駿河家8
仙樹の検証と言えば、忘れてはならない項目がある。実際のところ武器としてどの程度使えるのか、という点だ。それを確かめるべく、手早く昼食を食べてから、颯谷たちは庭へ移動した。
「で、何からやります?」
「まずは正之が採ってきた枝から頼む」
分かりました、と答えて颯谷は和室から持ってきた仙樹の枝を構えた。枝は葉や細枝を落として比較的まっすぐな状態にしてある。彼はそこへ氣を通し、さらに氣で覆う。そして覆った氣を刃へと変化させる。
庭には試し切り用に藁がまかれた竹の杭が何本も立てられている。颯谷はそのうちの一本の前に立つと、鋭く仙樹の枝を振りぬいた。そしてさらに切り返す。一拍遅れて、杭の上部からポトポトと切り分けられたパーツが地面に落ちた。
「……音が、しなかった……」
「お見事」
木蓮と剛がそれぞれそう言葉を口にした。正之は難しい顔をしながら短くなった竹の杭を睨んでいる。颯谷が「ふう」と息を吐くと、剛が切り落とされた杭の上部を手に取り、その切り口を注意深く観察しながらこう言った。
「まるで日本刀で切り落としたような切り口だ……。目の前で見ていたはずなのだが、とても信じられん」
「いやそんなこと言われても」
「すまん、すまん。自分たちで試したときには、こんなに鮮やかにはいかなくてな」
少し困った顔をする颯谷に、剛は苦笑しながらそう話した。仙樹の枝の試し切りは、当然ながら剛たちもやっている。ただその時は刃物ではなく鈍器のような結果になった。要するに「強化された木の棒」以上の結果にはならなかったのだ。颯谷から聞いていた話とはずいぶん違う結果になり困惑した、と剛は話す。すると颯谷はこう指摘した。
「氣を通すだけだったんじゃないんですか?」
「……それじゃあ、ダメなのか?」
「氣を通すのは、あくまで強化というか、折れないようにするためですから。切るためには氣で覆って、その氣を刃状にしないと」
「なるほど……。言われてみれば……。そういうことか……」
今まで何度やっても成功しなかった理由が腑に落ち、剛は思わず唸った。言われてみれば、確かにその通りだ。ただ颯谷はなんてことのないかのように言っているが、実際彼のやっていることはなかなか高度である。
仙具を使う場合、そこへ氣を通す以上のことは普通しない。すでに刃がついているからだ。氣を通せば強度も切れ味も強化される。それで十分だと思われていたのだ。
だが仙樹の枝(もしくは棒)の場合、当たり前だが刃はついていない。だから氣を流しても鈍器としての性能が強化されるだけで、鋭い刃が生まれるわけではない。それは別途自分でやる必要がある。
見方を変えればそれは余計な手間をかけるということ、能力者側に追加の手間が生じるということだ。実戦で使うとなれば、その手間を嫌う者は多いのではないか。剛はそう思う。ただその一方で彼はこうも思っていた。
(この技術を応用すれば、三級品の仙具でも二級品並みに使えたりしないだろうか……?)
