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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
征伐隊見聞録

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遊撃隊1


 颯谷たちが異界に突入してから三日が経った。この三日間で一日の長さや昼夜の長さが異界の外とほぼ同じであることが分かっている。場合によっては一日が三十時間だったり、白夜だったり逆に極夜だったりすることもあるとか。ともかく今回は体内時計のリズムを崩されずに済むだろう。


 征伐の進捗としては、ひとまず順調と言って良いのではないだろうか。本隊をはじめ、各グループは拠点の設営を終えた。当初の予定地をそのまま使えたグループは一つしかなかったそうだが、それでもどうにか代替地を見つけた格好だ。このあたりはさすがの経験値と言うべきか。きちんと対応している。


 現在は異界中心部へ向かうルートを切り開いている最中だ。当初の予定通り異界を南北に縦断する道路を使えれば楽だったのだが、こちらは複数の地点で寸断が確認されている。それで山地を切り開き、通りやすいルートを探している最中だった。


「やはり、拠点の位置が予定よりも外縁部よりになったのが痛いな」


 攻略隊に加わり、千賀道場の門下生を率いている茂信はそう言っていた。当初の拠点設営予定地が使えなかったせいで、切り開くべきルートがより長大になっているのだ。それはそのまま攻略隊の負担増として彼らにのしかかっている。


 ただ今のところ、戦線離脱するほどの重傷者は出ていない。これは怪異モンスターが対処しやすい種類であったからだ。今回のモンスターは埴輪ハニワ。攻撃力は侮れないが、防御面ははっきり言って脆い。


 投石が有効で、身体の一部を砕いてやれば戦闘能力は大幅にダウンする。それが分かってからは対処が大幅に楽になっていた。ちなみになぜか銃は効かない。対物ライフルは弾かれたという。このあたりの仕様は謎だ。


 ともかくこの脆いという弱点を狙わない手はない。メンバーは片手に石を構えておき、ハニワを見つけたらまずは投石で先制攻撃というのがセオリーになった。「この機会にできるだけ氣の量を増やしておこう」なんて話もちらほらと聞こえている。


 ただその一方で、異界中心部への進攻ルートは伸び悩んでいる。大規模ではないにしろ、異界化に伴うと思われる変異が無数にあり、それが攻略隊の前進を阻んでいるのだ。今や征伐の最大の障害はモンスターではなく地形や環境だった。


「まあ焦っても仕方がない。じっくりやるしかあるまいよ」


 茂信は自分に言い聞かせるようにそう言っていた。無理な進攻ルートを設定しても征伐は上手くいかない。幸いモンスターは対処しやすく環境も過酷ではないのだから、損耗を避けつつ着実に征伐を進める。それが本隊の、そして十三の方針だった。


「颯谷なら、どうする?」


 茂信から攻略隊の進捗状況を聞いた後、そう尋ねたのは澤辺和彦だった。聞かれた颯谷は苦笑を浮かべる。そしてこう聞き返した。


「それは、オレ一人ならって意味ですか?」


「まあ、そうだな」


「オレ一人なら、多少地形が悪くても突破して異界の中心部を目指しますよ。一回突破してしまえば、もうそこは通らなくていいわけですから」


 颯谷は肩をすくめながらそう答えた。一人でやるのと組織でやるのとでは条件が違いすぎる。彼は言外にそう答えたのだ。和彦もそれを察して苦笑を浮かべる。いずれにしても今は十三の手腕を見守るしかない。


 さてその颯谷たちだが、遊撃隊としての任務を確実にこなしている。遊撃隊の任務は拠点周囲のモンスターを駆除して拠点の安全性を向上させること。同時に仙果を採取してきて食料の消費を抑えることも期待されている。


 颯谷たちはこの二つをそつなくこなしている。一日二回、午前と午後に二~四時間ほどの見回りを行い、そのときに仙果を確保してくるのだ。


 拠点の周囲は基本的に山地なのでずっと斜面を移動することになるが、重い背嚢は拠点に置いてくるし、氣功能力も使っているわけで、颯谷としてはそれほどのキツさは感じない。むしろこんなに楽でいいのかと思ってしまう。だがそれを聞くと、和彦と真也は呆れたようにこう言った。


「そんなのはお前さんだけだ」


「一日最低でも四時間、モンスターと戦いながら山歩きをするんだぞ? キツくないわけないだろ」


 そう言われても颯谷としては内心で首をかしげてしまう。いや、二人が言っていることも分かるのだ。だが彼が一人で異界の中に取り残された時には、日中の明るい時間は基本的にずっと動いていた。それと比べるとずいぶん楽に思える。


