青森県東部異界の征伐に係わる総括ミーティング3
「まず今回の征伐で犠牲になった五名に黙祷を捧げたい。……黙祷」
十三がそう言うと、会場の中はシンッと静まり返り厳粛な空気に包まれた。出席者たちはそれぞれ自分の席で目を瞑り、犠牲者に黙祷を捧げる。黙祷が終わるとどこからともなく「ふう」と息を吐くのが聞こえた。
「……さて報奨金とドロップの扱いについてだが、まずはドロップから話させてもらおう」
黙祷が終わると、十三は早速本題に入る。土塊人形はドロップの多い怪異だった。それは突入前から分かっていたことで、突入前の全体ミーティングでも十三はそのことに触れている。
「基本的にドロップは倒した者に所有権があり、これとは別に本隊で一括して取り扱う枠を設ける。これが事前の取り決めだったな」
十三の言葉に会場のメンバーが頷く。その反応を待ってから、彼はさらにこう続けた。
「この取り決めを大きく変更する必要があるとは思っていない。現在個人で保管しているドロップで、そのまま自分の物にしたいのなら、そのまま取得物にしてくれて構わない。複数人で討伐したモンスターのドロップは、当事者たちで話し合って決めてくれ。征伐隊や司令部が仲裁することはしない」
事前に決めておいた通りの内容であり、聞いている者たちからも反対意見はでない。颯谷も小さく頷いて賛同した。これであのテーブルナイフは晴れて彼のモノである。
「さて本隊で一括して取り扱う分だが、皇亀の襲撃があったからな。心配している者もいると思う。皇亀討伐後に確認したが、ちゃんと残っていたぞ。現在はこの基地で保管してもらっている」
十三がそう告げると、「おお!」と歓声が上がった。最悪、全て皇亀に喰われていた可能性もあったのが、どうやら無事だったらしい。半ば諦めていた者が多いらしく、降って湧いた良い話に身を乗り出している。ただ全て何も問題なし、というわけではない。十三はやや険しい顔をしながらこう続けた。
「襲撃の際、荷物等を放棄して避難した者も多いと思う。その時には、個人で保管していたドロップ品も置いていったわけだ。誰のモノか確認できた物は良いんだが、確認できず所有権が宙ぶらりんになっているブツが幾つかある。これらは全て一括枠に入れてしまいたいと思うのだが、どうだろうか?」
「所有権を主張しているヤツは、損をしたと感じる。納得できないんじゃないのか?」
会場から、やや険しい声で反論が出た。もしかしたら発言者自身がその渦中の当事者なのかもしれない。十三も真剣な顔をしながら一つ頷く。そしてこう答えた。
「もっともな意見だ。そこでだ、知り合いの工房にお願いして、まとめて仕事を頼む代わりに依頼料を何割かまけて貰えることになった。当事者の方々には、何とかそれで呑み込んでもらいたい」
そう言って十三は深々と頭を下げる。颯谷が会場を見渡すと、腕を組んだりして難しい顔をしている者が幾人もいた。
なかなか難しい話だ、と颯谷も思う。仮だが、練氣鍛造法を用いた天鋼製の太刀を一振り注文した場合、その相場はだいたい300~500万円ほどだという。十三の提案を受け入れると、仮に二割引きになったとして、最大100万円ほどお得になる計算だ。
では所有権を放棄するドロップに100万円の価値はあるだろうか。ドロップが鋼鉄のインゴットで、そのまま作刀に使えるのであれば、100万円というのは安い。太刀を一本打てる量なら、1000万円以上の値がついてもおかしくないだろう。
ただ実際問題、金属の塊を見て「コレは作刀に使える鋼鉄だ!」と目利きできるかというと、大抵の者には無理だろう。つまり分析する必要があり、その費用は自分持ちだ。加えて事務手続きは何から何まで自分でやらなければならない。
またそもそも鋼鉄であるかも定かではない。武器には向かない金属であった場合、その価値が100万円未満でもおかしくはない。他にも合金であったりした場合には、別の手順や工程を踏む必要が出てくるだろう。
つまりこれはある意味でガチャなのだ。分析するまで確実なことは何も言えず、分析してから「やっぱりやめた!」は通らない。さらに代案を用意した上で十三に頭を下げられてしまうと、それを突っぱねるのは少々心理的なハードルが高い。結局、反対意見は出ず、多少の温度差はあれども十三の案は了承された。
「提案を容れてもらえたこと、感謝する。次に一括枠のドロップについてだが、その前に皆も気になっていると思う皇亀のドロップについて話しておこう」
十三がそう言うと、会場がにわかにざわついた。雅も言っていたが、皇亀のドロップは基本的に国防軍に所有権がある。異界が消えてから討伐されたからだ。しかし何と言っても皇亀であるし、ドロップの量自体も膨大である。そう簡単には諦められず、十三も交渉したらしい。果たしてその結果はいかに。
