼が伸閃と名付けた技だ。
倒れた二体のハニワは無視して、颯谷は大きく一歩踏み込む。そうやって姿勢を低くし、横薙ぎの伸閃で騎乗するハニワの馬の脚を狙う。ハニワの方もそれに気付いたのか、馬ハニワを跳躍させて回避しようとするが間に合わない。馬ハニワの後左脚が砕かれ、そのせいで着地に失敗。転倒した。
「よし、行け!」
「「「ワウッ! ワウッ!」」」
後左脚を砕いた馬ハニワを、颯谷はマシロたち三匹に襲わせる。そして自身は落馬したハニワに伸閃を叩き込んだ。その一撃でハニワはすでに瀕死だが、まだ倒し切ってはいない。最後に頭部を踏み砕いて止めを刺した。
その間に和彦と真也も、それぞれハニワを一体ずつ仕留めている。もともと手負いの状態なので手こずることはない。危なげなく止めを刺した。少し遅れてマシロたちも馬ハニワを倒す。馬肉を食べられなくて、三匹は残念そうだった。
そして三人と三匹はまた見回りに戻るのだが、和彦は颯谷の探知能力をやはり「あり得ない」と思う。本当にあり得ない探知範囲だ。広すぎる。いかに鬱蒼とした山中で視界が遮られているとはいえ、目視できない距離のモンスターを探知できるってどういうことだ。マシロたちさえまだ反応していないというのに。
マシロとユキとアラレの三匹は番犬として非常に優秀だった。特に夜間、拠点に近づいてきたモンスターにいち早く気づいてそれを報せてくれるのだ。場合によっては自分たちで倒してしまうこともある。警戒心が強くて颯谷以外にはあまり懐かないが、本隊メンバーからの信頼度はすでに高い。
マシロたちは元野犬だ。野生の血と勘が濃く残っている。しかしそのマシロたちより、颯谷のほうが探知範囲が広い。もちろん氣功能力を駆使していろいろな技術を使ってはいるのだろう。だがそれにしたって、と和彦は思う。
それでも征伐初日はまだ普通だったと思う。四日目くらいまでは、マシロたちの方が早く反応していた。だが徐々に、いや急速に颯谷の探知能力が上がり、突入から一週間が経った頃には完全に彼の方が上になっていた。
氣の量が増えたから、ではないだろう。そもそも彼はキル数が一番少ないのだから。ということはたぶん、感覚が研ぎ澄まされてきたのだ。異界の中、一人で一年間戦い抜いたころの彼が戻ってきたのではないか。和彦はそう思っている。
(それはそれで不憫にも思うが……)
一人で戦い抜いたその感覚は、なかなか消えないということなのだろう。それでも周囲が頼りになると思えば、颯谷も自然と頼るはず。ソロの感覚が消えないというのは、たぶん心のどこかで「頼れない」と思っているからなのだろう。
ただ「感覚が研ぎ澄まされてきた」というのは、別の言い方をすれば颯谷が油断していないということ。「頼れ」と言うのは簡単だが、そこに水を差すのもどうかと思ってしまう。そして周りが何も言わないから、彼も自分のスタンスを変えない。
普通であれば、そんなことをしていればどこかで破綻する。自身の実力が足りないからだ。そして周囲と協力することを学ぶのだ。だが颯谷の場合、実力が足りてしまっている。だから破綻しない。むしろパワーレベリングなんてことまでできてしまう。
(いっそ……)
いっそ攻略隊のほうに放り込んだ方が良かったのではないか。和彦はそんなふうに思う。そうすれば否が応でも協力することを学んだだろう。いや逆に「自分がやった方が早い」と考え、スタンドプレイに走ってしまうだろうか。それはそれでマズい気がする。それを考えれば比較的自由にやれる遊撃隊で良かったのか。そんなことを考えて和彦は悶々とした。
では実際のところはどうだったのか。颯谷は異界の中、一人で戦い抜く中で気配探知の能力を身に着け、そして磨いた。だから気配探知にはそれなりの自信がある。そのなかで編み出したいくつかのテクニックは、二回目となるこの異界征伐でも当然使っている。
では和彦が「あり得ない」と評した彼の探知範囲は、それらを駆使した結果だったのか。結論から言うとそれは違う。実のところ、ここ最近の探知能力の鋭さについては、彼自身が一番驚いていた。
ただ彼はこの探知能力の急激な向上に関して心当たりがあった。組み紐で首に下げている、あのコアの欠片である。
異界へ突入した当初、このコアの欠片は外にいたときと何も変わった様子はなかった。ただ征伐二日目くらいから、つまり遊撃隊としての任務を本格的に始めたころから、コアの欠片が淡く光を放つようになったのだ。
それに気付いたのは二日目の夜。暗がりの中でふとペンダントを取り出してみたら、コアの欠片が弱い光を放っていた。ただ日中だと気づかないくらいの弱い光で、初日の夜は確認しなかったので、もしかしたら初日の夜から光ってはいたのかもしれない。なんにせよ、それを見たとき颯谷はサァッと血の気が引いた。
