青森県東部異界の征伐に係わる総括ミーティング2
十三の話は続く。
「実質的なオペレーションは突入二日目から始まった。まず行ったのはドローンを飛ばしての調査。これは主に陸地部分の調査で、海上の調査は海軍の方々にお願いした。結果的には大きな変異は無かったものの、水深など、丁寧な調査をしてくださったことに感謝している。征伐のためには間違いなく必要な情報だった。
「さてドローンを飛ばしての調査だが、やはりあの濃い霧が邪魔だったな。見える範囲がどうしても限られてしまい、手間と時間が余計にかかったと考えている。今後はカメラだけではなく、もっと多様なセンサー類を積んだドローンというのがあっても良いかもしれない。
「この調査で皇亀の姿も確認することができた。どうやって倒すのかと途方に暮れたが、幸いにして二度目の調査でコアを発見し、一体型であると確認できた。コアを発見できたことは本当に重要で、おかげで無謀な作戦を立てずに済んだ。やはり念入りな調査は重要であると再認識させられたな。
「少し話は逸れるが、この一体型というモノについて、私も少し考えてみた。非常に珍しく、また強大なモンスターだが、少々歪に感じられるというのが正直なところだ。異界の持つリソースを集中的に投下して強化しているのではないかと感じる。
「そう感じる理由は別の機会に話すとして、ここで重要なのは一体型が歪であるということ。真正面から討伐するのは非常に困難と見込まれるが、征伐は可能だ。狙うべきはあくまでコアで、そのためにはしっかりとした作戦を立てることが求められる。どんな要素を盛り込むのか、何が使えそうなのか、そういうことを考える訓練も必要ではないかと感じた。
「話を戻すが、皇亀が一体型と判明したことで次に問題となったのは、『どうやってコアのところへ行くのか』ということだ。下から登るのはほぼ不可能。国防軍のヘリはあったが、ガーゴイルがいたからな。降下を強行すれば被害が出ていたと思う。もっとも護衛艦一隻と比べてどうだったかは判断できないが……、いややはり降下作戦の成算は低かったと思う。
「最大の問題は皇亀の大きさであり高さだった。どうにかしてこの高低差を潰す必要がある。そこで提案されたのが、皇亀を海へ誘導する作戦。水深を使って高低差を潰そうというわけだな。またボートを使えば一定の人数を上陸させるのも比較的容易と考えられた。
「この作戦を実行するのは幾つか条件を満たす必要があったが、それをクリアする前に皇亀に拠点を襲撃された。皇亀が自由に動き回っていることを考えれば、拠点への襲撃は考慮されるべきだったのだが、その危険性は見過ごされていた。正直に言って失態だったと思う。
「ただ、被害は最小限に抑えられた。最大の理由は海軍から一報があったからだ。おかげで警戒レベルを引き上げることができた。この場を借りて改めて感謝申し上げたい。そして夜半過ぎ、ついに襲撃が始まった。
「この時に私が考えたのは、何とか人的な被害を避ける事。予備の物資が強襲揚陸艦にあったからだ。それで荷物は捨て置けと言ったのだが、完全に徹底されたわけではなかったな。仙具など武器がなくては戦えないというのも分からんではないが……。物資についてもあらかじめ優先順位を付けておく必要があるのではないかと感じた。
「さて退避を続けている最中、この機会に皇亀を海へ誘導するべきと進言された。経緯はどうあれ皇亀が海のすぐ近くまで来たのだから、この機会を逃すべきではないということだな。私としては退避の事しか考えていなかったのだが、ちょうど皇亀が顔を海に突っ込んだこともあり、作戦を実行することにした。
「その場の勢いに流されたと言われれば反論は難しい。ただ今思い返しても、あのタイミングで作戦を実行しなければ征伐隊はより追い込まれていたと思う。それに条件が揃っていたのも事実。強引ではあっても無謀ではなかったと考えている。
「私自身は決死隊には入らなかったので、作戦の詳しい様子は分からない。この後で隊を率いた者が話してくれると思う。ただ外から見ていて思ったのは、護衛艦が照明弾を上げ続けてくれたことが、作戦成功の大きな要因であると感じている。クルーの方々には改めて敬意を表したい」
そう言って十三はマイクを雅に渡した。そのマイクを受け取り、十三と交代する形で雅が立ち上がる。そしてこう話し始めた。
「え~、作戦の決行は突然でしたが、準備はやっていました。主にガーゴイル対策ですが、流星錘とボーラですね。やっておいて良かったと思っています。で、用意しておいたそれらを持ってボートに乗り込み、皇亀の甲羅へ上陸しました。