 とはいえキツい方を基準にして周りに「合わせろ」と強要するのも違うだろう。そもそも颯谷は今回、「普通の異界征伐」を体験するために参加している側面もあるのだ。自分のやり方を声高に主張するのはそれに反する。それで颯谷は肩をすくめつつこう自分を納得させた。


「ま、楽な分にはありがたいですけど」


 そんなわけでやや肩透かしをくらった感のある颯谷だったが、だからと言って斜に構えて手を抜いているわけではない。むしろモンスターとの戦闘の際には率先して前に出た。そのおかげで和彦と真也は、今のところ怪我一つしていない。蚊に刺されて真也のまぶたが大きく腫れたのが、これまでで一番大きな“負傷”である。


 また颯谷は仙樹を見つけるのが抜群に早い。それは仙果の採取の成果にも表れている。他の遊撃隊パーティーと比べ、彼らは常に二割から三割、多い時には五割ほども収量が多いのだ。そのおかげで食料の在庫管理をしている者たちからはとても喜ばれていた。


 種明かしをすれば、颯谷は凝視法を使っているのだ。仙樹は他の樹木よりも放出している氣の量が多く、凝視法でそれを見極めて特定しているのである。それを話したとき、和彦は素直に感心していたが、真也は「食い意地のおかげかと思っていた」と冗談交じりにおどけて見せた。


 颯谷もげらげら笑っていたが、「食い意地のおかげ」というのはあながち間違っていない。凝視法を使うのは一人でやっていた時の手法だからだ。あの時はちょっと油断するとすぐに飢え死にしそうだったので、新しい仙樹はそれこそ血眼になって探したものである。


 ちなみに見回りにはマシロたちも連れて行っているのだが、彼女たち的にはどうも仙果おやつの回収がメインだと解釈したらしい。しばらくすると彼女たちが人間たちを仙樹のほうへ案内するようになった。場所を覚えているというよりは、どうも匂いを辿っているらしい。「これこそ食い意地のおかげ」と三人は大笑いした。


 もう一つ食い意地エピソードを加えると、颯谷は仙果の採取の際には必ずと言っていいほどつまみ食いをしている。彼に言わせるとこれは「消耗した氣功的エネルギーの補充」なのだが、やっていることはただのつまみ食いだ。食い意地疑惑が加速する要因の一つと言っていい。


 食い意地が張っているわけではなくても、仙果を心待ちにしていた者たちもいる。いわゆる異界童貞と呼ばれる、ルーキーたちだ。彼らが異界征伐に加わる第一の目的は氣功能力の覚醒。そのためにはモンスターを倒すか、仙果を食べる必要がある。


 実際の覚醒方法として後者が選ばれることが、それも圧倒的に多いのは、想像に難くない。本隊のルーキーたちも初日に仙果を食べて氣功能力を覚醒させていた。ただ覚醒したての能力者は、実のところ未覚醒の素人と大差ない。


 それでルーキーたちは基本的に拠点で雑用をこなしつつ、時間を見つけては氣功能力の鍛錬に励んでいる。その中には千賀道場のルーキーもいるし、颯谷に突っかかった今井慎吾の姿もあった。


「そういえば颯谷。ちょっと聞いてみたいことがあったんだが」


「何ですか?」


「氣の量は、仙果を食べる事でも増えると思うか?」


「はっきりしたことは分かりませんけど。可能性はあるんじゃないんですか? ただ仙果の効能ってもっと別のことだと思いますけどね」


「ほう、それは?」


「氣功的エネルギーの補充です」


 颯谷がそう答えると、千賀道場のメンバーは揃って笑い声をあげた。彼のつまみ食いはもう知れ渡っていて、それを正当化する発言だと思われたのだ。だが彼の意図は他にもある。


「エネルギーが補充できるってことは、そのぶん長く活動できるってことですよ? 鍛錬もより長くできます」


「そうか……。そういう考え方もある、か……」


 颯谷の話を聞いて、千賀道場のメンバーも思案顔になる。もちろん仙果を食べることで氣功的エネルギーの補充ができるというのは、颯谷の経験則に過ぎない。だが一年以上を異界で過ごした男の経験則だ。荒唐無稽と切り捨てるのは躊躇われる。


 そしてその話が広まったのだろう、攻略隊や遊撃隊で仙果のつまみ食いをする者が増えた。ただつまみ食いしたくてもできない者たちもいる。拠点を守る後方支援隊だ。


 特にルーキーたちにとってここでしっかりと鍛錬することは、今後のキャリアにもかかわってくる。それでより多くの仙果の分配を求めるようになった。


 肝心の効能だが、はっきりとした成果は出ていない。熟練者たちが回復量の増加を実感するには、たぶんつまみ食い程度では量が足りないのだ。一方でルーキーたちは実感するための経験が足りない。


