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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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202/205

聞き取り調査と私物の回収


 強襲揚陸艦に収容されると、颯谷はまず風呂を借りた。海に落ちて全身水浸しだったのだ。しかも海水だからベタ付くことこの上ないし、征伐中はシャワーを浴びることもできなかった。可及的速やかに汗と埃とその他諸々を洗い流したかったのである。


 そんなわけで。遠くからミサイルの爆音が響く中、颯谷ら決死隊のメンバーは強襲揚陸艦の風呂に入っていた。案内してくれた軍人さんからは「この状況でよく風呂に入っていられるな」という目をされたが、そこはむしろ信頼の証と受け取ってもらいたい。


 とはいえ彼らもゆっくり長風呂としゃれこんだわけではない。手早く身体を洗い、軽く汗ばむ程度に身体を温めてから風呂を出た。ちなみに着替えは格納庫に保管していた予備の物資の中から見繕った。


 風呂から上がっても国防軍のオペレーションは続いていて、彼らは作戦終了まで一室で待機することになった。案内してくれた軍人さんの配慮なのだろう、その部屋の窓から作戦の様子を見ることができた。


 双眼鏡も用意してくれたので、皇亀の様子もかなりはっきりと見える。多数のミサイルが直撃してなお健在なその姿に、颯谷は呆れるよりも戦慄を強く覚えた。


「討伐せずに征伐が済んで良かったな……」


 決死隊のメンバーの一人がポツリとそう呟く。颯谷は内心で大きく頷いた。最初から皇亀を倒せるとは思っていなかった。決死隊の目標も、あくまでコアの破壊であり、皇亀の討伐ではなかった。だからこそ征伐を達成できたと言って良い。


 だがもしも皇亀が本当にヌシだったのなら。皇亀を討伐することはできず、征伐隊は全滅していたかもしれない。颯谷は強くそう感じた。やはり異界は地獄であり魔境。死がすぐ隣にある場所なのだ。


 さて、颯谷らが見守る先で、ついに皇亀が力尽きる。その瞬間、強襲揚陸艦の艦内で歓声が上がった。颯谷たちも同じように歓声を上げる。後始末が残っているとはいえ、これにて青森県東部異界の征伐オペレーションは完了したのである。


 陸上部隊が現場に入って引き継ぎを行うと、強襲揚陸艦は一度母港へ戻ることになった。ただそこは対策本部が置かれている基地とはまた別の軍港。それで颯谷ら決死隊のメンバーはヘリで元の基地へ送ってもらうことになった。


「お前ら、良くやったなぁ!」


 基地に到着すると、すでに戻ってきていた征伐隊のメンバーが彼らを笑顔で出迎えた。テンションが上がっていて、バシバシと遠慮なく叩くモノだから、正直ちょっと痛い。だがそうして喜んでくれるのは、悪くない気分だった。


 ひとしきり喜びを分かち合った後、次に待っていたのは聞き取り調査。朝食がまだだったのでモーニングセットを頼んだらバタートーストとベーコンエッグとサラダとコーヒーを用意してくれた。それを食べながら颯谷は聞き取り調査に臨む。


 ただ今回の征伐、彼にしか答えられない事柄というのはほとんどない。それで彼がやったのはほとんど確認だけで、実質的にモーニングセットを食べながら調査官が話す内容を頷きながら聞いていただけ。だがただ一つ、彼にしか答えられない重要な事柄があった。


 今回、拠点を襲った皇亀が海に顔を突っ込んだことで征伐に繋がった。その原因となったのが皇亀の顔を焼いた青白い炎。その炎は多くのメンバーが目撃したのだが、では誰がその炎を放ったのか、まだ判明していなかったのだ。


「あ、それ、オレです」


「ああ、うん、そっかぁ。なるほど……」


 あっさりと自白した颯谷に、調査官は苦笑を浮かべる。そしてごく自然な疑問をこう続けた。


「どういうモノなのか聞いても?」


「えっと、企業秘密、ってことで」


「それまで皇亀は炎に強く反応することはなかった、と他の方々からも聞いています。しかしこの青白い炎については、明確な拒否反応を示しました。この差は一体何なんでしょう?」


