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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐

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24/205

大鬼戦1


 梅雨。颯谷は雨に濡れながらひたすら長棒を振った。伸閃も高周波ブレードも、技としての形はすでにできている。組み合わせたときのイメージもできている。ならばあとは反復練習だ。結果が出ないように思える中、彼は自分にそう言い聞かせた。


 そしてついに、伸閃と高周波ブレードを組み合わせた一撃が、太い立木を一振りで切り倒す。鬱蒼としていた木々の中、そこだけぽっかりと穴が開いて強い日の光が差し込んだ。見上げた空は群青色をしていた。


「そろそろ、かなぁ」


 群青色の空を見上げながら、颯谷はそう呟いた。いい加減、腹をくくらなければならない。彼もそれは分かっていた。季節はもう夏。つまり彼がこの異界に閉じ込められてから、もうすぐで一年が経とうとしている。さすがにもうそろそろ色々と限界だった。


 それにうかうかしていたらまたすぐに朝晩が冷え込むようになる。そうなったらすぐに冬だ。もう一度冬を経験したいとは思わない。いや、したくない。


 伸閃と高周波ブレードを組み合わせたこの技を、もっと素早く出せるように特訓して熟練度を上げるべきではないか。そういう考えもあるだろう。だがこの技は結構負担が大きい。気楽に連発できるような技ではない。一撃で木を伐り倒したのはこれが初めてだが、技として放つことに関してはもう失敗しなくなっている。


『いいか、坊主。異界に呑まれちまったら、待ちの姿勢は絶対にダメだ。助けなんて来ないんだからな。動くんだ。動いて、できる事をするんだ。そしてできる事を増やすんだ。それができたヤツだけが、生き残ることができるんだ』


 かつて駿河剛に言われたその言葉。その言葉が、颯谷が今日まで生き延びる礎になった。その言葉通り、彼は動いて、できる事をやって、できる事を増やした。


 レベルを上げ、手刀を身に着け、貫手へ発展させた。隠形や迷彩で身を隠せるようになり、凝視法などで周囲の気配を探れるようにもなった。温身法と外纏法で寒さに耐え、仙樹の棒という武器を手に入れ、月歩で冬というピンチをチャンスに変えた。伸閃を開発して強化し、高周波ブレードも使えるようになった。そしてその二つを組み合わせることもできるようになった。


「できる事、いっぱい増やしたよな」


 だから、もう十分だ。颯谷は自分にそう言い聞かせた。これはゲームではないのだ。「ここまでやれば十分」とか「このくらいで安全マージンも確保」とか、そういう目安はない。完璧を求めていたら準備は終わらないだろう。


(それにたぶん……)


 それにたぶん、中鬼を倒してもこれ以上は氣の量は増えない。そんな気がするのだ。本当に増えないのかは分からない。だが彼の感覚としては、もう頭打ちになっているように思う。


 ならば、あとは腹をくくるしかない。つまり異界征伐のために動くのだ。手段と目的を取り違えてはならない。レベル上げも特訓も、すべてはそのためなのだから。群青色の空を見上げたまま、颯谷はこう呟いた。


「よし。やろう」


 彼は視線を水平に戻す。そして一度、洞窟に戻った。洞窟の外ではユキとアラレが遊んでいて、入り口の近くにマシロが寝そべっている。彼が近づくとユキとアラレが駆け寄ってきてじゃれ付き、マシロもスッと身体を起こした。


 颯谷はユキとアラレの頭を撫でてやり、そのままマシロのほうへ歩く。彼はマシロの前で膝を折って視線を合わせた。そしてこう告げる。


「オレはもう行くよ。ここへはたぶんもう戻らない」


「…………」


「ありがとう。マシロがいたから冬を越えられた」


「クゥゥン……」


「お前も生き残れよ」


 そう言って、最後にマシロを抱きしめ、颯谷は彼女を放した。そして背を向けて歩き出す。十歩ほど離れたとき、彼の後ろから遠吠えが響いた。


 ――――ワォォォォォン!


 それは別れの挨拶だったのか、それとも激励だったのか。その両方のように感じられて、颯谷は目頭が熱くなった。けれども涙は流さない。振り返ることもせず、彼はそのままおよそ九か月を過ごした洞窟を後にした。


 さて、異界征伐のためにはコアを破壊するかヌシを倒すかしなければならない。ただこれまでの経験則として、核も主もだいたい異界の中心部にあるか陣取っているパターンが多いことが分かっている。


 それで、洞窟を後にした颯谷は異界の中心部を目指した。そのために考えつくルートは二つ。舗装された道を使いそこから干上がった川を越えるか、それともかつて雪崩を起こした斜面を降ってその先の林を抜けるか。颯谷が選んだのは前者だった。


