全体ミーティング3
昼食休憩が終わると、本隊のグループミーティングが再開された。大会議室の中を見渡せば、同じようにミーティングを再開しているグループが幾つかある。戻ってこないグループもあるが、そちらはもう決めるべきことは決めてあるのだろう。
ただ今日ようやくメンバーが決まった本隊はそういうわけにはいかない。むしろ本隊としてはここからがミーティングの本番だ。最初にメンバーの役割分担が決められる。颯谷は事前の希望通り遊撃隊になった。
次に持ち込む物資がリスト化される。異界の中へ続いている(はず)の道路があるので、物資の運搬にはトラックなどの車両が使えるだろうということになり、持っていく物資は多くなった。
テント、寝袋、投光器、テーブル、トランシーバー、パソコン、ドローン、発電機、燃料、医療品、食料はもちろんとして、カセットコンロなどなど。普通のキャンプだってこんなには持って行かないだろうという量だ。白米3tにはドン引きだ。
このほかにも個人個人の背嚢は当然ながら持っていく。異界の中へ引っ越しするつもりじゃないだろうな、と颯谷は心の中で呆れ気味に感想を漏らした。
ちなみにこれらの物資の大部分は国防軍から提供される。以前に茂信が言っていた、「国防軍と仲良くしておくと、色々と融通が利く」というのは、こういうことも言っているのかもしれない。
次に指揮系統が定められる。本隊の指揮官はやはり楢木十三。それから攻略隊、後方支援隊、遊撃隊のそれぞれの隊長が決められた。そしてさらに隊長以下の指揮系統が定められていく。
颯谷の印象としては、攻略隊と後方支援隊はわりときっちり指揮系統を決めた感じだ。それと比べると、遊撃隊は比較的緩い。小隊が編成され、その中でリーダーだけ決めてくれと言われる。そもそも遊撃であるし、あまりきっちりしすぎていても仕方がないということなのだろう。ただ報連相だけはちゃんとするようにと念押しされた。
千賀道場から遊撃隊に入ったのは、事前に決めて置いた通り六名。彼らは三名ずつ二パーティーに分かれた。颯谷と同じパーティーになったのは、澤辺和彦と加藤真也。パーティーリーダーは和彦になった。
(それにしても、こういう感じなのか……)
本隊の指揮系統が定められていくのを見ながら、颯谷は内心でそう呟いた。隊として動き、協力しながら異界征伐を目指すのだから、こうして指揮系統を決めておくのは当然だろう。むしろ決めておかなければ身動きが取れないに違いない。
もちろんこの指揮系統がどこまで機能するのか、颯谷には分からない。少なくとも軍隊のように「命令」が遂行されることはないのではないか。そんなふうにさえ思う。
ただ本隊メンバーの表情を見てみると、不満げな顔をしている者はいない。ということはよほど理不尽でない限りは指示に従うのだろう。むしろそれを当たり前のこととして受け入れているようにさえ見受けられる。
(習慣、いや慣例、かなぁ……)
颯谷は内心でそう呟いた。こういうやり方がベストなのか、それは分からない。ただ異界征伐が民間に委託されて数十年。曲がりなりにもこの方法にたどり着き、ブラッシュアップされ、そして結果を出してきたのだ。それなりの利点や合理性があるのだろう。
だからこういうやり方を否定するつもりは、颯谷にもない。ただ彼個人としては不都合に感じる。いざと言う時には自由にやりたい、とそう思っているからだ。
千賀道場に入門した際、茂信にはそういう要望を伝え、また了承してもらっている。だが当然ながら十三はそんなことは承知していない。そしてこの先、征伐隊の仕切り役になる者たちも同じだ。
彼らはこれまで通りのやり方で征伐隊を組織し、颯谷のこともその中に組み込もうとするだろう。彼らはむしろ善意でそうするに違いない。だが一度そうなってしまうと、そこからはみ出て自由にやるのは難しくなってしまう。
(オレは……)
自分は我儘なのだろうか。颯谷はそう自問する。そうなのかもしれない。自由にやりたいというのは、つまり勝手にやりたいということ。協力してことに当たっている者たちからすれば迷惑だろう。
勝手にやりたいのなら最初から一人でやれば良い。むしろそれが筋だろう。それなら誰も迷惑だとは思わないはずだ。最初はグループに所属し、やり方が気にくわないからと反発して飛び出す。そういうことをすると、周りから我儘と思われても仕方がないだろう。
(う~ん……)
颯谷は眉間にしわを寄せて考え込んだ。我儘と思われたり、周囲に迷惑をかけたりするのは本意ではない。だがその一方で最初から一匹狼を選択するほど、自分に自信があるわけでもない。
