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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀

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200/205

上陸


 皇亀を海へと誘導し、ボートを使って甲羅に上陸する攻略作戦。その開始を進言された十三は、当然ながら躊躇った。この混沌とした状況で大事な作戦を始めることなどできないと思ったのだ。しかし雅と槇原にこう言われて考えを変えた。


『ですが皇亀をこのまま放っておくわけにはいかないでしょ。退避した連中を追われたら、それこそ一大事だ。もう逃げ場がない』


『それにです、楢木さん。形はどうあれ、皇亀が海のすぐ近くまで来た、この好機を逃すべきではありませんっ』


 しかしやると決めても、本当にできるのかは別問題だ。何しろ皇亀は今のところ、海の方へ何の関心も向けていない。海に誘導する以前の問題だ。何とかして皇亀の注意を海側へ向ける必要がある。


 雅と槇原はその方策を考えたが、なかなか良い案は出てこない。そうこうしている内に皇亀が本格的に拠点を荒らし始める。これはいよいよ本当に無理かと思い始めたその時、皇亀の顔が燃え上がった。しかもその炎は青白い。


 あの炎は一体何なのか、と考える暇はない。皇亀が向きを変え、海の方へ移動し始めたからだ。つまり皇亀の視線が海を向いたのだ。それを見て雅と槇原は十三の方を振り返りこう言った。


「十三さんっ」


「……護衛艦の方は?」


「『準備完了』と返事を貰っています!」


 そう答えたのは槇原だ。彼の後ろには部下がいて、背中に無線中継器を担いでいる。それを使って護衛艦と連絡を取り合っていたらしい。それを見て十三はふっと苦笑を浮かべた。


「まったく、どいつもこいつも……。よかろう、作戦を開始するっ! 護衛艦は砲撃を開始。細かいことは任せるが、陸側には着弾させるなよっ」


「了解ですっ!」


 槇原は踵を合わせて敬礼する。一方で雅は決死隊のメンバーを集めるために駆けだした。槇原がトランシーバーで護衛艦に作戦開始を伝える。その数秒後、皇亀の頭上を狙って照明弾が放たれる。空がパッと明るくなり、ドンッという砲撃音が遠くから聞こえた。そしてすぐに着弾。海面が大きく爆ぜた。


「方位良し。誤差300。第二射、撃て」


 槇原が射弾観測を行い、その内容はすぐさま護衛艦へ伝えられる。そして第二射が放たれ、命中した。だが十三たちの間から歓声は上がらない。重要なのは当てることではない。皇亀の気を引くことだ。


「命中。射撃を続行せよ」


「おい。もしかして皇亀は護衛艦が見えていないんじゃないか?」


「あり得ますね……。護衛艦、照明弾を打ち上げろ」


 すぐに護衛艦からも照明弾が打ち上げられた。その明かりに照らされ、霧の向こうに護衛艦の姿がぼんやりと浮かんだ。双眼鏡でそれを見て十三は眉間にシワを寄せる。


「近いな……。大丈夫なのか……?」


「喫水は問題ないと報告を受けています。『囮となるにはある程度近い方が良いはず』と言っていました」


「そうか」


 十三は重々しく頷いた。向こうも本気、ということだ。何とか結果が出て欲しい。十三が睨むように見据える先で、ついに皇亀が海へと入った。だが十三も槇原も表情を緩めない。作戦はむしろこれからなのだ。


「雅、頼んだぞ」


 十三は小さくそう呟いた。



 § § §



 断続的に打ち上げられる照明弾が、夜の異界の空で白く輝いている。颯谷たちを乗せたボートは、その光源を頼りに皇亀の後を追っていた。


 出港したボートは全部で三隻。それぞれに4~5名ずつが乗っており、総勢13名の決死隊だ。ボートの上で雅は大声でこう指示を出す。


「颯谷っ、お前は突っ込め! そしてコアをカチ割ってこい!」


「了解ですっ!」


「残りは颯谷を援護っ、置いていかれるなよ!」


「「「了解っ!」」」


「よし。……颯谷、急だったが得物は大丈夫か?」


「あ、はい。動きやすい方が良いかと思ってコッチにしました。それと、コレはどうします?」


 そう言って颯谷はまず仙樹刀を見せ、それから流星錘を見せた。雅が「おっ」という顔をして流星錘を受け取る。それは彼が使うことになった。


 空には断続的に照明弾が打ち上げられている。護衛艦の仕事だが、すでに砲撃は止まっている。それでも皇亀は歩みを止めない。完全に護衛艦をロックオンしている。


 作戦通りだ。ただ作戦通りとはいえ、本当に護衛艦が皇亀に襲われることを望んでいる者は一人もいない。何とかその前に決着を付けたい。ボートは海の上を跳ねるように進んだ。