 かつて歩いた、いや走って逃げたコンクリートの道。その道を颯谷は引き返す。途中、道路端に生えている仙樹から仙果を採って食べた。その仙樹を見ながら、彼はふとこんなことを考えた。


(たぶん……)


 たぶんこの仙樹はあの逃げた日もここに生えていたはず。だが彼はそのことに全く気付かなかった。逃げることに精一杯だったからだ。でも今日は気付いた。あの大鬼とまだ遭遇していないというのが大きいが、それでも周りを見る余裕があるのだ。


 腹を満たすと、「よしっ」と呟いてから彼はまた歩き始めた。ときどき怪異モンスターが現れるが、中鬼程度ならもう彼の脅威にはならない。自分の成長を確かめながら彼はかつて逃げた道を歩く。そしてついに彼は因縁の場所へ戻ってきた。


「やっぱりデカいな……」


 コンクリートの道をふさぐように鎮座する巨岩。かつて大鬼がぶん投げたモノだ。颯谷は確かに強くなったが、コレが直撃したらやっぱり死ぬだろう。巨岩に触りながら、彼は背中に冷や汗を流す。やっぱりあの大鬼は強い。彼はそのことを再認識した。


 巨岩から手を放し、彼はそこから見える河原へ視線を向ける。かつて水が流れていたであろう川は、しかしすっかり涸れている。あの日と同じ光景だ。彼は「うしっ」と呟いて気合を入れてからガードレールをまたいだ。


 あの日、手刀で払った茂みはすっかり元に戻っている。彼はそれを仙樹の長棒に刃を形成して切り開く。そうやって慎重に崖を降りた。


 石がゴロゴロとしている河原に降り立つと、颯谷は表情を厳しくして周囲を警戒する。そしてゆっくりと涸れた川へ近づいた。前回、あの巨大な大鬼と遭遇したのはちょうどここだった。


 周囲を眺めれば、さっきの巨岩があった場所がまだ少しくぼんでいる。背後を振り返れば、投げられた巨岩の姿。「アレをここからあそこまでか……」と、颯谷は慄きながらつぶやいた。


 そしてタイミング良く、というべきか。あの日を彷彿とさせる地鳴りが、また遠くから響き始めた。木々から鳥たちが飛び立って逃げていく。その光景もあの日と同じだ。だが颯谷の心構えはあの日とは違う。


 彼は一度深呼吸をすると、仙樹の長棒を握り直して大鬼が現れるのを待った。実は河原に大鬼の姿がなくて、ちょっと心配していたのだ。「戦う」と決めた以上は、そのモチベーションが下がらないうちに戦いたい。そしてどうやらそれは叶いそうだった。


「やっぱりデカいなぁ……!」


 そしてついに大鬼が現れる。颯谷は恐れと慄きの混じった声でそう呟いた。木々の先端と大鬼の頭の位置はほぼ同じ。あの日の大鬼と同じ個体なのかは分からない。だが同じサイズ、ほぼ同格なのは確実だろう。


 まだ少し距離がある段階で、颯谷は目に氣を集め凝視法で大鬼の姿を確認する。そうやって大鬼が纏う、というより垂れ流している氣の量を確かめるためだ。そして徐々にそれがはっきりしていくにつれて彼の顔は引きつっていった。


「おいおいおいおい……」


 凝視法で確認した大鬼の姿。それはまるで立ち昇る氣の柱だった。垂れ流している氣の量が多すぎて、凝視法で氣を可視化してしまうと、本来の姿がまるで霞がかったようにぼやけてしまう。こんなことは初めてだ。


(多いだろうとは思ってたけど……!)


 これは想像以上というか想定以上だった。中鬼の五倍では足りない。十倍くらいあるんじゃないだろうか。ただ同時に納得もする。これだけの氣を垂れ流していれば、つまり纏っていれば、そりゃ強化前の伸閃が効かないわけである。


「グゥゥゥウウオオオオオ!!」


 大鬼が颯谷に気付く。そして威嚇の咆哮を上げた。前回はここで逃げ出した。しかし今回は耐える。いや、正直に言えば怖い。だがもう逃げてもどうしようもないのだ。だから、逃げない。


「ああああああっ!」


 軽く膝を折り曲げ、腹の底から声を出して、颯谷は自分を鼓舞した。そんな彼をギロリと大鬼が見下ろす。彼は仙樹の長棒を構えてその威圧的な視線を迎え撃った。


「グアァァァ!」


 そんな彼を不遜とでも思ったのか、大鬼は一つ怒鳴ってから駆けだした。大鬼の歩幅は大きく、あっという間に距離が縮まる。地鳴りと振動で身体が浮き上がりそうになる中、しかし颯谷は動かない。じっと堪えて氣を練った。


(来い、来い……!)


