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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
次の異界征伐までにやる幾つかのこと

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駿河家4

 駿河家が用意してくれた昼食はザルの天ぷらそばだった。なんでも近くに手打ちの蕎麦屋があり、そこに出前を頼んだのだという。


「あ、うまい」


「そうか。それは良かった」


 蕎麦を一口啜った颯谷が率直な感想を口にすると、正面に座った剛がそう言って顔をほころばせる。なんでも件の蕎麦屋は三代にわたる老舗で、駿河家とも付き合いが長いのだという。贔屓の店が褒められると、常連客としてはうれしいものらしい。


「というかタケさん、結婚してたんですね。6年前は独身だって言ってたと覚えてるんですけど……」


 そう言って颯谷は剛の隣に座る女性へ視線を向けた。大柄な剛と比べてかなり小柄に見える彼女の名前は駿河美咲。彼が言ったように剛の妻である。紹介を受けたのはついさっきで、当然ながら年齢は聞いていない。ただ剛とは幾分年の差があるように見えた。


「まあな。4年前に当主を継いで、義姉に『当主になったのだからさっさと身を固めろ』と言われてなぁ」


 剛が冗談めかしてそういうと、隣に座る美咲がおかしそうに笑う。颯谷の隣に座る木蓮も楽し気に笑っていて、家族の仲は良いみたいだと颯谷は思った。


「颯谷は、やっぱり異界の中ではずっと仙果を食べていたのか?」


「そうですね。仙果しか食べなかったです」


「それはまた、思い切ったな」


「まあ、それはどうしてですか?」


「手持ちの食料なんてなかったし、食料を確保するためにかかる手間と時間がもったいなかったから」


 不思議そうにする木蓮に、颯谷はあの時のことを思い出しながらそう答えた。火は熾せたのだから、魚を捕って焼くぐらいのことはできただろう。だがそれをしようとすると、氣功能力を鍛える時間がなくなる。


 それで異界征伐が遅れてしまっては本末転倒。そもそも弱いままでは生き残ることすら難しい。だからこそ颯谷は手っ取り早く確保できる仙果だけを食べることで、氣功能力をしっかりと鍛えることにしたのだ。


 ただ颯谷の話を聞いても、木蓮はどこかピンとこないようだった。一方で剛は納得した表情。実際に異界征伐に加わったことがあるかどうかで、想像の解像度が変わってくるのだろう。ちなみに美咲はよく分からなかった。


「じゃあ、嫌になるほど食べただろう?」


「イヤになるのを通り越して、悟りを開けそうでしたよ。おかげで今は食べることが楽しみになっちゃいました」


 颯谷がそう答えると、他の三人は声を出して笑った。颯谷も口元を緩めながら天ぷらを食べる。ナスの天ぷらが絶品だった。


 談笑しながら蕎麦を食べ、最後に蕎麦湯を飲む。颯谷は、蕎麦湯はあまり馴染みがなかったのだが、木蓮も普通に飲んでいたので同じようにして飲んでみた。特別おいしいとは思わなかったが、案外悪くない。


 デザートは手作りだという水ようかん。颯谷が「おいしい」と褒めると、木蓮が少し恥ずかしそうに「良かったです」と答える。聞けばこの水ようかんは彼女が作ったのだという。颯谷は素直に「へえ、すごい」と感心した。そんな彼に剛が水ようかんを食べながらこう質問する。


「ところで颯谷はずっと素手で戦っていたのか?」


「ああ、いえ、最初はそうでしたけど。後半は仙樹の枝とかの棒を使ってました」


「仙樹の棒……」


「はい。普通の木の棒はダメだったんですけど、氣とも相性が良いらしくて。おかげでずいぶん助かりました」


「もう少し詳しく聞かせてもらえないか」


 剛がそういうので、仙樹の棒を使い始めた経緯を説明した。真剣な表情で一通りの説明を聞き終えると、剛は大きく息を吐きながら呟くようにこう言った。


「盲点だったな……。仙樹が仙具になりえるとは……。では仙樹を使って仙具を作れば……!」


「あの、タケさん?」


「すまん、すまん。ちょっと革命的な話だったのでな」


「そんな大げさな。自分で言うのもアレですけど、棒切れ振り回したってだけの話ですよ?」


「いやいやいや。……ああ、そうか。君は仙具については知らないのか」


「仙具?」


「そうだ。他にも宝具とかパオペイ、ヨーロッパのほうではアーティファクトなんて呼ばれたりもする。要するに、『異界由来の道具』だな。実際には『異界由来の武器や防具』を指すことがほとんどだ」