もしそれが可能なら、二級品は一級品並みに、一級品はそれ以上になる。そこに秘められた可能性は巨大であるように思えた。ただ今は仙樹の検証中である。剛はその思い付きを頭の片隅へやった。
それから颯谷たちは仙樹の枝を使った試し切りの実験をつづけた。仙樹の杖との比較も行う。伸閃も披露したが、高周波ブレードと朧斬りは見せなかった。的が藁を巻いた竹の杭では、見せる意味がないと思ったのだ。
「ふむ。こんなところか」
思いつく限りのことを一通りやると、剛が顎先を撫でながらそう呟く。木蓮は「格好良かったですよ」と颯谷に声をかけた。女子にそう言われてしまうと嬉しくなってしまうのは男子の性か。それでも彼女がスマホで撮影していた動画については、「一般公開はNGで」と念押ししておいた。それから颯谷は剛にこう話しかける。
「タケさん、ちょっとお願いがあるんですが」
「なんだ、どうした?」
「普通の仙具を、試してみたいんですけど……」
「防具で良いか?」
「武器で」
颯谷が即答すると、剛は「だろうな」と言って笑った。そして正之と木蓮に一級と二級と三級の仙具をそれぞれ一振りずつ持ってくるように頼む。二人が戻ってくるまでの間、剛と颯谷は試し切りで散らかった庭を片付けて待った。
「叔父さん、持ってきましたよ」
ざっくりと掃除が終わったところで正之と木蓮が戻ってくる。二人はそれぞれ二振りと一振りの仙具を抱えていた。長さや形は少しずつ違うものの、三振りとも日本刀のように見える。そのうちの一振りを受け取ると、剛は颯谷に視線を向けてこう尋ねた。
「刀の扱いは?」
「道場で一通り。その時は模造刀でしたけど」
颯谷がそう答えると、剛は「結構」と言ってその刀を彼に手渡した。颯谷は受け取った刀の鯉口を切る。わずかに露出させた刀身は青い。天鋼製だ。ということは三級品の仙具である。その刃をためつすがめつ眺める彼に、剛はふとこう尋ねた。
「というか、天鋼製の仙具なら、お前さんの通っている道場にもあるだろう。なんでわざわざウチに頼む?」
「まあ、そうなんですけど。なんとなく?」
まさか二級品の仙具を譲ってもらえないかと画策しているなんて口には出せず、颯谷は「なんとなく」でごまかした。剛も大した理由はないと思ったのか、肩をすくめてこう答える。
「まあ別にいいが」
「コレ、試し切りして良いですか?」
「いいぞ」
許可をくれた剛に礼を言い、颯谷は三人と離れてから天鋼製の刀を鞘から抜いた。藁を巻いた竹の杭はまだ数本残っている。そのうちの一本の前に立ち、彼は刀を正面に構えた。そしてまず氣を通してみる。
「……っ」
その手ごたえに彼は顔をしかめた。なるほど確かに三級品。氣の通りは良くない。体感だが、さっきまで使っていた仙樹の枝より悪いように思える。剛たちが仙樹に期待するのも分かる気がした。
天鋼製の刀を振り上げ、そして鋭く振り下ろす。青い刃は藁を巻いた竹の杭をたやすく両断した。それでもまだ颯谷の顔は不満げだ。よほど氣の通りに不満があるらしい。そして不満げな顔のまま刀を鞘に戻した。
颯谷が振り返ってみると、剛が腕組みしながらニヤニヤしている。颯谷は彼に天鋼製の刀を返した。それを受け取ると、剛は楽し気な口調で彼にこう尋ねる。
「どうだった?」
「粗悪品じゃないんですか? それ」
「残念ながら天鋼製の中ではマシな方だ。ひどいもんだろ?」
剛が苦笑しながらそう尋ねると、颯谷は大きく頷いた。その会話を正之も苦笑しながら聞いている。唯一氣功能力者でない木蓮はいまいちピンとこないのか、首をかしげながらこう尋ねた。
「天鋼製がいまいちだというのは叔父様もお兄様もよくおっしゃいますけど……、そんなにひどいんですか?」
「ひどい。コレを使うくらいなら仙樹の枝を使った方が良い」
颯谷はそう断言した。具合が良ければ天鋼製の刀の購入も検討していたが、その気も一気に失せてしまった。使うたびにストレスがたまりそうだ。これなら仙樹の杖を使った方が良い。
颯谷は次に二級品の仙具を試させてもらう。鯉口を切って鞘から抜いてみると、刀身が太陽光を受けてきらりと輝く。まるで鏡のように磨かれたそこには、彼の顔がはっきりと映った。