 勝負は初手。最初に伸閃と高周波ブレードを組み合わせたあの技を叩き込んでやる。颯谷はそのつもりだった。決まればそれなりに大きなダメージを与えられるはず。逆に通じなければ勝てる見込みがほぼゼロになるので、逃走するよりほかにない。そういう、色々な意味で重要な一撃となるはずだった。しかしそのプランは崩れる。


「グアァ!」


 大鬼が河原をえぐるようにして左足を振りぬく。そうやって大量の石を散弾のように颯谷に向かって飛ばした。これにはたまらず、颯谷も気を練るのを中断してその場から飛びのく。ただ全部を避けることはできなくて、彼は外纏法の出力を上げて飛んでくる石を防いだ。


「……っ」


 とはいえ、痛い。いくつか石が身体にぶつかり、颯谷は顔をしかめた。しかし足は止めない。また大量の石が散弾のように飛ばされているからだ。距離を取ろうかと考え、内心で頭を横に振る。ここで距離を取っても、彼の攻撃は届かない。なら距離を詰めるしかない。


「ああああああっ!」


 雄たけびを上げながら、少々やけくそ気味になりつつ、颯谷は大鬼に向かって突撃した。飛んでくる石は顔にあたる分だけ避け、残りは外纏法の防御に任せる。痛いがどうせ全部避けられるものじゃない。ならば片足を振り上げた大鬼の、その体勢に付けこむことを優先する。


「……っらぁ!」


 颯谷は大きく踏み込み、そして仙樹の長棒を振りぬいた。放つのは伸閃。溜めが足りなくて切り札は使えなかったが、それでもこの日のために強化してきた技。ありったけの思いを込めて、彼はその技を放った。


「グアァ!?」


 何かを察したのか、大鬼が両腕をクロスさせて防御を固める。伸閃はその腕に激突し、そこに切り傷を残した。大鬼が悲鳴を上げる。そこには困惑も混じっているように聞こえた。


「よしっ!」


 颯谷は思わずそう声に出して喜んだ。やってきたことは無駄ではなかった。それが証明されたのだ。ただその一方で、これで勝てると確信できるほどのダメージは与えられていない。加えて、傷を負わせたことで大鬼の目の色が変わった。


「グゥゥァァアア!」


 大鬼が苛立たしげに吼える。そしてさらに激しく、河原の石を蹴り飛ばし始めた。大鬼の視線は鋭く刺々しい。どうやら颯谷のことを、はっきり敵と見定めたようだ。


 颯谷は走り回ってその石の散弾を避ける。避けきれない分は、外纏法を厚くして防いだ。そして彼は走り回りながら、徐々に大鬼との距離を詰めていく。


 彼はこの戦いのために、伸閃の強化や高周波ブレードの習得などの準備をしてきた。ただ彼はそういうスキルアップだけに力を注いできたわけではない。どうやってあの大鬼と戦うのか。その戦術についても、時間を見つけては考えてきた。


 もちろん、必勝法などない。必勝法を見出すには、あまりにも情報が少ない。ただまったく未知の相手、ではない。分からないことは多いが、それでも考えておける部分はある。


 大鬼は巨大だ。しかし人型である。骨格や筋肉のつき方などは人間とほぼ同じと思っていいだろう。ということは、急所も人間とほぼ同じはず。実際、中鬼や小鬼もそうだった。


 人体の急所といえば、やはり頭や首や心臓だろう。そういう場所をつぶせば、あの大鬼といえども仕留められるに違いない。だが頭も首も心臓も、すべて位置が高い。いきなり狙うのは少々現実的ではないだろう。


 ではどうするのか。前回はジャンプして狙った。そして痛烈なカウンターをくらった。自由に動けない空中はやはりリスクが大きい。となれば急所の位置を下げるしかない。


 まず狙うのは脚。というより、狙えるのは脚しかない。前回はすねを攻撃した。それはそれで効いたようだったが、あとで考えてみればもっといい場所があった。


 それが切れると、人間は歩けなくなるという。なら大鬼も同じだろう。さらに高さ的にも問題なく狙える位置だ。


 颯谷が狙う大鬼の弱点。それは「アキレス腱」だった。


大鬼さん「溜めてるのが見え見えなんだって」

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― 新着の感想 ―
マシロ、ここでお別れか……寂しいね(´・ω・`) きっと猫みたいに捕まえたネズミのお裾分けとかもしてくれたのでしょうね多分きっとそう。 マシロ達がこの先どうなるのかわからないけど、強く生きて欲しい。
[一言] マシロの完璧なるヒロインムーヴよ···(なお子持ち未亡人(犬?)) いや、ヒロイン通り越して、大事に挑む夫を見送る妻のムーヴなのよ···
[一言] ビックリしたぜぇ… 「届く範囲に」あって、「それを切られたら動けなく」なって、人と同じで弱点と。 チ◯コじゃん!!って…。真っ先にそれが浮かんだ自分にびっくりしたんだよね…
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