「上陸前に照明弾を二発撃ちあげましたが、まあ足りませんでしたね。護衛艦が照明弾を撃ちあげ続けてくれて助かりました。甲羅の上は岩山って感じで、ひたすら足場が悪かったです。普通のゴーレムが出てこなかったのは必然だと思います。いたとして、歩くことすらできなかったんじゃないかと思いますね。
「当初想定していたのはガーゴイルだけだったので、まずは流星錘を振り回して牽制し、突っ込んできたヤツはボーラで落としました。ただ命中率がどのくらいだったのかは分かりません。霧が深かったので。でも何体か落ちた音はしたので、無駄ではなかったはずです。
「で、落とし切れなかったガーゴイルが突っ込んできたので、決死隊で防ぎながら一人、あ~、桐島君を突っ込ませました。敵の戦力も品切れだろうと思ったんですが、砲戦仕様のゴーレムがいましてね。少々手こずりました。
「幸いにして決死隊に損耗者は出ませんでしたが、突っ込ませたのが桐島君でなかったら何人か被害が出ていてもおかしくなかったと思っています。あそこで新種を予想できなかったのが失態と言われれば、まあそうなんですが、う~ん、まあボーラなどを用意していた時に新種についても考えが及んでいれば良かったかなとは思います」
そう締めくくって雅はマイクを係員に渡した。挙手する者がいて、マイクは次に彼に渡る。彼はこう尋ねた。
「その砲戦仕様のゴーレムについて、もう少し詳しく話を聞きたい」
「あ~、砲戦ゴーレムと直接やり合ったのは桐島君なので、桐島君が答えてくれるとありがたいんだが……」
突然のご指名に颯谷がギョッとする。戸惑いながら立ち上がりマイクを受け取ると、彼はその時の様子を思い出しながらこう話し始めた。
「ええっと、詳しくと言われても資料に書かれていることが全部なんですが……、えっとまずオレも倒したわけじゃありません。バランスを崩させて、転倒させたって感じですね。傾斜があったのでそのまま下まで行きましたけど。それで倒せていたなら、倒したことにはなるのかな……。
「それとフォルム的には普通のゴーレムと大体同じで、ただ両腕が大砲みたいになってました。そこからたぶん石だと思うんですけど、砲弾を打ち出すって感じですね。あ、石だと思ったのは甲羅の上の岩にぶつかった時に、砲弾の方が砕けていたからです。
「連射速度は遅かったですね。最低でも一分くらいはスパンが空いていたと思います。弾をどこから補充していたのかとかはさっぱりですね。あとほとんどその場から動いていませんでした。砲戦能力は動かないでいいようにするためのモノだったんだと思います」
「普通のゴーレムも石を投げることはあったが、それと比べてどうだった?」
「速度という意味ならかなり速かったです。ただ氣の高まりっていうか、撃つ前の気配みたいなのは感じ取れましたし、銃口をはっきりとこっちに向けてくるので、その射線さえ避ければ何とかって感じですね」
颯谷がそう答えると、質問者は「ありがとう」と言って着席した。颯谷はホッとしたが、またすぐに別の質問者が挙手する。そしてこう質問した。
「今回、一体型ということで、コアを破壊することで異界征伐につなげたわけですが、コアの様子はどうだったでしょうか?」
「コアの様子は……、えっと、完全に一体化していたって言えばいんですかね……? 岩が台座みたいになっていて、そこにコアがはめ込まれている感じでした。あの台座というか岩は皇亀の一部ですから、そういう意味でくっついていたというか、合体していたというか。浮いてはいなかったですね」
「普通のコアと比べて破壊が困難であったとか、そんなことはなかったでしょうか?」
「何か抵抗があるとか、そういうことはなかったです。破壊困難というふうには感じませんでした。コアはあくまで普通というか、今までと同じだったと思います」
それを聞くと、質問者は「了解しました」と言って着席した。颯谷もマイクを係員に返して着席する。その幾人かがまたマイクを握り、その中には仁もいた。護衛部隊の隊長だった槇原もマイクを持ちこう話した。
「私の方からは、対ゴーレムの携帯火器の効力について少し。今回護衛部隊が持ち込んだ火器でのゴーレムの討伐は叶いませんでした。ただ興味深いと思ったのは、ダメージ自体は入っていたことです。
「つまり、例えば大鬼のような、完全に無効化されていたというわけではない、ということです。どの火器もダメージ自体はありました。ただ、素の防御力が高いので有効打にはならなかったのだと考えています。
