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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
征伐隊見聞録

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全体ミーティング1


 新潟県北部、山形県との県境近くに顕現した異界。その異界の征伐のための全体ミーティングが国防軍の基地で開かれたのは、二学期が始まって数日経ってからのことだった。


(おおう……)


 千賀道場の師範である千賀茂信と一緒に大会議室へ向かいながら、颯谷は心の中で感嘆の声を漏らす。当たり前だが、氣功能力者がたくさんいる。年齢はだいたい二十代から五十代と言ったところか。顔つきも雰囲気のある者が多い。さすがは業界人、と言ったところか。


 そんな中、颯谷は見知った顔を見つける。国防軍のセミナーで知り合った、小野寺健太だ。颯谷が彼に気付くと、彼も颯谷に気付いたようで手を振ってくる。颯谷も軽く頭を下げて挨拶をしたが、言葉は交わさなかった。


 大会議室に入ると、能力者の密度はさらに上がる。颯谷が一瞬「うっ」と息苦しさを覚えたのは、決して人口密度のせいではない。氣功能力者としてのプレッシャーが、まるで物理的な圧力を持つかのようにのしかかってきたのだ。


(スッゲェ……)


 月並みだが、颯谷は心の底からそう思った。ヤクザよりもヤバい連中が、ここには集まっている。なお自身もその一員であることや、むしろ上澄みであることについて、彼はまだ無自覚だった。


 大会議室にはすでに千賀道場組の幾人かが来ていて、茂信と颯谷は彼らと一緒に座った。席は自由なのだが、後のことを考えると一緒にやる連中は一緒に座っていた方が都合が良いのだという。


(ん……?)


 颯谷がイスに座ろうとしたとき、彼は不意に鋭い視線に気が付いた。そちらを見てみると、一人の青年が彼のことを睨んでいる、ように見える。周囲の人たちと比べると、年齢はかなり若い。たぶん二十歳前後だろう。最年少の部類だ。なお最年少は間違いなく彼自身なのだが以下略。


 颯谷を睨む青年。彼とどこかで会ったことはないはず。初対面だと思うのだが、睨まれる理由に心当たりはない。いや、彼はすぐに視線を外したので、そもそも本当に睨んでいたのかも分からない。颯谷は内心で首をかしげながらイスに座った。ただ彼はまたすぐに立ち上がることになる。


「どうも、千賀師範。お久しぶりです」


「ああ、斎藤さん。お久しぶりです」


「今回は千賀道場としての参加ですか。隣の大型ルーキーを紹介してもらえますか?」


「ええ。颯谷君、こちら……」


 こんな具合に颯谷と顔つなぎしておこうとする者たちがひっきりなしに挨拶へ来たのだ。何人も紹介され、正直顔と名前が一致しない。いやそもそも覚えきれない。


 ただあとで茂信にそのことを言うと、「そのうち覚えられる」と言っていたので、颯谷は気にしないことにした。そしてそうこうしているうちに、司会進行役の軍人がマイクを手に取ってこう言った。


「定刻になりましたので、新潟県北部異界征伐のための全体ミーティングを始めさせていただきます。どうぞお近くの席にお座りください」


 会場が急速に静まり、人々が席についていく。急ぎ足で会場に入った最後の一人が着席するのを見届けてから、司会進行役の軍人は全体ミーティングの開始を宣言した。


 最初に行われたのは、国防軍の担当官による現状報告。現在までに分かっている事柄や国防軍が進めている対策や準備について説明される。その中には颯谷の知っている内容もあれば、知らない事柄もあった。そして最後に今後の見通しなどが説明され、その中で彼はこう言った。


「……今回の征伐隊の総員は181名。多数の方のご協力を得られたことを、この場を借りて感謝します。異界は今後三日程度で白色状態、つまり突入可能な状態になると見込まれています。また……」


 三日と具体的な数字が出てきたことで、颯谷はぶわりと総毛立つのを感じた。本当にいよいよという感じがする。ちなみにこの三日間(もしかしたらそれ以上)、征伐隊はこの国防軍基地で待機することになる。異界が白色状態になったら速やかに突入するためだ。


 国防軍からの状況説明が終わると、全体ミーティングはいよいよ本題に入る。つまり征伐隊がどのように動くのかを話し合うのだ。颯谷はここからも国防軍が主導するのかと思っていたが、状況説明をした軍人が降壇すると、代わりに一人の男が立ち上がり堂々と壇上へ上がる。そしてマイクを持ってこう言った。


「楢木十三だ。ひとまず私が仕切らせてもらおうと思うが、構わないだろうか?」


 十三は決して声を張り上げているわけでも、すごんでいるわけでもない。だが彼のその声には人を従わせる圧があった。年齢は恐らく五十歳前後。剛のような立派な体躯はしていないが、それでも良く鍛えられていることは見ればすぐにわかる。


 そもそもこの業界でその年になるまで現役でいるのだ。相当の実力者であるに違いない。実際、氣の量もこの大会議室に集まった者たちの中でトップクラスだ。そんな十三の姿を見ながら、颯谷の隣に座る茂信はぽつりとこう呟いた。