何しろコアの欠片が異界の中で妙な反応を示し始めたのだ。「ヤッベェ……、やらかしたかも……」と内心バクバクである。報告した方が良いような気もするが、しかしまだ実害は何も出ていない。「もう少し様子を見よう」と勝手に判断し、コアの欠片のことは黙っていた。
普通であれば説教案件だが、幸いにも征伐に悪影響が出るようなことはなかった。むしろ徐々に颯谷の探知能力が研ぎ澄まされていく。あまりにも急激すぎて、これが単純な成長ではないことはすぐにわかった。となると心当たりは、何やら反応を示し始めたコアの欠片しかない、というわけだった。
実際の感覚としては、実は「探知範囲が広がった」という意識はない。むしろ「ハニワの気配を覚えた」と言うほうがしっくりくる。「ハニワに対してだけ感度が上がった」とも言えるかもしれない。
ではなぜハニワなのか。「この異界で出現するモンスターがハニワだから」という予想はすぐに立つ。だが颯谷の考えは少し違う。ハニワと遭遇したから、そしてハニワを倒したので、ハニワに対する感度が上がったのだ。別の言い方をすれば、「コアの欠片がハニワというモンスターを学習した」のである。彼はそう思っている。
(大丈夫かな、これ……)
颯谷の心配は、まだ完全には払拭されていない。もしも「コアの欠片がハニワというモンスターを学習した」という彼の予想が正しければ、それはつまり「コアの欠片が成長している」ことを意味している。ではその成長の果てに何が起こるのか。それは誰にも分からない。
(こういう場合は最悪のパターンを想定しろっていうけど……)
颯谷が想定する最悪は、コアの欠片が本物のコアに成長してしまうことだ。異界の中にもう一つ異界が顕現してしまったら、征伐隊は阿鼻叫喚の地獄絵図となるだろう。その場合、颯谷は責任を取らされて一人でその異界を征伐させられるかもしれない。
ただその一方で、この小さな欠片にそこまでの潜在能力が秘められているのか、という疑問もある。普通に考えるなら、この欠片には本来のコアの数十分の一程度のスペックしかない。果たして恐れるほどのものだろうか、とも思う。
(仮に……)
仮にこのコアの欠片が成長して、最終的に本来のコアの力を取り戻すとする。すると成長に伴ってコアは大きくなっていくのではないだろうか。であればその兆候が表れた時点で欠片をさらに砕くなりすれば、これが原因で異界が顕現する事態は避けられるだろう。
最悪のパターンとしてもう一つ考えられるのは、成長の果てにこのコアの欠片が主化すること、つまり強力なモンスターが現れてしまうことだ。ただこの場合も、通常のヌシよりはるかに弱いと思われる。力の源であるコアが小さいのだから、戦闘能力もそれに準じると考えるのは合理的、なはず。
(う~ん、分からん……)
颯谷は内心でそう呟いた。予想に予想を、仮説に仮説を重ねて考えてはいるが、実際のところどうなるのかは誰にも分からない。前例がないからだ。いっそのことさっさと始末してしまう方が安全なのではないか、とさえ思う。
(でもなぁ~)
しかしそれは躊躇われる。それが颯谷の本音だった。このコアの欠片は、見方を変えれば非常に希少な仙具なのだ。そして現在のところ何か問題が起こっているわけでも、起こりそうになっているわけでもない。むしろ恩恵を受けている。それを「危ないかも」というだけで処分してしまうことには抵抗がある。
モノがモノだけに誰かに相談することも躊躇われる。結局、颯谷が出した結論は「保留」だった。役に立っているのだから、今はそれでいい。ヤバくなりそうな兆候が現れたら、それはその時に考える。とりあえずそういうことにした。
さて、上で「コアの欠片がハニワというモンスターを学習したので、ハニワに対して感度が上がった」と書いた。これはもちろん颯谷の推測だが、それを裏付ける状況証拠が一つある。コアの欠片が学習する必要のないモノ、欠片と同質の存在、つまりこの異界のコアのこともどうやら探知しているようなのだ。
突入から数日が経つと、颯谷は異界の中心部へ何やら引っ張られるような気配を感じるようになった。それはうっすらとした気配で、意識しないでいれば何も感じなくなってしまう程度のモノ。だが意識すれば間違いなくその気配は存在している。
もしもこれが本当にコアかヌシに反応しているのであれば画期的だ。コアを探して彷徨った経験がある颯谷はなおさらそう思う。もちろん不安はある。だが期待も大きい。ドキドキしながら、彼は今日も遊撃隊として戦っている。
和彦「後輩にパワレベしてもらう先輩……」
真也「これぞ接待プレイ!」