となるとやはり、最初はどこかのグループに入ることになるだろう。颯谷も指揮系統に組み込まれるに違いない。だが異界征伐は命懸けなのだ。納得できないまま戦って、それで死ぬなんてバカバカしい。だったら我儘と思われても勝手に動いた方が良い。
そこまで考え、颯谷は無言のまま肩をすくめた。まだ始まってもいないのに、やり方がどうのと心配しても仕方がないだろう。茂信も言っていたではないか。「君は一度、普通の異界征伐を経験した方がいい」と。指揮系統に組み込まれた方が、案外うまくいくかもしれないのだ。
(お手並み拝見、と……)
我ながら不遜だとは思うが、今回はそれくらいの感覚で様子見させてもらうことにしよう。颯谷はそう思った。これでやっていけると思ったのならそれで良し。自分には合わないと思ったら、その時はその時だ。颯谷はそう割り切り、今は経験を積むべきだと頭を切り替える。そして活発に意見交換が行われる本隊のミーティングを注意深く見守った。
ミーティングに一区切りがついたのは午後4時を回った頃だった。ただし終わったわけではなく、あくまで一区切りである。これから実際に突入するまでの間、細かいすり合わせを続けるのだという。ただまあ、今日はここまでである。
「んっ……」
颯谷は大きく伸びをして凝った体をほぐす。ミーティングの間、彼はほとんどしゃべらなかったのだが、集中して議論を聞いていたのでずいぶん疲れた気がする。夕食にはまだ少し早いし、これからどうしようかと思っていると、彼はあることを思いついた。
(そうだ、マシロたちに澤辺さんと加藤さんを紹介しておこう……)
今回、颯谷はマシロとユキとアラレという、元野犬の三匹を連れてきている。これは別に特別なことではない。異界征伐に動物を連れていくのは、多数派ではないもののわりと良く目にする光景である。車がつかえない場所では、物資運搬のために馬やロバを使うこともあるらしい。
颯谷が一人で異界征伐に挑んでいた時、マシロたち三匹はそれに大きく貢献した、わけではない。だからこの三匹が実際にどれくらい役に立つのかは未知数だ。ただ彼女たちはあの大鬼の特殊個体にもひるまずに吠え掛かった。そしてそのおかげで颯谷は決定的な隙に付けこむことができたのである。
重要なのはマシロたちがあの巨大な大鬼にもひるまなかったこと。アレにひるまなかったのだから、普通のモンスターならなおさらひるまないだろう。少なくともビビッて使い物にならなくなることはない、はずだ。
(それに……)
それに動物というのは人間よりも敏感で感覚が鋭い。対モンスター戦には力不足でも、いわゆる番犬としては役に立ってくれるだろう。颯谷はそう期待して今回の征伐にマシロたちを連れてきたのである。
ただマシロもユキもアラレも警戒心が強い。家にいるときも、颯谷と玄道以外にはまったくと言っていいほど姿を見せないくらいだ。初対面の和彦と真也のことも警戒するに違いない。突入する前に顔合わせをしておいた方が良いだろう。そう思い、颯谷はパーティーを組んだ二人に声をかけた。
「澤辺さん、加藤さん。すいません、ちょっと良いですか?」
「桐島、どうした?」
「実は……」
颯谷が事情を説明すると、二人は二つ返事で顔合わせに同意してくれた。早速行こうかと歩き始めたところで、話が耳に入ったらしく、小野寺健太が颯谷にこう声をかける。
「その三匹と言うと、桐島君が異界の中で手懐けたという野犬だろう? 僕も一緒に良いかな?」
断る理由もないので、颯谷は「まあいいですけど」と答えた。健太を加えた四人は国防軍基地内にある倉庫の一つへ向かう。そこにマシロたちを入れたケージを置かせてもらっているのだ。
颯谷が倉庫の中に入ると、マシロたちはすぐに反応する。だが彼のほかに三人いることに気付くと、ケージの中で身体を伏せて見知らぬ人間を警戒した。これでも唸り声を上げないだけまだマシな状態だ。
颯谷は三人に少し待ってもらって、一人でケージに近づいた。そして三匹を安心させるように、一匹ずつ頭や身体を撫でてやる。三匹の身体から緊張が抜けると、颯谷は手招きして三人をケージの近くに呼び寄せた。そして順番に三人のにおいを嗅がせる。においを覚え、さらに三人が颯谷の関係者であることを理解したのだろう。三匹は警戒を解いた。
ただ懐いたわけではない。三人が身体を撫でても、三匹は素知らぬふりをしている。とはいえ、今はにおいを覚えさせただけで十分だろう。これにて顔合わせは無事に終了、ということになった。
「それで、これからどうする?」
「あ、オレ、こいつらを少し運動させてきます」