「ゴーレムが他のモンスターと違うのは、身体のかなりの割合がコンクリートなどすでにある素材によって形成されていたという点です。つまりこのタイプのモンスターはより銃火器が効きやすいのではないかと考えられます。今後の参考にしていただければ幸いです」
そう締めくくり、槇原はマイクを係員に返した。次に発言を求めそのマイクを手に持ったのは、護衛艦の艦長だったという軍人だ。
「今回、海の方にはまったくモンスターが出てこなかったので、裏方に徹することになろうかと思っていたのですが、最後に重要な役割をいただき、クルー一同大変光栄に思っています。まあ、兵站部からは文句を言われそうですが。
「海軍としましては、最も衝撃的というか、焦ったのはレーダーのホワイトアウトですね。もともと霧の中だとレーダーは能力が下がる傾向がありますが、あんなふうにホワイトアウトするのは経験がありませんでした。
「つまり普通の霧ではなかったということなのでしょう。そもそもあの霧は皇亀が発生させていました。あの霧も皇亀の能力の一つだったと考えれば、いろいろ合点がいきます。具体的にどう普通でなかったのかは推測を交えるしかありませんが、それこそ皇亀にとっては、妨害も含めて、レーダーのような役割だったのではないかと思えます。
「その上で今後どうするべきなのかと言うと、それもまた難しい話ではあるのですが……。異界内の特異な環境というのは、我々が思う以上に、その所謂氣功的エネルギーというか、そういうモノの影響を受けている、いや影響下にあるのではないかと感じます。
「つまり我々が思うような自然環境、自然条件とは目に見えない部分で一線を画しているのではないか、少なくともその可能性を考慮する必要があるのではないか、ということです。特に皇亀のように、モンスターが絡んでいる場合はそう言えるかもしれません。何にしても環境への適応というのが、征伐の鍵になるのは間違いないでしょう。
「それと艦を皇亀への囮としたことについては、征伐のための必要な措置であったと考えています。そのために艦を失ったことはともかく、クルーに犠牲者を出してしまったことは、艦長として痛恨事であったと認識しています。
「無論、征伐が困難なオペレーションであることは承知しています。ただ後から振り返ってみれば、アレは防げた犠牲であるように思います。マニュアル上の瑕疵はなかったとしても、配置など、もっと柔軟に対応することができたのではないか。そう思っています」
そう締めくくって護衛艦の艦長はマイクを係員に返した。次にそのマイクを受け取ったのは強襲揚陸艦の艦長。彼はこう語り始めた。
「では私からは、主に征伐後の対応などについて。強襲揚陸艦には決死隊の方々などを収容しておりました。それを考えれば、異界のフィールド解除後は即座にその場から離脱するのが、少なくとも民間人保護の観点からは最善だったでしょう。しかし本件において本艦は征伐後もしばらくその場に留まることになりました。
「その理由は、現場における情報収集およびデータリンクの基点となるためです。皇亀をロストするわけにいかない以上、これは仕方のない事と言えるでしょう。ただその一方で迂闊であったとも思います。
「もしも強襲揚陸艦がダメージを負っていた場合、情報収集もデータリンクもできなかったかも知れないのです。いえ、できないことを想定するべきだったと思います。征伐に参加する以上、艦に被害が及ぶことは当然想定されるべきだからです。
「具体的には、異界の外に艦を配備しておけば、情報収集もデータリンクもその艦が担うことができたでしょう。せっかくと言って良いのかは分かりませんが、海に面した異界だったのです、その点をもっと有効に使っても良かったのではないかと思います。
「もちろん皇亀のようなモンスターは非常に稀であると認識しています。ですが征伐によってモンスターが消失するわけではないことは周知の事実です。即応性を高める体制の整備は急務であると考えます」
強襲揚陸艦の艦長はそうまとめてマイクを係員に返した。質問者や他の発言者はおらず、これで反省会は終わった。後で国防軍が発言をまとめるはずだ。いったん休憩が入り、次に話し合われるのはドロップの取り扱いや報奨金の分配について。休憩後、皆が席に着くと、十三が壇上に上がった。
十三「最後の仕上げを完全に人に任せてしまうというのは、なかなか慣れんな」