 とはいえ強い拒否感を示している者はいない。「病は気から」ともいうし、案外願掛けみたいな位置づけで根付いていくのではないか。茂信はそんなふうにも思っていた。


 さて採取した仙果は、空のリュックサックにつめて持ち帰る。一度に採取するのはだいたい全体の二割から三割くらい。一本目や二本目の仙樹からは実を取らずにスルーすることもある。


 これは「仙果を計画的に採取するため」という意図があるのは確かだが、それよりも見回りとの両立を図る意味合いのほうが強い。最初からたくさん採取してしまうと、荷物が重くなって余計な労力がかかる、というわけだ。


「理由は他にもあるんだが、分かるか?」


「目印でしょう? こういう森の中は迷いやすいですから」


 颯谷がそう答えると、和彦は「さすがだな」と言って笑った。森の中にあって赤黒い仙果は良く目立つ。つまり目印として使える。また異界の中では地図がアテにならない場合も多い。そういう場合には手書きにしろ頭の中にしろ自分で新しい地図を作るしかなく、その時にはそれぞれの仙樹の位置関係が重要な情報の一つになるのだ。


 仙樹関連でもう一つ話すと、本隊で仙樹の枝を使う者が増えた。これはもちろん真也がきっかけだ。彼が仙樹の枝を武器として使っているのを見て、他のメンバーが興味を持ったのである。


 きっかけは真也だとして、広がった理由は大きく二つ。一つはモンスターがハニワであったこと。ハニワの防御は脆い。ぶっ叩けば割れるわけで、つまり鈍器のほうが具合が良い。氣を通した仙樹の枝はハニワと戦うには都合の良い武器だったのだ。


 二つ目は二級以上の仙具の数が決して多くはない事。本隊だけを見ても、四割弱が天鋼製の武器、つまり三級の仙具を使っている。それを使うくらいなら、ハニワ相手であるし、仙樹の枝を使った方が良い、というわけだ。


 また二級以上の仙具を持っていても、仙樹の枝を使い始めた者もいる。一言で言えば、仙具の消耗を嫌ったのだ。二級以上の仙具は数が多くない。つまり貴重品。だが武器とは基本的に消耗品でもある。使っていればいつかは駄目になる。そのいつかを先延ばしにしたくて、仙樹の枝を使い始めたというわけだ。


 さらにあえて三つ目を加えるならば、斜面の多い山地であったことも関係しているのだろう。登山をされる方ならお分かりいただけるだろうが、杖があると斜面は登りやすい。杖として使え、そのまま武器にもなる仙樹の枝は、一本持っておくと何かと便利だったのだ。


「駿河家みたいに、研究用に確保しておきますか?」


「あ~、いや、それはしなくていいかな」


 ただその一方で、仙樹を「大きな可能性を秘めた新たな素材」として見ている者はいない。「現地調達可能で、今回に限って言えば便利な武器」というのがメンバーの評価であるように思える。実際、茂信も駿河家に倣おうとはしなかった。話はしたのだが、素材としての仙樹の可能性にはまだ懐疑的なのだろう。


(いや、興味がないのかな……?)


 颯谷はふとそう思った。「優れた仙具」に興味のない者は、征伐隊の中にはいないだろう。だが「優れた仙具を作りだす研究」には興味がわかないのかもしれない。それはきっと天鋼製の仙具の評価が低いことが関係しているだろうし、あるいは「実用化されたらお金を出して買えばいい」と思っているからなのかもしれない。


 彼自身について言えば、茂信の価値観に近い。ただこれは懐疑的であるとか保守的であるとかそれ以前の問題として、優れた仙具の価値と必要性を彼がいまいち理解していないからだ。


 攻撃に関して言えば、今のところ仙樹の杖と棒で事足りている。何しろそれで異界を一つ、一人で征伐したのだから。防御も外纏法を分厚くしておけば大抵の攻撃は防げる。これでは「仙具がどうしても必要」という発想にはならない。


 むしろ彼に必要なのは氣功能力を使うためのエネルギー。道具に頼る前に氣功能力で何とかするというスタイルが、あの一年間でしみついてしまったのだ。そういうわけで。彼はまたつまみ食いのために仙果へ手を伸ばした。


マシロ「おやつ!? おやつですよね!?」

ユキ「こっち、こっちですよ!」

アラレ「はやくっ、はやくっ」

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ1人かつレベル1で持ち物無しの前回と比べたら楽なのは当然ですね。
[一言] 力の通りがいい木が手に入るなら刀が簡単に薙刀になるね・・・これだけで凄い価値でそう
[気になる点] 銃は聞かない→効かない
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