氣を通してみると、先ほどより具合はずいぶんいい。仙樹の枝と同程度以上と言ったところだろう。ただだからこそ期待値は下回る。これならやはり仙樹の杖のほうが、少なくとも氣の通りは良い。
試し切りをしてみた感覚としては、天鋼製の刀とあまり差がないように感じた。これは本当に差がないのか、それとも藁を巻いた竹の杭では差が分からないのか、あるいは颯谷が鈍感なだけなのか。いずれにしても期待外れだった感は否めない。そして彼の表情を見た剛がこう声をかける。
「気に入らんか?」
「三級品と比べるとかなり良いですけど。でもう~ん……」
刀を鞘に納めてから、颯谷はやや難しい顔をして唸った。正直、この感じなら仙樹の杖でいいやと思ってしまう。もちろん武器としての性能や耐久性を見れば、二級品の仙具の方が優秀なのだろう。
だが颯谷の戦い方は伸閃が主体。つまり彼が武器にまず求めているのは直接斬りあう場合の能力ではなく、技の放ちやすさなのだ。それを中心にして考えると、二級品ではあまり具合が良くないように思えてきてしまった。
(よしんば譲ってもらえないかな、なんて思ってたけど……)
この感じだと、貰ってもかえって困ることになりそうだ。それでこの件は口に出さず、颯谷は素知らぬ顔で刀を剛に返した。
最後は一級品の仙具だ。さすがにコレを譲ってもらえるとは思っていないが、どんな感じなのかはやっぱり興味がある。鯉口を切ってみると、現れたのは輝くような刀身ではない。どうやら艶消しされているようだ。ただ鞘から引き抜いてみると、その刀身にはゾッとするような妖しさがあった。
氣の通りは当然ながら三振りのなかで一番いい。仙樹の杖よりも良いだろう。ただ、勝手に期待値を上げすぎていただけかもしれないが、ずば抜けて良いようには感じない。もしまだ仙樹の杖の適応化が進めば追いつけるのではないか。そう思えるレベルだ。
まず普通に試し切りをしてから、ふと颯谷は伸閃も試してみたくなった。剛に許可を求めると、彼と正之も見てみたいという。
許可を得たので伸閃も試してみると、こちらはなかなか良い具合だ。期待値が下がったからかもしれないが、仙樹の杖よりもスイスイと発動できるような気がする。ただこれも仙樹の杖の適応化が進めば追い付けそうではある。
庭に立てられた竹の杭をすべて短くし終えると、颯谷は刀を鞘に戻した。そしてそれを剛に返す。
「ありがとうございました。やっぱり一級品は良いですね」
「だろう? ところで、技は使いやすかったか?」
「そうですね。使いやすかったと思います」
「ふむ。……正之、どう思う?」
「やっぱり氣の通しやすさと技の使いやすさは比例するということでしょう。まあ、通説通りですね」
正之の言葉に剛も頷く。もっとも二人の会話は芝居がかっている。内容もわざわざ確認する必要ない事柄。どちらかというと颯谷に聞かせるための会話だろう。ただ正之はさらに続けてこう言った。
「それにしても、伸閃は使いやすそうですね。普通に斬撃を飛ばすのと比べると、間合いはともかく、制御はしやすそうに思えます」
「そう思うか?」
「思いますね。ウチもこれを使えるようになるべきかもしれませんよ」
「いやいや。斬撃飛ばせるなら、必要ないでしょ」
颯谷は苦笑しながらそう口を挟んだ。伸閃はそもそも、斬撃を飛ばせなかったので方針転換して開発した技。彼もいまさら斬撃を飛ばす必要性は感じていないが、しかしだからこそ斬撃を飛ばせるなら伸閃をあえて覚える必要はないだろう。しかし剛と正之は思いがけず真剣な顔をしながらこう言った。
「いろいろと、不幸な事故がな……」
「いろいろと不幸な事故が、ね……」
「ええっと、いろいろ不幸な事故が……」
少し困った表情で木蓮が続いたので、恐らく二人の表情ほどは深刻な話ではないはず。颯谷はそうあたりを付けたが、しかし具体的な内容まではさすがに分からない。彼が首をかしげていると、剛がこう説明した。
「この庭も、それほど広いわけではないからな……」
「……つまり、この庭で斬撃を飛ばしてあれこれ被害を出したことがあると?」
颯谷がそう尋ねると、剛は真剣な表情のまま重々しく頷いた。その横顔が若干バツが悪そうに見えるのは気のせいか。きっと盛大に叱られたんだろうな、と思う颯谷だった。
剛「そりゃ、使えるようになったなら試してみたいだろ?」