「やっぱり出てきたか」


「やっぱり……? ていうか、誰なんです、あの人」


 ニヤニヤしている茂信に、颯谷は小声でそう尋ねる。茂信は壇上に視線を向けたままこう答えた。


「楢木十三。名門楢木家の現当主だな。特権持ちで、君に比肩できる数少ない人物だ」


 そう言われ、颯谷は思い出す。最初に見かけた小野寺健太は、自分の家のことを「楢木の分家筋」と言っていた。ということはあの人物が本家の当主であるらしい。


「どうやらうまく引っ張り出せたらしい」


「……何かしたんですか?」


「今回、君が志願したことを少し広めさせてもらった」


 それが何を意味しているのかピンと来なくて、颯谷は難しい顔をする。そんな彼に茂信はこう説明した。


 まず大前提として、国防軍は異界征伐に関わる様々な面でサポートや段取りをしてくれるが、しかし征伐隊に加わることはしない。よって国防軍は征伐隊の動き方や戦い方などにいちいち口を出すことはしない。


 ただその一方で、普段から同じ組織に属しているわけでもない多数の能力者たちが一堂に会してあれこれ決めようというのだ。円滑に物事を決めるためにも、仕切り役が必要になるのは誰の目にも明らかだろう。


 だがこの仕切り役は誰でも良いというというわけではない。我の強い、腕っぷしに自信のある者たちが集まっているのだ。そういう者たちが納得し、場合によっては黙らせ、決めるべきことを決められる人物でなければならない。


 さらに言うならば、この仕切り役はそのまま本隊のリーダーになることが多い。つまり征伐隊の主導権を握ると言って良く、誰が仕切り役になるかはそのまま征伐の成否に直結してくるのだ。


 少し話は逸れるが、能力者の業界は成果主義である。実力のある者が偉いのではない、結果を出した者が偉いのだ。そしてその風潮からすれば、皆が納得する仕切り役とは最も輝かしい成果を出した者になる。


 だが何をもって輝かしい成果とするのか。その基準を定めるのは難しい。その中にあって一つの目安となるものがある。「特権」だ。つまりこういう場では特権持ちが仕切り役になることが多いのである。


 さて、颯谷は特権持ちである。だから彼のほかに特権持ちがいなくて、彼が仕切り役に手を上げたら、他の者がそれに異議を述べるのは憚られる。とはいえ彼に仕切り役としての能力がないことは明白で、ということは傀儡かもしくは全体ミーティングを滅茶苦茶にされるか。どちらにしても良い事は何一つない。


「だからこそ、御大が出張ってきたわけだ」


 してやったりとばかりに小さな笑みを浮かべながら、茂信は小声でそう言った。楢木十三。特権持ちであり、異界征伐のキャリアは二十年以上。大鬼を一人で討伐したこともある、現代の化け物の一人。彼なら颯谷をルーキー扱いできるし、仕切り役として誰もが納得するだろう。


「……わざわざこのために引っ張り出したんですか?」


「動機を一つ投げ込んだだけだよ。あの人が前回征伐隊に参加してから約一年だし、タイミング的には赤紙が来ていてもおかしくはない。それに当主が動くからには楢木一門も本腰を入れて動く。狙いと言うなら、本命はそっちだな」


 つまり、当主が動けば楢木一門は多くの戦力を出す。それは異界征伐の成功率アップに繋がるだろう。それが茂信の狙いだという。颯谷は彼を呆れたように見つめた。そういう腹芸をする人だとは思っていなかった。


 いや、これが腹芸に相当するかは個々人によって受け取り方が違うだろう。それにどれだけの戦力が集まるかは、征伐隊に入る者にとってはまさに死活問題。いずれ分かる情報を流すだけで戦力を増やせるなら、そりゃ当然やるだろう。とはいえ颯谷にとっては未知の世界。なんとなく違和感を覚えてしまうのだった。


 さて十三が仕切り役となることに異論の声は上がらない。むしろ楢木一門なのだろう、彼が座っていたあたりから「異議なし!」の声が上がる。少し待って他に「我こそは」という者が現れないのを見てから、一つ頷いてまずはこう切り出した。


「さて方々、事前に色々と決めてあることだろう。本隊には加わらないで、独立してやるつもりのグループの代表者は挙手していただけるかな」


 十三の言葉に応じて、ちらほらと手が上がる。彼はそれを見て一つ頷き、それらのグループの者たちがこの後の話し合いをしやすいように、それぞれ席を動いてまとまるように提案。三分の一強ほどの者たちが席を立ち、事前に決めておいたであろうグループごとにまとまった。颯谷たちも立ち上がり、いわゆる本隊のメンバーがいるところへ移動する。人間の移動が終わるのを待って、十三はさらにこう言った。その際、彼の視線が一瞬颯谷を捉える。