「まず皇亀のドロップは大きく分けて三種類確認された。金属と岩石と土砂だ。ゴーレムと一緒だな。樹木等は確認されていない。食っていたはずなんだが、どこにいったのか……。まあそれはいい。国防軍とも話をして、それぞれ半分ずつ、征伐隊にも権利を認めてもらえることになった。岩石と土砂については、もう少し融通を利かせても良いという話だ」
それを聞いて会場からは大きな歓声が上がった。颯谷としては正直望み薄だと思っていたのだが、国防軍もなかなか話が分かるらしい。もっとも国防軍が折半に同意したのは、彼らは彼らですでに利益を確保しているからに他ならない。
国防軍は「皇亀討伐作戦」の様子を幾つかのカメラで撮影していた。その映像は編集された上ですでに公開されており、国内外から大きな反響を得ている。分かりやすい化け物である皇亀に対して、何発ものミサイルが外れることなく命中し炸裂する様子は圧巻で、作り物ではないその映像に、人々は固唾を飲んで見入った。
また幾つかの装備品は失ったものの、皇亀の討伐に関して人的な被害はゼロ。その喜ばしいニュースと共に映像は世界中で放送された。映画のワンシーンとして使いたいという話まで来ているとかいないとか。ともかくその映像が世界に与えたインパクトは大きかった。
国防軍が得た利益のうち最大のモノは、間違いなくその宣伝効果だ。国防軍の能力の高さを示したことで、国外にあっては抑止力の強化が見込まれている。一方国内において、国防軍は国民の敬意と信頼を改めて勝ち得ることに成功した。
軍への志願者数は映像の公開以来急激に増えている。士官学校への進学希望者数も過去最大となる見込みで、関係者は嬉しい悲鳴を上げている。ともかく日本国国防軍は皇亀の討伐によってその名声を大いに高めたのだ。
また国防軍はより現実的な利益も手にしていた。予算である。第二次世界大戦以降、この国は大きな戦闘に巻き込まれることなく平和を維持してきた。だからこそ、国会内には常に軍事費の削減を叫ぶ声が一定数あった。「使いもしない軍需品に多額の予算を割くくらいなら、もっと別のことにお金を使うべき」というわけだ。
しかし今回、巡航ミサイルやバンカーバスターなど、今まで「使いもしない軍需品」と言われていた兵器が大盤振る舞いされた。そして何より結果を出した。これらの兵器は必要なのだと、無駄な装備ではないのだと証明したわけだ。その事実は次の予算案に反映されるだろうし、こうして前例ができたことで今後軍事費の削減論もトーンダウンするだろう。
国防軍としてはまこと結構な結果と言って良い。また、ここで原則論にこだわり皇亀のドロップを全て国防軍で独占してしまうと、今後似たようなモンスターが出現した際に征伐隊が意固地になってしまうのではないか、と懸念もあった。
つまり自らの手で討伐することにこだわるあまり被害が大きくなったり、あまつさえ征伐に失敗したりしては、目も当てられない。それよりは折半することで前例を作り、スムーズに国防軍へバトンタッチしてもらったほうが、彼ら自身としても都合が良いのだ。
その他にも細々とした理由はまだあるのだが、まあそれはそれとして。折半とはいえ、もともと皇亀のドロップは膨大だ。岩石や土砂はトラック単位だし、金属インゴットもトン単位で確認されている。それらが自分たちに回ってきたと知り、出席者たちは色めき立った。そんな彼らを落ち着けるように、十三はこう話を続ける。
「これらのドロップはすべて一括枠に入ることになる。ただ岩石や土砂はともかく、金属類は分析が必要だ。量が多いだけに時間もかかるだろう。オークションの開催はしばらく待ってもらうことになる」
「その肝心のオークションだが、購入制限などはどうなる?」
「まだ詳細については詰めていないが、二部制にしてはどうかと考えている。一部は征伐隊のメンバーに限定し、二部は国内の武門・流門を中心に広く受け入れる。そのほうが落札価格も上がって、我々が受け取れる報奨金も増えるだろうからな」
十三がそう答えると、会場からは笑い声が上がった。二部制に反対する意見はなく、おそらくはその方向性で行くものと思われる。「タケさんに教えたら喜ぶかな」と颯谷はぼんやり考えた。そしてドロップの話を終えると、十三は次に報奨金の話に移る。
「さて報奨金だが、今回は概算でおよそ98億2000万となった」
その数字を聞くと、先ほどまでの明るい雰囲気が一変した。「むぅ」という唸り声が上がり、険しい顔をする者がそこかしこで見受けられる。その反応に一つ頷いてから、十三はさらにこう続けた。
「これまでに出現した同規模の異界と比べると少ないが、これは海の面積が広いことを考慮してのことらしい」