「突っ込むぞっ、衝撃に備えろっ!」


 雅がそう叫ぶ。決死隊のメンバーはそれぞれボートの各部を掴んで姿勢を低くした。そして、衝撃。ボートはまるで岩山のような皇亀の甲羅に突っ込んで止まった。ただし皇亀が動いているので、スクリューは回しっぱなしだ。


 甲羅では、あちらこちらから蒸気が噴き出している。そのせいか気温が高いように感じた。当然湿度も高くて、つまり不快指数が高い。だがそれが気にならないくらい、決死隊のメンバーは集中していた。


「照明弾っ!」


 雅がそう指示を出すと、照明弾が二発、空へ向かって打ち上げられた。白い光の玉が燦然と空で輝く。その光を頼りに、決死隊はボートから飛び出した。


 まず突っ込んだのは雅。彼はゴツゴツとした甲羅の上を軽快に駆け抜け、そして大きな岩の上に立つ。そして流星錘を伸ばすと氣を通しつつ頭上でグルグルと回し始めた。


 颯谷は一瞬「なぜそんなことを」と思ったが、その理由はすぐに分かった。噴き出す蒸気に紛れ、上空から土塊天狗ガーゴイルが襲い掛かってきたのだ。しかし回転する流星錘に阻まれ、なかなか雅には近づけない。


 その回転する流星錘の下を、颯谷たちは駆け抜ける。流星錘の範囲の外へ出ると、彼らはたちまちガーゴイルに襲われた。


「来たな……! だが準備もしてきた! やれ!」


 号令と共に、多数のボーラが投擲された。ただやはり百発百中とはいかない。幾つかは命中したが、幾つかは外れた。加えて言えば、あちこちから噴き出す蒸気の中、一体何体のガーゴイルがいるのかも定かではない。つまり無事なガーゴイルは多数いる。


「行けっ、颯谷!」


「足を止めるなっ!」


「はいっ」


 次々に急降下してくるガーゴイルを、決死隊のメンバーが身体を張って食い止める。ただそのせいで人数は一人また一人と減った。そしてついに颯谷一人だけになる。


 妖狐の眼帯で拡張された視界の中、颯谷はすでにコアの位置を把握している。ここから先はスピード勝負。そう思い、彼は内氣功を滾らせてギアを上げた。


 皇亀が巨大とはいえ、甲羅の大きさはせいぜい数十メートル。足場が悪いとはいえ、トップギアの颯谷なら端から端まで十秒もかからない。ましてコアがあるのは甲羅の頂上付近。彼はすぐに肉薄し……。


「……っ!」


 反射的に彼は身をかがめた。彼の頭上を高速で何かが通過する。彼は一つ舌打ちしてから一度岩の陰に身を隠した。


 拡張された視界の中、立ちふさがっているのは三体のゴーレム。しかもただのゴーレムではない。三体とも両腕が大砲のようになっている。つまり砲戦仕様だ。


(厄介な……!)


 声には出さずに愚痴る。しかし愚痴っていてもコアは破壊できない。颯谷は腹を括った。一度大きく深呼吸をして集中力を高める。そして仙樹刀の柄を握り直してから、彼は一気に飛び出した。


 極まった集中力が周囲の動きを遅くする。一方で彼の思考は加速していた。得物は仙樹刀。敵はゴーレム。決して相性の良い武器ではない。その中で通用する手札は何か。思い当たるのは一つしかない。


 砲戦ゴーレムが颯谷に気付いた。三体が大砲のような両腕を颯谷に向ける。そして発射した。何が発射されたのかは分からない。いや岩に当たって砕けているから、たぶん石か何かだろう。銃弾のようなそれを視て回避することは難しい。


 だが発射のタイミングは眼帯のおかげで目視できる。そのタイミングで最初から射線を避けておけば、当たる道理はない。そして一度撃つと次射まで多少のラグがあるらしい。その隙を見逃さず、颯谷は一気に前に出た。


 同時に、意識を仙樹刀へも向ける。まずは仙樹刀を氣で覆い、次いでその氣を鋭く研ぎすまして刃と成す。ここまではほぼ一瞬。そして氣で形成した刃を今度は高速で動かす。高周波ブレードだ。仙樹刀でゴーレムを倒せそうな手札というと、コレしかない。


(まずは、腕……!)