「さあ、何なんでしょう?」


 颯谷は首をかしげてしらっばくれた。もちろん彼には「差」の理由に心当たりがある。あの青白い炎は狐火だ。そして狐火には氣を燃料として燃焼する性質がある。そして怪異モンスターは氣功的エネルギーの塊だ。


 つまりあの時、皇亀は自らの存在自体を燃やされていたのである。拒否反応を示すのは当然だろう。ただそれをそのまま伝える気はない。それで颯谷はあくまで推測ということにしてこう続けた。


「ただまあ、あの炎には氣功能力を使っていますから、そう言う意味で普通の炎ではありません。そのへんが関係しているのかも知れませんね」


「なるほど……」


 調査官はそう呟き、ひとまず納得した様子を見せた。その後、話は皇亀の甲羅に上陸してからのことに移る。颯谷は自分が見聞きしたことを正直に話した。


「ほう、砲戦ゴーレム、ですか。つまり遠距離攻撃タイプがいた、と?」


「そうです。スパンは一分くらいだったかなぁ……。身軽だったし、初撃が外れたんで距離を詰めるのは結構簡単だったんですけど、武器の相性が悪くて手間取りました。結局、一体も倒せてないですし」


 途中で仙樹刀が折れたことを話すと、調査官は真剣な顔をして大きく頷いた。倒せはしなかったものの、颯谷と決死隊のメンバーは全ての砲戦ゴーレムを排除。コアの破壊にこぎつけた。そしてその時のことを話すと、調査官は目を丸くしてこう聞き返した。


「テーブルナイフ?」


「はい。ゴーレムのドロップです。個人で手に入れたモノについては個人の判断なので、個人で保管していました。最後にコレがあって良かったです」


「……無かったら、コアは破壊できませんでしたか?」


「破壊自体はできたと思います。でも手間取ったと思います。まあ、それも十数秒くらいだと思いますけど……」


 実際、あのテーブルナイフが使えなくても、手刀や貫手など、攻撃手段は他にもある。それにあそこは皇亀の甲羅の上。そのへんの石だって立派な仙具なのだ。拾って氣を込めればテーブルナイフの代わりになっただろう。


 それで、今回颯谷は最後にテーブルナイフを使ったが、彼としてもテーブルナイフが重要だったとは思っていない。ただあの時選べる最速の手段だったとは思っている。彼がそう付け加えると、調査官は大きく頷いた。


「これで聞き取りは終了です。ありがとうございました」


「ありがとうございました。……それと、一つ聞きたいことがあるんですけど……」


「はい、何でしょうか?」


「拠点に私物を置きっぱなしなんですけど、回収ってできますか?」


「はい、できますよ。現場がもう少し落ち着いたら、希望者の方を案内することになっています。また私物が見つからなかったとしても、基本的に全部回収して保管しておく形になりますので、総括ミーティングの時にでも確認していただければと思います」


 そう教えてもらったので、颯谷は時間まで基地で待たせてもらい、拠点へ私物を回収しに行くメンバーの中に混じることにした。待ち時間を使い、各方面に帰還のメッセージを送る。木蓮がすぐに反応してくれて、彼は口元をほころばせた。


 そんなことをしながら待っていると、係員が「準備ができた」と知らせてくれて、颯谷は国防軍が準備してくれたバスに乗り込んだ。目算だが、民間人メンバーの四分の三くらいが回収に向かっている気がする。そのバスの中、颯谷は隣に座った雅にこう話しかけた。


「そう言えば雅さん」


「ん? どした?」


「最後の流星錘投げたヤツ、良くゴーレムの腕を捕れましたね。得意なんですか、ああいうの」


「ああ、アレね。アレは氣功技術の一つだな。縛術っていうか、まあそんな感じのヤツ」


 雅はそう答えた。つまりただ流星錘を投げたわけではなく、氣功能力を使ってある程度操作していた、ということだ。だからこそあの土壇場で確実に土塊人形ゴーレムの腕を捕れたわけだし、またしっかりと絡みつかせて外れないようにできたのである。