その説明を聞いても会場の雰囲気は変わらない。医療チームや国防軍の軍人らは報奨金を受け取らないとはいえ、98億円だと単純に106名で頭割りした場合、一人1億円を下回ることになる。オークションの売り上げが加算されるとは言え、少なめに感じてしまうのも無理はない。そしてそれを十分に理解している十三はこう提案した。
「先ほど、オークションを開くまでには時間がかかると言ったが、それはつまり最終的な報奨金が確定するのも時間がかかるということだ。そこで今回は概算ではなく正式に算定された金額で報奨金を受け取ることを提案したい」
報奨金は征伐された異界由来の資源の価値(量)に基づいて算出される。それを正式に算定するためにはどこにどれだけの資源があるのか調べなければならないわけだが、そのためには当然ながら時間がかかる。
それを待ってはいられないということで、通常は概算で報奨金額を算出するのだが、今回はそもそもオークションを開くまでに時間がかかるのだ。ならば概算よりも増えることを期待して待ってみよう、というのが十三の提案だった。
「……でも概算より減る可能性だってあるわけですよね?」
「まあ、そうだな。ただこれまでの傾向を見ると、上振れる事の方が多いんだ」
颯谷が小声で疑問をぶつけると、雅は小さく頷いてそう答えた。ここ10年ほどに限ってみると、概算の誤差は±15%の範囲に収まっている。平均を取ると約7%の上振れで、十三の提案もこのへんの数字が根拠になっていた。
結局反対意見は出ず、十三の提案は了承された。オークションの開催と正式な報奨金額の決定、どちらが先になるかは分からないが、ともかく合計金額として受け取ることも決まる。そして話は最後の山場、報奨金の分配割合に移った。
もっともこちらは突入前に決めておいた役割分担をベースにしてすんなりと終わった。いつも通り攻略隊と遊撃隊と後方支援隊で10:5:1だ。皇亀の襲撃があるまでは、おおよそそのロールを逸脱して動くことがなかったので、反発する者もいない。
ただ一人、桐島颯谷だけは、後方支援隊でありながら最後決死隊に入っている。そしてコアの破壊に多大な功績を上げた。よって彼だけは攻略隊と同じく取り分10とすることで話はまとまった。
「さて、こんなところか。では最後になるが、改めて皆の協力に感謝する」
最後にそう言って十三は壇上から降りる。その後、国防軍の担当官が締めの挨拶をして総括ミーティングは終わった。颯谷は「ふう」と息を吐く。見れば岡崎が早速十三に声をかけている。土のことを話しているのだろう、と颯谷は思った。
総括ミーティング後、少し時間を置いてから一同は別の会場へ移動する。国防軍主催の慰労会が開かれるのだ。出席者が多いので会場も広い。料理も多量に用意されていて、颯谷は生唾を呑み込みながら目を輝かせた。
「乾杯!」
国防軍のお偉いさんが音頭を取って乾杯すると、颯谷は早速お皿を手に料理のところへ向かった。全体的に茶色に偏ったチョイスになったが、気にしない。マグロは赤くて米は白い。だから何も問題はないのだ。
「颯谷君」
颯谷が山盛りの料理を手に座って食べられる場所へ移動しようとしていると、後ろから彼を呼ぶ声がした。振り返ると、そこにいたのは十三。さらにその後ろにはお皿を持った慎吾の姿もある。
「あ、どうも。お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様」
颯谷が軽く頭を下げると、十三は気さくにそう応じた。彼の視線がチラリと颯谷のお皿に向くが、十三は何も言わない。彼は視線を戻してからこう続けた。
「今回は研修だなんだと言っておきながら、結局最後にはまた君に頼ってしまったな」
「いや、あれは仕方がないですよ。流石に再チャレンジは難しいでしょうし」
「まあ、そうなのだがな……。いや、これ以上は野暮か。礼だけ言わせてくれ。ありがとう、だいぶ助かった」
「いえいえいえいえ! 報酬もちゃんと貰えることになりましたから。それで十分です」
やや焦った様子で颯谷がそう応えると、十三はフッと笑みを浮かべた。そして続けてこう尋ねる。
「そう言えば、司令部に入ってみてどうだった?」
「う~ん、月並みですけど、たくさん仕事があるなって思いました。考えてみれば当たり前なんですけど、突入しても計画は立てるところからなんですよねぇ。オレはほとんど見てるだけだったんですけど、全部考えて判断しなきゃっていうか、マニュアルがないのは、指示を出す側からすると大変なんですね……」
「それを分かってくれたのであれば、司令部に誘ったかいがあったな」
そう言って十三は莞爾と微笑むのだった。
~ 第八章 完 ~
颯谷「うなれ、腹の獣」
雅「酒が飲めるようになるともっと楽しいゾ」