 砲戦ゴーレムの腕目掛けて、颯谷は高周波ブレードを展開した仙樹刀を振り下ろす。しかし一息で両断とはいかない。まるでチェンソーでも使っているかのように、ガタガタとした振動が腕に伝わってくる。颯谷は力任せに仙樹刀を振りぬき、それでようやく砲戦ゴーレムの腕を一本斬り落とした。


「ゴオォォォォォォ!」


 砲戦ゴーレムが腕を振り回して颯谷を攻撃する。拳は握れなくともその腕が岩石の塊であることに違いはない。大きく跳んで回避したくなるが、それは悪手だ。必要最低限の動きでかわす。金棒を使っていた時の感覚が活きているような気がした。


「……そこっ」


 そして必要最低限の動きで回避できれば、そこから反撃へ移りやすくなる。振りぬいた砲戦ゴーレムの腕を、颯谷は高周波ブレードで斬り飛ばした。


 さらに重い腕を失ったことで重心が狂い、砲戦ゴーレムがバランスを崩す。颯谷はすかさず靴の底で押すように蹴り飛ばした。


 砲戦ゴーレムが甲羅の上を転げ落ちていく。海に落ちた様子はないが、しばらく戻っては来ないだろう。


「あと二体」と思った次の瞬間、彼は反射的にその場から飛び退いた。そこを石の砲弾が通過していく。急いで体勢を立て直すと、自分を狙う砲口が拡張された視界に映った。


(間に合わないっ)


 そう悟った瞬間、颯谷はかえって落ち着いた。彼はまっすぐ前を見て発射のタイミングを見極める。そして仙樹刀を振りぬいた。


 彼の後ろで二つ、硬い破裂音が響いた。手には手応えが残っている。斬ったのだ、と一拍遅れて彼は理解した。とはいえ感慨に浸る暇はない。


 颯谷は鋭く踏み込む。砲戦ゴーレムの腕をかいくぐって懐に潜り込んだ。そして素早く背後へ回り込む。狙うのは脚。片足を斬り落として転倒させる。倒れたその勢いで、砲戦ゴーレムは甲羅を転げ落ちた。


 残り一体。だがここで仙樹刀に限界が来た。刀身にヒビが入っている。ってあと一撃。颯谷は突きを選択した。バランスを崩すにはそれが一番良いと思ったのだ。その衝撃に耐えきれず、仙樹刀は半ばから砕け散った。


「っ!」


 鋭い舌打ちを一つ。短くなった仙樹刀を手に、颯谷は表情を険しくした。最後の一体は無視してコアへ向かうべきか。だが背中を撃たれるリスクがある。この作戦は失敗できない。万全を期すべきではあるのだが……。


「ゴオォォォォォォ!」


 逡巡する颯谷をどう見たのか、砲戦ゴーレムが腕を振り上げる。その腕に重りの付いたロープ、流星錘が絡みつく。そしてそのロープが後ろへ引っ張られた。


「行けぇっ、颯谷っ!」


 ロープを引っ張りながら、雅がそう叫ぶ。すぐに数名のメンバーが駆け寄って、彼と一緒にロープを引っ張った。そして最後の砲戦ゴーレムを引き倒す。これで最後の一体が排除された。


 返事はしない。颯谷は駆けだした。短くなった仙樹刀は投げ捨てる。大丈夫、得物はもう一つある。


 皇亀の甲羅の天辺、そこにコアがある。手に握るのはナイフ。ステンレス製のテーブルナイフ。それを逆手に握りしめ、たっぷりと氣を流し込む。そしてコアに突き立てた。


テーブルナイフさん「美味しいトコロだけいただきま~す!」

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― 新着の感想 ―
久々の主人公のソロでの活躍嬉しいです。
まさにいただきま〜す!が相応しいシチュエーション! この前開発した技術で小刀とかサバイバルナイフとか作成して足とか腰とか腕とかに装備しておくと土壇場で使えることが今後もあるかもですね。 はたしてこれで…
懐刀はテーブルナイフさんだったww
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