「へえ、そんなのがあるんですね」


「普段は滅多に使わないけどな。ま、昔取った杵柄ってヤツだ」


「忍者にでもなりたかったんですか?」


 何気なく颯谷はそう尋ねると、雅はスッと視線を逸らした。イジってやろうかと思ったが、ちょっと後が怖かったのでそれはせず、颯谷は話題を変える。彼はこう尋ねた。


「……話は変わるんですけど」


「どした」


 即座に喰いつく雅。笑いそうになるのを堪えながら、颯谷はさらにこう続けた。


「皇亀のドロップってどうなるんですかね? いえ、あればの話ですけど」


「あ~、厳密に言えば異界はすでに征伐済みだったからなぁ……。基本的には国防軍に権利があるって話になると思うけど……」


 そう言って雅はやや険しい表情を浮かべた。原則論的に言えば、雅の言う通り皇亀のドロップの権利は国防軍にある。だが雅らの立場からすれば「はい、そうですか」と簡単に納得できるものではない。


「十三さん、何とか交渉してくれないかなぁ……。あればだけど」


「そうですねぇ、あればですけど」


 少々わざとらしく、雅と颯谷は頷き合った。仕草はわざとらしいが、言っていることは本音だ。コア一体型の守護者ガーディアン、皇亀が残した大量のドロップ。武門や流門がそれに無関心でいられるはずがない。全部は無理として一部の権利は認めてもらいたいところだ。


 さてそんな話をしているうちに、バスは征伐隊の拠点だった場所に到着する。バスから降りると、いや降りる前から、メンバーらはざわついていた。討伐された皇亀の残骸、つまり大量のドロップが窓から見えていたのだ。


 残骸の周囲には規制線が張られており、その内側では何人もの軍人が作業している。その様子を外側から見ながら、険しい顔をしているメンバーの中に仁がいた。その隣に立って、颯谷はこう問いかける。


「仁さんも、やっぱり気になりますか?」


 仁は険しい顔をしながら、無言で頷いて答えた。それから「ふぅ」と一つ息を吐いてから、彼は颯谷にこう問い返す。


「颯谷は気にならないのか?」


「なりますけど、これだけデカいというか大量だと逆に現実味がないというか……。むしろ良く倒せたなっていうか、まあ倒せてないんですけど、そっちのほうが先に来ちゃって……」


「なるほど、そういう感じか。まあ、颯谷はまだ身内から突き上げをくらう立場じゃないもんな」


「仁さんはくらう立場なんですか?」


 颯谷がそう尋ねると、仁は苦笑しながら肩をすくめることで答えた。さて、皇亀の残骸は気になるが、ここへ来た目的は私物の回収である。颯谷は仁に一声かけてから自分のテントがあった場所へ向かった。


 皇亀に荒らされ、さらにミサイルの爆風などに晒され、拠点は惨憺たる状況になっている。颯谷も「こりゃダメかなぁ」と内心諦めかけたが、すぐに「いやいや」と首を振る。背嚢はともかく、テントには金棒も置いておいたのだ。阿修羅武者のドロップである金棒は、そう簡単には諦められない。


(そもそも……)


 そもそも金棒は重くて頑丈な武器だ。そう簡単に折れたり吹き飛ばされたりはしないはず。皇亀に直接踏み潰されたのでもない限り、その場に残っている可能性が高い。そう信じて颯谷は周囲を探した。


「確かこのへん……」


 周囲の景色を頼りに、彼は自分のテントを探す。そしてそれっぽいのを見つけて「おっ」と呟いた。爆風のせいか、テントは完全に潰れてしまっている。ただ場所自体は変わっていない。


「ということは……」と思い、颯谷はテントの布をめくった。そして顔をほころばせる。中には背嚢と金棒がちゃんと残っていた。どうやら金棒が重しになって吹き飛ばされるのを防いでくれたらしい。


 背嚢を背中に背負い、金棒を肩に担ぐ。無事に私物の回収を終え、颯谷は「ふう」と息を吐き出した。


 これにて、彼の青森県東部異界征伐が終わったのである。


金棒さん「つまりワシのおかげ」

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― 新着の感想 ―
さすがに狐火は企業秘密というか秘術よねーw もしも討伐しなければならなかったとすれば足燃やしてを繰り返して破壊して動けなくして焼き尽くすという形にするしかないんだけどこいつゴーレムとガーゴイル召喚に砲…
金棒さん!\( 'ω')/ウオオオオアアーーーッ!
置いていかれたのに役に立つ金棒さん、マジパネェッス!
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