 剛がそう説明してくれるのを聞いて、颯谷は「なるほど」と呟いた。その理屈で言えば、たしかに仙樹の棒は仙具であると言える。ただし相当原始的な仙具だが。


「ってことは、仙具って天鋼で作るんですか?」


「そういうのもあるな。ただ天鋼で作ったモノは仙具としては三級品だ。まあ、ないよりはましって感じだな」


「え、じゃあ、一級品っていうのは……?」


「一級品はいわゆるモンスタードロップってやつだな。それをそのまま使うのが一番いい」


 普通、怪異モンスターは討伐すると黒い灰のようになって跡形もなく消える。だが時折、討伐しても消えずに一部が残ることがある。これがモンスタードロップだ。モンスターが使っていた武器がドロップすると、それはそのまま仙具として使える。これが第一級の仙具だ。


「モンスタードロップ、一つも出なかったんですけど……」


「そういう異界もある」


 驚愕の事実に震える颯谷に、剛は肩をすくめながらそう答える。実際、モンスタードロップが出るか出ないかは、異界ごとに大きく異なる。もちろん使いやすいモノ、使いづらいモノ、質の良いモノ悪いモノあるが、場合によっては征伐後にトラックで回収にいくこともあると聞いて、颯谷はがっくりと肩を落とした。そんな彼に苦笑しながら、剛は話題を戻してさらにこう続ける。


「ちなみに第二級はモンスタードロップを素材とした場合。例えば第一級仙具が折れて、それを素材にして作り直したとか、そんな場合だな」


 剛の説明を聞き、颯谷は気を取り直して一つ頷く。しかしすぐに疑問を覚えて首を傾げた。


「でも仙樹はモンスタードロップじゃないですよ?」


「そう。だから盲点だった」


 重々しく、剛はそう答えた。そもそもの話として、良い仙具=モンスタードロップという先入観があった。また天鋼のことで、モンスタードロップ以外の素材を使っても良い仙具は作れないというようなイメージもあった。


「だが実際には違うのかもしれんなぁ。ふむ……、人の手が加わることでランクが下がる、というのが近いか……? いや、そもそも作る段階から……」


「あなた」


「おっと、すまん、すまん。つい考え込んでしまった」


 美咲に声を掛けられ、剛が颯谷に謝罪する。それでも彼は仙樹にかなり興味をひかれているようで、「今度確保してこよう。いや、誰かに頼むか?」と呟いていた。その様子を見て、颯谷は彼にこう尋ねる。


「仙具って、そんなに違うんですか?」


「違うな。一番違うのは氣功能力との親和性の高さだ。ま、要するに氣の通りがいいってことだな」


 それは颯谷にとっても分かりやすい話だった。確かに普通の木の棒だと、まともに氣を通すこともできなかった。一方で仙樹の棒なら氣を通すことができ、そのおかげで武器として使える。この差はあまりにも大きい。


「まあ、天鋼製だとあまり差がないモノもあるがな。開き直って普通の武器を使う奴もいる。特に天鋼は軽いからな。重さが欲しい武器の場合は鋼鉄製が好まれることも多い」


「なるほど……」


「だが仙具が一つや二つあったからと言って、それでできてしまうほど異界征伐は甘くない。まして一人となればなおさらだ。他にどんな工夫をしたんだ?」


「そうですねぇ……。いろいろやりました」


 颯谷はしみじみとそう答えた。異界に閉じ込められてからというもの、彼は数々の壁にぶち当たった。どこから話そうかと考え、結局彼は最初から話すことにした。


「ええっと、最初は……」


 異界に閉じ込められてからのことを、颯谷はかいつまんで話していく。最初に小鬼たちにボコボコにされたことを話すと、美咲と木蓮は心配そうな顔をしていたが、剛は大笑いしていた。


 初めてモンスターを倒したこと、中鬼から命からがら逃げたこと、そこから氣功能力を鍛え始めたこと。初めて中鬼を撃破できたときはうれしかった。だがある程度戦えるようになってきたかと思ったら、今度は寒さが立ちふさがる。


「正直、異界のなかで大変だったことの半分は寒さのせいですね」


「寒さか……。専門家は異界の中は常夏に近い環境だろうと言っていたが……」


「そうだったらどんなに良かったか……」


 颯谷は遠い目をしてそう答える。ちなみに剛が「専門家の意見」を聞いたのは異界征伐前。征伐後はその中の環境がどうだったかはまったく取り上げられることもない。


 それは今更気にしても仕方がないということもあるし、ただ一人真実を知っている颯谷がずっと取材を受けられる状態ではなかったというのもある。要するに世間の関心が他のことに移ってしまったのだ。


「それで、寒さはどう対処したんだ?」


「夏服でしたからねぇ……。氣で身体を温めて、同じく氣で熱を逃がさないようにする。それしかなかったです」


 つまり温身法と外纏法だ。颯谷は正式名称を尋ねたが、剛によると「流派ごとに呼び名はたくさんある」とのこと。「唯一の正解なんてない」とのことなので、颯谷は今後も「温身法」と「外纏法」で通すことにした。