「報奨金についてだが、今回は特権持ちがいる。それでまず報奨金の5%程度を戦死者ご遺族へのお見舞金などとして取り分けておくことを提案したい」


 十三の提案に異論は出ない。ちなみに戦死者が多い場合は、5%が20%や30%になることもありえるという。そのあたりのことは征伐が終わってから改めて話し合うことになる。颯谷も異論はないのだが、提案の意味が良く分からない。それで彼は茂信に小声で「どういうことなんですか?」と尋ねた。それに対して茂信はこう答える。


「つまりその5%を一度特権持ちが預かって、遺族に配るわけだな。ほら、戦死すると報奨金はもらえないから」


「それは分かるんですけど、なんでそこで特権持ちが出てくるのかちょっと……。普通に渡せばいいじゃないですか」


「普通に渡したら贈与税がかかるだろう」


 あ、と颯谷は呟いた。つまり特権持ちなら贈与税がかからない、という意味なのだ。十三が一瞬颯谷を見たのも、「自分が死んだらお前がやれ」という意味なのだろう。そして颯谷が小さく何度も頷いている間に、十三はさらに話を続ける。


「残りの報奨金の割り振りは、いつも通りグループごとの人数比で良いかな?」


 つまり28人のグループなら報奨金の28/181がそのグループの取り分となるわけだ。その報奨金がグループ内でどのように分配されるかは、そのグループ内の問題なので仕切り役はそこまで関与しない。異論が出ないのを確認すると、十三はさらにこう言った。


「ではまずそれぞれのグループで必要事項について話し合ってもらいたい。一時間ほどで良いかな。その後、それぞれの突入経路の確認やすり合わせ、グループ間の連絡手段などについて話し合いたい」


 これにも異論は出ず、各グループは早速話し合いを始めた。十三が壇上から戻ってくると、本隊でも話し合いが始まる。十三はまずこう切り出した。


「引き続き私が仕切らせてもらうが、良いかな?」


 異論が出ないのを見て、十三は一つ頷いた。そしてキャスター付きのテーブルを二つ繋げ、そこに用意されていた地図を広げる。異界が顕現した地域の地図で、赤い円で異界に飲み込まれた範囲が記されている。


(山地だな……。でも道路も通っている……)


 ざっと地図に目を通し、颯谷は心の中でそう呟いた。皆の視線が地図に集まる中、十三は「腹案を聞いてもらいたい」と言って、突入経路や拠点の候補地について説明する。


 颯谷が説明を聞きながら本隊の顔ぶれを見渡せば、やはり十三の周囲に座っていた者たちの割合が多い。つまり彼らが楢木一門で、そして本隊の主力となるわけだ。


 十三は自分が出張ると決めた時点で、楢木一門のなかで検討を始めていたのだろう。だからこそこうして腹案を披露している。そして楢木一門の中で了承が得られている以上、腹案と言いつつ事実上これで決定だ。実際、異論も対案も出なかった。


(こうやって決めていくのか……)


 一見するとスムーズに決まったように見えるが、見方を変えれば数で押し切ったともいえる。楢木一門以外の者たちの顔色を窺えば、不満げな顔をしている者はほぼいない。颯谷には少し不思議に思えた。


(いつものことだと諦めているのか、それとも……)


 純粋に楢木一門の案が優れていると認めたのか、それとも事前にある程度の話を聞いていたのか、もしくは……。颯谷はなんとなくモヤっとしたものを感じたが、この場で侃々諤々にやりあうのが良いと思っているわけでもない。黙って場の推移を見守った。


「……無論、この案は異界内部に大きな変異がないことを前提としている。突入後に大きな変異が認められた場合は、案を練り直す必要があるだろう。その時には方々の知恵をお借りしたい」


 最後に十三がそう話し、彼の腹案は了承された。もちろんこれだけですべて決まったわけではない。むしろこの案を土台にしてさらに決めるべきことを決めていく。そして最初に決めて置いた一時間が経過したころ、十三は話し合いを一旦中断して壇上に戻った。


「さてよろしいだろうか。……ではまず各グループの突入ルートと拠点の候補地について情報を共有したい」


 最初に本隊が自分たちの行動計画を説明し、その後に各グループが続く。それらの情報は一つの地図に手書きでまとめられ、後で国防軍が情報を整理したうえで各グループに配布してくれることになっている。さらにその後、各グループ間での連絡手段などについても話し合われた。


「……では最後に、一番槍を誰にするのかを決めておこう」


 十三がそういうと、大会議室の中に若干の緊張が走った。


征伐隊員「ヤクザ? ああ、声が大きいだけの腰抜けどもだろう?」

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― 新着の感想 ―
グループの人数比で報奨金頭割りするのは未覚醒者が多いグループとかがあるとグループの人数の水増しが出来てしまい、グループに割り当てられる報奨金が不当に多くなるのではと… ただ、真っ当な初心者なら損耗率…
[気になる点] 贈与税は受け取った側に課せられる税金なので、特権持ちが分配しても変わらないのではと思いました。
[一言] 更新感謝します
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