ケージの横、ドッグフードなどと一緒に置いておいたリードを取り出して準備しながら、颯谷はそう答えた。マシロもユキもアラレも、普段は野山を自由に駆け回っている。だが今日はずっとケージの中。きっと体力が有り余っているに違いない。
外に出してもらえると分かったのか、三匹が色めき立って尻尾を激しく振る。颯谷はそんな三匹を一匹ずつケージの外に出してリードを装着していく。他の三人はその様子を微笑ましく見守った。
三匹のリードの準備が終わると、四人は揃って倉庫の外に出る。そこで別れて颯谷だけマシロたちを運動させるつもりだったのだが、そこで意外なことが起こった。外に一人、征伐隊のメンバーが待ち構えていたのである。見た感じちょっとヤンキーっぽい感じの青年で、全体ミーティングの前に彼を睨みつけた人物であることに颯谷はすぐに気が付いた。
「おいっ、桐島颯谷っ!」
「「「ウゥゥゥゥッ!」」」
怒鳴り声が響くと同時にマシロたちが姿勢を低くし、犬歯をむき出しにしながら唸り声を上げてその人物を威嚇する。彼は颯谷を指さしながら近づいてきていたのだが、三匹に威嚇されてビクッとしながら足を止めた。
「うぉっ!? な、なんだコイツら……!」
「はい、どうどう」
威嚇された男がビクつきながら後ずさる。その動きが妙にコミカルで、怒鳴られたはずなのだが全然怖くない。颯谷は失笑を隠しながらリードを引っ張って飛び掛かろうとするマシロたちを抑えた。そんな三匹を明らかに意識しながら、男は颯谷を指さしてさらにこう怒鳴る。
「い、いいかっ、本隊のトップは伯父貴だっ! 特権持ちだからって、デカい顔するんじゃねぇぞ!?」
それだけ言うと、彼は身を翻して逃げるようにその場から去る。怒鳴られたわけだが距離があったし、そもそもマシロたちにビビっていたのがバレバレなので、全体としては滑稽な印象だ。颯谷は思わずこうつぶやいた。
「いや、伯父貴って誰よ? まあ、十三さんなんだろうけど」
「桐島君、すまない。アレはウチの一門の新人だ。あとでちゃんと言い聞かせておくよ」
すまなそうにそう言って、健太は颯谷へ深々と頭を下げた。聞けば彼の名前は今井慎吾といい、今年高校を卒業したばかりの異界童貞だという。彼が立ち去った方を見ながら、真也がこう呟いた。
「しかし彼はなぜあんなことを? いや、桐島に対抗意識があったというのは分かるが」
何しろ年が近くて、しかも慎吾の方が年上なのに、上げた成果で言えば颯谷のほうがはるかに勝っているのだ。一方的な対抗意識を持ってもおかしくはない。そう言われ、颯谷は迷惑そうに顔をしかめた。そこへ健太が少し困った顔をしながらさらにこう付け加える。
「慎吾は十三さんをすごく尊敬しているんだ」
そう言って健太は楢木一門のことを話し始めた。十三はもともと分家の一つである瀬倉家の長男だったのだが、特権を得たのをきっかけにして本家の楢木家へ婿入り。数年後に当主となった。一方瀬倉家にはほかにも子供がいて、一番下の妹が同じく分家筋の今井家に嫁いで生まれたのが慎吾であるという。
「慎吾にとって十三さんは、自分が生まれたときから特権持ちで、実力を見込まれて本家の当主にまでなった傑物なんだ。きっと桐島君が十三さんの地位を脅かすと思ったんじゃないかなぁ。それがたぶん彼自身の対抗意識と変な化学反応を起こしてあんなふうに……」
「いや、十三さんと張り合う気なんてないですよ」
颯谷が迷惑そうにそう言うと、健太も「だろうね」と言って肩をすくめる。颯谷が十三と張り合うつもりなら、彼はミーティング中にもっと発言したはずだ。だが実際にはほぼずっと黙っていた。張り合う気がないのは明白だ。
「とにかく、桐島君、すまなかった。それにあの態度はちょっと見過ごせない。注意しておかないと。すまないが、僕はこれで」
そう言って健太は慎吾の後を追いかけていった。颯谷は小さく頭を下げて健太を見送る。そんな彼の肩を和彦が軽く叩き、ニヤニヤしながらこう言う。
「これが有名税ってやつか? 大変だな」
「代わってあげましょうか?」
「いやいや、俺じゃ知名度が足りんよ」
「まったくもう……。次はあれですね、マシロたちをけしかけようかな。嚙まれればいろいろ諦めてくれるかもしれません」
颯谷がそう言うと、和彦と真也は声を上げて笑った。二人は揃って颯谷の背中や肩を叩き、それから宿舎棟のほうへ戻っていく。そんな二人を見送り、「さて」と呟いてから、颯谷はマシロたちをぞんぶんに走らせるのだった。
颯谷「注意なら、その場でやってくださいよ」
健太「へっぴり腰の写真を撮るのに忙しくて」