「でもこれ使うと腹が減るんですよ。だから食料の確保が大事だったんですけど、冬はやっぱり天気が悪くて……」


 そう言って颯谷が苦笑を浮かべると、剛は大きく頷いた。これまでに彼が加わった征伐でも似たようなシチュエーションがあったのかもしれない。異界のなかの敵は、決してモンスターだけではないのだ。


 その後、必殺技の話になると、俄然剛が食いついた。伸閃のことを話すと、彼は興味深そうに「ほう」と呟いた。そしてあご髭を撫でながらこう話す。


「遠当てみたいに、氣を飛ばす技はいろんな流派にある。だが飛ばさずに伸ばす、か……。なかなか斬新だな。どうしてそういう発想になったんだ?」


「いえ、最初は飛ばそうとしたんですけど。どうも飛ばせてないみたいだし、伸ばしてるって言った方が実際のところ正しいかなって思って。じゃあそのイメージでやってみよう、って感じです」


「普通は飛ばせるように訓練するんだがなぁ」


 剛が苦笑しながらそう話す。だがすぐに彼は「それで良かったのかもしれない」と思い直した。飛ばすことにこだわらず、柔軟に視点を変えることができたからこそ、颯谷は伸閃を習得して異界征伐へつなげることができたのだ。そうやって結果を出したのだから、それが彼にとっては正解だったのだろう。


「ふむ。見てみたいな」


 ぽろりと、剛はそう呟いた。斬撃を飛ばすのではなく伸ばすのだという伸閃。話を聞いているうちに、剛は実際に見てみたくなった。だが彼はすぐあることに気付く。


「ああ、そうか、仙樹の棒は持ってきてないのだったか……」


「叔父様、ウチの仙具を使っていただいてはどうでしょう?」


 同じく興味があるのか、木蓮がそう提案する。だが剛は少し困ったような顔をしてこう答えた。


「特権持ちなら問題ないのだが……。今のところ颯谷はまだ未成年の子供だからなぁ。武器を持たせるのは憚られる」


「素手でもたぶん使えますよ。そんなに距離は伸ばせないと思いますけど」


「そうか! じゃあちょっと見せてくれないか」


 颯谷が了承すると、三人は場所を移動する。ちなみに美咲は「後片付けをする」と言って残った。靴を履き、案内されたのは広い庭。そこに台を置き、さらに稲わらを重ねて50センチほどにする。剛と木蓮が稲わらから離れると、颯谷も重ねた稲わらから2メートルほど離れて立つ。そして一度深呼吸して集中力を高めてから手刀を構えた。


「いきます」


 そう言ってから、颯谷は大きく一歩踏み込みながら手刀を振り下ろす。そして伸閃を放った。次の瞬間、不可視の刃が重ねられた稲わらの束を上から下まで一気に切り裂く。その鋭さに剛は思わず息と唾を飲み込んだ。


「わぁ、すごいです!」


 木蓮が無邪気にそう言って手を叩く。颯谷もまんざらでもない様子。そんな二人の様子を見ながら、しかし剛の表情は険しい。正直、内心では圧倒される思いだった。


(まさか、これほどとは……)


 颯谷が征伐した異界について、それがヌシではなくコアだったことは、剛もすでに知っている。だからこういっては何だが、颯谷は運良くコアを見つけて破壊できたのだろうと思っていた。


 もちろんそれで彼が成した偉業の価値が陰るわけではない。「運良く」とは言っても、その運を引き寄せるだけの実力は必要だ。だがたった一人で異界を正面突破したというのはとても信じられない。だから「運の要素が少なからず絡んでいたのだろう」とそう思っていたのだ。


 だがもしかしたら違うのかもしれない。もちろん運の要素は絡んでいただろう。だがそれは剛が思うよりも少ないのかもしれない。颯谷の伸閃を見て、彼はそんなふうに思うようになるのだった。


木蓮「素手でジャガイモの皮むきとかできるんでしょうか?」

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― 新着の感想 ―
素手でジャガイモの皮むきとかできるんでしょうか? あれ?木蓮ちゃんもしかして天然??
[一言] 颯谷は運自体は悪いですよね、14年生きている内で2回も異界顕現災害に巻き込まれているし。ただ、悪運は強いので生き残っている、と。さすが主人公気質。
[良い点] 仙樹がまず持って帰ると枯れること、突入部隊は自前のを用意すること、貴重な食糧源なので傷つけないこと、ドロップ品に頼ることなどが重なって盲点となっていたというのは良いですね [気になる点] …
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